婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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多分天挑五輪からは若干試合描写は飛び飛びになる…そんな風に考えていた時期がアタシにもありました。
サクッとまとめて決勝リーグに入りたいけど、書き始めたら短くまとめるにしてもこれも書きたいアレも書きたいってなる。
そんな執筆のお供はTHE ALFEEと、氷を入れたウイスキー。
時々アイスクリーム。以前はモウか牧場しぼりの二択だったけど最近はパルムがお気に入り。


7・これしかないと思えばもう迷わない

 厳娜亜羅(ガンダーラ)十六僧…世界の屋根といわれるヒマラヤ山脈の奥地に、アジア全域から選りすぐられた者達だけが集められる、拳法の総本山があるという…。

 その起源は中国唐代に発し、その余りのすさまじい拳の威力に脅威を感じた時の皇帝が、彼らをその地に追放し、下界と接触するのを禁じたことに始まる。

 その修行のすさまじさは想像を絶し、門をたたく者は数多いが、修行を終え下山する者は千人にひとりといわれるほどである。

 肉体・精神を極限にまで鍛え上げ、人間のもつ能力を超越した拳法は「超人拳」と呼ばれている。

 

「し、信じられん……。

 まさかあの厳娜亜羅(ガンダーラ)十六僧が、この眼前に…。」

「知っているのか、雷電!?」

「うむ。」

 ついに予選リーグ決勝戦。

 俺達の相手として示されたそのチームの名前を聞いて、雷電が顔色を変える。

 この男はとにかく博識だ。

 

『なにか知りたいことがあれば雷電に聞いてみろ。

 大抵のことは知ってる。』

 と伊達が太鼓判を押すくらいだ。

 その雷電の説明を受けて一歩踏み出したのは。

 

厳娜亜羅(ガンダーラ)十六僧…!!

 その伝説が真実かどうか、この影慶が見極めてやろう!!」

 そう、死天王の将・影慶。

 負傷してヘリの中で休んでいたメンバーも降りてきて、彼の背中を見送る。

 影慶が登った闘場では、既に一人が坐していた。

 

「拙僧の名は厳娜亜羅(ガンダーラ)十六僧のひとり、囀笑法師(てんしょうほうし)

 冥界極楽浄土へ御案内して進ぜよう。」

 相手の名乗りに答えず、影慶は右手に巻いた包帯を外す。

 

愾慄流(きりつりゅう)毒手拳(どくしゅけん)!!

 坊主、念仏は貴様自身のために唱えるがよい!!」

 外した包帯は邪魔なのか何重にか巻いて首から下げている。

 その手は俺と戦った時のまま、皮膚がドス黒く変色していた。

 彼らが生きているというネタばらしをされた後で『解毒しきれなくて代わりに毒の抗体を作った』と光から説明は受けているが、実際に見るとやはり痛々しい。

 

『…本人は命が助かった事と、毒を染み込ませ身体を慣らす修行過程を飛ばせた事、むしろ有難いと言ってくれましたけどね。

 …ああ見えて情の深い人なので、誰かに触れたいと思った時に、それを悲しむ事になりそうで』

 光がそう、悔しそうに言っていたのを思い出す。

 今思えば、愛する人を手にかけた自分自身を重ね合わせたのではないだろうか。

 本人は否定していたが、光は真兄さんの事を愛していたのだと思う。

 抱きしめた肩の柔らかさが不意に掌に蘇って、その甘さに胸が痛んだ。

 …止そう。今は考えまい。

 この天挑五輪大武會は、光にとっても気持ちの区切りになる戦いだろう。

 それが終わった時に、光の心がどこに向かうかは、彼女自身が決める事だ。

 

 ☆☆☆

 

 邪鬼様と聖紆塵(ゼウス)との戦いの間は煌々と照っていた月がまた雲に隠され、闇夜に戻っていく。

 …邪鬼様の影である俺には相応しい舞台だろう。

 その闇夜の中、俺の対戦相手となる囀笑法師(てんしょうほうし)とかいう坊主は、俺の毒手を前にしても座禅を組んだまま動こうとせぬ。

 構わず毒手による手刀を突き出すと、囀笑法師(てんしょうほうし)はそのままの体勢で移動して俺の拳を躱した。

 追撃するも、やはり滑るように移動して避けられる。

 

「これぞ厳娜亜羅(ガンダーラ)超人拳秘奥義、夢想攀抓體(むそうはんしょうたい)!!」

 どのような技かは知らないが、このままでは埒があかない。

 俺が一旦動きを止めて呼吸を整えると、奴の動きも止まる。

 

「追うことをあきらめましたか。

 それは賢明な考え…。

 無駄な動きはただ体力を消耗するだけです。」

「あきらめたわけではない。

 見せてやろう、我が愾慄(きりつ)流の秘術を。」

 先ほどまで右手を覆っていた、首に巻いて下げていた包帯を、螺旋状に振る。

 

「愾慄流・眩蜻蛉(げんせいれい)!!」

 これは剣と戦った時に使った幻睨界(げんげいかい)とは似て非なるものだ。

 あちらは幻惑催眠にまで引き込む技だが、こっちは単なる目眩し。

 蜻蛉(とんぼ)を捕まえる時に使うような児戯に過ぎぬが、この場合はそれで充分だ。

 布の回転が一番早くなった時、奴はようやくその意図に気づいたようだが、遅い。

 

「もらったぞ、囀笑法師(てんしょうほうし)!!」

 俺は奴の頭上に跳躍し、驚愕して見上げたその胸板を、毒手で貫いた。

 

「ホッホッホ、かかり申したな。

 この身を貫いたその腕、決して抜けはせぬ。

 これぞ夢想攀抓體(むそうはんしょうたい)、真の意味……!!」

 奴の言葉通り、俺は奴の身体から、手を引き抜く事が出来ずにいた。

 そのまま上を見ろという言葉に、反射的に従って見上げる。

 見上げた雲に覆われた空に、黒い大きな凧が浮かんでおり、どうやらそれに人が乗っているようだ。

 それが俺に向かって言葉を発する。

 

「わかり申したか。

 そなたが今まで闘っていたのは、拙僧の傀儡!!

 影慶、そなたはそれに気がつかず、拙僧がこの大凧の上で操る人形(デク)と、必死に闘っていたというわけよ!!」

 見れば俺が身を貫いている人形からは、幾本もの鋼線が伸びて、それは上の凧の上の男に繋がっているらしい。

 口や目までそれで動かしているとは、芸の細かい事だ。

 

「しばしの時をやろう、御仏に祈るがよい。」

 どうやら武器であるらしい数珠を男は構える。

 だが、ネタがわかればどうということはなく、思わず笑いがこみ上げた。

 この手も少し落ち着いて時間をかければ抜けぬ事はない。

 その時間を与えるほど、敵もお人好しではなかろうが。

 

「男塾死天王の将この影慶、神や仏などとは最も縁遠い男…。

 祈りは、自分自身のためにするがいい。」

 凧から飛び降りてくる囀笑法師(てんしょうほうし)の真下で、俺は身を屈めると、左の脛当ての一番下の留め具を外す。

 そこから靴を落とし、倒立して、奴の落下に合わせて蹴りを放った。

 

「これはこれは。

 かすり傷とはいえ、拙僧から血を…」

 薄笑いを浮かべたその顔が凍りつく。

 

「毒手を、ただ(しょう)だけと思い込んでいたのが貴様の過ちだったな。

 拳法とは、己の五体全てを武器として駆使するもの……!!」

 光は俺の身体から毒を完全に除去する事が出来ず、毒の抗体を体に作らせる事でその代わりとして、俺の命を救った。

 つまり同じ毒ならば、それはもう俺の身体には毒たり得ぬ事を意味する。

 足の一本を同じ毒に浸す事、躊躇う理由などあろうはずもない。

 だが本来ならかすり傷ひとつで相手を死に至らしめるほどの毒。

 それを受けて奴が無事でいられるはずもなかった。

 

「おのれの戒名は、地獄へ行ってつけるがいい。」

 背後で倒れる囀笑法師(てんしょうほうし)にそう言い、俺は人形からゆっくりと毒手を引き抜いた。

 

 結末の決まった茶番劇とはいえ、俺が相手を演じてやるべきはこの程度の者ではない。

 男塾の、死天王の…邪鬼様の名を汚さぬ為にも。

 何より俺自身、戦いの血が滾っている。

 こんなものでは到底足りぬ。

 伝説の厳娜亜羅(ガンダーラ)の拳……、

 心ゆくまで、見極めてやろう!

 

 ・・・

 

「俺の名は厳娜亜羅(ガンダーラ)十六僧のひとり、颱眩法師(たいげんほうし)!!」

 二番手に現れた男はそう名乗りを上げて、やはり座禅を組んだその前に、祭壇状に設えた箱庭のようなものを置いた。

 

「これは古来、僧達の間で嗜まれている百景庭といってな。

 この小さな箱の中に小石や草木を使い、花鳥風月四季折々の、自然のありのままの姿を、立体的に表現するというもの。

 この百景庭の風景は、我ら厳娜亜羅(ガンダーラ)寺院近くにあり修行の場でもある王府山(ワンフーサン)をあらわしている。

 …これから貴様とは、この箱の中で闘う事になる。」

 颱眩法師(たいげんほうし)はそう言うと、その箱庭の両横に香炉らしき壺を置く。

 そこから過剰なほどの煙が発生したかと思うと、不思議な匂いとともに、煙が周囲を覆い始めた。

 

「どうだ、この耽幽香の優美な香りは…?

 貴様がいまだかつて経験したことのない世界へ導いてくれようぞ。」

「煙幕のつもりか…?

 だがこんなもので、この影慶の毒手から逃げられはせん。」

「足元に気をつけるがよい。

 一歩足を踏み外せば、真っ逆さまに奈落の底…。」

 おかしな事を言い出す颱眩法師(たいげんほうし)

 その言葉に、そろそろ晴れ始めた煙の間から周囲を見ると…。

 

「な、なにーっ!!」

 俺が立っているのは、尖った岩山の天辺だった。

 周囲には同じような岩山が無数に屹立し、足元を見れば下は千尋の谷。

 この景色は…!

 

「これぞ厳娜亜羅(ガンダーラ)秘奥義・千燼曚聳峰(せんじょうもうしょうほう)!!

 そうよ、ここは先ほど貴様に見せた、百景庭の景色。」

 そう言って立ち上がる颱眩法師(たいげんほうし)の手には、両端に穂先のついた槍が握られている。

 それを使って高く跳躍した颱眩法師(たいげんほうし)を、迎え撃つべく構えた俺は、崩れた岩場に瞬時に足を取られた。

 ほんの僅かに体勢を崩したところに、奴の槍の一撃が肩を貫く。

 

「足場が気になるか。

 無理もない、この高さではな。

 だが俺には長年修行に励んだ、庭も同然の場!!」

 馬鹿な…こんな事があるはずはない。

 これは全て幻…!!

 

「貴様が当然考えるように、幻と思うなら足場など気にせず闘ってみたらどうだ。

 だが、心はそう思っても体は萎縮し、通常の動きは出来ぬ!!

 それが人間の本能というもの!」

 奴の言う通り、滑る足元の不安定さについそれを支える方に筋肉が働き、躱す行動に移れぬ間に、胸に槍の攻撃が入って防具に穴があく。

 …恐らくは先ほどの香だ。

 それがこの幻覚を作り出している。

 そして直前にあの箱庭を見せたのは、幻覚のイメージをこの風景に固定する為だろう。

 この幻覚から逃れる方法は…!!

 意を決して、俺は自ら谷底に身を躍らせた。

 …だが幻は消えず、どこまでも落下していく感覚に、俺の意識は遠のいていった。

 

 ☆☆☆

 

 致命傷を受けたわけでもないのに影慶は、糸が切れたように地面に倒れた。

 颱眩法師(たいげんほうし)はそれに無造作に近づいて、毒手の掌に槍を突き刺す。

 影慶はそれにより意識を取り戻したようだったが、その表情は苦痛に歪んでいた。

 

囀笑法師(てんしょうほうし)を倒した毒脚を用いようとしても無駄なこと。

 もはや貴様の体は耽幽香の効果により、指一本動かすのが精一杯!!」

 やはり先ほどの影慶の状態は、あの香による効果だったようだ。

 

「ゆ、指一本動かせれば充分…。

 この影慶、このままでは殺られん!」

 何かを思い極めた表情で影慶が毒手の右手を持ち上げるも、構わず颱眩法師(たいげんほうし)が突いた槍は、影慶の胸を貫く。

 次の瞬間、影慶が口から吹き出したものが、颱眩法師(たいげんほうし)の首筋を掠って、一筋の傷をつけた。

 

「なっ!!き、貴様、毒手の小指を食いちぎって…!!」

「愾慄流最終秘技・烈指翔(れっししょう)!!

 き、貴様も地獄へつきあってもらうぜ。」

 毒手の小指に傷をつけられた颱眩法師(たいげんほうし)と、その槍に胸を貫かれた影慶は、二人同時にその場に倒れた。

 勝負は、相討ち。

 

 そこに何故か闘着をまとった飛燕が歩いていく。

 何をするかと思えば、倒れた影慶のそばに屈み、その顔を覗き込んだ。

 

「飛燕か…。

 教えてくれ…俺は、奴を倒したのか…?」

「見事でした…。

 あなたの捨て身の烈指翔は奴に、完全な致命傷を与えました。

 ……ごらんなさい、御自身の目で。」

 そう言って影慶の身体を支え、半身を起こしてやる。

 その視線の先には、仰向けに倒れている颱眩法師(たいげんほうし)の姿がある。

 

「あとを、頼んだぞ…。

 男塾に、敗北という言葉はない…!」

 伸ばしてきた影慶の左手を取り、飛燕が頷く。

 それに安心したように、影慶の身体はすべての力を失った。

 その影慶のそばで、飛燕は立ち上がると、影慶と相討ちした筈の颱眩法師(たいげんほうし)の死体に向かって構えをとる。

 

「死んだふりはもういいでしょう。

 感謝します…あなたのお心遣いのお陰で、影慶は心安らかに旅立ちました。」

 飛燕のその言葉に、颱眩法師(たいげんほうし)の死体がむくりと起き上がる。

 

「わかっておったか…。

 凄まじい闘志を持った男であった。

 だがこの俺に毒手などは効かん。

 死にゆく勇者に、礼をもって報いたまでの事。」

 どうやらこの颱眩法師(たいげんほうし)という男、影慶を認めた上で、彼の為に一芝居打ったという事らしい。

 

「礼は言った…だが勝負とは別なもの。

 容赦はせん。」

 どうやら飛燕はこの流れのまま、この男と戦う事になるようだ。

 しかし、さきの戦いで飛燕も若干の負傷がある筈。

 あれからまだ数時間程しか経過していないというのに、あの華奢な見た目に似合わずタフな男だ。

 

「見ての通りだ。

 俺と拳をあわせて生き残った奴はおらん。」

 改めて構え直す飛燕から目を離さず、颱眩法師(たいげんほうし)は倒れた影慶の胸から槍を回収する。

 

厳娜亜羅(ガンダーラ)双龍槍術(そうりゅうそうじゅつ)!!」

 その槍の両端についた穂先が、息つく暇もなく飛燕に襲いかかる。

 さすがに影慶を倒しただけのことはあるという事か。

 飛燕もまた自慢の体術でその悉くを躱し、その頭上へと跳躍して鶴嘴千本を放ち、それは颱眩法師(たいげんほうし)の両肩に突き刺さった。

 

「鶴嘴千本とは中国医術三千年の歴史をもつ針療医法を応用したもの。

 両肩の神経節を貫かれ、貴様の腕はもはや動かす事は不可能。」

「フッ。考えなかったのか…!?

 影慶の毒手が何故、この俺に効かなかったのかということを…!!」

 颱眩法師(たいげんほうし)が筋肉に力を込めると、両肩に刺さった千本がはじき出される。

 

「俺は長い修行の末、筋肉を瞬間、鋼のように硬質化させることができる。」

 そう言って繰り出してくる槍の攻撃は、ますます速さと威力を増してくる。

 いつまでも躱し切れるものではなく、千本が通らなければ飛燕に勝ち目はない。

 攻撃が掠りながらも空中に逃れた飛燕が、苦し紛れにか投げた千本が地面に突き刺さる。

 同時に着地する飛燕に向けて颱眩法師(たいげんほうし)が槍を突き出すと、飛燕はそれを今度は、地に仰向けになって躱した。

 

「秘奥義・飛鳥憭墜乱(ひちょうりょうついらん)!!」

 両脚を合わせて、颱眩法師(たいげんほうし)の胸を蹴って彼を宙に蹴り飛ばす。

 同時に自らもそれより高く跳躍すると、颱眩法師(たいげんほうし)の背後を取って、その両腕を羽交い締めした。

 

「この体勢で俺を、頭から地面にたたきつけようというのか。

 だが無駄だ。」

 しかし落ちていく先の地面には、先ほど飛燕が投げた千本がまだ突き刺さっている。

 それに気がついた颱眩法師(たいげんほうし)は僅かに頭の角度をずらして、額につけた飾りの輪で、千本を受け止めた。

 

「こいつがなければ危ないところだった…。

 どうだ、千本は地中に打ち込んだぞ。」

「…違う。貴様の負けだ、颱眩法師(たいげんほうし)。」

 次の瞬間、颱眩法師(たいげんほうし)の額の飾りは砕け散り、その頭部には飛燕の千本が突き通っていた。

 

「額の麻酔神経節を貫いた。

 一切の苦痛も煩悩もなくあなたは死ぬ。

 …それが、あなたが影慶に見せた思いやりへの、せめてもの礼です。」

 飛燕は死にゆく颱眩法師(たいげんほうし)に背を向けると、影慶の身体を背に負って、こちらに帰ってきた。

 

 しばしの別れを惜しんだ後、影慶は他の犠牲者と同様、係員によって運ばれていく。

 悲しんでばかりもいられない。

 伝説と言われる厳娜亜羅(ガンダーラ)の力、この程度であるとも思えなかった。

 影慶の死を無駄にしない為にも、俺達は次の戦いに、一層気を引き締めて臨まねばならない。

 

 ☆☆☆

 

 …目を覚ました時、俺は薄暗い部屋に横たえられていた。

 周囲の台に何人も同じように横たえられているが、この部屋全体に、まごうかたなき死臭が満ちている。

 どうやらここは死体安置所であるらしい。

 

「気がついたな。」

 生あるものは誰もいないと思っていたところから聞き覚えのある声がして、俺はそちらに目を向ける。

 この男は…王大人(ワンターレン)だ。

 何故ここに…いや、俺は助けられたのだろう。

 そうでなければ説明がつかない。

 

「貴様ほどの男が、不覚を取ったものよ。

 光のやつが平八の計画の穴を懸念してわしに相談せなんだら、貴様はここで死んでおる。」

「面目無い。」

 そう。計画ではどこかで俺は死んだ事にして一度リタイアし、赤石を迎え入れた決勝リーグを、裏に回ってチームを助ける役を担う事になっていた。

 だが…結果として確かに計画通りにはなったが、あれは死んだ真似などではなかった。

 俺は実際に死んだ。

 目の前のこの男が居なければ、俺はここに並べられた、数多の死体のひとつでしかなかったのだ。

 それにしても、また『光』か。

 よくよく最後の1ピースとなる宿命のようだな、あの女は。

 ふと、右手の小指に痛みを感じて思わず目をやる。

 元通り包帯が巻かれているが、食いちぎった筈の小指は元の長さがちゃんとあるようだ。

 

「その指も胸の傷も、2、3日もあれば塞がり元通り動かせるほどになろう。

 光がおれば現時点で、傷も残さず治せておるのだろうが、わしとてこの程度のことなら造作もない。

 さて、貴様の身柄はここから、決勝リーグの行われる冥凰島へと送られる事になるが、まあ残りの奴らが勝ち残らねば話にはならぬでな。

 居心地は悪かろうが、もうしばらくここに隠れておれ。」

 俺が頷くと、王大人(ワンターレン)は音を立てずに部屋のドアを開けて出て行く。

 一先ず俺の舞台は終わった。後は仲間達を信じるしかない。

 

 ☆☆☆

 

「はい…わかりました。すべて、計画通りに。」

 王先生からの連絡を受けて、無事に…ではなかったようだが、とにかく影慶の離脱が成功した事を知る。

 後は、残りのメンバーに勝ち進んでもらったなら、そこから私の仕事が始まる。

 またみんなを騙す事になるだろう。

 けどこれは、私自身の為の戦いでもある。

 …私も、一緒に戦うから。




後から登場する「翔霍」の胸の傷跡を見る限り、どうしてもここでの影慶の敗北が、完全に芝居だったとは思えないんですよね…。
なのでここでは申し訳ないですが、本当に負けちゃった話になりました。
ごめんなさい。

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