婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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梁山泊戦は、この話が一番書きたかったのです!
…けど、卍丸先輩がかっこよすぎて、書きながら原作を読み返す作業の最中に『はにゃん』となってしまう事の繰り返しで、執筆が滞ってました。
しかも自分がそんな状態である事にしばらく気づきませんでした。
フッ、男塾死天王がひとり卍丸、罪な男よ……!!


4・地獄が見えた、あの日から

「あの外道どもは、この俺がこの手で葬る!!」

 私の中では天動宮の良心ともいうべき男が、ここからでも判るくらいに怒りを全身に漲らせて、闘場への縄ばしごを降りていった。

 大して幅もないそこを途中で追い抜かされた虎丸は、困惑顔でそれについて行くしかない。

 卍丸は次の対戦相手のふたりを見知っているようだが、その様子をうかがう限り、決して昔の知人などという穏やかな関係ではなさそうだ。

 

「男塾死天王のひとり、卍丸…!!謎の多い男よ…!」

 息を呑むように桃が独りごちるのが聞こえたが……いや、おまえが言うな。

 

 …ところで、影慶は何やら『準備をしてくる』と言ってどこかへ行ってしまい、この場には私と男爵ディーノが二人で残された。

 

「準備って…何をする気なんでしょう?」

「フフフ、それは後ほどのお楽しみですよ。

 …それにしても、影慶様があれほどノリのいい方だとは、わたしも思いませんでした。」

「…は?」

 

 ・・・

 

「貴様等外道のうす汚ねえ名など、今更聞く必要はない。

 この世で最凶の邪拳、瞑獄槃家(めいごくはんけ)の使い手、頭傑(とうけつ)體傑(たいけつ)!!」

 名乗りを上げようとした相手側の闘士ふたりを、卍丸が遮ってその名を挙げた。

 

「知っておるのか、わしらの名を。

 だがわしらには貴様の顔も名も、とんと思い出す事はできん。

 もっともわしらを恨んでいる者は、星の数ほど多い…それをいちいち覚えていては身がもたんからのう。」

 背の高い長髪の男の肩に乗った小男が、厭な薄笑いを浮かべて言う。

 

「それは今、この拳が思い出させてくれよう。

 貴様等を捜し、倒すために、今日まで俺は生きてきたのだ。」

 卍丸は割と斜に構えたやつが多い男塾の中では、感情を隠さないタイプだと思う。

 それでも彼がここまで、怒りをあらわにしている姿を見るのは初めてだ。

 

「凄まじいばかりの殺気よ。

 よほどわしらは恨まれているらしい。

 では、その恨みを晴らすのにうってつけの、勝負の舞台をわしらから用意してやろう。

 古来、拳の世界において先達たちは、2対2の遺恨試合のために、恐るべき決闘法を考案した。

 その名も冠硫双刻闘(かんりゅうそうこくとう)!!」

 言って小男が背の高い方に指示を出す。

 どうやら立場は小さい方が上らしい。

 指示を出された方は闘場に柱を立てると、その上にガラス製の容器を取り付ける。

 更に同じものを、離れた場所にもう一本。

 てゆーか、結局また相手の言う通りの勝負とか、なんなのこの人たちは。

 

「これで準備は整った。

 では、この冠硫双刻闘(かんりゅうそうこくとう)の作法を説明しておこう。

 この柱の中央についたガラス容器は、砂時計ならぬ水時計となっている。

 つまり液は少しずつ下に流れ落ち、正確に3分すると上は空になり、下部の容器は満たされる。

 ただ、この水時計がほかと少し違うのは、中に水の代わりに極硫酸が入っており、3分経って下に液が満たされた時、その重量で底が抜ける構造になっていることだ。

 お互いどちらか一人は柱についている錠で、その容器の下に固定され、人質となる。

 一方、闘者は常に人質に注意しながら闘わなければならない。

 人質の頭上の容器は、3分間が経つと底が抜け、極硫酸を全身に浴び即死ということになるからだ。

 それを防ぐにはこうすればいい。」

 小男は頭上のガラス容器に手を伸ばすと、上下をくるりと回転させる。

 なるほど、これでまた3分は時間が稼げるということか。

 

「…光君、キミ今、チベットスナギツネみたいな顔になっていますよ。」

 男爵ディーノが横から私の顔を覗き込んで、そんな事を言う。

 チベットスナギツネがどんなのか知らないが、失礼な事を言われているのは何となくわかった。

 まあ、そんなことより。

 

「さあどうする、受ける勇気はあるか?

 無理にとは言わん。

 嫌なら普通に戦っても良いのだぞ。」

「あったりめえだ馬鹿野郎!!

 だれがそんなのにのるかってんだ──っ!」

 虎丸…私は今おまえを心から尊敬している。

 NOと言える勇気、大切です。

 ただ悲しむべきは男塾(ウチ)には多分、その勇気を示せる奴がおまえ以外にいない。

 そして少数派であるが故の弱さで、その勇気が空気読めないと解釈される理不尽。

 虎丸は空気読めない子じゃないから!

 むしろこのメンバーの中じゃトップクラスに読めるタイプだから!

 読めるが故に敢えて読まない時もあるみたいだけどね。

 

「よかろう、その勝負受けてたとう!!」

 そんな断る方向に全力前進だった虎丸を制して、卍丸が勝手に了承する。

 ほらな、やっぱりそうなると思ってたわ。

 

「冗談じゃねえぞ卍丸!

 どうせ俺が柱にくくりつけられる役じゃろが──っ!!

 大体、何があったか知らねえが、奴等との因縁とやらも、俺に一言も教えねえで命を預けろってのか──っ!!」

 そう。虎丸は馬鹿じゃない。

 彼を誤魔化したまま命を賭けさせようなんて無理に決まっているし、虎丸には聞く権利がある。

 それが卍丸にも判ったのだろう、奴等への殺気を消さぬまま、その因縁をようやく語り始めた。

 …魍魎拳の宗主のもとで修行していた、まだ少年とも呼べる年齢だった頃の卍丸が、奴等と出会ったのは7年前のこと。

 

「一手、勝負を所望する!」

 そう言って乗り込んできた2人を、師は一度は帰れと促したが、2人は強引に挑んできた。

 その2人がかりの攻撃を苦もなく捌く師に、敵わぬと悟った彼らは卍丸を人質に取り、無抵抗の師をその手にかけたのだという。

 仇を取ろうと無策に襲いかかるも返り討ちにあい、谷に投げ落とされた卍丸は奇跡的に命を拾った。

 その後、更なる修業を重ね、最後に百人毒凶に挑んでそれを極め、“拳聖”の称号を与えられた卍丸のモチベーションは、彼ら2人を倒し師の復讐を遂げる事にあったのだ。

 

「……って、あいつら聞いてませんね。」

 大きい方は欠伸してて、小さい方に至っては鼻ほじりながら、何事か指示を出してるぽい。

 

「まあ、いいんじゃないですか。

 卍丸様が本気な事はすぐに奴等にもわかる事です。」

 ともあれ、一通り話を聞いた後の虎丸の行動は早かった。

 

「ちくしょう、えれえ貧乏クジをひいちまったぜ。

 俺はいつもこういう役まわりだ。」

 ぶつぶつ言って不満げな表情を浮かべながらも柱の下に胡座をかき、自分から枷を手首にはめたのだ。

 

「そのかわり必ず、あの外道たちを倒せ……!!

 命は、おめえに預けたぜ。」

「……礼を言うぞ、虎丸!!」

 覚悟を決めた目で見上げた虎丸に背を向けて、卍丸は仇と対峙した。

 

「卍丸様ならば、虎丸をそんな目にあわせるような事はないでしょうが、万が一の時の為に、いつでも投げられるよう煙玉を用意しておきましょう。

 その隙に身柄を回収して、あなたに治療していただければ助けられるでしょう?」

「そんなに素早く闘場まで移動できますか?

 硫酸の濃度が濃いようですし、助けるにはスピード勝負になります。

 あと、手に付けられている錠も外さないと。」

「外す必要はありません。

 これで、鎖を切ってしまえば済む話です。

 あちらに移動する方法もございますので、どうぞご安心を。」

 ディーノが手にしたカードを指先でヒラヒラさせながら、悪そうな笑みを浮かべた。

 

「用心するがいい體傑。

 奴には並々ならぬものを感じる。」

 小さい方が言いながら、同じようにして柱の下に腰を落とした。

 大きい方を彼が體傑と呼んだということは、この小さいほうが頭傑ということか。

 

「見せてやろう、瞑獄槃家(めいごくはんけ)秘技の数かず…!!

 この指が、奴の血を吸いたがっている。」

 さっきからやたらとお喋りな頭傑とは逆に無口だった體傑が、初めて言葉を発する。

 構えを見る限りどうやら指拳の使い手らしい。

 だがそれは卍丸も同様だ。

 

「来るがいい、地獄への扉を開くのだ、體傑!!」

 大威震八連制覇において、王先生が『凶器そのもの』と評した指拳の構えを、卍丸も取った。

 それに體傑が僅かに反応する。

 

「その構え…どこかで拳をあわせた記憶がある。」

 おまえ、さっきの卍丸の話聞いてなかったもんな!

 

「思い出させてやろう。

 貴様の命とひきかえにな…!!」

 そのやり取りを皮切りに、2人が同時に間合いに踏み込む。

 目にも留まらぬ拳が交差し、同じタイミングで間合いを離す。

 次の瞬間、體傑は肩の、卍丸は右腕の防具を、互いに砕かれていた。

 

「なるほどな…少しは使えるようだ。

 だが貴様にこれが受けられるか!!

 瞑獄槃家奥義・千掌舞(せんしょうぶ)!!」

 再び飛び込んできた體傑が、無数の突きを繰り出してくる。しかし、

 

「ホッホッホ、卍丸様にスピードで挑むなど、なんと愚かな。」

「デスヨネー。」

 ディーノの言葉に、私も頷く。

 

「笑わせるな、それが奥義だと!!」

 そしてディーノの予想通り、卍丸は體傑の指拳をあっさり見切ると、それをVサインのように出した二本の指で挟んで止めた。

 體傑の目が驚愕に見開かれる。

 師を殺された当時は確かにまだ未熟だったのだろうが、今はどう見てもこの體傑より卍丸の方が強い。

 以前桃に貸してもらった漫画の主人公の台詞を真似れば、

 

『俺を変えたのは執念!』

 とでもいったところだろうか。

 …ところで桃は、この主人公が私に似ていると言って貸してくれたのだが、桃の目には私があの主人公のようなムキムキマッチョに見えているという事なのか。

 い、いやそんな事はどうでもいい。

 

「わかるか、俺のこの七年間の怒りと悲しみが。」

 更に、挟んだままその指に力を込めると、挟まれた體傑の中指が、千切れて落ちる。

 そこに間髪いれず卍丸が攻撃を加えるもそれは躱され、體傑は卍丸から一旦間合いを離した。

 

「来い……!!地獄を見るのはこれからだ。」

 足元に落ちた體傑の指を踏みにじりながら、卍丸が挑発する。

 

「なめたマネを──っ!!

 この程度のことは俺にとって、どうということはない!!」

 どうやら一気に頭に血が上ったらしい體傑が、彼らにしてみれば生意気な若造程度であるはずの卍丸のその挑発にまんまと乗せられて、無策に突進して拳を繰り出す。

 だが卍丸は、霧の中なら十分身できる男なのだ。

 神業ともいえるその卍丸のスピードについていけず、體傑の拳が掠るのは残像のみ。

 あっさりと背後を取られ、その背に手刀を突きつけられて、體傑は明らかに怯んだ。

 

「俺の師は、こうして貴様の指拳で背後より貫かれ、無惨に殺された。

 どうだ、思い出したか。あの日のことを……!!」

 自身が何故殺されるのか教えてやろうというせめてもの情けなのか、卍丸が體傑の耳にその罪を囁く。

 

「そ、そうか。貴様、あの時のガキ……!!」

「フッフッフ、なるほどな。

 確か裏山の谷へ落として殺したはずの、魍魎拳・(げん) 訕嶺(せんれい)の門弟か……!!」

 背後を取られ死の恐怖をリアルタイムで味わっている體傑とは対照的に、頭傑は落ち着き払って情報を整理している。

 そして、虎丸は。

 

「すげえぜ卍丸!早くも勝負あった──っ!!」

 …足で拍手(言葉のチョイスに違和感)している。

 だが、時間はすぐそこまで迫っていた。

 虎丸の頭上の水時計の、底の部分が膨れ始めたのだ。

 

「ま、卍丸〜〜っ!!こ、こ、これ〜〜っ!」

 虎丸の声に卍丸が駆けつけ、素早く水時計をひっくり返す。

 その間に、卍丸の手が離れた體傑もまた、頭傑の水時計をひっくり返していた。

 

「こりゃあ、虎丸の根性なしが──っ!!

 なんで我慢しねえ───っ!

 おまえが騒がなければあとひと息で、體傑の野郎を倒すことが出来たというのに──っ!!」

 自陣から富樫が叫んでいるが…地味にヒドイ。

 

「ふ、ふざけるんじゃねえ、人ごとだと思ってーっ!!

 俺に極硫酸、頭からかぶって死ねっていうのか──っ!!」

 それに虎丸が言い返している間に體傑が、また妙なものを用意し始める。

 それは、先に球がついた棒のようなもので、それの反対側の端を、腹部の防具にはめ込んでいるようだ。

 

「そうじゃ、それを最初(ハナ)から使えばよかったのだ、體傑。

 奴の凄まじいわしらへの執念と気迫に、対するにはそれしかあるまいて。」

 …どうでもいいがこの小さいオッサンの余裕がどうも気になる。

 しかし考える間もなく、體傑の戦闘準備が整ったようで、體傑はその棒を支えに、両腕を広げて地面と平行になる体勢を取った。

 …申し訳ないが、絵面は若干マヌケだと思う。

 

「瞑獄槃家秘奥義・奔睫旋裂球(ほんしょうせんれつきゅう)!!」

 だが體傑はそのマヌケな体勢から勢いをつけると、凄まじい勢いでコマのように回転し始めた。

 両手を広げた状態なので、手刀が回転しているように見える。

 その回転速度がどんどん速くなり、力が充分にのったと思われた頃、それは卍丸と虎丸のいる方向に突っ込んできた。

 その動きを止める事は不可能と見るや、卍丸はその軸を蹴って移動方向をずらす。

 これで動けない虎丸が直撃を受ける事態は一先ず避けられたが、體傑の回転はますます速くなっていくようだ。

 

「旋裂球、またの名を殺人ゴマ。

 この回転力より生まれる素早い移動攻撃から逃げられはせん。」

 今度は卍丸に的をしぼって突進してくるそれを、体術を駆使して躱す。

 だが完全に躱しきれなかったと見え、掠った背中から血が飛沫(しぶ)いた。

 

「今度こそ、貴様の師匠のもとに送ってやろう。」

 言いながら再び向かってくるそれに、卍丸は…、

 

「魍魎拳奥義・龔髪斧(きょうはつふ)無限還(むげんかん)!!」

 髪の中に仕込んでいた刃のブーメランを、両手の指先で挟んで投げ放った。

 あれは、まるで……い、いや止そう。

 あーうん、影慶から聞いてはいたんだよね。

 予選リーグの、確か淤凛葡繻(オリンポス)というチームと戦った時、卍丸が髪の中に武器を隠してたって話は。

 ただ、実際に見てはいないし、ラジオ放送はダイジェストだったしで、実際にどんなものかは、今初めて知った。

 以前天動宮で、『俺はヘアスタイルにはこだわりがある』とか言って絶対に触らせてくれなかったのだが、今思えばヘアスタイルがどうこういう話ではなく、単に危ないからだったんじゃないだろうか。

 だがそれはさておき、卍丸が放ったそれを躱すために一旦體傑の動きが止まり、戻ってくるそれも余裕で躱される。

 

「俺には通用せん!!今度こそ真っ二つにしてやる!!」

 しかし、完全に躱し切ったはずのそれは再び戻ってきた。

 體傑の腹部を支えている棒に当たってそれを折る。

 體傑は無様に地に落ちはしなかったが、その目は驚きに見開かれていた。

 

「驚いた技よ。

 まさかブーメランが一往復半もするとはな。」

「貴様に殺された我が師の形見だ……。

 だが、貴様はひとつ勘違いをしている。

 奥義・龔髪斧(きょうはつふ)無限還(むげんかん)……。

 それは獲物をとらえるまで、何度でも往復する!!」

 卍丸の言葉を聞いて、振り返る暇もなく、龔髪斧(きょうはつふ)は次の瞬間、體傑の背に深々と突き刺さっていた。

 

「ウワッハハ、すげえぜ卍丸〜っ!!

 ウルト◯セブンもまっ青の神技だ〜〜っ!!」

 やめろ虎丸!

 私が敢えて言うのを避けたのに、そこに言及するんじゃない!!


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