婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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藤堂兵衛はガチで無自覚にアッーな人だと思ってる。
飛燕は虐め壊したくなり、伊達はクローン作るくらい手に入れたくなるとか。
そしてそんな自身の性癖にはきっと一生気がつかない気がする。
そんな御前の嗜虐性を思わず刺激するくらい、ネスコンス戦の飛燕は美しすぎました…!


3・乱れ咲く薔薇のように紅く

「あの、煮えたぎる溶岩の池に点在する、不安定な足場で闘えってのか……!!」

「それに、P(ファラオ)S(スフィンクス)陣に続く縄ばしごは残っているが、俺達の縄ばしごはなくなった……。

 これじゃあ飛燕は帰って来れねえぞ。」

 富樫と虎丸の言う通り、この状態では選手交代すらできはしない。

 もっともこの闘場で闘える者が他にいるとすれば、同じ三面拳の雷電か月光くらいのものだが。

 より適任なのは雷電かな。

 彼ならこんな足場、問題にもならなそう。

 あと、溶岩じゃなく赤酸湖だから。

 多分御前も知らないと思うけど。

 

「…どうやら、勝っても負けても、救助は必要になりそうだな。」

 影慶が言うのに、黙って頷く。

 …そういえばこの男も、月光と戦った時、地面から突き出た尖った杭の上に立ってたっけ。

 ここに至るまでの対戦チームを見てきた中でうっかり忘れそうになっていたが、男塾(ウチ)の選抜メンバーも充分に超人揃いだ。

 慣れって怖いなとしみじみ思った。

 

 ・・・

 

 ひと通り闘場の状態が落ち着き、蒸気が晴れてくると、飛燕が立つ杭からそう離れていない別の杭の上に、古ぼけた壺が置かれているのがわかった。

 そして…!

 

「フフフ…俺の名は王家の谷の守護者達(ファラオ・スフィンクス)第三の使者、石壺(クヌム)のネスコンス!!

 飛燕とかいったな。

 ピネジェムを破るとは見事だった……!!

 だが、貴様の命はこれまでだ。」

 名乗る声は、その壺の中から聞こえてくる。

 飛燕もそれに気がついたようで、表情に驚愕を浮かべながら、手にした鶴嘴を壺に向けて投げ放つ。

 命中した鶴嘴にあっさり砕かれた壺の中から…うん、なんというか、全身の関節どうなってんの?と思わず訊ねたくなるような体勢の男が現れ、そいつは一旦その場から跳躍すると、先ほどから少し離れた杭に飛び移り、人差し指1本でそこに着地した。

 なるほど、どうやらこの勝負、完全に体術対決になるようだ。

 

「クックック…この美しき獲物を、(わたくし)めにお与えくださった事を、感謝しますぞ。アヌビス様。」

 …その言葉を聞いてふと、大威震八連制覇(だいいしんぱーれんせいは)の際に独眼鉄が自身に課していた変態キャラを思い出した。

 飛燕ってひょっとして、本人の意志でもなんでもなく、相手の嗜虐心を刺激しちゃうタイプなんじゃなかろうか。

 そんな事を考えていたら、急にストンと腑に落ちた。

 このタイミングで、御前が闘場を模様替えした理由は…()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「まずはほんの手始めといこう。」

 ネスコンスはそう言うと、人差し指1本で支える足場から跳躍して、飛び回りながら飛燕に攻撃してきた。

 体術は飛燕もかなりの達人である筈だが、この男のそれはどこか異質で、攻撃パターンも読み辛い。

 …これはひょっとすると、雷電でも苦戦するかもしれない。

 このままギリギリで避けていても埒があかないと思ったのだろう、飛燕が間合いを取り直して攻撃に転じる。

 

鶴嘴千本(かくしせんぼん)三点衝(さんてんしょう)!!

 この距離では、躱すすべはない!!」

 その通り、飛燕の手から放たれた三本の鶴嘴は、まっすぐネスコンスのもとに飛び、ネスコンスはその場から動かなかった。

 …にもかかわらず、鶴嘴はネスコンスの身体をすり抜けて彼の後方に飛び、虚しく赤酸湖の中に落下する。

 ネスコンスの体全体が骨格の構造を無視するかのように動き、鶴嘴を避けて曲がったからだ。

 

「我が名石壺(クヌム)のネスコンスのクヌムとは、古代エジプト語で、酢を入れる壺のこと……!!」

「ぬうっ!!

 今、酢を入れる壺とか言いおったな……!

 ま、まさか奴め、中国拳法でいう、晏迢寺(あんこうじ)軟體拳(なんたいけん)を……!!」

 ネスコンスが言うのを聞き、自陣から雷電の、息をのむ声が聞こえた。

 

 晏迢寺軟體拳…一般に酢が人間の体を柔軟にする成分(ビノドキシン)を多量に含有することは知られている。

 この性質を応用し、特殊な拳法を編みだしたのが、晏迢寺軟體拳である。

 その修業者は、この世に生をうけた時より、酢を満たした大瓶の中で生活・成長し、超柔軟な体質をつくりだしたという。

 その人体構造の制約を超えた拳法は、必勝不敗の名をほしいままにした。

民明書房刊『世界の怪拳・奇拳』より

 

 …本当になんでも知ってるんですね、雷電は。

 その後に続いた話は、なんか覚えてると今後ラッキョウ食べられなくなりそうだったから早々に記憶から排除したけど。

 

「見せてやろう。

 この体質を生かした、世にも怪奇な必殺技を!!

 P(ファラオ)S(スフィンクス)秘承義・アマルナの黄昏!!」

 私の意識がほんの少し別の方向にそれている間に、ネスコンスは杭の上に、両脚を腕で持ち上げて、その状態から爪先立ちをするという、言葉にすると状況がまったくわからない体勢をとっていた。

 

「アマルナとは、伝説の赤い砂漠を意味する言葉…。

 そこに夕日が落ちる時、天と地はすべてを真紅の血の色に染め、そこを通る旅人を、死の世界に(いざな)うという。

 貴様もそのアマルナの黄昏に、全身を真っ赤な血に染めて死ぬのだ!!」

 言って、その体勢のまま高速で体を回転させ、空中へと飛び上がったネスコンスは、そのまま飛燕の頭上に落ちる。

 跳躍して他の杭に着地して躱す飛燕の、さっきまで足元にあった杭が、ネスコンスが着地すると同時に、落下の衝撃と回転の力で砕け散った。

 だが完全に砕ける前に、ネスコンスはもう跳躍しており、同じような息をもつかせぬ攻撃を繰り返す。

 これではさすがの飛燕も防戦一方。

 それでもギリギリで何とか躱し続ける飛燕に焦れたのか、作戦を変えると言ったネスコンスは、そのままほぼ全ての足場の杭を、その技で破壊していった。

 残したのは、自分が着地する為の杭と、飛燕が立っている杭、その二本のみ。

 2人の間の距離は、3メートルはあろう。

 もうそこから動く事は出来ないと笑うネスコンスに、飛燕はそこから鶴嘴を構える。

 

「それは貴様とて同じこと。

 いや、この距離では、並外れた体術を活かせなくなった貴様よりも、千本を持つわたしの方が有利になった。」

「ククッ…そう思うのは当然。

 まだおまえはこのネスコンスの持つ肉体の、真の恐ろしさを知らんのだからな。」

 そう言ってネスコンスは、腰の防具のどこからか、手甲型の武器を取り出して装着し……、

 その腕を、飛燕の胸元まで伸ばした…文字通り。

 

「き、貴様……!!」

 まさかこの距離からの直接攻撃があるなどとは思わず、防御姿勢をとっていなかった飛燕の胸元が、切り裂かれ、血が飛沫(しぶ)いた。

 

「思い知ったか。

 これぞアマルナの黄昏、真の意味!!」

 

 ☆☆☆

 

「俺の肉体は、酢壺の法と長い修練の末、四肢の関節を外し、その長さまでも意のままにする事が出来るようになったのだ!!」

 その言葉通り、ネスコンスの武器を装着した腕が、まるで飛び道具のように襲いかかってくる。

 跳躍して躱しても、それは曲線を描いて戻ってきて、着地の瞬間を狙って、わたしの身体に傷を増やしていった。

 何せ足場はこれ一本。

 一旦避けても、戻る位置はここしかないのだから、攻撃の目標をつけるのは容易いだろう。

 跳躍の軸にしていた方の大腿部を奴の武器の刃が抉り、一瞬体勢を崩すも何とか堪える。

 

「これで貴様は、宙へも逃げる事は出来なくなった筈。」

 嘲笑うネスコンスに向けて千本を放つ。

 奴が武器でそれを弾いたと同時に、驚くべき速さの攻撃が、わたしの全身を切り刻んだ。

 

「どうやらアマルナの黄昏の時は来たようだな。

 今まさにおまえの体は、赤く血に染まり、夕日を浴びているように見える。」

 血…か。どうせ流すのならば。

 どうやらまた覚悟を決めねばならぬらしい。

 わたしは闘着を一旦脱ぐと、裏返して着直す。

 それから自陣を振り返って、固唾を飲んで見守っている仲間たちを見やった。

 ありがとう、みんな…そして、さようなら……!!

 

 ☆☆☆

 

「あれこそは赤薨衣(せきこうい)……!!

 古来、拳法家が己の死を覚悟し、最後の攻撃にうって出るという意をあらわす、いわば死装束…!!」

 飛燕の行動の意図を説明して、この世で最後の必殺技になると言った、雷電の声が震えている。

 

「…最後になんて、させません。」

 思わず私が呟くと、何故か影慶が私の右手を取った。

 そのままくるんとひっくり返し、無意識に握りしめていた私の拳を開かせる。

 …あ。

 どうやら握りしめすぎて、掌を爪で傷つけてしまっていたらしい。

 伊達や邪鬼様の事言えないな。

 慌てて自分の手首に氣を回し、傷の治療をする。

 気付いてくれた影慶にお礼を言おうとしたら、彼の大きな左手に、右手の指を絡める形で繋がれた。

 もう握りしめないようにという配慮なのだろうが、子供扱いされているようで気恥ずかしく、私はそのまま意識を闘場へと戻した。

 闘場の足場の上で飛燕は鶴嘴に自身の血を塗り、それを構えている。

 

「この血塗られた千本が、貴様を冥途の道連れにする。

 見せてやろう…鳥人拳最終極義を……!!」

 

 

「顔に似合わず、何という気丈な奴よ。

 そろそろとどめを刺し、その苦痛から解き放ってやろうと思ったが、気が変わった。

 楽には殺さん。なます斬りにしてくれる。

 どこまでそのやせ我慢が続くかな!?」

 …いやそれ、さっきまでやってたことと変わらないだろう。

 ネスコンスは手に着けていた武器を今度は足に付け替えると、今度は足を伸ばして攻撃してきた。

 飛燕はそれを全く躱す姿勢すら見せずに身体に受ける。

 既に躱す体力すら残っていないと見たネスコンスの連続攻撃は、決して即死しない部分をわざと狙って繰り出されていた。

 これ以上見てはいられないと、富樫と虎丸の悲鳴のような声が虚しく響く。

 だが…妙だ。

 奴の攻撃は間違いなく、飛燕の身体のあちこちを切り裂いているはずなのに、その傷口からは全く出血する様子がない。

 

「飛燕は力尽きたのではない…己の最後の気力と体力とを、極限状態にまで集中しているのだ。」

 まるで私の疑問に答えるようなタイミングで、雷電の声がその状況を説明した。

 もしかすると、集中することによって血流をある程度操作しているという事だろうか。

 私も氣の操作である程度まではそれができるが、だからといって完全に出血を止めるとかまでは到底かなわないし、それだったら斬られた直後に傷を塞ぐ方が余程効率がいい。

 

「目を背けてはならん……!!

 天才と謳われた飛燕が、己の命と引き換えに、この世で見せる最後の技…しっかりと心に刻み込むのだ。」

 

 ・・・

 

「とうとう血さえも流れ尽くしたようだな。

 どこを斬っても、一滴の血さえも流れぬようになった。」

「……尽きたのではない。

 血を溜めているのだ……用意は整った。

 貴様も最期だ、ネスコンス……!!」

 飛燕は気合を込めると、そのしなやかな手を広げた。

 その腕から、信じられない量の血液が噴出し、それが螺旋状に広がる。

 

「鳥人拳最終極義・鶴嘴紅漿霧(かくしこうしょうむ)!!」

 噴き出した飛燕の血飛沫は霧となり、2人の周囲を覆う。

 

「…我が鳥人拳の真髄は、己の肉体全てを意のままにする事にある。

 体内の血を一点に圧縮し、一気に噴出させたのだ。」

 …そういやさっき説明していた人は、髭の先まで自在に動かせる人だった。

 流派の名前は違っても、三面拳の使う技は、源流が同じなのかもしれない。

 

「…そして、ここに血塗られた鶴嘴が3本ある。

 これが貴様に見切れるか!!」

 赤い霧の中で、赤く染まった鶴嘴が、ネスコンスに向けて放たれる。

 真正面から見れば、向かってくる鶴嘴は、赤い点にしか見えぬ筈で、しかも周囲は同じ色の赤。

 だがネスコンスは完全にカンでそれを躱す。

 それに対して全く動揺を見せない飛燕の呟きが聞こえた。

 

「残るは、あと2本……!!」

「み、見なかったのか、今のを…?

 確かに恐ろしい技よ…だが、飛んでくる鶴嘴は見切れずとも、幾多の戦場で養われたカンが俺にはある。」

 続く飛燕の第二撃。

 それも躱したネスコンスが嗤う。

 …それはともかく、鶴嘴の風を切る音に、微妙な違和感を覚えるのは気のせいだろうか。

 真っ直ぐ飛んでいるのではなく、むしろ回転でもしているような…?

 更に最後の一投がしなやかな指先から放たれた時、ネスコンスの身体が宙に舞い、再び綺麗に足場へと着地した。

 飛燕の命を賭けた鶴嘴の最後の一本も、ネスコンスの身体に傷ひとつつけることなく…!

 

 ☆☆☆

 

「これで完全に勝負あったぞ!!

 全ての鶴嘴を外した今、貴様は血を流し尽くして死ぬだけだ!」

「外した……!?

 3本の鶴嘴は、ひとつも外してはいない。

 よく自分の足元を見るんだな。」

 自分の置かれた状況を全く理解せずに高笑いするネスコンスに、現実を突きつけてやる。

 言われて自身の足場に目を落としたネスコンスが、そこに突き刺さっている2本の鶴嘴に、細い目を見開いた。

 

「は、外した筈の鶴嘴が杭に…し、しかも奇妙な形に曲がって……!!」

「そうだ。

 その微妙に曲げた鶴嘴はブーメランと同じ事…!!

 弧を描き目標物に戻ってくる。

 これこそ鶴嘴紅漿霧、真の目的だ。

 3本目が刺さった時、杭は砕け散る……!!」

 わたしがそう言う間に、最後の一投は風を切り、先の2本同様杭に突き刺さる。

 

「うおおおお──っ!!」

 唯一の足場を失ってしまえば、自慢の肉体も役には立つまい。

 足元で煮えたぎる赤い海に落下するネスコンスに、もはや自身を救う術は無かった。

 そして、このわたしも…。

 

 あとは頼みました……!!

 もう一度言わせてください…さようならと……。

 

 もはや自身を支える力すらなく、先ほどの敵同様、赤い海に向かって落ちてゆく。

 自陣の仲間たちを、最後に視界に入れて、呟いた言葉は、声にはならなかった。

 

 ・・・

 

 ……………………………。

 

「お疲れ様です。間一髪ですね。さすがです。」

「ああ、上手くやれた。おまえのおかげだな。

 感謝する。」

「私は何もしておりませんが。

 助け上げる瞬間に煙を立てるというのは、驚邏(きょうら)大四凶殺(だいよんきょうさつ)の際に闘士達の救助を行なった、三号生の皆さんのアイディアです。

 それより、あなたも少し火傷をしたでしょう?

 あちらの川から水を汲んできていますから、あなたも赤酸湖の成分を洗い流してください。」

 

 …なんだ?聞き覚えのある声がする。

 大人の男の声と、子供か、女性のような声。

 正体を確かめるべく目を開けようとした瞬間、何故か全身に冷たい何かが浴びせかけられた。

 どうやら水のようだが、その勢いに目が開けられず、また呼吸も困難で、傷の痛みもあって気が遠くなった。

 ややあって、その痛みが、何かに刺されたようなチクッとした痛みの後、ぽうっと温かい感覚にとって代わり……わたしは、完全に意識を手放した。

 

 ☆☆☆

 

 飛燕の全身に水をぶっかけた際、少し呻いたようだったが、目を覚ます事はなさそうだった。

 先に手を洗った影慶の両手首を取り、氣を撃ち込む。

 それから飛燕に向き直り、火傷の治療と同時に、出血量が多い為大きな傷も塞ぐ。

 私の存在がバレる可能性が高くなったが、仕方ない。

 それにしても…。

 

「火傷の治療は厄介だっつってんだろうが。

 クソジジイが。」

「え?」

「…い、いえ、何でも。」

 かつての私なら絶対に思いもつかなかった御前への罵詈雑言が思わず口からだだ漏れて、私は慌てて口を塞いだ。




影慶と光が結構いちゃついてる件。
苦手な相手ってのは、好意が上昇すると一気に大好きまで駆け上がるもんです。
知らんけど。

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