婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
「暗夜にあってこそ、水を得た魚の如く、我が南朝寺教体拳の真価は発揮される。
ここは、この蝙翔鬼に任せてもらおう。」
次は自分が出ると主張しあう富樫と虎丸を、なんのトリックなのか空中浮遊で驚かせながら蝙翔鬼が闘場へふわりと降り立つ。
「中国拳法史上、その怪奇な技で魔性拳として恐れられた、南朝寺教体拳を極めた男、蝙翔鬼。
フフッ…味方ながら不気味な奴よ。」
…伊達、それは褒め言葉なのか?いや、止そう。
例の人柱の遺体が撤去された闘場に、既に上がっていた相手は騎馬だった。
だが蝙翔鬼は、
「南朝寺教体拳・
蝙翔鬼の身体は、見間違いでもなんでもなく空中で静止している。
更に、大威震八連制覇の時には、義手である右腕に着けていた刃のついた風車を、爪先に装着して蹴りを放った。
だが、白い月を覆い隠していた黒い雲が風で流れ、青い光が僅かに差した時、
その馬は首を大きく振ると、首の飾りと思っていた金具から、無数のナイフが飛び出して蝙翔鬼を襲った。
蝙翔鬼はそれを躱すと、宙に浮いていた脚をようやく地につける。
同時に、何か黒いものが幾つも、ナイフに貫かれて地面に落ちた。
「これが貴様の、
それは小型の
見れば蝙翔鬼の頭上には、無数の蝙蝠が舞っている。
この蝙蝠の群れを意のままに操り、それが蝙翔鬼の身体を支えて、浮遊させていたということか。
「学名レンコクコウモリ、又の名をチスイコウモリという。
可愛い奴等よ……!!
五匹も喰らいつけば一瞬にして、人間の体中の血を吸い尽くしてしまう。」
蝙翔鬼が蝙蝠達に指示を出し、蝙蝠は蝙翔鬼を中心に、螺旋状に回って飛びはじめた。
「いけい、友よ!!
中国三大奇拳のひとつとうたわれた、南朝寺教体拳・
その動きで撹乱し、
数が多いのもさる事ながら、蝙蝠には超音波を放って敵の動きを察知する能力がある。
「還れ、友たちよ!!更なる秘技を見せてやるのだ!!」
蝙翔鬼は再び蝙蝠に号令をかけると、上げた右手の先に蝙蝠を集めた。
蝙蝠の群れはそのまま、巨大な一匹の蝙蝠の形をとる。
蝙翔鬼はその上に飛び乗ると
その蹴りで
更に何故かただ一匹の蝙蝠が、一直線に
そしてその目前で翼を目一杯広げて一瞬だけ視界を塞ぐと、その手刀を避けて飛び去った。
その瞬間、あれほどいた蝙蝠が一匹も、影も形も見えなくなっていた。
一瞬視界を塞がれた
「どこに消えたかわかるまい…。
これぞ南朝寺教体拳・
蝙蝠が身を隠す場所はない筈だが、気配は消えていない。
迂闊には動けない状況で、蝙翔鬼は例の風車を今度は靴の裏に着けて、最後とばかりに蹴りを放った。
だがその時、頭上の月の輝きが翳り、
「不思議な事もあるものだ。
月が隠れたにもかかわらず、影がまだ地に映っておるとは…。
見破ったぞ!この小賢しい蝙蝠どもが!!」
撒いたのはどうやら可燃性の液体だったようで、火花がすぐに引火して、奴らの足元からは、火だるまになった蝙蝠が飛び出した。
機動性を失った蝙翔鬼は馬の尾に首を締めつけられ、振り回される。
「殺れい!!ユニコーン」
その合図で蝙翔鬼の体が宙に投げ出され、無防備になった背中から、馬の頭部に着けられた角が、正確に心臓を貫いていた。
「あ、あとは頼んだぞ月光…おまえしかおらん。
こ奴等に勝てるのは……!!」
邪魔になる、と言って蝙蝠の死骸を踏み散らす馬の蹄を見据えながら、蝙翔鬼は苦しい息の下でそう呟いて……そこで力尽きた。
「へ、蝙翔鬼──っ!!」
・・・
「わかり申した。安心して眠れい、蝙翔鬼殿。
貴殿の無念、このわたしが必ず晴らそう。
よくぞ、わたしに託して下さった……!!」
得意の棍を右手に、月光が闘場へ歩いていく。
一週間前に塾長室で顔を合わせるまで、生存を隠されていた三号生と三面拳は、俺達にネタばらしをする前に、どうやら光の取りなしで和解していたらしい。
特に月光と蝙翔鬼はウマが合っていたようだと、確かに後で伊達から聞かされた。
(伊達は俺達より早い段階で光により生きている三面拳と引き会わされたが、その事は口止めされていたと、その時白状した)
しかしそれだけの理由で、蝙翔鬼が死の間際に、月光に勝利を託したとは思えない。
☆☆☆
決勝リーグに上がってからならいざ知らず、予選リーグでこれほど1対1の戦いが集中した会場は他になく、男塾がいる第一会場の結果が出るのが他の会場より遅いのは主にそれが原因らしかった。
というより、初出場の男塾チームがそこそこ舐められており、相手チームの闘士が一人で出てくる場合が多く、そして
もっとも、暗殺者時代から強い男達を見慣れている私は、一定のレベルを超えてしまっている相手に対しての、数の有利をあまり信用していない。
簡単に言えば、強い奴はひとりで充分に強いし、弱い奴は何人集まろうが弱いのだ。
ならば1対1の戦いの方が一周回って一番効率がいいわけで。
落ちてくる季節外れの桜の花びらに向かって手を伸ばす。
万物に氣があり、それに等しく合わせ、その時間の先を行く。
それには思考する事を捨て、その上で集中を高めなければならない。
それが『
まだまだその真髄どころか、上っ面を撫でる程度の理解にすら及ばないが、とりあえず感覚には慣れてきた。
桜の花びらなら、ほぼ100%、指先で摘んで捕まえられる。
ひょっとしたら私の兄は意外と、この真髄を掴んでいたのかもしれない。
桜の花びらは手の中に落ちてくるのを待つと、兄は言った。
それは、桜の花びらの持つ時間の先を行った結果ではなかったのか。
今こそ、兄と話をしたいと思った。
その願いは、この桜を何枚集めたところで、決して叶う事はないけれど。
と、唐突に私に向けられる激しい攻撃的な氣の奔流を感じて、反射的に自身の氣と『合わせる』。
それは本来なら、私程度なら十数
現時点ではこれが精一杯だ。
もっと極めれば、それを放った者に、そのまま返すことができるのだろうが。
「チッ。面白くねえ。
また、妙な特技を身につけやがって。」
「私を殺す気ですか。
今の烈風剣、めっちゃ殺気篭ってましたよね?」
「気のせいだ。
大体、隙があるのを見つけたらいつでもやれと言ったのはてめえだろうが。」
背に負った鞘にそのバケモノ刀を収めながら赤石が微かに笑う。
確かにそうなんだけど。
「…けどやはり、思った通りです。
あなたの技は基本的には斬撃ですが、無意識に刀に闘氣を纏わせて、切れ味を増していますね。
大きなものを斬る際は特にその傾向が顕著ですし、今の烈風剣に於いては、その刀身に纏わせた闘氣を少なからず放出している。
あなた自身は単なる剣圧だと思っているでしょうが、風の発生原理は、蝙翔鬼の
目的は自身の修行と、彼の技の検証。
もうあまり時間もない。
やれるだけのことはやっておきたい。
「…言いたい事はわかったが、そんなもん検証してなんになる。」
そう言う赤石は、多分まだ、自身の弱点に気がついていない。
彼は強いから、わからなくもないけど。
「赤石。
もし、刀を奪われたり、使えない状態にされたら、あなたはどう戦いますか?」
「…取り返すか、使えるようにする。
俺に、拳で戦えとでも言うつもりか?」
脳筋が。
「…地力はあるでしょうからやってみればそれでもなんとかなりそうですが…あなたの闘氣には『切れ味』が付帯してるようですし、それを使わない手はありません。
もしそうなったら、あなたは刀を使わずに『斬る』事を考えるべきでしょうね。」
赤石の弱点。
それは、刀以外に攻撃手段を持たない事だ。
桃や伊達のような、器用なタイプではない彼は、さっき言った状況となった場合、間違いなく窮地に陥る。
「剣の野郎みてえに、布でも使えってのか。」
「駄目でしょうか…いい案だと思うのですが。」
氣を布に伝わらせて硬化させて即席の武器にするという発想は、勿論先の大威震八連制覇での桃と邪鬼様の戦いから来ている。
あれができるようになれば、彼の言う「取り返すか使えるようにする」も、少し現実味を帯びてくると思われる。
何せ、相手は武器を奪ったと思って油断しているから、一見武器に見えないものを武器にできる事は、かなりのアドバンテージとなる。
「布って云うのがどうもな…どうしても、ただの繊維の塊ってイメージしか湧かねえ。」
なるほど、そこか。
「目が良すぎますものね、赤石は。
なら、むしろ何もない方が、イメージしやすいんじゃないですか?」
「何も…ん?もしかすると、あの…」
「はい?」
私の言葉に、何か思い出したように赤石が言う。
「…一文字流の奥義書の中に、これだけは眉唾モンだろうというのがあった。
『
精神力と肉体が極限状態になった時に真価を発揮する、一文字流最終奥義と言われてる。」
一文字流最終奥義…!?
「それは…どういう?」
「俺が奥義書を見てイメージしたのは、
もしそれが可能なら、てめえが言う通り、刀を使わずに敵を『斬る』ことができるな。」
あるんじゃん刀によらない攻撃手段!
「…それ、極めてください!」
思わずそう言った私を、赤石がすごく嫌そうな表情で見つめた。
「…簡単に言いやがる。
今の今まで眉唾モンだと思ってた奥義だって言ったろうが。
一朝一夕でなんとかなるモンじゃねえぞ。」
それはわかってる。
けど、多分答えは、この人が思うより、ずっと近くにある。
「…そもそも『念』ってなんでしょう?
『氣』と同じものだと仮定すれば、それほど遠くない話かと。
氣の総量は基本的に、身体の大きさに比例するんです。
邪鬼様みたいな規格外はともかく。
あなたもその点では、相当な方ですし、さっきも言ったように、無意識に使いこなしてます。
それを意識的に行なえばいいだけですよ。
何でしたらこの男塾には、氣の扱いに長けた男が少なくともふたり居ます。
彼らに頭を下げて、教えを請うてみては?
その光景、すっごく見たいけど、見ないでおいて差し上げますから。」
そう言うと、ますます嫌そうな顔で、私を睨む赤石。
「やかましい。
さっきから聞いてりゃどんだけ上から目線だこの高飛車女。
チビのくせに。」
うん、知ってた。けど今更だ。
あと、チビのくせには余計だ。それ関係ない。
「…まあ、そいつを俺が本当に極めたら、おまえが俺のものになるってんなら、考えてやらねえ事もねえが。」
「……え?」
「………なんでもねえ。
なんにせよ、この大武會が終わってからじゃねえと、そんな余裕もねえだろ。
明日の朝だったな?出立するのは。」
赤石の言葉に、私は頷く。
「予選リーグを無事突破すればの話ですけどね。
ここで敗退して戻ってくるようなメンバーではないと思いますが、どうやら欠員が二人出てしまったようですから。」
そう言うと、ポケットに入れたままだった短波ラジオのスイッチを入れ、イヤホンを片方だけ耳に差して、もう片方を赤石に差し出した。
月明かりの下、二人とも息が白い。
やはり試合直前の伊達のコメントは負けフラグ。お前不吉だから黙れwww