婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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原作で羅刹の回想シーン、雪の行軍のくだりを読んだ時にアタシが一番最初に思ったことが、
「赤石先輩、一枚しかTシャツ持ってなかったんだね…」
だったという若かりし日の記憶。


9・You will Survive

 まだ予選リーグ戦が行われてる最中、男塾の桜の下で交わした会話が思い起こされる。

 あれから一週間も経ってなのに、随分昔の事のようだ。

 刀を封じられた際の打開策として、氣による攻撃技の修得を私が提案したのに対して、赤石が眉唾物だと口にしたのが『一文字流・斬岩(ざんがん)念朧剣(ねんろうけん)』という技の存在だった。

 精神力と肉体が極限状態になった時に真価を発揮する、一文字流最終奥義。

 

『恐らくは(つか)(つば)だけのものを握って、そこに『念』の刃を顕現させるもの』

 その説明に、求めている答えはそれだと確信した。

 なのに。

 

『…それ、極めてください!』

 そう言った私に、赤石が一瞬見せた呆れたような表情が、今更忌々しく甦ってくる。

 

『もし、刀を奪われたり、使えない状態にされたら、あなたはどう戦いますか?』

『取り返すか、使えるようにする』

 私の問いに答えた赤石の答えは実にシンプルでありつつ、その具体策は示されないままで、そんな事はあり得ないと思っているのがありありと見て取れた。

 言わんこっちゃない脳筋!!

 今お前が置かれているのが、まさにその状況だよ!

 

 

「完璧なる防御があってこそ、完全なる勝利がある。

 これが無敵無敗を誇るわしの兵法だ。」

 宋江将軍はそう言って、何やら鎖のついた鉄球を構える。

 

「そしてあとは、これでとどめを刺すのみ!!

 くらえ!!梁山泊奥義・蓮鎖摯(れんさし)!」

 その鉄球が投げつけられ、赤石は恐らくは反射的に、それを刀に当てた。

 この程度のものならば、赤石の膂力なら多少刀の斬れ味が鈍っていようが、打撃力だけで打ち砕ける。

 だがそこで予想外の事が起きた。

 砕かれた球の中から網のようなものが広がり、赤石の大きな身体を覆ったかと思うと、宋江将軍の手元の鎖が引かれて絡みついたのだ。

 それはどうやら金属製の網のようで、動こうとすればするほど、細かく絡みついて赤石の動きを封じる。

 手にしたままの斬岩剣も、その大きさが邪魔をして、動かす事ができずにいた。

 

「いくら足掻こうと、その鋼絲網(こうしもう)から逃れることは出来ぬ!!」

 身動きもままならぬ状態の赤石に、その網を締め上げる鎖の反対側に付いていた銛のような武器を、宋江将軍が投げ打つ。

 全くなんの防御も取れず、それは赤石の身体に突き刺さった。

 

「あ、赤石〜〜っ!!」

 男塾の陣から、悲鳴のような声が彼の名を呼ぶ。

 

「惜しい男よ。だがこれで勝負はあった!!

 貴様の仲間に残す言葉があれば言うがよい!!」

 

 ☆☆☆

 

「ディーノ…あそこまでカードを投げて、あの網を切ることは出来ませんか!?」

「無茶言わないでください!

 この距離では、いかにカードの扱いに慣れたわたしでも、いくら何でも届きませんよ!!」

 一縷の望みをかけて、私はディーノのマントを掴んで懇願するも、あっさりとその望みはぶった切られた。

 それでも試してみては貰えないかと、涙目で見上げ無言で訴えてみる。

 ちなみにこれは「ちょっと無理めなお願い事もウンと言わせちゃう乙女の必殺テク☆(監修:藤堂兵衛)」だ。

 お、ちょっとディーノの目が揺れている。

 これはもう一押しか。

 しかし、ディーノのマントを掴む私の手に、別の手が重ねられた。

 

「無理を言うものではない。

 それに外部からの助けなど、あの男は決して望まぬだろう。

 その事はおまえが一番判っているのではないか?」

 掴んだ手を引き寄せられ、強引に影慶は私を、自分の方に向かせて言う。

 

「…赤石の強さに関して、全幅の信頼を置いているのではなかったのか?

 ならばおまえは信じて見守るべきだ。違うか?」

 通常なら私だってそうしている!

 私は影慶の目を睨むと、できる限り語気を抑えつつ言葉を返した。

 

「その点については、『ある一点を除いては』と言った筈です。」

 ここで反論されるとは思わなかったのだろう、影慶は一瞬固まった。

 それでも次の瞬間に、ハッとしたような表情を見せる。

 

「…赤石の、弱点の事か。今が『それ』だと?」

 影慶の問いに、私は頷く。

 

「私の一番恐れていた事が、今起きているんです。

 ああなったらもう、赤石に勝ち目はありません。」

 こんな事、本当は言いたくなかったのに。馬鹿。

 

「そして赤石は、負けるくらいならば死を選ぶ。

 ……お願いです、()を助けて!!」

 混乱した私の頭は、もはや完全に、赤石と兄を同一視していた。

 私は、()()()()()()()()()()()()()()

 

「…おまえの気持ちはわかる。

 だが赤石は、この勝負に手を出されても、間違いなく死を選ぶぞ?」

 影慶の言葉に、今度は私がハッとする。

 …所詮私は女なのだ。

 闘う男の心には踏み込めない。

 

 ☆☆☆

 

 だが。

 

「き、気の(はえ)え野郎だぜ……!!

 だが、この血は高くつくことになる……!!」

 呻くような赤石の声が怒気を孕む。

 どうやら飛んでくる銛を何とか掴み、心臓に達する直前で止めたらしい。

 だが確実に赤石は傷を受けており、それは決して浅いものではなかった。

 

「強がりを言っても無駄だ。

 今の一撃、急所だけは外したがかなりの深傷(ふかで)の筈。」

 それは攻撃をした宋江将軍が一番よく判っているようだ。

 その手が鎖を引き、その先の銛を引き戻す。

 普段の赤石ならばそれを手放さず次の一手に繋げようとするだろうに、あっさり引き戻されたのは、血で指が滑っただけが理由ではなかろう。

 鎖がヒュンヒュンと音を立てて振り回され、それが一度(まみ)れた赤石の血を撒き散らした。

 

「これがとどめだ──っ!!

 その様でこれを躱せると思うか──っ!!」

 充分に勢いのついたそれが再び投げ打たれ、今度は赤石の脇腹を貫く。

 

「ぐふっ!!」

 赤石の大きな身体が地を這わされ、ここから見ていても呼吸が荒い。

 そもそも赤石が苦痛の呻き声をあげる所など、私はこれまで見たことがなかった。

 

「今の一撃は確実に、貴様の内臓までをも抉った。

 フフフッ、いかに貴様の並外れた体力をもってしても、これで勝負はあったな。」

 もう一度鎖を振り回しながら、宋江将軍の傷だらけの顔が、ニヤリと笑った。

 

 ・・・

 

「駄目だ……!!

 あの傷に加え、斬岩剣を封じられては、鋼絲網(こうしもう)から脱出する術はない。」

「万事休す、か…!!」

 自陣では、桃と伊達すら絶望をその言葉に乗せる。

 

「万事休すだと…奴に、そんな言葉はない!!」

 だが、そこから一歩踏み出したのは、男塾死天王のひとり、羅刹だった。

 羅刹はそのまま自陣の先頭へ進み出ると、何やら赤黒く汚れた布を翳して、闘場に向けて振る。

 

「どういうことだ羅刹──っ!!」

「い、いきなり古い血に染まったボロきれなんぞ翳しおって──っ!!」

 …なるほど。あの布の色は血の色なのか。

 

「教えてやろう、この血染めの布の由来を!!

 これがこの俺を含め、男塾百二十三名の命を救ったのだ……!!」

 

 

 羅刹が語った事によると、赤石がまだ例の事件を起こすより前に、男塾と北国の長年の宿敵との戦いがあったそうで、羅刹が邪鬼様の命を受けて二、三号生を率い、凄まじい吹雪の山道を、トラックで進軍したのだという。

 …いや長年の宿敵って何だよとか色々つっこみたいところだが今はよそう。

 その時、羅刹の指示で赤石がひとり、三キロ先を斥候として徒歩で移動しており…って、仮にも二号生の筆頭にアンタ何やらせてんだよ!

 …あーでも、その役目が必要だとして、一人で行動させた時にある程度、不測の事態に対応できる人材が、二号生の中では赤石しか居なかったのかもしれない…うん、少なくとも江戸川とかじゃ無理だ…多分。

 つっこまずにおこうと言ったそばからつっこんでしまったがそれはさておき、男塾の進軍を察知していた敵が、その先の橋を破壊しており、吹きすさぶ猛吹雪の中、味方のトラックはすぐそこまで迫っていた。

 視界が利かぬ中の一本道、知らずに通れば全員谷底へ真っ逆さま。

 この危機を知らせようと声をあげてもかき消され、あたり一面白一色の世界の中で、赤石がとった行動は、自らの胸を裂いて血で染めたシャツを振る事だったという…。

 …いや、一本道なら戻れば済むことだろ!

 なんでそこで無駄に命を削るかなあの脳筋!!

 何というか、咄嗟の行動が明後日に向かうのはさすが赤石と言う他はないが、とにかくそのお陰で味方は全員谷底への落下は免れて、そこに参加していた者たちは彼に命を救われた。

 …そうか、『雪の行軍』『命の借り』だ。

 初めて天動宮で邪鬼様と対面した時、羅刹が確かにそう言っていた。

 

「万分の一の奇跡に己の命を賭け、不可能を可能にする男……!!

 それが男塾二号生筆頭・赤石剛次という男だ!!

 …奴は狙っているんだ…あの雪の日と同じように、生死の極限まで耐え、万分の一の勝機に賭けて……!!」

 

 

 なんだか居た堪れず、見るともなしに影慶の方を見る。

 

「俺に説明を求めても無理だぞ。

 俺は今でこそ死天王の将という立場だが、その4人の中では…鎮守直廊班の3人を含めても一番の新参だ。」

「この話は邪鬼様が影慶様を連れて来られるより半月近く前の話ですので。

 …あの当時は死天王という名前も役職もなく、三号生をまとめながら邪鬼様の補佐をしていた頃の羅刹様は、いつ休んでいるのかと心配になる程多忙を極めておりました。

 その後、影慶様がいらして邪鬼様関連を担当してくださるようになって、ようやく心身ともに余裕ができたようで…」

 別に説明を求めたわけではないのだが、そうなのか。

 てゆーか、新参の影慶が死天王の将に据えられたの、実力が認められたのは勿論だろうけど、実は一番の面倒事(邪鬼様の側近)を押しつけられただけなんじゃ…!?

 

 ☆☆☆

 

「なんの真似だ、あれは?」

 体力も気力も限界、油断すれば途切れようとする意識を繋ぎとめて、宋江将軍とかいう甲冑オヤジの視線の先を追う。

 あれは…羅刹先輩だが、その手にしているものは、まさか……!!

 

『そんな小汚ねえモン、捨てちまえよ。』

 例の雪の行軍の後そのまま塾へ戻され、天動宮に部屋を与えられて、そこで重傷だった身体の養生をさせてもらってた俺に、羅刹は勝利の報告をした後、俺が信号に使った血塗れのシャツを、譲ってくれないかとわざわざ頼んできた。

 それに対して答えたのが先の言葉だ。

 

『捨てられるものか。

 貴様に救われた命の形であるとともに、貴様を死の淵に立たせた事への俺自身への自戒とするべきものだ。』

 真面目くさった顔でそんな事を言った羅刹に、当時は影慶がおらず邪鬼の補佐をしながら三号生全員を纏めていた男だけに、難儀な性分だなと、その時は思ったのみだったが。

 かつて、味方を救った血染めの旗が、今度は俺自身に呼びかけていた。

 諦めるなと。万分の一の勝利に賭けろと。

 

「苦しかろう…安心するがいい。

 今、その苦痛から解き放ってやる。永遠にな!!」

 甲冑オヤジがニヤつきながら何か言ってるが、んな(こた)ぁどうでもいい。

 

『最後に己を助けるのは過去の己という事よ。』

 一度男塾を去る時に、塾長が俺にかけた言葉が、再び心に甦る。

 まさに今、羅刹を通じて俺の過去が、俺を立ち上がらせようとしている。

 

『刀を奪われたり、使えない状態にされたら、あなたは刀を使わずに『斬る』事を考えるべきでしょうね。』

 と、唐突に、あのクソ生意気な高飛車女の、取り澄ました顔が脳裏に浮かんだ。

 …そうだ!あのじゃじゃ馬は今、あの覆面の男と一緒に、どっかに隠れて俺を見てやがる筈。

 こんなところで無様に倒れたら、後で何言われるかわかったもんじゃねえ。

 俺が死んだら、ひょっとしたら涙のひとつでも見せるかもしれないが、その泣きっ面で罵詈雑言を、俺の墓に向かって吐き続けるくらいのこと、あの女ならやりかねない。

 おい橘…貴様の妹、なにを間違ってああなった。

 いや、そんな事は今はいい。

 まずは、俺の身体の自由を奪っているこの網を何とかすべきか。

 何より身体が動かなけりゃどうしようもねえ。

 打開策を求めて周囲に視線を巡らせると、さっき轢鋲球(れきびょうきゅう)とやらの回避の為に使った剣の野郎の刀が、まだ闘場の地面に刺さったままだ。

 

「死ねい──っ!!」

 先ほど俺の脇腹を抉った鎖の先の銛が再び俺に投げ放たれるのを、その軌道を、目で捉える。

 拳銃の弾道すら見切れる俺の目に、この程度は容易い。

 飛んでくるそれを両脚に挟んで止め、その勢いが死なないうちに、剣の刀の方へ跳ぶ。

 止めようとする奴の手の動きが鎖に伝わる前にそれを握り、身体に絡みついた網を一瞬で切断した。

 

「つくづくしぶとい男よのう。

 だが脱出したとはいえ翹磁大撥界(きょうじだいはっかい)の完璧な防御に包まれたこの俺に、指一本触れる事は出来ぬ。」

 ンな(こた)ぁ判ってる。

 とにかく立ち上がらなけりゃ始まらねえ。

 

『あなたの技は基本的には斬撃ですが、無意識に刀に闘氣を纏わせて、切れ味を増しています。』

『…そもそも『念』ってなんでしょう?『氣』と同じものだと仮定すれば、それほど遠くない話かと。』

『烈風剣という技に於いては、その刀身に纏わせた闘氣を少なからず放出している。

 無意識に使いこなしてるそれを、意識的に行なえばいいだけですよ。』

 簡単に言いやがるぜ、バカ女。

 だが、なるほどな。

 手にしたままの剣の刀を宋江将軍の方に投げ放つ。

 

「なんの真似だ、これは!!

 確かに磁石粉のついていない刀ならば磁界の影響は受けんが、どこを狙っておる!?」

 回転をつけやや上空から落ちてきたそれを避けもせず、ただ落ちていくのを見送りながら、宋江将軍はバカ笑いしていた。

 

「そうだ!!その刀ならば、貴様の磁界を突破する事ができる!!」

 俺は構えを取り、充分に気合いを込めた技を放つ。

 狙うのは奴本人ではなく、回転しながら落ちてくる、剣の野郎の刀。

 

「一文字流奥義・烈風剣!!」

 俺の剣圧と、光が言うところの闘氣により生じた烈風が、刀の切っ先を宋江将軍に向け、鋭い切っ先が奴の兜を砕くと、そのままその額を割った。

 

 ☆☆☆

 

 赤石は諦めていなかった。

 そして現時点で正解に一番近い答えを出した。

 しかし。

 

「駄目だ…今の一撃も奴には通じなかった…!」

 無念さを滲ませた桃の言葉が、今一番残酷な状況を語る。

 さすがは歴戦の猛者というべきか。

 宋江将軍は兜を砕かれた瞬間、咄嗟に僅かに身を引いており、恐らくはそのせいぜい1センチあるかないかの差が、生死を分けた。

 

「フッフッフ、惜しかったな……!!

 最後の奇策に賭けた貴様の剣は、ただ額の皮を斬っただけのこと……!!

 これで貴様の運命は決まった!!」

 重傷を負っている赤石の体力は限界。

 今の攻撃が不発に終わった事で、気力も尽きかけているだろう。

 

「今の貴様なら素手でも倒す事が出来るだろう。

 だがその凄まじい闘志に敬意を評し、とどめはこの金剛槍で刺してやろう!!」

 そう言って宋江将軍は、多分背中のあたりから取り出した短い槍の柄を引いて伸ばす。

 斧と言われても納得できそうなほど大きな穂先が、赤石に襲いかかってきた。

 辛うじて躱すも、躱した先に次の攻撃がやってくるのを、今度は刀の峰で受け止める。

 

「動けば動くほど傷口は開き、貴様はますます不利になる!!」

 赤石は確かに図体の割に動きが素早いが、体術などを駆使するタイプではない。

 身軽な動きは、ほぼそのずば抜けた身体能力だけに依存している。

 つまり、その身体が弱っている今、この凄まじい連続攻撃を避けきれなくなるのは、時間の問題だという事だ。

 その体力が残るうちに勝負をつけようとしたものか、やはり一気にとどめを刺そうと大振りになった穂先から赤石は跳躍して逃れ、宋江将軍の背後を取った。

 ほぼ反射的にそこから太刀を振り下ろすも、それはやはり磁界のバリアーに阻まれる。

 その強い反発力が赤石の身体を吹き飛ばして、赤石は無様に背中を地面に打ちつけた。

 

「忘れたか!!

 いくら反撃に出ようと、この翹磁大撥界(きょうじだいはっかい)の前に、その磁石粉のついた斬岩剣は通じぬことを──っ!!」

 逆袈裟に振り上げた槍の穂先が、地面を砕いたと同時に、その破片に気を取られた赤石の、膝の防具を断ち割った。

 

「あ、赤石──っ!!」

 

 ☆☆☆

 

「膝の垂脹筋を断ち切った……!!

 これでもはや貴様は一歩も動けず、逃げることさえかなわぬ!!」

 奴の言葉通り、立ち上がろうとした脚に全く力が入らない。

 傷を受けた右膝から血が溢れ出し、痛みで気が遠くなりそうになる。

 そんな中で奴の声だけが、やけに鮮明に耳に響いてきた。

 

「貴様に最後のチャンスを与えよう。

 潔く負けを認めれば命だけは助けてやる。」

「寝ぼけたことぬかしてんじゃねえぞ。

 ハゲ頭のおっさんよ。」

 くだらねえ。負けを認めろだと?

 それで命を拾うくらいなら死んだ方がマシだ。

 むしろ死んで死んで死にまくる。

 そのつもりで、刀を地面に刺して立ち上がる。

 頼みの綱だった剣の刀も、一瞬じゃ取れない位置にある。

 今の俺の体力じゃ、あれを使うのは不可能だ。

 つか攻撃しながら奴が、あれを容易に取り戻せないこの位置まで俺を誘導してきたんだろう。

 本当に食えねえオヤジだ。

 精神と肉体の極限状態…今はまさにそれじゃねえかと思うが、さっきの烈風剣の時になんとなく片鱗が見えていたものが、今はぼんやりとして掴めない。

 まだ極限には足りねえってのか。

 いいだろう、一文字流継承者の真の極限、見せてやろうじゃねえか。

 

「…おろかな。つまらん意地で俺の好意を無駄にした事を、地獄で悔いるがよい。」

 

 ☆☆☆

 

「や、やめろ赤石──っ!

 そんな身体で闘えるわけねえんだ──っ!!」

「命あっての物種だ──っ!!

 宋江の言うとおりにするんじゃ──っ!」

 悲痛な声で闘場に呼びかける富樫や虎丸に、桃が首を振る。

 

「無駄だ…そんな言葉が聞こえる人じゃない!

 …俺は、信じている。

 あの人は、万分の一の奇跡を起こし、不可能を可能にする人だ……!!」

 それが、自身の武器を貸せるほどの信頼関係か。

 その武器は今、すぐには手が届かないところに転がっているけれど。

 その言葉が伝わったのかどうかは知らないが、赤石が自陣の方に目を向ける。

 

「忘れるんじゃねえぜ、これから起こる事を……剣よ!

 教えてやるぜ。男塾二号生筆頭の重さを…!!」

 言って浮かべるのは、信じられないくらいいつも通りの、悪そうな笑み。

 それに何かを感じたのか、名指しされた桃が焦ったように叫んだ。

 

「い、いかん、やめるんだ赤石先輩──っ!!」

 そして……

 

 次の瞬間、赤石は自身の腹に、斬岩剣を突き刺した。

 

 ☆☆☆

 

「…そうか。

 俺に負けるくらいならばと、自ら死を選ぶか。

 その意気に答えて、せめて介錯をしてやろう。」

 ハゲがまた寝ぼけた事を言ってやがるが、そんなもんはもう耳に入ってこなかった。

 斬岩剣を腹に突き通し、(つか)から目釘を引っこ抜く。

 そのまま(つか)を引き抜くと、刃は俺の身体を貫いたままで、引き抜いたそれから、光の刃が顕現した。

 

「なっ!?こ、これは──っ!?」

 

「一文字流最終奥義・斬岩(ざんがん)念朧剣(ねんろうけん)!!!!」

 

「ぎゃがあ───っ!!」

 最後に残った力を振り絞り、閃かせた念の刃は、甲冑オヤジを頭から両断していた。

 

 …しかし、ここまで死ぬ目にあわなきゃ使えねえ技ってのも問題だ。

 コイツを極めるには…もっと身を入れて修業を積まねえといけねえな……!

 その時間が、残っていればの話だが…!!

 

「こ、これが男塾二号生筆頭の重さだ……!!

 後は任せたぜ、剣桃太郎……!!」

 奴が倒れたのを確認してから、俺は地面に膝を落とし……。

 そこから先は、闇。

 

 ☆☆☆

 

「行かせてください!

 生きてさえいれば、まだ何とか…!!」

「危険過ぎる。大体ここから、陣を通らずにどうやって闘場へ行くつもりだ?」

「でも…でも!!」

 既に冷静さを遥か彼方にぶっ飛ばした私は、濁流に飛び込もうとするのを、男二人に必死に押さえつけられていた。

 恐らく、赤石はもう死んでいる。

 死んでしまったものは、王先生ならともかく、私の手にはどうしようもない。

 私にだってそれくらいわかる。

 けど、自身の目で確認できるまで、私はそれを信じたくなかった。

 

「どうか落ち着いて、光君。

 ほら、赤石君の身柄が自陣に運ばれています。

 危険ではありますが今からわたしが行って、煙幕でも焚いてその間に、彼の身柄をこちらに運んできましょう!

 影慶様、後はお願い致しますね!!」

「待て、男爵ディーノ!

 この状況で、俺をここに一人で置いていくな!!」

「子供みたいな事おっしゃらないでください!」

 ……阿鼻叫喚。

 

 ☆☆☆

 

「この姿は、あ、あまりに無残すぎる…!!」

 そう言って、赤石の身体を貫いた刃を抜こうとした桃に、厳しい制止の声がかかる。

 進み出てきたのは帝王・大豪院邪鬼。

 

「その手を離すのだ、剣。

 貴様等はまだわかっておらん。

 この赤石剛次という男の、真の恐ろしさを!!」

 邪鬼様は桃を押し退けて、改めて刃に手をかける。

 

「僅かでも手元が狂えばそれまでのこと……!!」

 言いながら、何かを見極めるように、暫し動きを止める。そして。

 

()っ!!」

 赤石の身体から斬岩剣の刃が、彼の血を散らして引き抜かれた。

 

 

 そこから先の光景は、まるで都合のいい夢を見ているようだった。

 既に死んでしまっているように見えていた赤石が、その瞬間、苦痛の呻き声をあげていたのだから。

 

「赤石先輩が、い、生き返った〜〜っ!」

 驚いて腰すら抜かした富樫の驚きの声が響き渡る。

 

「わからんのか…生き返ったのではない!!

 死んではいなかったのだ。」

 そんな中、この事態を一人だけ把握している邪鬼様が、抑揚のない低い声で説明する。

 

「これぞ、一文字流奥義・血栓貫(けっせんかん)!!

 赤石は己の体に網の目のように走る大動脈、…すべての急所を外して、自ら刃を突き立てていたのだ。」

 だからといって、処置が間違っていたり遅れれば出血多量で死ぬ。

 現に今、危うく桃に無自覚で殺されかけた。

 即死しないってだけで、充分に命の危険だったじゃないか。バカ兄貴。

 

「この男にとって、いかに強大な敵であろうと、相討ちなどは敗北であって勝利ではない。

 万分の一の勝機に、すべてを賭けたのだ。

 それがこの男塾二号生筆頭・赤石剛次という男よ…!!」

 もう何でもいい。生きていてくれれば。

 と、隣からレースのついた白いハンカチが差し出された。

 普段ならそのハンカチのデザインと、それを差し出した地獄の魔術師(ヘルズ・マジシャン)との、イメージの違いに思わず吹くところだろうが、今はそれどころではなく素直に受け取って、先ほどから頬を濡らしている熱い雫をそれで拭った。

 

「な、なんだ、そのツラは……!!」

 呻くような声を集音マイクが拾い、一瞬自分に言われたような気がしてビクッとする。が。

 

「赤石先輩……あ、あなたという人は……!!」

 次に聞こえてきた桃の声は、どのように聞いても、震えた泣き声だった。

 だが、そこにほんの僅かに混じった洟をすするような音が、次に聞こえた歓喜の声にかき消された。

 

「や、やった──っ!!

 赤石先輩は生きていた──っ!」

「宋江将軍とは相討ちじゃねえ、勝ったんだ──っ!!」

 

 

「手当てを急ぐがよい。

 それ以上の出血は、本当の命取りとなる!!」

 邪鬼様の言葉が終わるか終わらぬかのうちに、雷電が赤石のそばに膝をついた。

 恐らくは例の包帯止血法を施すのだろう。

 

 ☆☆☆

 

「ごめんなさい…後で洗って返します。」

「お気になさらず。

 男の汗ではなく乙女の涙を吸い込んで、そのハンカチも本望でしょう。」

「涙より鼻水の割合が…」

「言うな。」

「はい。」




そしてこの磁界バリアーのところを読みながら、
「烈風剣じゃダメなんですか!?」とか
「なんで桃の刀あんのにそれ使わないの?」
とも思っていた。
今回の改変でそれを一緒に使わせたのは、アタシの中でのその疑問に、ちゃんと説明をつけて納得する為でもあった。

そんで、決着シーンは大幅に改竄しました。
本来は曉で初出の技ですが、息子にある持ち技がこの時代の父親にあればという想いを形にしたものです。
ただし今回は奇跡的にできましたが、この先いつも出せるわけじゃありません。
恐らく氣の操作技術は父親より息子の方が優れていると思われます。

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