婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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6・forget me not

「こんな伝説を御存知ですかな?

 古代エジプト神話において、砂漠のスフィンクスはそこを通る旅人に謎なぞを出し、それに答えられぬ時、喰い殺したといいます。

 そこでツイン・スフィンクスの右将(ライトアーム)・このホルスが、貴方にもひとつ謎なぞを出しましょう。

 この問題が解ければ貴方にも、生きのびるチャンスはあります……!!」

 カラスを肩にとまらせたホルスが、獲物をいたぶって遊ぶような口調で、なにやらふざけた事を言う。

 それはそれとして、さっきセンクウと戦った奴といい、その前の対戦チームの次鋒と大将といい、なんか決勝リーグに入ってから、動物率高過ぎやしないか。

 うちのチームにも動物使いが居るからあまり言いたくはないが、何度も言うようだが私は動物が好きではない。

 カラスは蛇やら虫やら蝙蝠やらよりはマシなので辛うじて今は影慶にしがみつかずに済んでいるが、それでもあの黒いのが群れをなしてるのを見るのは、正直気持ち悪いと思う。

 

「闇から舞い降りてきた黒い悪魔によって、朝の光も夜の闇も見えない永遠の闇の恐怖の中、響き渡る死の調べを聞きながら毒蛇の牙にかかり、もがき苦しみながら死んでいく…

 その人、だぁ〜れ!?」

 そんな事を思っている間に、問題が出されてしまった。

 ごめん、相変わらずヴィジュアルのインパクトが強烈過ぎて、言ってる事が頭に入ってこないわ。

 

「…くだらぬな。

 前提そのものが間違っている謎かけになど、答えようがなかろう。」

 隣の影慶が呆れたように呟く。

 

「どうやら答えは出ないようですね。

 よろしい。

 では答えを教えて差し上げましょう。」

 ホルスの肩からカラスが飛び立ち、それが伊達に向かっていく。

 そのカラスは何か玉のようなものを脚で掴んでおり、迎撃しようとした伊達に向けて、器用にそれを投げつけた。

 伊達はほぼ反射的にその玉を槍の穂先で突く。

 瞬間その玉が、大袈裟に煙を立てて破裂した。

 

「その目つぶしの煙は視神経を麻痺させ、少なくとも一時間は、あなたを失明状態に陥れます。」

 これが闇の恐怖だとホルスは笑い、上空のカラスたちに指示を出す。

 カラスは一斉に伊達に襲いかかったが、伊達は襲い来るカラス達を、1羽1羽、正確にその槍の穂先にかけてみせた。

 

「なめるな……視覚を奪った程度のことで、この俺が倒せると思っているのか。」

 先ほどの綱渡りといい今といい、この男にできない事など本当にないのだろう。

 そう思うしかないほど鮮やかな手並だ。

 

「さすがですね。

 貴方ほどの腕なら目は見えずとも、かすかな音と気配を耳で察知し、戦うことができるでしょう。

 しかし唯一の手立てである、その聴覚までもが断たれた時、どうなるか?」

 言ってホルスは、今度はカラス達に鈴を鳴らさせる。

 響き渡る死の調べとはこの事らしい。

 更に指一本一本に金属の爪を装着して、指先でそれを示す。

 

「そして、仕上げの毒蛇の牙とはこれのこと。

 この爪に塗られた猛毒は、僅かなかすり傷でさえ、貴方を一瞬にして死の世界へと導きます。」

 …てゆーか、こんな事を言ったらまた影慶に呆れられる気がするから言わないが、目の見えない伊達に対して『これ』とか言っても…い、いや、やはり止そう。

 

「これで謎なぞの答えは出たでしょう。

 その答えは伊達、貴方自身です。」

 鈴の音が鳴り響く中気配を消し、毒爪を振りかざしながら、ホルスは伊達に忍び寄る。

 この状態では仲間たちがホルスの位置を教えても、あの鈴の音に声はかき消されるだろう。

 そして遂にホルスは間合いに入ると、伊達に向かって毒爪を振りかぶり…。

 次の瞬間、伊達はホルスの毒爪を槍で弾き、その攻撃を躱して、更に攻撃まで加えていた。

 寸でのところをホルスが体術で躱し、一旦間合いの外に出るが…今、微かに金属音がしたよね?

 

「…また遊んでるし。」

「ああ。伊達の勝ちだ。」

 私の思わず漏らした呟きに、影慶も同意してくれる。

 

「貴様…一体どうして、わたしの気配を……!!」

 自身の策をあっさり破られた事に、ホルスは本気で驚愕している。

 

「わからぬか。貴様のその厚化粧よ。

 それだけ口紅や香料を塗ったくれば、その匂いは相当なものだ。

 ならば匂いによって位置を察知されぬよう、貴様は風下から攻撃にうって出る筈。」

 ああもう、だからシャネルは暗殺者的にはアウトだとあれほど。

 そもそも化粧品は香料どころか原料臭すらない日本製が一番だと、今切々と語りたい。

 てゆーか自分のつけてる匂いって慣れるとわからないっていうし、ホルスが化粧品の香りの事とか気にしないアホだったらどうするつもりだったんですか伊達。

 

「だが次はそうはいきません。

 この香水をカラスどもにふりかけ、嗅覚さえも撹乱して、貴方を葬りましょう。」

「いい加減にしろ。

 今度は俺がおまえに問題を出そう。

 …さっきの一撃の時、己の毒爪を一本折られたのも気づかずまだ勝つ気でいる、厚化粧のオカマ野郎はだーれだ!?」

 いやそれ、問題文に悪意がある!!

 ハッとしたようにホルスが、自身の指を確認した瞬間、伊達の振るった槍が、その頬を掠めて傷をつけた。

 

「正解者への豪華商品は、地獄巡り永遠の旅だ!!」

 その穂先には、先ほどホルスの指からもぎ取った毒爪が光っていた。

 

 自身の使った猛毒にホルスが倒れると、カラス達が一斉に伊達に向かって襲いかかってきた。

 

「覇極流奥義・渦龍回峰嵐(かりゅうかいほうらん)!!」

 既に視力が戻ってきた伊達が不覚をとる筈もなく、その槍技にカラス達は次々と落とされていく。

 これはホルスの指示ではないらしく、むしろ敵わぬからと静止の声をかけ続けるホルスは、その目に涙すら浮かべていた。

 

「あのカラスどもも、伊達殿を倒せるとは思ってはおらん。

 既に命は捨てているのだ。主人と死を共にする為に…。」

 カラス達とホルスの絆の重さに、雷電が感じ入ったというようにしみじみと言葉を紡ぐ。

 雷電は優しいから、思うところも多いのだろうな。

 すべてのカラスが伊達の槍に叩き落された闘場で、とどめを刺せと心臓を指し示すホルスに向けて、伊達は槍を向ける。

 だが、その穂先が貫いたのは、ホルスの心臓ではなく肩口だった。

 

「この上まだ、なぶり殺しにするつもりか…!!」

「頬の傷から入った毒が、大動脈に達し全身にまわる前に、細静血管を断ち切った。

 これで毒はすべて流れ出るだろう。

 命が惜しければ、そのまましばらくじっとしていることだ。」

 そう言って背中を向け、自陣に向かって伊達が歩き出す。

 どうやら先ほどのセティ戦の時脱ぎ捨てた靴はこの闘場に落ちていたらしく、いつの間にか回収して既に履いている。

 その足が、カラスを踏まぬように注意を払っているように見えるのは、私の気のせいだろうか。

 

「ふざけるな!

 この期に及んで命など惜しいと思うか…!!

 わ、わたしに殉じて死んだあいつらを差し置いて、自分だけが助かろうなどと……!!」

 そんな伊達の情けを、むしろ侮辱と受け取ったのだろう、ホルスはまだ毒の影響が残り、ろくに動かせない身体を這わせ、燃える目で伊達を睨みつけた。

 

「…まったく、世話の焼けるオカマだぜ。」

 伊達はため息をついてから、何故か槍を宙に掲げる。

 そして次にはその柄を、足元の地面に叩きつけた。

 

「なっ!?」

 瞬間、死んだと見えていたカラスが、一斉に空へ飛び立った。

 

「すべて当て身で、仮死状態にしておいただけのこと……いい友をもったな。」

 どうやらカラス達の忠義に心打たれたのは、雷電だけではなかったらしい。

 そもそも情の深い男だとは思うが、随分と甘いところもあるようだ。

 

 …本来なら私たちが動かねばならなかった事態なのに、気がついた時には終わっていた。

 自陣に向かって歩く伊達の背に向かって、例のアヌビスという犬マスクが、その手から槍を投げ放った事も。

 伊達がその気配に気付き身を躱すより先に、命を助けられたホルスが盾となって、身代わりにその槍を受けた事も。

 

「何故、俺を助けた…?」

 そう問うた伊達に、

 

「男が、男のために命を捨てる時はただひとつ。

 その男気にほれた時だ……悔いはない。」

 答えて、そのまま力尽きた事も。

 全て遅きに失し、伊達が怒りにその身を震わせるのを、ただ見る事しかできなかった。

 

 伊達は、あのひとを忘れることはできないだろう。

 せめてこの世で最後に、心から認めた男の記憶に永遠に残る事が、ホルスの幸せであってくれたならと、思わずにはいられない。

 

「伊達…おまえの出番は終わった。

 その怒りと悲しみ、この俺が引き継ごう。」

 そう言って闘場へと進み出る桃を遠くから見て、私は改めて、あの場に闘士として立っている男たちを、羨ましいと思った。

 私も、あなた達の為に、戦いたい。

 心の底から、そう思った。

 戦いの間にかけ直された縄ばしごを渡って戻ってきた伊達とすれ違いながら、桃がその想いを受け取るように、頷いたのが確かに見えた。

 

 ☆☆☆

 

 ところで。

 

「…さっきからあっちの隅の方で、何か蠢いている気配がするんですが、捕獲してきて頂いていいでしょうか?」

「ふむ…?」

 影慶に頼んだら、何故か猿を3匹抱えて戻ってきた。

 

「…気配の殺し方に明確な意志を感じたから、てっきり人間だと思っていたのですが。」

「人に飼われていたものだろう。

 主人とはぐれたのではないかな。

 頭部に怪我をしているが手当てされた形跡がある。

 それが治らぬうちに動き回って弱っているようだ。」

 そうか、ぐったりしているのは影慶が何かしたせいではないのか。

 思わず後ずさって少し遠くから話をしていたのだが、抵抗する様子もないようなので、そっと近寄って反応を見る。

 覗き込むと、やけに賢そうな目がこちらを見上げた。

 一匹の頭部に触れたが、やはり抵抗する様子は窺えない。

 諦めているのか、本当に人慣れしているのか。

 的が小さすぎて感覚が判りづらかったが、頭部のツボをなんとか捉えて氣を送り込む。

 体毛で判りづらいが、無事に傷は塞がったようだ。

 残りの二匹も同じように傷を塞いでやると、猿たちは嬉しそうに飛び跳ね始めた。

 

「暴れんな。まず食べろ!そして寝ろ!

 体力回復しなきゃ完全には治らん!」

 それ以上は触りたくなかったので、申し訳程度に携帯していた菓子をいくつか投げてやる。

 猿たちはそれを拾うと、お辞儀のような仕草をして、岩山の影へと消えていった。

 …随分と念のいった躾がされていたらしい。

 人間の食べ物を与えても大丈夫だろうかという懸念はあるが、今は私の氣が作用しているから、悪いものなら排出されるだろう。

 

「何だったんだ一体…けどまあ、無事にご主人に会えるといいですね。」

 闘場の上空では、主人を失ったカラス達が、どこか悲しげに未だ飛び回っている。

 彼らはもう二度と、主人に会う事は出来ないのだから。

 私が小さく呟くと、影慶が私の頭を、軽くぽんぽんと掌で叩いた。

 

 と。

 

「ぜ、全員気をつけ──っ!!」

 男塾の側の陣から、羅刹の大声が響いてきて、思わずそちらに目を向ける。

 

「な、なんだなんだ。」

「…どうやら邪鬼様が、剣にお言葉をかけられるようだ。

 特に決まっている訳ではないが、そういった時、全員に号令をかけるのは大抵、羅刹の仕事だからな。」

 …まあ確かに声も身体も大きいし、それなりに威圧感あるからね彼。

 メンタル豆腐だけど。

 そして男塾の帝王が放つそれ以上の威圧感が、こっちの肌まで刺してくる雰囲気を感じて、私は思わず影慶の腕にしがみついた。

 

「凄まじい殺気だ。それは貴様も感じていよう。

 あの犬男から放たれるものかどうかはわからんが、この邪鬼でさえ未だかつて経験したことのない、異様な殺気を感じる。」

 邪鬼様はマントの内側から、なにかを取り出して桃の方に無造作に放る。

 …あ、あれは先日、この大武会が始まる前に天動宮を訪ねた時、邪鬼様に頼まれて、私が即興で縫った巾着袋ではないだろうか。

 色に確かに覚えがある。

 正直、裁縫に関しては私よりも塾生達の方が上手いので、出来上がりは微妙だと思ったが。

 

「…持っていけい。

 それを開ける時は、貴様が死を覚悟した時……!!

 それまで決して、中を見る事は許さん。

 ……それだけだ。心してかかるが良い。」

「押忍!ごっつぁんです!!」

 答えながら巾着袋を指先で弄んだ桃の表情からは、先ほどまであった硬さが抜けていた。

 

 …ふと、しがみついた腕に微かな震えを感じ、影慶の顔を見上げた。

 影慶は私の視線に気づかぬまま、じっと自陣を…邪鬼様の姿を見つめていた。

 ……ちょ!その目はやめて!

 そんな、主人のところに駆け寄りたいのに我慢してる犬みたいな目をしないで!

 あなたも必ず、主人のもとに返してあげるから!!




ホルスに槍を投げつけた時のアヌビスのセリフに、明らかに使用状況を間違っている『語るに落ちた』という言葉があり、その辺に対する光の脳内ツッコミも書いていたのですが、どう考えてもそこからのシーンのシリアス加減がそれを崩す事を許してくれなかったので、アヌビスのセリフごとカットしました。
一応書いたのはこんな内容です。

「語るに落ちたな。
ツイン・スフィンクス右腕(ライトアーム)のホルスともあろう者が。
敵に情けをかけられるなどとは……。」
いや、『語るに落ちる』って、うっかり自分から隠し事をバラす時とかに使う言葉なんだけど、やはりこの方々は日本人じゃないから、たまに間違うのは仕方ないんだろうか。
というか、何故こいつら全員日本語喋ってるんだろうか。
……いや、これだけは絶対につっこんではいけないポイントである気がする。
ここに踏み込んだらたとえ主人公といえど、世界から抹殺されるくらいのタブー感をひしひしと感じる。止そう。
てゆーか主人公ってなんのことだ。

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