婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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はい、ごめんなさい。
更新が滞っていたのは、某なろうさんにて悪役令嬢転生モノにハマって読みまくっていたせいです。
私生活が色々大変で、逃避したかったんだよ…!


天挑五輪大武會決勝リーグ編(対王家の谷の守護者達戦)
1・歴史よ、奇跡と呼べ


「はあっ…気持ちいい…!」

 岩山の陰にある天然の温泉に肩まで浸かりながら、至福の吐息をつく。

 ここは島全体を使ったオリエンテーリング形式の修業をした際、偶然見つけたところで、恐らくは私と、その時の同行者しか存在は知らないと思う。

 ここの所有者である御前も、すべての地理を把握しているわけではないようだし。

 一応各闘場の手前に闘士たちが使える簡易休憩所があり、簡易ベッドやシャワー、トイレなどが設置されている他、大武會開催中は必要物資なども運び込まれている。

 男塾(ウチ)のメンバーも今は先の、宝竜黒蓮珠(ぽーろんこくれんじゅ)戦が行われた闘場のところにあるそこに今夜一晩泊まってから、こちらの闘場に来る筈だ。

 こちらの闘場には活火山の噴火口があり、武舞台はその真ん中に置かれている。

 ちなみに周囲を満たして時折硫黄を噴き出しているのは、溶岩のような色をしているが高温の赤酸湖であると、ここを管理していた師範が仰っていた。

 溶岩だった場合には及ぶべくもないが、それでも温度もそうだが強酸性なので、落ちたら大変な事になる。

 …そういえば、今回は御前の私設チームらしきものが出ている筈だが、あの師範もメンバー入りしているのだろうか?

 こんな状況でなければ挨拶しておきたかったが、勿論そんなわけにはいかない。

 この島も広いから、今どこにいるのかもわからないし。

 影慶は現在、その闘場の周囲の岩山に白金鋼線を渡し、もしも闘士が落下したらすぐに救出に行ける仕掛けを施している。

 本当に器用な男だ。

 身を清めてさっぱりしたら、簡単な食事を作って待っておこう。

 …やっぱりあの鳥、脚だけでも切り落として回収しとけば良かったかな。

 猛禽って事は肉食だから、あまり美味しそうではないけど。

 

 ☆☆☆

 

「我等は王家の谷の守護者達(ファラオ・スフィンクス)!!

 そして我が名は、冥界への案内人アヌビス!!」

 昼過ぎに双方、闘場にたどり着いて、相手方の陣から名乗りが上げられた。

 アヌビスとはエジプト神話の神の名で、しばしば犬の顔を持つ男の姿として描かれる。

 その名が示す通り犬の顔を象ったマスクで顔の上半分を覆っており、その足元に棺のようなものが並べられている。

 その棺のひとつを、手にした杖でコンと叩くと、その棺が内側から開かれ、全身を布で覆った男の姿が現れた。

 その姿は、まるでエジプトの遺跡から発掘されたミイラのようだ。

 

「感謝いたします、アヌビス様。

 なみいる勇者の中から、わたしをお選び下さった事を!!

 我が名はジェセル。さあ、来るがよい………!!

 五千年の眠りより目覚めた、偉大なる王家の谷(ファラオ)の守護者達(・スフィンクス)の力、とくと思い知らせてやろう。」

 ……てゆーか、その演出ほんとに必要だった?

 

 王家の谷の守護者達(ファラオ・スフィンクス)…紀元前三千年、世界最古の文明を誇る古代エジプト王朝では、歴代の(ファラオ)は、その富と権力の証として、巨大なピラミッドを構築し、莫大な財宝とともに死の眠りについた。

 そして、この王家の谷と呼ばれる一群のピラミッド地帯を守るため、最強精鋭の闘士を選りすぐり、王家の谷の守護者達(ファラオ・スフィンクス)と名付けた。

 彼等は中国拳法とは異質の、特殊な格闘術を発達させたが、対戦して生き残った者が皆無のため、その技の正体は一切不明である。

 尚、彼等は不老不死の肉体を持ち、五千年を経た現在でも、砂漠の一隅に潜み、その技を伝えているという説があるが確認されていない。

民明書房刊『ツタンカーメンの逆襲』より

 

「五千年の眠りだと〜〜っ!?」

 わけがわからない、と切り捨てる虎丸と富樫をよそに、どうやら雷電が顔色を変えているらしい。

 

王家の谷の守護者達(ファラオ・スフィンクス)…信じられん。

 あの伝説が、本当だったとは……!!」

「知っているのか、雷電……!?」

 桃の問いに、ちょっと誘い受けっぽい感じだが雷電は頷き、説明する。

 伝説では、古代エジプト王朝のピラミッドに埋葬された(ファラオ)や莫大な財宝を守護するのが奴等の役目。

 王家の谷の守護者達(ファラオ・スフィンクス)と呼ばれるその集団は、永遠の肉体と命を与えられ、太古の昔から現在に至るまで、墓を荒らし、(ファラオ)の眠りを妨げる者に、奇妙な技や術をもって誅をくだしたという。

 

「そういえばピラミッド調査のための考古学者の一団が、大きな呪いによって次々と怪死・変死を遂げたというのはよく聞く話だ。」

「それを、陰で実際に遂行していたのが奴等だというのか……!!」

 雷電の説明の後に、飛燕と伊達が息を呑む。

 まあ正確にはピラミッドって、宗教的に信じられていた死者の再生の為の設備であって墓じゃないらしいけどな。

 永遠の肉体と命ってのは、そういった古代エジプトの、神話からなる死生観から語り継がれる伝説じゃないかと思う。

 

「フッ、おもしろい。

 その真偽は、俺が確かめてやろう。」

 そう言って進み出たのは死天王の一人、センクウ。

 しかも、なぜか口に黒いバラの花なんか咥えて。

 

「黒薔薇の花言葉は『彼に永遠の死を』……!!

 奴が本当に、五千年もの間生き長らえてきたのなら、そろそろ休ませてやってもいい頃だ。」

 …そういえばセンクウは驚邏大四凶殺の後、私にピンクのバラの花束をくれたんだった。

 本当は寝ている部屋に飾ろうと思って持ってきたら、私が既に目を覚ましてたからだけど。

 後で数えてみたらちょうど10本あったので、自室と執務室にも飾らせてもらった。

 ちなみにピンクのバラの花言葉は「感謝」、また10本のバラの意味は「完璧」。

 普段の行動にデリカシーがない男なのでてっきり偶然だろうと思っていたのだが、花言葉をちゃんと知っているところを見る限り、彼なりに私を労ってくれていたのだろう。今思えば。

 

「…天動宮の裏手に、センクウが管理しているバラの温室がある。

 今持っているのもそこで咲かせたものだろう。

 武器として使用するものには、切った後で多少の加工を施すらしいが。」

「え?天動宮にそんな場所が!?

 うわあ…見てみたかったなあ…。」

 ひょっとして私が貰ったのも、彼が育てたものだったのだろうか。

 切り花の状態であれだけ芳しいのだから、咲いたままの状態ならばどれほどの芳香だろう。

 ちなみにここの中央部にある訓練施設の中にもバラの温室があった。

 外から見て色とりどりで綺麗だったので近くで見たくなり、管理してる闘士に頼んだら、全部ではないけど毒のある種類のものがあるらしくて『わたしは耐性がありますが、姫には危険です』とか言って中には入れてもらえなかったのだが。

(ちなみにこのひとに『お望みでしたら姫には後日、毒のない種類を選んで大きな花束をお届けいたしますが…今日はこれで御勘弁を』と手渡された薔薇果実(ローズヒップ)のギモーヴがすごく美味しかったので、花束よりこっちの方が嬉しいと言ったら、次から顔合わすたびにバラ由来のお菓子をくれるようになった。香りの強いものは極力避ける私も、バラの香りだけはなにげに好きなのだが、ひょっとしたらこのせいでバラとお菓子のイメージが密接だからかもしれない。今思えば普通に餌付けされていた気がする)

 

「さほど広くはないが、種類は豊富だったぞ。

 俺はあまり詳しくはないが、この大武會が終わって男塾に帰ったら案内してやろう。

 光に見せるのだと言えば、センクウに否やはあるまい。

 むしろ嬉々として開放してくれる筈だ。」

 影慶の申し出に反射的にはいと答えそうになって、慌てて呑み込む。

 …この戦いの後まで、私は生き残るつもりはない。

 桃は私を裁く気はないようだが、私はこれから飼い主に牙を剥く事を決めた出来の悪い飼い犬だ。

 先に処分されるか、地獄まで道連れにできるか…どちらにせよ、先はない。

 私が黙り込んでしまったのをどう解釈したものか、影慶は私の肩を抱き寄せると、

 

「…心配するな。」

 と一言だけ、言った。

 ありがとう。けど、そうじゃない。

 

 ・・・

 

「太古のいにしえより未来永劫、地上にそびえ立つ不滅のピラミッドのように、我が肉体も永遠のもの。

 さあ、どこからでも来るがいい。」

 …太古のいにしえって、武士のさむらいって言うようなもんじゃないのかとちょっとだけ思ったけど、そんな事より。

 全身から白い煙を吹き出しながら、たいした構えもとらずに立つ相手に、センクウは戦闘態勢に入る…倒立した状態で脚の防具から刃を出して。

 

戮家(りくけ)踵刃旋風脚(しょうじんせんぷうきゃく)!!」

 流れるような円の動きから繰り出される、息もつかせぬ脚技の連続攻撃。

 だが相手もギリギリで躱しているあたり大したものだ。

 もっとも躱すだけで攻撃には移れずにいるようだが。

 

「どうした、まだ体が眠りから覚めんのか!?

 ならば今、俺が目を覚ましてやろう!!」

 言うやセンクウは跳躍してジェセルの背後を取ると、脚の刃の一撃をその背中に放つ。

 だがその傷口からは血の一滴も流れる事はなく、ジェセルは平然と振り返った。

 そこから拳を繰り出す…と思いきや、装着された手甲からナイフのような刃が飛び出した。

 それを躱しざまセンクウがまたも脚技を入れ、今度はジェセルの胸を下から切り裂いたが、その傷からも血は流れず、ジェセルは平然と立っている。

 

「まだわからんか。

 永遠の肉体を滅する事など不可能だという事が!!」

「き、貴様……!!」

 センクウの目が、驚きに見開かれた。

 

 ☆☆☆

 

 わからん…!!

 これは幻覚でもなければ、奴は人形(デク)でもない!

 しかし、この世に不死身などありえない!!

 これには何か必ず仕掛けがあるはず!

 奴の攻撃を躱しながら、鋼線の支点に使う釘を地面に刺す。

 同時に、追撃してくる奴の腕に鋼線を巻きつけ、それを引く。

 

「戮家鏤紐拳(ろうちゅうけん)縛張殺(ばくちょうさつ)!!」

 俺の鋼線は奴の腕を切断し、それは呆気なく地面に落ちた。

 相変わらず血の一滴も流れはしないが、切り落としてしまえば攻撃はできまい。

 

「次にそうなるのは貴様の首だ!!」

 だがジェセルはやはり平然として、落ちた腕のそばに屈みこんでそれを拾う。

 次の瞬間、俺は目を疑うものを見ることとなった。

 

「永遠の肉体を滅する事など不可能……!!」

 先ほどと同じ台詞をもう一度繰り返して、奴は落ちた腕を元あった場所に付けると、次には何事もなかったかのように、指をしなやかに動かしてみせた。

 

「これでわかったろう。

 一滴の血さえ流れぬこの不滅の肉体の前に、貴様は万が一にも勝ち目はないのだ。

 往生際よく覚悟を決めるがよい!!」

 言って、突進してこようとした、奴の動きが止まる。

 フン…気付いたか。

 あと一歩踏み込んでおればその首、胴と離れ離れになっていたものを。

 

「戮家奥義・千条獗界陣(せんじょうけっかいじん)!!

 これで貴様は、もはやその場から身動きはとれぬ。

 一歩でも動けば、刃のように研ぎすまされたその鋼線は、おまえの五体をバラバラにする事になる。」

 奴の身体の周りに張り巡らせた細い鋼線に、攻撃用のコマを伝わせて、更に奴の動きを封じ込める。

 糸と同じように俺の指先ひとつで自由自在に動くそのひとつを、逃げ場を失ったジェセルの頭部まで導いた。

 コマは奴の兜を砕き、ドリル状の突起が脳天に食い込む。

 だが、奴はやはり平然と、自身の頭部へと手を伸ばすと、頭に食い込んだコマを無造作に引き抜いた。

 どうやら俺は今、想像を絶する敵と戦っているらしい。

 

「このジェセルを相手に、全ての行為は悪あがきとなる!」

 …顔に巻かれた包帯の下で、まったく唇を動かさずに言葉を発するジェセルの、一挙一動に目を凝らす。

 奴の不死身と嘯くその体には、必ず何か秘密がある筈だ。

 

 ☆☆☆

 

『不死身の肉体』のインパクトがあまりに強くて誰も疑問に思ってないのだろうが、センクウは気付かぬうちに獗界陣の鋼線を張り巡らす為の、あの細い支柱をいつ立てたんだろうか。

 ずっとモニターを見ていたのにまったく目に止まらなかった。

 というか、そもそもどこに持っ…いや、止そう。

 これもきっとつっこんだら負け案件に違いない。

 ちなみに最初に手に持っていた黒薔薇は、マントの襟元にコサージュのように差してある。

 影慶の先ほどの言葉から判断するにあれも武器なのだろう。使ってないけど。

 

「この程度のもの、脱出しようと思えばいつでもできるが、俺が自ら動く必要などはない。」

 少しでも体を動かせばその部分が地に落ちる獗界陣の中で、ジェセルは自分から腕を、鋼線の上に振り下ろす。

 先ほどセンクウの縛張殺に落とされて、何事もなくくっついた腕が、再び地面に落ちた。

 

P(ファラオ)S(スフィンクス)秘承義、カルトゥーシュの使徒!!」

 …それは不気味であると同時に、どこかふざけた光景だった。

 切り落とされた腕が、人差し指と中指を歩くような動きでぴこぴこ動かして、センクウに向かって這いずってくるのだから。

 

「…私は、ホラーは苦手ではありませんけど…。」

「う…うむ。なかなかに、シュールな光景だな。」

 さすがの影慶も、ドン引いた表情だ。

 腕はセンクウの足元で一旦止まると、手甲のナイフの先端を彼に向ける。

 それから、跳躍するように浮き上がったかと思うと、まるで意志を持っているかのように、センクウに向かって襲いかかってきた。

 センクウは体術でそれを躱すが、小さなものゆえかスピードが速い。更に、

 

「いいのか……!?

 その片腕ばかりに気を取られていて。」

 見るとジェセルは、もう片方の腕も肘から下がなくなっている。

 次の瞬間、センクウの足元の地面から飛び出てきたもの…もう一本の手が彼の喉に食い込んだ。

 動きが止められたセンクウの胸を、それまで避けていた刃がとらえる。

 胸元から血飛沫をあげ、センクウは堪らずその場に膝をついた。

 センクウの喉をしめつけていた手がジェセルの方に戻り、本体にまたくっつく。

 

「どうやら急所だけは外したようだな。

 だが、これまでだ…!!」

 その腕の状態を確かめるように動かしながら、ジェセルが言った。

 …それはそれとして、闘いが始まる時に全身から噴き出した煙は、今考えるとなんの意味があったんだろうか。

 今も、足元からわずかに噴き出しているようだが。

 

 ☆☆☆

 

 なんだ、奴の足元から出る水蒸気のようなものは…?

 さっきの煙とは明らかに違う……汗、か!?

 上半身にはまったく汗などかいていないというのに。

 …もしや、奴の不死身の秘密とは……!!

 ジェセルが、残った方の手に指示を出し、それは俺に真っ直ぐ飛んでくる。

 

「戮家奥義・還輾盃(かんてんばい)!!」

 俺はその手に着けられた刃に鋼線を巻きつけ受け止めると、更にそれを操作して反転させ、奴に向けて投げ返した。

 

「おろかな。

 自分の腕に殺られる者がおるとでも……!!」

 奴はそれを易々と受け止めたが、それと一緒に飛ばしたコマの存在には気がつかなかったようで、それは俺の目論見通り、回転したまま奴の足の甲に落ちた。

 ドリルのような先端が、靴もろともその足の甲を抉り、そこから血が飛沫(しぶ)く。

 

「どうやら貴様も生身の人間だったようだな。

 よめたぞ、貴様の正体が……!!」

 

 ☆☆☆

 

 脳天を貫かれても両腕が落ちても平然としていた筈のジェセルが、足の甲を抉り続けるコマを鷲掴むと、それを苛立ちもあらわにセンクウに投げ返す。

 

「この世に永遠の命などあり得ない…!!

 ましてやこの男塾死天王のひとり、センクウの前には……!」

 投げつけられたコマを二本指だけで受け止めながら、センクウは立ち上がった。

 

「頭の時にはまったく無傷だったのに…!」

「どうやらセンクウは、何かを見極めたらしい。

 彼奴も死天王の一人、このままでは終わらぬ。」

 隣でその死天王の将である男が微かに笑みを浮かべる。

 闘場ではジェセルが、どこからかネジ状の突起のついた金属製の器具を取り出し、それを足に履いた状態で地面に埋め込むと、そのまま体を高速で回転させた。

 その状態から体を地面に潜らせ、頭だけ出した状態で、センクウに向かって挑発するように言葉をかける。

 

「さあ来るがよい。貴様の最期だ!!」

 絶対何か企んでいるのはわかっているが、敢えて誘いに乗ってセンクウは歩み寄る。

 

「かかったな、もらったぞ──っ!!」

 と、その背後の地面が盛り上がったかと思うと、首のない身体が現れて、センクウを背後から襲う。

 だがセンクウはそこから倒立の体勢を取ると、脚の間に張っていた鋼線で、その攻撃した腕を切り落とした。

 

「戮家鏤紐拳・縛張脚(ばくちょうきゃく)!!」

 切り落とされた腕はやはり一滴の血も流さなかったが、センクウはその落とした腕を両脚で挟み込み、それに付けられた刃を以って、もう片方の腕も切り落とした。

 更にその落とした腕に刃を落とし、地面に縫い付ける。

 二つの腕は互いを拘束しあい、そこから逃げ出そうともぞもぞと蠢いている。

 頭と両手のないジェセルの身体が、体勢を整えたセンクウとの間合いに立つ。

 

「貴様…知っていたのか!?

 俺が頭だけ残し、土中から背後に回ることを…!!」

「こけおどしはもう通用せん。

 貴様の正体は見切ったと言ったはずだ。」

 …動揺してるとはいえ、頭のない状態で喋っちゃダメでしょう。

 これで私にも、このからくりがどういうものか、なんとなく理解できた。

 わからないのは、切り離されても動く手の方なんだけど…。

 自陣の方では、どうやら虎丸が倒れてるみたいだ。

 あの子、ひょっとしたらホラーやオカルトは苦手なのかもしれない。

 

「こいつはもう要らぬのか?」

 センクウが、足元のジェセルの頭部を、体の方に向けて蹴り飛ばす。

  それを躱して向かってくる体と交差したセンクウは、ジェセルの体を覆う布の、端を掴んで引いていた。

 

「今こそ貴様の正体を、白日のもとに晒してやろう。」

 そう言ってセンクウは、件のコマにその布の端を巻きつけて回転させる。

 それは単なるコマの回転とは思えないほど力強く動き、ジェセルの体をも回転させながら、その布をどんどん解いていく。

 

「この動きって、なんか時代劇の…」

「みなまで言うな。」

 …ごめんなさい。

 

「見よ!これが正体だ──っ!!」

 解かれた布の下から出てきたのは、倒立したひとりの男と、その体をとりまく張りぼての外殻。

 なるほど。張りぼてまではわかったけど、まさか密かに逆立ち対決だったとは思わなかった。

 

「下半身は湯気まで出して汗をかいていた。

 さぞかし中は暑かったろう。

 ましてや倒立をしたままではな。」

 おまえが言うな。

 それから、足元でまだ蠢いている腕に屈みこんだセンクウは、刃の方の手を引き抜く。

 

「やはりな……!!」

 …貫かれた腕の切り傷から、わらわらと何か黒いものが溢れ出している。

 

「むうっ!!あれは甲冑軍隊蟻(かっちゅうぐんたいあり)……!」

 

 甲冑軍隊蟻…学名エジプティアン・キラー・アント。

 体長20ミリ、別名「砂漠のピラニア」とも呼ばれるほどの凶暴性と集団性に特徴がある。

 百匹集まれば駱駝一頭を三分以内で白骨化してしまうという。

 知能も高く、飼育すれば人間の命令に従うようになる為、古代エジプトでは麻性の手袋にこの蟻を詰め、労働力の補助としていた。

 現代でもエジプトでは、忙しくて人手がほしいとき「蟻の手も借りたい」と表現するのはこれに源を発する。

民明書房刊『実用動物辞典』より

 

「……虫も駄目なのか?」

 背中に回り顔を伏せた私に、影慶は少し呆れたように声をかけてきた。

 

「…好きな女はそう居ないと思いますけど?

 蛇と違い、怖いというのではありませんが、あんなにたくさん居るのを見てると、背中がゾワゾワします。」

 ちょっとムッとして私が答えると、影慶は小さくため息をつく。

 

「足元に蛙などが出てきたら卒倒しそうだな。」

「蛙は大丈夫です!

 あ、一応食中毒が心配なので、食用に養殖されたもの以外は食べないようにしていますけど、鶏の柔らかいやつみたいで、結構美味しいですよね!?」

「……。」

 …いや、何なんだ。

 そのかわいそうなものを見るような目は。

 

 

「いい気になるな。

 ミイラのからくりは見破られたが、勝負はこれからだ。」

 言いながら武器を装着するジェセルに、センクウが刃のついた手を投げ放つ。

 それはあっさり躱され、地面に突き刺さった。

 深手を負ったセンクウがもはや体力的に限界と見て、ジェセルはセンクウに躍りかかる。

 だがそのジェセルの心の動揺を指摘したセンクウは、最初で最後の忠告を与えた。

 

「命が惜しければ、今いる己の状況を、冷静に見つめ直す事だ。」

 だが冷静さを失った上、自身が有利と信じて疑わないジェセルの耳には届かなかったらしい。

 先ほど投げた刃の先に括り付けられた鋼線の、反対側の端が己の首に、いつの間にか巻きつけられている事に、彼が気付いた時には遅かった。

 触れれば切れる鋼線は、ジェセルの動きに従いその首に食い込むと、周囲にその血を飛沫(しぶ)かせた。

 

「その首は本物だろうな、ジェセル。」

 

 ・・・

 

 首が落ちる寸前で鋼線を断ち切られ、その場で命を落とすことのなかったジェセルだったが、結局はその命を散らすこととなった。

 

「偉大なるファラオに栄光あれ!!」

 そう一言叫んで、闘場の外の赤酸湖に身を投じて。

 

「哀れなるジェセルよ。

 心安らかに、永遠の眠りにつくがよい。

 貴様の無念はすぐに晴らされるであろう。」

 相変わらず犬面を被ったアヌビスという男は、そう言って再び、杖で棺を打つ。

 

「お呼びでございますか、アヌビス様。」

 そしてまた棺が内側から開き、そこから男が一人飛び出してきた。

 ……だから、その演出、要る!?


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