婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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2・El Cóndor Pasa

 端をチーズのようにすっぱりと切り落とされた闘場から、赤石が宝竜黒蓮珠(ぽーろんこくれんじゅ)の陣地へ、指先だけで手招きをする。

 それを見て富樫や虎丸が、自分の出番だと騒いでいるのを、桃が留めているようだ。

 と、黒蓮珠の陣地から、巨大な猛禽が飛んでくる。

 それは闘場の真上、赤石の頭上をくるくる回り、その背からひとりの男が名乗りを上げた。

 

「俺の名は寇鷲使(こうしゅうし)!!

 宝竜黒蓮珠(ぽーろんこくれんじゅ)殺人技の真の恐ろしさ、骨身に思い知らせてやろう。」

 赤石はそれを、微動だにせず見上げている。

 むしろ驚いているのは自陣の味方たち。

 

「し、信じられねえ。

 あんなにでけえ鷲がいるなんて……。」

「い、いや確かに鳥はでかいが、上に乗ってる奴もえれえチビだぜ。

 …あれ、光よりちっこいんじゃねえか。」

 …ちょっと待て!

 今誰か余計なこと言わなかったか!?

 富樫か!富樫だなあの声は!

 あの野郎、後で覚えてろよ!

 ひょっとしたら私が忘れてるかもしれないけど、ってやかましいわ!!

 

「なるほど。

 近くで見れば見るほど異様な大きさの太刀よ。

 だがその大きさ重さでは、いかに威力があろうとも、そのスピードには限界がある。

 そこが貴様の弱点よ。」

 …このオッサン、さっきの(チャン) (ホー)との戦いを見ていなかったんだろうか?

 見ていれば、この男にそんな常識的な見解が通用しないって、わかりそうなものなんだけど。

 なんて事を思っていたら、寇鷲使とかいう小さいオッサンは、両端が刺又のような形になっている槍を持ったまま、一度鳥の上から逆さに飛び降りた…と思ったら、両足を鉤爪に掴ませ、逆さにぶら下がった状態から槍を振るう。

 

宝竜黒蓮珠(ぽーろんこくれんじゅ)奥義・飛吊襲鎌槍(ひちょうしゅうれんそう)!!」

 その素早く鋭い攻撃が、ギリギリで身を躱した赤石の首筋に傷をつけた。

 

「どうだ!!あらゆる鳥類の中でも最高の速度をもつ大鷲の素早さは!

 この俺の、軽量な体躯があってはじめて可能な殺人技よ!!

 自慢の太刀を抜くことも出来まいが!!」

 確かにそれは凄まじい速さで、赤石の動体視力なら見切る事はできても、若干身体がついていかないらしく、赤石の体に細かな傷が増えていく。

 奴の言う通り、太刀を抜く際のタイムラグが命取りになる可能性も否定できない。

 だが赤石の目は、その鷲よりも鋭い目で敵の動きを見据えており、そこに諦めも焦りも浮かんではいない。

 

「たいした奴よ。

 この絶体絶命の窮地にありながら、顔色ひとつ変えんとはな。」

 寇鷲使がいやらしい笑いを浮かべながら言うのに、赤石は初めて表情を変えた。

 

「フッ……絶体絶命?

 ………笑わせるんじゃねえ、どチビ!

 こんなかすり傷、いくらつけてみたところで、貴様に俺は倒せはせん。」

 …それは、極がつくくらい悪そうな笑み。

 私はもう見慣れてるけど、そうじゃない人が見れば、すごい怖いだろうなと思う。

 けど赤石の言葉を聞いた寇鷲使の顔色は、恐怖とは明らかに別の色に変わった。

 

「ど、どチビ……!

 貴様、俺のことをチビと言ったのか。」

 …どうやら気にしてたらしい。

 うん、その、なんか、ごめんなさい。

 こいつがソレ言い慣れてんの多分私のせいです。

 

「フフフ、気が変わった…。

 貴様には、もっと残酷な死を用意してやろう。」

 顔を引きつらせながら寇鷲使が、もう一度鷲の背に戻る。

 そこにあらかじめ用意してあったらしい(気が変わったとか言ってたけど、多分最初から使うつもりだったよね…)何かの袋を引き上げると、その袋から何か液体のようなものを、空中から撒き始める。

 

「…ガソリンの匂いだな。」

 ずっと黙っていた影慶が、唐突に言葉を発した。

 

「ガソリン!?という事は、まさか…!」

 その目的はひとつしかない。

 火をつけて赤石を焼き殺すつもりだ。

 

「貴様は紅蓮の炎に身を包まれ、悶え苦しみながら死んでいくのよ──っ!!」

 揮発性の強い可燃性の液体であるガソリンは、火をつければその気化したガスにまず引火する。

 その為、直接火をつけようとすれば、着火した瞬間に爆発が起こるから、通常はその時点で一番近くにいる着火者が被害を被る事になる。

 だがこの場合寇鷲使は空中にいて、危険の及ばない場所で着火して、その火を落とせばそれで済むのだ。

 撒く際に鳥や自分の手に付着していない事が大前提だが。

 

「どうだ、貴様に最後のチャンスをやろう。

 地面に頭をこすりつけ、跪いて命乞いをすれば、この殺し方だけは勘弁してやろう。

 さあ、やせ我慢をやめて跪くのだ、ん〜〜?」

 ガソリンの気化ガスが届かない上空でマッチを擦った寇鷲使の勝ち誇った顔を見上げながら、赤石は無表情に言い返す。

 

「ひねたチビの考えそうな事だぜ。

 俺が跪いたからといって、貴様の背丈が伸びるわけでもあるまいに。」

「死ねい〜〜っ!!」

 完全にブチ切れたらしい寇鷲使がマッチを指から離す。

 途端に炎が立ち上る闘場は、まわりが全て断崖絶壁。

 逃げる場所など存在しない。

 

「赤石っ!!」

 全てが炎に包まれ、その姿さえ見えなくなって、私は思わず叫んだ。

 

 ・・・

 

 だが。

 

「残念だったな、チビ。」

 炎が鎮まり、赤石の死体を確認しに降りた寇鷲使の鼻先に、その剛刀は突きつけられた。

 煙が晴れ、その刀を持つ巨躯が立つ地面は、薄い円錐の形にくり抜かれている。

 その中心にいる事で、炎から身を守っていたらしい。

 ホッとして思わず膝が崩れそうになり、影慶に支えられた。

 

「…申し訳ありません。大丈夫です。」

「おまえでも、動揺する事があるのだな。」

「…何か、ものすごい人格破綻者のように思われている気がするのは気のせいでしょうか。」

 それはさておき。

 

「…さっきおまえは俺に、死ぬ前に最後の願いを叶えてやると言ったな。

 だから俺も、願いを叶えてやろう。」

 言うや赤石は、寇鷲使の帽子を刀の切っ先で跳ね飛ばすと、その頭に刀身を振り下ろした。

 …ただし、刃ではなく地の方を。

 

「おまえの願いはこれだろう、良かったな。

 背が伸びたじゃねえか、チビ……!!」

 無駄に優しい声で言いながら、またあの悪そうな笑みを浮かべる赤石。

 殴られて大きなコブを作った寇鷲使が、怒りと屈辱に身を震わせるのがわかった。

 なんかもうほんとごめんなさい。

 

「お、おのれ…!!

 ここまでこの俺をコケにしおるとは……!!」

 寇鷲使は鷲の背に再び乗ると、一度空中高く飛び立ってから、真っ直ぐに赤石に向かって突っ込んでくる。

 

「こ、殺せ翻飛(ファンフェイ)ー!

 おまえの嘴で、奴を串刺しにしてやるのだーっ!!」

 だが、そんな無策な攻撃に、みすみすやられる赤石ではない。

 その背から再び斬岩剣兼続を抜き放つと、相手が突っ込んでくるのに合わせて、それを薙ぐ。

 一見、鷲とその主人は、その攻撃を躱したかのように見えた。

 そもそも、本人たちがそう思っていた。しかし。

 大鷲の、首から下の羽毛が散る。

 飛ぶ為、風を切るための羽根すら残さず。

 大鷲は、調理前のチキンの如く丸裸にされ、もはやその翼に飛行能力などありはしなかった。

 

「と、飛べ!飛ぶんだ翻飛──っ!!」

 落ちていく一人と一羽を見下ろしながら、赤石は刀を背に収めた。

 

「地獄の業火でヤキトリでもつくって、鬼どもにふるまうんだな。」

 …ていうかあの鳥、私が回収しちゃ駄目かな。

 駄目だよね、やっぱり。うん、何でもない。

 

 ☆☆☆

 

 …せっかく来てやったというのに、これじゃウォーミングアップにもならねえ。

 暗殺集団と言っていたが、ひょっとしたらこいつらよりも、光の方が強いんじゃねえのか。

 

「決勝リーグ初戦の相手がこの程度とは。

 あてがはずれたぜ。あとは任せるとするか。」

 俺の出番は、まだ早かったようだ。

 出番を譲れと叫ぶ後輩たちの声に、大人しく従う事にして、俺は自陣に歩を進める。

 …唐突に、首筋に痛みを感じて、思わずそこに手をやると、指先に針のようなものが触れた。

 すぐに引き抜いて、目で確認する。

 こんなものが刺さったところでどうという事もない…これが、ただの針であるならば。

 しかしこいつらは暗殺結社の者たち。

 それが、嫌がらせの為だけに打たれたものとは、さすがに考えられなかった。

 だと、するならば。

 

「仲間が倒されれば地獄の底までも追いつめ、血で償わせるのが、我ら宝竜黒蓮珠(ぽーろんこくれんじゅ)の掟。

 貴様を、このまま帰すわけにはいかん。

 …俺の名は(フー) 椿(チン)

 貴様に倒された二人の者たちと、一緒にしない方が身の為だ。」

 見ればいつのまに闘場に登ってきていたのか、顔を半分から分けるような横一文字の傷跡を持った男が、後ろから声をかけてくる。

 

「今、貴様の首すじに打ち込んだ針について説明してやろう。

 その針には、遅効性の猛毒が塗ってある。

 貴様に残された命は、あと十分……!!」

 …そんな(こっ)たろうと思ったぜ。

 

「だが心配することはない。

 ここに、その毒に対する解毒剤がある。」

 そう言うと、(フー)椿(チン)と名乗ったそいつは被っていた帽子を投げ捨てた。

 その頭上に、液体の入ったグラスが乗せられている。

 

「貴様に残された道はただひとつ。

 俺を倒し、一刻も早くこのグラスに入った解毒剤を飲むことよ。

 十分間、死の恐怖を存分に味わうがいい。

 これぞ悪名高き、不被報死頭盃(むくわれずのショウタオペイ)!!」

 なるほど。この男はこの状態で戦うつもりか。

 これが地面に落ちたりすれば、その時点で俺の死が確定するという事だな。

 

 ☆☆☆

 

「毒……!?」

 (フー)椿(チン)という男の言葉に、私は息を詰まらせる。

 生き残る道と言ってはいるが、これは事実上の拷問だ。

 

「なるほどな。あんな不安定な状態に解毒剤を置かれれば、攻撃の手も弛まざるを得んし、時間が経てばその毒の影響が身体に現れ、ますます不利となるわけだ。

 まったく、厄介な事だな。」

「お前が言うな。」

「ん?」

「いえ、何でも。

 …いざとなれば、一旦あの闘場から脱落させてでも、私が解毒治療を行ないます。

 その際には、彼の身柄の回収は、あなたにお願いする事になるかと思いますが。」

 私が言うと、影慶は相変わらず無表情ながら、力強く頷いてくれる。

 

「…俺は、その為にここにいるのだ。

 必要な時は、遠慮なく使うがいい。」

 

 ・・・

 

「黒蓮珠奥義・敝摯自在銛(へいしじざいせん)!!」

 (フー)椿(チン)は、肩から提げていた金属製のロープのようなものを、赤石に向かって投げてきた。

 それは先端に刺突武器が付いていて、どうやら手元で操作しているらしい。

 最初の一撃こそ赤石は難なく躱したものの、生き物のように変化して襲いかかってくるその先端が、赤石の太い腕を掠った。

 感覚としては、伊達の蛇轍槍(じゃてつそう)とか、邪鬼様の繰条錘(そうじょうすい)みたいなものだろうか。

 桃はどちらも自分の身体に一度当てて動きを止めていたけど、できればそれはやって欲しくない。

 

「フッ、この頭上のグラスが気になるだろう。

 だが、そう心配するな。

 俺の修練を積んだ平衡感覚をもってすれば、そう簡単に落とすことはない。」

 その言葉とともに、変幻自在に襲いかかってくるそれを、最小限の身体の動きで躱しながら、赤石の目が正確にそれを追う。

 やがてそれが真正面から向かってくるのを、その動きを見極め、直接手で掴んで止めた。

 

「ほう、たいしたものよ。

 この自在銛の動きを見切るとは。」

 こんな程度、赤石の動体視力をもってすれば何という事もない。けど。

 

「だが貴様は、自分の立場が、まだわかってないらしい。

 いいのかな、そんな真似をして。

 そんなに強く引っ張ったらあ……おーっとっと!」

 そもそもが、己の命を人質に取られている状態。

 (フー)椿(チン)はわざと頭を揺らし、倒れそうなグラスが、ほんの僅かに水滴を落とす。

 赤石が手を離すと、(フー)椿(チン)は武器を手元に戻しながら、勝ち誇った顔で笑った。

 

「なんて事だ。

 あれでは奴のいいなりになるしかない。」

「外道が……!!」

 自陣から伊達と桃の呟きが聞こえる。

 

「ついでにそのバケモノ刀ももらっておこう。

 貴様の超人的な強さをああも見せつけられては、用心に越した事はないからな。」

 そう言いながら、(フー)椿(チン)がわざとまた頭を揺らす。

 仕方なく、赤石は背中の刀を抜くと、(フー)椿(チン)の後方にそれを投げた。

 その切っ先が地面に刺さる。

 

「これで貴様の死はますます確実なものとなった。

 だが貴様ほどの男!

 仕上げはこの自在銛で切り刻んでやるぜーっ!!」

 

 …その光景に、意識がどこをどのように逃避したか、何の脈絡もなく私は、アーサー王伝説の聖剣を思い出していた。

 選ばれたものにしか抜く事の出来ぬ剣。

 剣に選ばれし者こそ王なり。

 そして斬岩剣は、赤石以外を選ぶ事はない。

 

「ワッハハハ、毒のために目もかすみ、動きもままならなくなってきたろうが──っ!!」

「だ、だめだ!!赤石が殺られる──っ!」

 敵と味方の声が入り混じる。

 

「そろそろ、俺たちが動いた方が良さそうだな。」

 隣から影慶が、私に言葉をかける。

 

 その瞬間。

 

「赤石は、絶対負けません。」

「赤石先輩は、負けはせん。」

 

 全く同じタイミングで。

 私と、桃の声が、重なった。

 

 ・・・

 

「フフフ、どうした。もはや躱す事さえ諦めたか。

 無理もない。

 その傷と、全身に回った毒で、立っているのも精一杯だろう。」

「…男の勝負を汚した罪は重い……!!

 その償いはたっぷりしてもらうぜ。」

 赤石は、言いながら下緒を口で引き、背中に負っていた鞘を、刀を持つようにして構えた。

 

「そんなものが武器として通用すると思うのか。」

 鼻で笑う(フー)椿(チン)に構わず、赤石はその鞘を地面に突き立てると、それを棒高跳びの如く支えにして跳躍した。

 よくぞこの図体で、と思うくらい軽々と、(フー)椿(チン)の頭上遥か上を飛び越えて。

 手にするは愛刀・斬岩剣兼続。

 次の瞬間には、(フー)椿(チン)の頭上にあった解毒剤のグラスが、その(しのぎ)の上に乗せられていた。

 薙いだ軌跡すら見せず、(フー)椿(チン)の頭に傷すらつけず。

 赤石の大きな手がグラスを取り、一旦頭上より高く掲げられてから、中身が一気に飲み干される。

 

「乾杯だ。貴様の確実な死に!!」

 太い首の上で、喉仏が上下に動いた。

 

 ・・・

 

 味方の陣からの歓声を背に、赤石の手から、空のグラスが足元に落とされる。

 地面に当たって割れると同時に、ブーツの底がそれを踏んだ。

 一歩踏み出しただけで、手にした太刀が(フー)椿(チン)の鼻先に突き出され、(フー)椿(チン)はそれを避けて、仰け反るような体勢のまま後ずさる。

 

「どうだ、奈落の底に落ちたいか…。

 それともその身を、真っ二つにして欲しいか…!?

 出来れば、貴様のような下衆の血で、この刃は汚したくない。」

 どうすると問いながらも、赤石は一歩、また一歩と、(フー)椿(チン)を闘場の端まで追いつめていく。

 答えずにいればこのまま、闘場から崖下へ、真っ逆さまに落下するだけだ。

 

「待て、俺の負けを認める。

 だ、だから、命だけは……!」

 そう言いながらも何か動きがおかしいと思ったら、(フー)椿(チン)は袖口から口でなにか、筒のようなものを引き出した。

 それがどうやら、最初に使った毒針を放った吹き矢であったらしい。

 だが、後ろから放たれた先ほどと違い、目の前で吹いてきたそれを、赤石が見切れぬ筈もない。

 無造作に上げた刀の()ではじき返し、悪あがきの返礼に斬り上げる。

 それを跳躍で躱した(フー)椿(チン)は、例の自在銛をまたも、赤石に向けて投げ打ってきたが、それもまた斬岩剣の一閃で返された。

 

「残念だが、貴様は俺の手には負えんようだ。

 貴様の始末は先達の方々にお任せし、俺はひとまず退くとするぜ。」

 縄ばしごまでは距離があり過ぎるが、自在銛を命綱にすれば、ここから飛び降りても自陣には戻れる。

 

「残念だったな、じゃあ、あばよ!!また会おう!」

 そう言って高笑いしながら闘場から飛び降りた(フー)椿(チン)を、軽蔑したように睨みながら赤石が呟く。

 

「……それは出来ない。

 貴様とは、この世で二度と会うことはない。」

 自身で言った通り、飛び降りながら闘場の壁に投げ打とうとした自在銛が、投げた先でバラバラになって宙に散る。

 命綱を張ることができず、勿論先ほどの鳥のような、羽ばたく翼など持ってはいない(フー)椿(チン)は、悲鳴を上げながら崖下に落下していった。

 先ほど赤石の刀に弾かれた際、最初の一閃しか見えなかったが、いつか私の目の前で桜の花びらを細断して見せた時と同じ事が、どうやらここで起こっていたらしい。

 

「一文字流・微塵剣!!

 貴様のような奴を、俺が逃がすと思うのか!」

 背に負い直した鞘に刀をおさめながら、赤石が崖下に向けて言い放った。

 

 ☆☆☆

 

「…赤石の出番は無事終わったようだな。

 少し際どい場面もあったが、初戦としては上々だろう。」

 今度こそ縄ばしごを渡り、他の闘士たちと合流した赤石を見て、影慶が言う。

 

「そうでしょうか?

 あの程度の相手にこの結果では、不覚を取ったと言ってもいいくらいでしょう。

 せっかく、あなたに一時退いていただいてまで呼び寄せたというのに、お恥ずかしい限りです。

 申し訳もございません。」

 本来、実力的には、赤石の足元にも及ばない相手ばかりだった。

 不意をつかれたとはいえ、油断しすぎだ。

 

「…本当に手厳しいな。

 俺はあの男が戦っているところを、まともに見たのは初めてだが、まだ実力の半分も見せては居まい?」

「当然です!こんなもので終わられたら、たまったものではありません!」

 私が思わずムキになって言い返すと、何故か影慶は、唇の端に微かに笑みを浮かべた。

 

「…なるほど。赤石の強さに関しては、全幅の信頼を置いている、という事だな。

 それが故に余計、先ほどのような戦いでは不満と。」

 そう言われて、私は一旦冷静になり、肩をすくめて答える。

 

「……ある一点を除いては、ですけど。

 私としては、その唯一の弱点を、これから戦う敵が、ついてこない事を祈るばかりです。」

「弱点、とは?」

「…言わずにおきましょう。

 今後万が一、あなたが赤石と戦う事になった場合、あなたがそれを知っているのはフェアじゃありません。」

 とはいえ、赤石の選択次第では、邪鬼様がそれを知ることになる可能性がないわけじゃないけど。

 例の「一文字流・斬岩念朧剣(ねんろうけん)」。

 赤石の「弱点」を、逆に武器に変え得る一手。

 得る為には邪鬼様か桃に、『氣』の指南を受けるのが、一番の早道になりそうだから。

 けど…なんとなくだけど赤石は、邪鬼様よりは、その相手には桃を選びそうな気がする。

 …何にせよ、私が生きてそれを目にする事は無いだろうけど。


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