婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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ディーノさんがどんどん不憫キャラになっていく…!
最初から想定してたなんてとても言えないが、実際に動かしてみたら想定以上だったなんてもっと言えない(爆


7・たとえ500マイル離れても

「い、いやわたしだって、正体を隠そうという影慶様が、最も特定が容易な特徴を前面に出してくるなんて思いませんよ!?

 影慶様は毒手などに頼らずとも、様々な特殊武器の使い手でもあるのですから、どう考えてもそっちだと思うじゃないですか!」

「…ですよね。

 いやもう、あの天然に対して最初に『毒手禁止』の注意を与えておかなかった私にも責任があります。

 八つ当たりをして申し訳ありません、男爵ディーノ。」

「い、いえ。

 わたしも影慶様の完璧イメージに騙されて、最終確認を怠りましたので。

 しかし……まさか、ねえ…?」

 お互いにぜいぜいと息を荒くしながら、私と男爵ディーノはとにかく落ち着こうと必死だった。

 自陣では死んだと思っていた影慶が現れたと盛り上がる中、蓬傑は毒手に切り裂かれた傷口を剣で突いて広げ、そこから血を絞り出して、ある程度の量の血が流れ落ちたところでフゥッと息をつく。

 

「危ないところだったが、これで毒抜きは出来た。」

 …だ、そうだが、その剣からも毒が出る構造なのはノーカンなんだろうか。

 まあ本人がいいならそれでいいんだが。

 

「油断したぜ。

 まさか貴様が毒手拳の使い手であったとはな。

 …そうか、名は影慶というのか。」

 男塾側から散々呼びかけられる名を聞いて、蓬傑が確認する。

 そういえばこいつは最初に出て来た時に名乗りを上げたのに、こっちは名乗っていなかった。

 その、うちの天然がなんかごめんなさい。

 だがその問いに対する答えは意外なものだった。

 

「影慶……!?知らんな、そんな名は。」

 おま!この空気の中でよくそれ言えたな!!

 その心臓、ある意味尊敬するわ!!

 

「俺の名は『翔霍(しょうかく)』。

 …何か、勘違いをしているようだな。」

 しかもちゃんとこのキャラの名前考えてた!!

 てゆーか翔霍って何!?どっから出たのそれ!?

 案の定男塾陣営からは『いやお前普通に影慶だろ!』的なツッコミが飛ぶが、そこを柳に風と受け流し、ぬけぬけと言ってのける。

 

「この世で毒手を極めた者は一人だけではない。

 その、影慶とか申す者も含めてな……!!」

 確かにそうだけど、一生のうちで毒手持ちと出会う確率って、一人だって相当低いと思うよ?

 更に複数の毒手持ちと出会うって、それより明らかに低い確率だからね?

 

「…とりあえず、影慶様が戻ってきたら、どんな顔で出迎えればいいやら…!」

「…何事もなかった顔をしてあげてください。

 そういうのも本分でしょう?地獄の魔術師(ヘルズ・マジシャン)殿?」

「…手厳しいことですね。」

 さあ、闘場に意識を戻そう。

 

「フッ、貴様の正体などどうでもいい。

 俺にとって大事なことは、貴様がカスリ傷ひとつで敵をあの世へ送るという、恐るべき毒手拳の手練れだということだ。」

 そう仰っていただけると助かります。

 一旦そこから離れないと話題がいつまでもループしますから。

 

「ならば使わねばなるまい。

 この蓬傑のもつ最大の奥義を……!!」

 言いながら蓬傑は肩の防具に留めてあったマントを外し、闘牛士のムレータのように構える。

 

「梁山泊秘奥義・奔棘襲銛(ほんきょくしゅうせん)!!」

 それは構えたマントを、ただ振っただけのように見えた。

 だが次の瞬間、そこから大きな銛のような形のものが突然現れて影け…翔霍に向かって飛んでいく。

 

「いかに貴様の並外れた体術をもってしても、これから逃げることは出来ん!!」

 一度躱したそれはものすごい速さで空を縦横無尽に駆け巡り、再び翔霍に向かってきた。

 

「いけい、二の陣よ!!」

 蓬傑がそれに向けて指示を出すと、翔霍に向かってきていたそれは、途中からふたつに分かれ、危うく躱す翔霍のわきをすり抜ける。

 

「三の陣!!」

 戻ってくるそれにまた指示を出し、先ほどと同様に今度は三つの銛が、翔霍に襲いかかってきた。

 それが翔霍の動く範囲を徐々に狭め、ひとつがとうとう翔霍の左の上腕部を掠めて…

 

「こ、これは……!!」

 銛のひとつが掠った傷口が、見る間に大きく腫れ上がった。

 翔霍は尚も飛び回るそれに、改めて目を向ける。

 

「どうやら、バケモノ銛の正体が見えてきたぜ…。」

 そうしている間に、蓬傑は次の指示を出す。

 

「四の陣!!」

 その指示通り四本に分裂して向かってくるそれに、何を思ったか翔霍は、足元の石塊を掴んで投げつけた。

 石はただ投げただけの筈なのに、まるで数発の弾丸のような勢いで、四本の銛に向かって飛ぶ。

 それにより勢いを殺すことはなかったが、どうやら命中はしたようで、真っ直ぐ向かってきていた方向を変え、小さな欠片を落としながら上空へと逃げた。

 その隙をついて翔霍は、その落ちた欠片を指先で拾う。

 

「やはりな……これがその正体だ!!」

 …それはどうやら、大きな蜂のようだった。

 

「そうか…あれこそが世にきく操蜂群拳(そうほうぐんけん)!!」

 雷電が呻くような声で解説を始めた。

 

 操蜂群拳(そうほうぐんけん)

 一般に蜂の特異な集団性は知られるところであるが、中国拳法においては、三匹で刺せば猛牛さえも絶命させるという禽虎蜂(きんこばち)を調教し、利用した殺人拳が編み出された。

 この為これが暗殺に用いられることを恐れた古代中国の時の権力者たちは、蜂を飼うことを厳禁した。

民明書房刊『罦虻流(ふあぶる)昆虫記』より

 

「あー、蜂ですか…幼虫ならバター炒m」

「それ以上言わないでください!」

 …ディーノに涙目で制された。なんでだ。

 まあそんなことより。

 

「フッ、わかったか…だが正体を見破っても、それはなんの意味もない。

 この毒蜂から身を守る術はないのだからな!!

 いよいよ、貴様の最期だ。」

 もはや銛の形を取らず、大軍として周囲を舞う蜂の群れに、蓬傑はとどめとばかりに指示を出した。

 

「行けい──っ!!総攻撃をかけ、文字通り蜂の巣にしてやるのだ──っ!」

 蓬傑の指示を受け、ひとかたまりになった蜂の大群が翔霍に向かって飛ぶ。

 翔霍はそれに背を向けると、闘場の端から、それを取り巻く激流へと身を投じた。

 流されればその先は、例の大きな滝。

 普通に考えれば、落ちた時点で終わりだ。

 

「蜂に刺し殺される恐怖よりも自らの死を選んだか!!

 所詮、俺の敵では……!!」

 嘲笑うように言いかけた蓬傑の視線が、ふと一点を凝視する。

 そこにはいつのまに取り付けたものか金属製の取っ手が闘場の端に打ち付けられており、そこに布が巻き付けられている。

 

「この俺としたことが…見落とすところだったぜ。

 毒手に巻いていた包帯を、命綱にしておるとはな。

 …この俺をたばかれるとでも思ったか──っ!!」

 言うと蓬傑はそこに巻き付けられた布を力任せに引く。

 そうして水の中から現れたのは…一本の丸太だった。

 

「なっ!!」

 それと同時にやはり水の中、蓬傑の背中の側から飛び上がった翔霍は、その無防備な背中に右の手刀を当てた。

 

「背中では毒抜きのしようもあるまい、蓬傑。」

 背に当たる毒手の感触に、蓬傑の動きが固まった。

 

「一度だけチャンスをやる。

 素直におのれの敗北を認めれば、命だけは助けよう。」

 

 ・・・

 

 …私ならここで声などかけず、迷わず息の根を止めるとこだけど。

 そんな事を思ったところで、不意に影慶に言われた言葉と、手の温かさを思い出した。

 

『それはおまえが、おまえ自身をも少しずつ殺し続ける事だ。

 続けていたら、おまえの心は、本当に壊れてしまう。

 必要があるなら俺がやるから、もうおまえの手をこれ以上汚すな。』

 …私の手など、雪ぎ切れないほど汚れきっているというのに。

 本質は優しいのだ、影慶は。

 

「おや、また手を繋いだ方がよろしいですか?」

 と、隣からかけられた言葉にふと我に返る。

 先ほど、握り締めすぎて手に怪我をする可能性を影慶に教えられたから、それを気にしてくれたのだろう。

 

「…御心配をおかけしました。大丈夫です。」

 軽く息を整えてから、形だけ笑みを浮かべてみせる。

 私の表情に、ディーノは何か思うところがあったようだが、それを口に出す事なく、やはり本音の見えない笑みを返してきた。

 

「ホッホッホ、それは残念。」

 何がだ。

 

 ・・・

 

「フフッ、誰にモノを言ってるつもりだ。

 この俺に、敗北などという言葉はない。」

「そうか…では死ぬがいい。」

 翔霍の手刀が、蓬傑の背を貫こうと動いた瞬間。

 重低音の羽音が翔霍の背後から迫り、彼は一瞬にして、殺人蜂の群れに取り囲まれた。

 

「忘れたか、俺にはこの操蜂群拳(そうほうぐんけん)があることを!!

 この秘奥義中の秘奥義に敵はおらんのだ!!

 行けい、旋回蜂陣(せんかいほうじん)!!」

 完全に体勢を立て直した蓬傑が蜂どもにまた指示を出す。

 蜂の群れは翔霍の周りを、渦を巻くような陣形で旋回し始めた。

 どこかに突破口を見つけなければ、あの蜂の輪から脱出するのは不可能だ。

 迫り来る毒針を前に、翔霍は身につけていたタンクトップを脱ぎ、それを振りまわして払い落とす。

 …関係ないがむき出しになった胸の上に、大きな、まだ新しい傷跡がある。

 これはひょっとして、予選リーグで戦った際に負った傷だろうか。

 それなら日数も浅いし、私が治せる気がするんだけど。

 まあそれは今はいいだろう。

 

「どう足掻こうとも全ては時間の問題よ。

 その千匹からの毒蜂の群れから身を守る術はないのだ。」

 そう、ある程度は今のやり方ではたき落とせようが、いかんせん数が多すぎる。

 このまま続けていけば、いずれは翔霍の体力が尽きて動きが鈍り、致死になる三匹どころか、無数の毒蜂の針が彼を襲う事は、火を見るより明らかだ。

 

「なんとかならねえのか、桃──っ!!」

 たまりかねたような虎丸の叫びは、恐らくは返事を期待したものではなかったろう。

 だが桃は低い声で、絞り出すように呟く。

 

「勝機があるとすればただひとつ…それはあの翔霍も気づいているはず……!!

 探しているんだ、千匹の中の一匹を……!!」

 確かに、翔霍の動きは闇雲に布を振り回しているわけではなさそうだ。

 そして、その千匹の中の一匹とは、まさしく…!

 だが、そうしているうちに翔霍の動きが一瞬強張り、振り回したタンクトップの布が手から離れた。

 押さえた左肩に、大きな赤い腫れが見える。

 

「これで貴様は二匹目の毒蜂に刺された。

 いくら毒手使いの貴様とて、三匹目に刺された時は命はない。

 さあ、往生際よく観念するがいい。」

 勝ち誇った顔で嗤う蓬傑に答えず、翔霍はズボンの後ろから筒状のものを引き出すと、その端の金具を口で引く。

 それはどうやら発煙筒であったようで、翔霍の周囲を瞬く間に煙幕が包んだ。

 …いや、あなたさっき水に飛び込んだよね?

 その発煙筒、よく使えたな…いや、止そう。

 彼もきっと邪鬼様と同様、『常識が通用しない』で、全てに説明がつく人種なのだろう。

 そうと思わなければ私の理解力がパンクする。

 事実使えてるんだからそれでいいことにしよう、それがいい。

 

「この状況で煙幕などなんの役に立つというのだ!?

 そんなものに惑わされるな──っ!!」

 蓬傑は嘲笑い攻撃の継続を指示するが、煙は立派に、蜂の巣駆除の際には有効な手段の筈だ。

 調教してあるとはいえ、本能に逆らえるものではない。

 しかし、これで一定時間は蜂の気が逸らせるにしても、それだけだ。

 煙が晴れれば再び蓬傑の指示を実行するだろう。

 闘場の中心は煙に覆われて、外からは状況がわからない。

 

「なるほど…さすがは影慶様。

 くさっt…死天王の将の名は伊達ではありませんな。」

「あなた、今『腐っても』って言おうとし…」

「このガキャアよっぽど命いらんらしいな。」

「すいませんでした。」

 それはともかく、ディーノには翔霍の行動の意味がわかったらしい。

 そうこうしているうちに煙も晴れてきて、その中から翔霍の姿があらわになる。

 

「行けい──っ!!

 とんだ悪あがきをしおって──っ!」

 ここぞとばかりに蓬傑が蜂に指示を出すも、様子がおかしい。

 蜂は命令を無視して、先ほどまでの統制のとれた動きが嘘のように、フラフラと飛び回っている。

 

「あ、なるほど…千匹の中の一匹を、見つけたんですね。」

「その通り。煙を焚いて蜂をパニック状態にし、探しているその一匹のもとまで誘導させたわけです。」

 ようやく私にも理解できた。

 

「フッ、そうか。

 群れを統率する女王蜂を仕留めたらしいな。

 なかなかの着想よ。」

 そう、翔霍が探していた一匹とは、女王蜂だったのだ。

 

「だが、それも手遅れというもの。

 毒がまわってきた今の貴様など、蜂を使わずともこの剣で充分とどめを刺せる。」

 策を破られながらも、蓬傑は自身の優位を疑っていなかった。

 先程の彊条剣(きょうじょうけん)を再び手にして、翔霍に向かって躍りかかる。

 翔霍はその一撃を体術で躱したが、その速度は先ほどに比べると落ちているように見えた。

 このまま連続攻撃を受ければ負ける…が。

 

「…今の一撃で、勝負は既についた。」

 息を吐くような桃の声が、決着を告げる。

 

「つくづくしぶとい男よのう。だが次はない。

 今度こそ、貴様の最期だ。」

「最期なのは貴様だ、蓬傑。

 剣の先をよく見るがいい。」

 言われて、訝しげに動かした視線の先には…!

 

「なに〜〜っ!!こ、これは女王蜂〜〜っ!」

 彼が持つその剣の先には、それに貫かれた女王蜂の無残な姿があった。

 周囲を旋回していた蜂の群れが少しずつ、それに向かって動き出す。

 

「そうだ、貴様が殺したのだ。

 それがどういう意味かわかるな?

 主人を殺された、奴等の怒りは凄まじい。」

 …蓬傑がそれに気づいた時には、もう遅かった。

 それまでは彼の指示に従っていた筈の蜂の群れが、一斉に蓬傑自身に襲いかかってくる。

 

「ヒイッ、や、やめろ──っ!!

 お、俺じゃない!俺が殺したんじゃない──っ!!」

「畜生の悲しさ…蜂はそうは思わん。

 貴様に二度目のチャンスはない。」

 そこからの光景は目にしたくないとでもいうように、翔霍は背を向ける。

 三匹の毒が致死となる毒蜂の、千匹を越える針に一気に刺された蓬傑は、一瞬にして腫れ上がった身体から血を吹き出して絶命する。

 

「あの時、敗北を認めていれば、こうはならなかった。

 …やはり、貴様の運命は『自滅』だったな。」

 その言葉に頷くように、先ほどの紙がふわりと風に舞った。

 

 ☆☆☆

 

 勝負を終えた『翔霍』が、縄ばしごを渡って男塾の陣へと上がってくるのを、塾生たちが固唾をのんで見守る。

 そこを登りきった彼を出迎えたものの、何を言うべきか考えていなかったのか、真っ先に駆け寄った富樫と虎丸が、そのまま固まった。

 

「フフッ。たいそうな歓迎だな。」

 そこはキャラを少しは考えたのか、やや影慶っぽくない軽口から入る『翔霍』に、桃が代表して話しかけた。

 

「…もう、その覆面はいいでしょう。影慶先輩。」

 …だが、『翔霍』は右手の毒手に包帯を巻き直しながら、薄く笑って答える。

 

「何度同じことを言わせるつもりだ。

 …俺の名は翔霍。

 男塾塾長・江田島平八から金で雇われた、プロの助っ人よ!!」

 …なるほど、そういう設定だったんですね。

 しかも全員に正体バレ切ってる状況で、あくまでそれ押し通す気なんですねアナタ。けど…、

 

「…嘘だ。どんな事情かは知らないが、あなたは嘘をついている。」

 自分の仕事はこれまでだとその場を去ろうとする『翔霍』の背に、桃が断言する。

 

「男は金の為などに命を賭けたりしない。

 男が命を賭ける時はただひとつ…!!

 それは、自分の大切なものを護る時だけだ!!

 あなたの闘いがそれを証明している。

 あの死闘は、決して金の為に出来るものではない!!」

 …それでも。

 

「 …俺はプロだ。ただ仕事に忠実だった…それだけのことよ。」

 かつて死闘を繰り広げ、自身を下した男に背を向けて、『翔霍』はその場から歩き出した。

 

 

「ディーノ。私、影慶を迎えに行ってきます。」

「どうしたのです、いきなり。

 ここで待っていれば、影慶殿は戻ってきますよ。」

「…あの蜂の毒は、影慶の耐性にはないもののようですから、一刻も早く解毒をしてあげたいので。」

 嘘はついていないが、それが全てではないことは、影慶の正体と同様バレバレなのだろう。

 けどディーノはそれ以上詮索することなく、

 

「…お気をつけて。」

 と一言だけ言って、送り出してくれた。

 …見られたくはないと思うのだけど、知らないふりはできなかった。

 皆に背を向けた時の影慶が、まるで泣いているように見えた事に。

 

 ・・・

 

 だがその事に気がついた者は、どうやら私だけではなかったらしい。

 覆面のままの影慶を見つけて駆け寄ろうとした時、そのそばに佇む巨漢の姿を見つけて、慌ててその場で気配を消す。

 影慶にとっては唯一無二の主…邪鬼様は、どうやらそこを通る『翔霍』を見極めようと、待っていたらしい。

 その前を、何食わぬ顔で通り過ぎた『翔霍』の背に、邪鬼様は決定的な言葉を投げる。

 

「無意識に、俺の影を踏まずによけてしまったな…影慶。」

 呼ばれた影慶の肩が、判りやすく震えた。

 改めて、彼が演技向きの性格ではないのだという事を思い知らされる。

 

「さ、さて、それは一体どういう意味ですかな…影を踏まなかったのは、ただの偶然に過ぎぬ事……!!」

「この俺の目まで欺けるとでも思うのか!!」

 駄目だ。これ以上は見ていられない。

 私はその場から飛び出して『翔霍』の前に立つと、邪鬼様との間に割り込んで、立ち塞がった。

 

「……光!?」

 なぜ来たとでもいうような眼差しを向ける『翔霍』の呼びかけは無視して、邪鬼様と視線を合わせる。

 

「…やはり、貴様も来ていたか、光。」

「申し訳ありません、邪鬼様。

 けれど今しばらくは何も聞かず、このまま彼を私にお貸しください。」

 …正直気圧されているが、引くわけにはいかない。

 邪鬼様は暫し、私と『翔霍』を厳しい目で見据えていた。

 が、やがてふっと、その視線から圧が消える。

 

「…行くがよい。だが忘れるな。

 たとえ身は離れていようとも、俺たちの魂は男塾の旗の(もと)に、常にひとつであることをな!!」

 …『翔霍』は邪鬼様に軽く頭を下げると私の肩を抱き、そのまま歩き出した。

 

 

「…ごめんなさい。私、余計な事をしましたか?」

 黙って私の肩を抱いたまま歩き続ける影慶を見上げ、そう問いかける。

 影慶は私に視線を向け、一瞬何か言いかけたようだったが、それは言葉として発せられず、首だけが左右に動いた。

 それに納得がいくわけもなく、その目を見つめ続けていたら、不意に視界が塞がれた。

 私の身体は、影慶の腕に閉じ込められ…気付けば、抱き寄せられていた。

 肩に一粒落ちた雫には気づかなかったふりをして、私はそのまま、その胸に身を任せて、目を閉じた。

 

 ・・・

 

「ところで、『翔霍』っていう偽名は、どこから持って来たんですか?」

「今聞くのか、それを!?」




ちなみに、『予選で死んだ時に看取ってくれた男からの連想』という設定です。
つまり『飛燕』。

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