婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
「これで梁山泊三首領のうち、残すは二人…!!」
「だがJがあのチビにさえ、あれだけ苦戦を強いられたのだ。
次の対戦相手も、かなりの強敵の筈。」
雷電と伊達がそんな事を言っているのをよそに、『次は俺が出る』『いや俺が』のもはや様式美と化したやり取りを虎丸と富樫が交わし始める。そこに、
「退けいっ!!
もはや貴様らが出る状況ではない!!」
と進み出てきたのは死天王がひとり、羅刹。
なんかかっこよくマント脱ぎ捨てて登場したのはいいけど、気のせいかさっき赤石の古いシャツを持ってきた時と、身につけている防具が変わっている気がする。
わざわざ着替えてきたのか、このお洒落さんが。
もっとも、この男たちほぼ全員、何を着けていようが肝心の急所は一切守られていないわけだし、防具なんて単なる装飾品でしかないんだろうけど。
そういや赤石が初めてJと会った時、彼の着けているナックルを見て『男のアクセサリーにしちゃ派手すぎだ』なんて言ってたけど、そういう自分は戦いを重ねるごとに無駄に派手なデザインの防具増えてるじゃんと小一時間問い詰めたい。
Jなんか武器であるアレ以外はズボンだって制服のまんまで、シンプルこの上ないぞ。
それはさておき、押し退けられた解説組が『いくら先輩でも聞き捨てならない』とか言って詰め寄るのをひと睨みで黙らせて(無駄に貫禄あるからねこのひと…メンタルは豆腐だけど)、どうしてそこにあったのかよくわからない大きめの岩を掴んで宙に放ると、それに向かって指拳を撃つ。
勢いで落ちてきたそれを受け止めた虎丸の手の中で、岩からチョーク様の形の石が飛び出したかと思うと、その飛び出した部分に穴があいていた。
すべてを貫くというその指拳の鋭さを目の当たりにした後輩たちが、いってらっしゃいとその背を見送る。
闘場に降りていった羅刹を迎えたのは、先ほどあちらの陣に立っていた、泊鳳が兄と呼んだ男たち2人のうちのひとり、何やら日本の平安貴族みたいなデザインの着物を身につけた美丈夫だった。
この人たち、中国人じゃなかったんだろうか。
まあ、日本語喋っ……いや、これ以上はこの世界の禁忌に踏み込みかねない、止そう。
それはそれとしてこの青年、やたらと綺麗な顔はしているのだが、何か全体的にそこはかとない不気味な雰囲気を漂わせている。
同じ美人さん枠でもうちの飛燕とは大違いだ。
ちなみに塾近隣の女子高生や女子大生の間で飛燕は評判になっているらしく、他の塾生達のことは恐いのか近寄っていかないようだが、私などは近所に買い物に行こうとして校舎の門を出た途端に『飛燕さんに渡してください』と手紙やら手作りのお菓子やらを渡される事が(お菓子は時々『これは光君の分』とついでに貰える事も)結構あるのは、彼が割と爽やか系の、親しみやすい美人さんだからだろう。
こっちの美丈夫が男塾に居たとしても、そういう現象は起きないと思う。多分だけど。
「わたしの名は梁山泊三首領、山艶!!
…フッ、出来の悪い弟を持つと苦労するものです。」
いやアンタさっき泊鳳の事、恐ろしい弟をもったとか言ってたじゃん…。
ていうかこの三人、兄弟って割に全然ひとりも似てないんだけど、泊鳳がもう少し成長したら上のどっちかに似てくるんだろうか。
関係ないが私と兄は男女の双子のわりには似ていると言われていたが、Jには『顔はそっくりだが、笑った顔ひとつ取っても表情の作り方が全然違った』、赤石には『今思えばあいつの方が、おまえよりよっぽど色気があった』と言われた。
赤石にはとりあえず大雨の日に深い水たまりに足突っ込んで靴は無事なのに何故かくつ下だけビッショビショになる呪いをかけておこうと思う。
まあそんな事より、
「その構えは、
それもかなりの使い手とお見受けしました。」
羅刹が人差し指と小指を立てた独特の戦闘態勢を取ると、それを見て山艶が、そこだけで私ならばブラウスの2枚は作れそうなたっぷりとした
「だがその自慢の拳も、わたしの体に触れることさえ不可能……!!
あなたは全身を血に染め、斬り刻まれて死んでいくのです!!」
言いながらその扇を全て開き、羅刹に向かって投げ放つ。
「梁山泊奥義・
…取り出した数と投げた数が合わない気がするのは気のせいだろうか。
まあそんな事はどうでもいい。
羅刹はブリッジ状に体を反らせてその無数の扇を避けるが、それは羅刹の周囲を舞うように回転しながら飛んでいるだけだ。
「…なんの真似だ、これは。
どうやら扇には刃が仕込まれているようだが、舞うだけで攻撃をかけて来ねば、なんの意味もない!!」
一応は警戒の体勢は取りつつも羅刹が言うと、山艶はどこか蠱惑的な笑みをその唇に浮かべる。
「フフッ、そうです。
その扇たちは、ただあなたの周囲を舞い続けているだけ……!!
だが当然、これだけではないのです!!」
言うや、山艶は地面を蹴り、身体を反らして一回転しながら跳躍すると、羅刹の周囲を舞い続ける扇の上に、
「なっ!!」
その扇が重さで落下するより前にそれを蹴り、次の扇の上に乗って…それを、繰り返す。
「おわかりになられましたかな。
これぞ
もはやあなたに、逃れる術はありません!!」
「ぬううっ!!恐ろしい男よ……!
あれはまさしく
ここでまた雷電の説明が入る。
数ある中国拳法秘奥義の中でも、最高峰に位置する技。
この技の真骨頂は、ある一点に着地する時、その全体重がかかる寸前に、次の一点に素早く連続移動し、一点あたりにかかる負荷を無に等しくすることにある。
この究極の身軽さを得るには、指一本で倒立し、地に並べた卵を潰さずに移動し続けるだけの修練が必要である。
この
…確かにすごい技なんだろう。
「人間技じゃねえ」とか富樫が叫んでるし、雷電が説明しながら息を呑んでるのもわかる。けど…。
「…水の上でなら、羅刹も似たような技を持ってましたよね?
確か、
まあ、水には表面張力というものがあるから、空気とは違うのかもしれないけど。
「あと三面拳も、やろうと思えば似たような事、できる気がするんですけど。
私、大威震八連制覇の時、転がる大きな鉄球の上に乗って静止してる月光を見ましたし。」
「……は?転がる球の上で?
それは、物理的に不可能では?」
「
あの3人は体術に於いて抜きん出ておりますし、月光があの図体でできる事を、雷電や飛燕ができないとは思えません。」
身軽さは体重そのものではない、私にもそのくらいの事はわかるが、同程度の技量を持つ者同士ならば、体格差はそれなりに影響する気がする。
「…俺は、どうやってあの男に勝ったんだ…?」
「そこで己の勝利を疑うのはやめてください、影慶。
月光に対して、失礼です。」
「む……そ、そうだな。」
うん、まあ、そんなことよりも。
「いくぞ!!」
山艶が降り立った扇のひとつを、刃のついた部分を羅刹に向けて、また飛びたつ。
恐らくは反射的に、それに向けて攻撃してしまったのだろう羅刹の、左手の小指が、次の瞬間、落ちていた。
そこからの出血を一時止めるべく、羅刹は裂いたサラシを、無事なもう片方の手と口を使い、素早く巻きつける。
その間にも山艶は扇の上を移動し続けており、あんな重たそうな衣を身につけているくせに、まるで体重など存在しないかのようだ。
「この技にかかり、未だかつて生きながらえた者はおりませぬ!!
さあ、潔く覚悟をお決めになることです!!」
弄うように次々と扇に飛び移る山艶に、羅刹が
正直、羅刹にとっては相性的に最悪の相手じゃなかろうか。
羅刹にスピードがないとは言わないが、彼の身軽さは主に高所での闘いで生かされるものであり、基本的にはパワー特化型だと思う。
そうして羅刹が攻めあぐねているうちに、山艶はやはり袂に仕込んでいたらしい手甲型の刃物を装着していた。
「次は小指では済みません!」
扇の上から斬りかかっては離れて、離れてはまた斬りかかる。
抵抗も防御もままならず羅刹の身体が切り裂かれていき、ひとつひとつの傷はギリギリ急所を避けているものの、このまま体力を削られ続けてはいずれ殺られる。
「卍丸にセンクウ──っ!!
あんた達はよくもそんなに冷静でいられるな──っ!」
と、自陣の方から虎丸が、なにか苛立った声で叫んでいるのが聞こえてきて、思わずそちらに目を向ける。
ほぼ八つ当たり気味に怒りを向けられた2人は、それでも眉ひとつ動かさずに闘場を見つめていた。
「貴様らは、わかっておらんのだ…!!
羅刹という男の、真の恐ろしさが……!!」
声音にも動揺を何一つ滲ませずそう言ったセンクウに、卍丸が頷いて続ける。
「これから起こることを、目ン玉ひん剥いてよく見ておくがよい。
その言葉に虎丸だけでなく、他の闘士達も息を呑む。
ふと、隣に目を向けると、彼らもまたセンクウや卍丸が羅刹に向けるそれと、同じ目をして闘場を見つめている。
羅刹はこのまま負けはしない。
それは揺るぎない信頼からの、確信だった。
「大したお人です、貴方という方は!!
これだけの攻撃を受けながらも、急所は全て庇っている!!
だがこれ以上貴方が血を流して苦しみ、むごたらしく死んでいく様を見るのは耐えられない…次の一撃でひと思いに楽にして差し上げるのが、せめてものわたしの思いやりです。」
まるで何人もいるかのようにすら見える山艶が、いかにも哀しげにそう言ってのける。が、
「せめてもの思いやりか…言い方もあるものだな。
本音は、舞っている扇の滞空時間が限界に達し、早くに勝負をつけたいのだろう!!」
うん、さっきに比べると、飛び回る扇の位置が低くなってきていると、私も思っていた。
より高い位置からの攻撃が有利なのは、闘いにおいての鉄則、らしいからな。
「……そこまで読んでおられるとは!!
おっしゃる通りです。
だが、わかったところで貴方に打つ手はない。
死んでもらいます!!」
本当に複数いるかのように四方八方から襲いかかってくるように見える山艶を、羅刹は睨みつける。
「待っていたぞ、この時を!!」
たとえ分身して攻撃したにしても、攻撃対象の羅刹は1人だ。
つまり一斉攻撃の瞬間、攻撃者のいる位置が狭い範囲に特定される。
その瞬間に攻撃するつもりなんだろうと、私は思っていたのだが…違った。
羅刹はその場から大きく跳躍して山艶の刃を躱すと、空中で体勢を変えて頭を下にし、例の攻撃の構えのまま両掌を合わせる。
「見るがいい!!
羅刹はとんでもない勢いで回転しながら、山艶に向かって落下する。
だが山艶はそれに気付いてすぐさま跳躍して身を躱すと、羅刹の体重と回転と落下の衝撃で、山艶がそれまでいた場所の地面が砕けた。
土塊が周囲に散って、一瞬その場所の視界の一切を遮る。
次の瞬間、ふわりと地面に降り立った山艶は、勿論かすり傷ひとつ負ってはいない。
「フッ、残念でしたね。
確かに大した威力の、上空からの攻撃……!!
だが、それも躱されては何の意味も……っ!!」
だが、余裕の笑みを浮かべていた山艶の目が、次には驚きに見開かれる。
そしてそれは、私たちや味方の闘士達も同様だった。
「ど、どうなってんじゃ、あれは…!?」
「消えた…じ、地面への落下と同時に、羅刹がいなくなっちまった……!!」
そう、落下により地面が砕けた、その土煙が晴れた闘場の上に、羅刹の姿はなかった。
そればかりか、気配すら完全に消している。
その辺は、
大威震八連制覇の時は、同じ技をより
「恐ろしい技よ…これからあの山艶とやら、凍てつくような恐怖を味わう事になる……!!」
恐らくはその全貌を知っているのであろうセンクウの言葉が、自陣に重く響いた。
“どこを見ている!!俺はここだ…ここにいる…!!”
あの時、伊達にかけたのと同じような言葉で、羅刹は山艶を挑発する。
違うのはあの時の伊達とは違い、山艶が明らかに狼狽えている事か。
その山艶がハッとして足を止めた瞬間、それはいきなり地中から現れた。
「ぬおっ!!」
辛うじて直撃を避けたものの、山艶の大腿部からは血が滴り、衣を染めている。
「な、なに……!!」
呆然と見下ろしたそれに、信じられないと言った風に山艶が表情を歪める。
それは、地面から突き出た羅刹の太い腕。
これにはこちら側も驚きを隠せない。
ていうか、軽いホラーだ。
“これぞ
あ、やっぱりホラーなのか。
てゆーかさっきから天の声が『仲間は呼びません』とか言ってるが何の話だ!
「き、貴様──っ!!」
確実に冷静さを失った山艶の持つ刃がその腕に向かって振られるが、羅刹の腕はそれよりも早く地に潜る。
“どうした、先ほどまでの余裕は…?
顔つきや、言葉遣いまで違ってきたぞ!
貴様には俺がどこにいるかわからんだろうが、俺には貴様の動きが、手に取るようにわかる!!”
やはり伊達と戦った時に言ってたのと同じような台詞の後、どこから来るとも知れない攻撃に、今度は山艶の方が翻弄され始めた。
次々と地面から突き出て襲いかかる指拳を、ギリギリ避けるだけで精一杯のようだ。
更に時々少し離れたところに音を立てて、フェイントも交えているらしい。
「つ、土の中、動きは知れて……ぐはっ!!」
移動速度はそれほどでもないと見て、山艶は防御より広範囲への移動を試みる。
だが思いのほか羅刹の移動速度が速く、身を低くして駆け抜けようとした山艶の胸に、浅からぬ傷をつけた。
「そ、そうか、
現場の富樫さん、実況ありがとう。
「フッ、さすがだ羅刹とやら。
だが貴様はひとつ、重大な事を忘れている。
…俺にはこの、
言って山艶は、足元に全て落ちきっていた扇を拾って、再び飛ばす。
一応考えてここまで移動してきたわけか。
ていうか、さっき羅刹が指摘した通り口調が変わって、一人称まで『俺』になってる。
恐らくはこっちが素なのだろうな。
まあそんな事よりも。
「…気付いていませんね。」
「そのようだな。」
山艶は高く跳躍して、先ほどと同じように扇の上に乗る。
「いくら貴様とて、そう土中で息が続くものではあるまい!!
俺はまたこの法で空中にて、貴様が息つぎをする為出てくるのを待てば良いのだ!!」
だが先ほどとは違い、体重などほとんどかからぬ筈のその脚が乗ると同時に、扇は傾き、地面に落ちる。
次の扇に移ろうにも最初の足場を失った山艶の足も、同じように地に着くしかない。
「どういう事だ…お、扇の浮力が……!!」
“貴様が宙へ逃げる事は読んでいた……!!
扇には、すべて風穴を開けてある”
そう、先ほどまでずっと地面に接していた扇は、羅刹が地中に潜っている間に、
その事実に呆然となり、一瞬動きの止まった山艶の前で、隙を逃さず土の中から現れた巨体は、その鋼の指をもって、山艶の首筋から胸までもを斬り裂いた。
地面に膝をついた山艶は、それでもなお立ち上がろうとする。
「今の一撃、寸前で急所を外したのは見事だった。
貴様ほどの男、出来る事なら殺したくはない。」
だから降参しろと促す羅刹に、彼を睨みつけながら山艶は、手の刃を振り上げた。
「笑止…この梁山泊三首領のひとり、山艶に向かって……!!
真の勝負はこれからだ──っ!!」
その攻撃は破れかぶれのようにしか見えず、羅刹はため息をひとつついた。
「やむを得まい…!!」
突き掛かってくる刃を躱して羅刹は跳躍すると、再び先ほどの
やはりそこから身を躱した山艶は、羅刹が地中に潜ったと見るや…何故か、嗤った。
「なんだ、今の笑みは……!?
まるで羅刹に、
気がついたらしい桃の声が、やけに緊迫して聞こえた。
なんていうか、うん。
戦う男の悪い癖が出たんだと思う。
強い男ほど、そこに甘さが出る。
必勝を期するなら、降参すれば命は助けるなんて余裕かましちゃ駄目だよなと、そう思ってしまうのは、私が女だからなのかもしれないが。
本来ならあれで終わっていた筈の勝負が長引いた事に不安しか覚えず、気がついたらディーノのマントの端を、私は握りしめていた。