婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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真の最新刊届きました。
なんだかんだで暗屯子さんと万丈丸さんは仲がいいと思う。


8・サムライ

「ごらんなさい。

 どうやらあれが梁山泊の新たな敵のようです。」

 飛燕の声に、全員が梁山泊側の陣に目を向けると、縄ばしごの前に、兜をつけた男がひとり立っているのが見えた。

 よく見れば兜の下の目は隻眼で、また酷い傷跡が顔中を駆け巡っている。

 その男が一旦傍に退いて、指示を出すように、後方に向けて手を上げる。

 その指示に従うように何やら大きな玉が3個、縄ばしごを伝って闘場へと転がっていった。

 その後から、兜の男がゆっくりと降りていく。

 

「見せてやろう。

 梁山泊一陣千戮兵法の数かずを……!!」

 その背中を見送る例の老人の声が、感極まったように震えた。

 

「梁山泊軍の守護神であり最強の戦士、宋江将軍…!!

 あなた様の前にあっては鍾馗(しょうき)さえも、泣いて命を乞うでありましょう…!」

 どうやら本気采配の筈の蓬傑が倒されて、梁山泊側にも焦りが出てきたようだ。

 恐らくはあの男、副将クラスなのだろう。

 それを出してきたってことは、そろそろ頭打ちって事だ。

 このチームは過去三回の大武會では連続優勝を果たしている筈なのだが、決勝リーグ開始前の下馬評では、最近首領が交代したばかりの影響が若干の懸念材料とあった。

 やはり新首領がチームをまとめきれていないのか。

 それとも男塾(ウチ)がそれだけ精鋭揃いだからなのか…ふふん。

 さて、闘場に転がってきた玉だが、よく見れば玉状の格子の中に人が入っている。

 多分、どこかが開く構造ではあると思うが、ぱっと見には扉のようなものはどこにあるか見えない。

 その人入りの鉄球を従えた、先ほど老人が『宋江将軍』と呼んだ男が、対岸に向かって指差しながら声を上げた。

 

「男塾の命知らず共に告ぐ!!

 人数は問わん!!束になって来るがよい……!

 貴様等に、真の闘いと地獄を見せてやる。」

 その男、歴戦の猛者である事に間違いないようで、立っているだけで感じるその気迫たるや、それまで出てきていた闘士など、その足元にも及ばないと言っても過言じゃない。

 

「やっと俺にふさわしい相手が出てきたようだ。」

 と、それを受けて男塾側から一歩踏み出したのは。

 

「男塾二号生筆頭・赤石剛次──っ!」

 …紹介ありがとう富樫、虎丸。

 なんか今、君たちと心が通じ合った気がするよ。

 

「おもしれえ。

 見せてもらおうじゃねえか、その地獄とやらを……!!」

 縄ばしごを前に仁王立ちした銀髪の鬼は、闘場にいる男に負けないほどの気迫を込めて、それを睨みつけた。

 

 

「剣……!!」

 そのまま縄ばしごを降りていくかと思われた赤石が、不意に後ろで見送ろうとした桃に声をかけた。

 

「なにか?」

「貴様のダンビラを貸してもらおうか。」

「押忍……!?」

 不得要領な感情をやや声に現しながらも、桃は自分の刀を赤石に渡す。

 自分の武器を相手に貸すって、余程の信頼関係がないとできない事じゃないんだろうか。

 いつの間にそんなに仲良くなったんだ、あの2人。

 刃を交えて生まれた絆ってやつか。

 

「二刀流でもやろってんじゃねえだろうな!?」

 などと富樫が言うのが聞こえたが、なんとなくだが実際に使うというよりは、お守り的な側面の方が強い気がする。

 そんな験担ぎ的な事、普段の彼ならば一笑に付すような行動なんだけど。

 そんならしくない行動を取り、いつもの剛刀は背に負ったまま桃の刀を手にした赤石は、そのまま闘場へと降りていった。

 

「なん人でも束になってかかってこいと言った筈だが、たったひとりで来るとは……!!

 どうやらわしの言ったことが聞こえなかったらしいな。」

 穿った見方をすれば、一気呵成に叩き潰して逆点を計りたかったのだろうが、生憎ウチの子達、揃いも揃って脳筋なんでね。申し訳ない。

 

「気にするな。これが俺の流儀だ。

 …だがあんたと闘うには、先に始末せねばならぬことがあるようだな。」

 玉たちが宋江将軍を守るように、赤石との間に転がってくる。

 

「フフッ、当たり前のこと……!!」

「貴様ごとき若造相手に、我が梁山泊副頭・宋江将軍が、わざわざ労をとられると思うのか。」

「思い知らせてやる。

 宋江将軍直属の指揮下にある我等の恐ろしさを!!」

 玉がそれぞれの決意の程を口にすると同時に、その後ろで宋江将軍は、闘場の地面に胡座をかく。

 

「行けい!!その獲物は貴様等にくれてやろう。」

 その指示が出るが早いか、玉たちは突然動き出し、赤石に向けて突進し始めた。

 

「梁山泊兵法奥義・轢鋲球(れきびょうきゅう)!!」

 真っ直ぐに突っ込んでくるそれを、赤石は跳躍で躱す。

 次に赤石が着地した時には、玉は方向転換して、また赤石のいる方に向かってきていたが、やがてお互い同士がぶつかり合い始める。

 そこでスピードが殺されるかと思ったが、逆にぶつかり合ったそれらはスピードを増し、無軌道に動き回ってはまたお互いにぶつかり合った。

 スピードはどんどん増すうえに、次の動きの予測もままならない。

 

轢鋲球(れきびょうきゅう)の真の恐ろしさは、互いが完全な計算のもとに乱反射しあい、どこから攻めてくるか軌道を見極めさせぬところにあるのだ──っ!!」

 転がり、ぶつかり合いながら玉たちが嘲笑う声をあげる。

 

 ・・・

 

「あの技、目が回ったり、喋る時に舌を噛んだりしないんでしょうか…。」

「光君、今心配すべきはそこじゃないです。」

「心配する相手も間違っている。」

 いや知ってるけど!

 でも人もあろうにあの赤石剛次が、この程度をなんとかできず負けるとも思ってないんだよ私は!!

 

 ・・・

 

「ぬううっ、あれが世にきく轢鋲球(れきびょうきゅう)…!

 げに恐ろしき技よ……!!」

 

 轢鋲球(れきびょうきゅう)

 古代中国戦乱の時代、屈指の名将として名高い周の范公将軍が考案したと言われる機動兵法。

 特に敵が大集団の場合にその威力を発揮し、天下分け目の決戦として知られた黄原の戦いにおいては、范公将軍自らが率いる轢鋲球わずか三騎で、敵である呉軍一千騎を大混乱に陥れたという。

民明書房刊『世界古代兵器大鑑』より

 

 ほら、こうして雷電の解説だって冷静に聞けるし?

 その赤石は轢鋲球(れきびょうきゅう)の動きをギリギリで見切って躱し続けていたが、いつしか闘場の端まで追い詰められた…ように見えた。

 

「早くも勝負あった〜〜っ!!死ねい──っ!!」

 自分に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる轢鋲球(れきびょうきゅう)を前に、赤石はようやく…桃の刀を抜く。

 だが次の瞬間赤石の身体は闘場の外、大滝へと続く激流に叩き落とされていた。

 

 ・・・

 

「動かなくて大丈夫、心配ありません。」

「は!?」

 私の言葉に、救出に動こうとした男爵ディーノが目を瞠る。

 

「フッ…なるほどな。

 俺達の想像を絶する人だぜ、あの人は……!!」

 自陣の集音マイクが桃の呟きを拾い、赤石の落ちたあたりをじっと見つめていた影慶が、

 

「ああ…そういうことか。」

 と呟いて、薄く微笑んだ。

 

 ・・・

 

「さあ次の命知らずよ、出てくるがいい!!」

「もっとも、こうも我等の圧倒的な強さを見せつけられては、足がすくんでそうもいかんだろうがな──っ!!」

 轢鋲球(れきびょうきゅう)たちがバカ笑いしながら男塾陣に向けて声をかける。

 

「誰が圧倒的な強さだと?」

 その彼らが見ていた反対側の岸から、地面に突き刺さる刀の金属的な音と、結構な質量が這い上がる水音に混ざって、呆れたような声が響いた。

 

「ほう。まだ生きておったのか。

 そうか、その刀を河底に刺し、激流から身を守ったというわけか。」

 水浸しの長い裾を捌きながらその場に立った赤石が、息のひとつも乱していない事に、気づいていたのは私と桃だけだったのだろうか。

 

「俺の想像が当たっているとすれば…既に奴等三人の運命は決まった……!!」

 大きく息を吐くような桃の声が聞こえ、密かに私もそれに同意した。

 それを知ってか知らずか闘場の上の赤石は、一度引き抜いた桃の刀を、もう一度地面に突き立てる。

 そこから…ちょっと耳に障る嫌な音を立てて、自身の足元にそれで線を描いてみせた。

 

「この線は、この世と地獄の境界線……!!

 この線を一歩でも踏み越えれば、貴様等全員死ぬ事になる。

 それを承知なら、来るがいい。」

 奴らがもう少し冷静だったなら、それが挑発である事はすぐにわかっただろう。

 けれど、既に勝利を確信している彼らは、それに気付かなかった。

 

「何をたわけたことを!

 今度こそ間違いなく地獄へ送ってやるぜ──っ!!」

 なんのひねりもなく真っ直ぐに転がってくる玉たちを、赤石は突き立てた桃の刀を支点にして跳躍し、躱す。

 赤石の描いた線の上を当たり前に通り過ぎた彼らが、気がついた時にはもう遅かった。

 結構な重みのある轢鋲球(れきびょうきゅう)が移動するに従い、闘場が揺れて、傾いていく。

 一文字流・斬岩剣…この世に斬れぬものはなし。

 赤石はあの激流の中で、闘場を支える柱をぶった斬っていた。

 それが振動に従って闘場を傾け…人入りの鉄球はその傾斜に逆らうことなく、激流に転がり落ちていく。その先は…大滝。

 

「これで、あんたとゆっくり勝負ができそうだな。」

「伝説ともいわれる一文字流斬岩剣……!

 よもや、貴様のような若造が体得しておるとはな。

 ならば梁山泊副頭、この宋江自ら手を下さねばなるまいて。」

 確実に30度以上は傾いた闘場の上で、赤石は改めて宋江将軍と対峙した。

 

 

「だがどうするつもりだ、この闘場を!?

 こうも傾いた足場では存分に力を出しきれまい。

 もっともわしは、一向に構わんがな。」

「その心配には及ばん。」

 赤石は足元から、闘場の外へ転がっていかなかった小石を拾い上げると、それを宋江将軍のいる方向の、上空に向けて投げ上げた。

 それは頭上を遥かに通り抜け、地面に当たって音を立てる。

 瞬間、とてつもない地響きと揺れとともに、傾いていた闘場が平らに戻った。

 …ただ、先ほどより明らかに一段低くなっているが。

 

「そうか、赤石先輩は一本の支柱だけではなく、他の柱にも切れ目を入れておいたんだ…!!」

 富樫や虎丸が驚いて騒ぐ声に混じる桃の吐息を孕んだ声が、どこか憧れを含んでいるように聞こえた。

 

 ・・・

 

「…なんで私の方を見るんですか。」

「…光君。君、まったく驚いていませんね。」

「赤石の発想が明後日の方向に飛ぶのなんて、今に始まった話じゃありませんから。」

「………」

 なんでだ。

 

 ・・・

 

「恐るべき男よ。

 わしの長い戦歴においても、貴様のような男は初めてだ。

 だが、若い……。」

 宋江将軍はどこからか防具を取り出すと、肩当てに繋げてむき出しだった胸部に装着する。

 

「貴様にはまだ、兵法というものがわかっておらん。

 それを今、貴様は身をもって悟る事になる。

 さあ、その自慢の太刀を抜くがよい!!」

 その挑発にあっさり乗って、赤石が背の剛刀の(つか)を握った。

 

「そんな甲冑など、今更着けても無駄だ。

 この世に斬れぬものはなし…一文字流・斬岩剣!!」

 抜き放つと同時に躍りかかる刃を、宋江将軍が大きく跳躍して躱す。

 同時に、マントの下の背に隠していたらしい布袋を出したかと思うと、その中身の何やら黒い粉のようなものを、赤石に向かって振りまいた。

 

「なんの真似だ、これは!!」

 目潰しや煙幕の代わりだとしたら、あまりにも稚拙すぎる。

 それから身を躱すべく、一歩引いた赤石の目が、次には驚きに見開かれた。

 赤石の愛刀・斬岩剣兼続。

 常に手入れされ、くもりのない輝きを放つ筈のその刀身に、先ほどの黒い粉がまとわりつき、真っ黒になっている。

 

「かかりおったな。

 これぞ梁山泊奥義・翹磁大撥界(きょうじだいはっかい)!!」

 赤石がその黒い粉を指でつまんで確認していると、親切にも宋江将軍はその説明を始めた。

 

「そうだ、それは磁石粉。

 だがただの磁石粉ではなく、我が梁山泊の地でしか産出されぬ、この世で最も強力な磁力をもつ太極磁石!!

 そう簡単に、ぬぐい落とせるものではない。」

「なるほどな。

 これで俺の剣の切れ味を鈍らせようというのか。

 だがそいつは甘いぜ。

 こんなちゃちな細工をしようと、俺の剣は貴様の骨を打ち砕く威力をもつ!!」

 だが赤石の言葉を聞いて、宋江将軍は不敵に笑った。

 

「果たしてそうかな。やってみるがよい。

 わしはこのまま、一歩も動かぬとしよう。」

 舐められたとみて苛立ったものか、赤石は上段から真っ直ぐに、剛刀を振り下ろす。

 そのままいけば、赤石の力と刀の重さで、兜を割り甲冑も砕いて、宋江将軍は縦真っ二つに分かれている筈だった。だが。

 

「ぐわっ!!」

 振り下ろした筈の刃ははね返され、赤石の体ごと後ろへ弾き飛ばされる。

 

「どうした、貴様の剣はわしに、触れることさえできなかったぞ。」

 嘲笑う顔を睨みつけ、赤石は再び構え、踏み込む。

 今度は真正面から、狙いは顔面。

 だがやはり見えない壁に阻まれるように、構えた剣ごと赤石が弾き飛ばされた。

 

「教えてやろう、この秘奥義・翹磁大撥界(きょうじだいはっかい)の、真の意味を…!!

 貴様の剣に付着したのが太極磁石粉ならば、このわしの身につけている甲冑も、太極磁石で出来ている。

 わしの周りには、強力な磁界が張り巡らされているのだ。

 そして、貴様の剣とわしの甲冑は、同一極の磁力を帯びている!!

 いかに貴様の剣の威力が凄まじかろうが、強大な磁力の反発力により、わしの身に傷ひとつつけることも出来ず、弾き飛ばされてしまうのだ!」

 それはいわば磁力のバリアー。

 この単純明解な理屈に、虎丸一人が「何言ってんだあいつ」とか言ってポカンとしており、それに富樫がツッコミを入れている。

 その横で雷電が、やはり呻くような声で呟いた。

 

「恐るべし…あれが世に聞く、翹磁大撥界(きょうじだいはっかい)…!!」

 

 翹磁大撥界(きょうじだいはっかい)

 中国拳法中興の祖といわれる黎明流、珍宝湖が、自らの秘拳修業の為、玉仙山に籠った時に開眼した、門外不出の秘奥義。

 磁力にはS極とN極があり、異極間には結合力、同極間には反発力が生じる。

 この原理を拳法に応用した、無敵の防御幕である。

民明書房刊『大磁界』より

 

「なんてことだ……!!

 これで赤石先輩の剛刀は使えなくなった…!!」

 呟いた桃の声が切実な響きをたたえている。

 …どうやら、私が一番恐れていた事が、現実になったらしい。

 現時点で、剣以外の攻撃手段を持たない赤石が、その剣を封じられれば、どうなるか…!

 

 だから言ったじゃん!馬鹿兄貴っ!!


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