婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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天挑五輪大武會予選リーグ編
1・孤独という名の滑走路から飛び立つために★


 師走一日子の刻。

 天挑五輪大武會の使者が、出場闘士達を連れて、予選会場へと導く。

 今は全塾生が校庭で、その使者の到着を待っている状況だった。

 今回は会場に行くのは闘士達のみで、他の残りの塾生たちは彼らを見送った後、塾に残り、結果のみを聞かされる事となる。

 私も今回は見送り組の中、正確には赤石の隣で、塾生たちの一番後ろの方で、状況を見守っている。

 この場合私は本来なら塾長の隣に居なければならないところなのだろうが、天挑五輪大武會の使者として来るのは、恐らく藤堂財閥の人間だ。

 私は全員の顔を見知っているわけではないが、藤堂家の養女(むすめ)だった私の顔を、相手は知っているかもしれない。

 だから目に触れないところに引っ込んでいろという、塾長命令だった。

 と、上空から明らかなモーター音が聞こえたかと思えば、これは軍用ではないのかと思うようなヘリコプターが、校庭に向かって降下してきた。

 皆が見守る中着陸したそれの、出入り口の扉が開いて、中から…アラビア風の衣装に何故かサングラスをかけた男が出てきて、モーター音の中でもよく通る声を張り上げる。

 

「迎えに参った!

 男塾十六名の闘士達よ、乗るがよい!!」

 …後ろの方にいて良かった。

 けど一応、隣の赤石の影になるように、微妙に位置を移動する。

 

「あ、あのヘリコプターで、天挑五輪大武會の会場まで行くっていうのか……!!」

「それにしても…なんだあ、あいつの格好……!!」

 あー、うん。

 そこはつっこまないであげてほしい。

 彼、ハッサムさんっていうんだけど、本人は至って真面目な人なんだ。

 ちなみに純日本人。

 本名は知らないけど、なんでも出身地の地名から暗号名(コードネーム)が決められたらしくて、発音の仕方でそっち系の名前に聞こえるからって事で、仕事中はあの格好を強要されてるだけだから。

 あとキャラも若干作らされてる。

 てゆーか奥さんも子供も、介護の必要な御両親もいて、その為に一生懸命働いてる人で遊ぶのやめたげてください、御前。

 え、出身地?

 北海道らしいけどよく知らない。

 

「ヘッ、空からのお迎えとは、なかなかシャレてるじゃねえか。

 大武會の主催者ってのは、よっぽど金持ちらしいな。」

 ええ、そりゃもう。

 海外でしか不可能な心臓の手術費用を、御自分の裁量でポンと出した方ですからね…私の身柄と引き換えに。

 そう考えると、私という買い物は、御前にとってはどれほどの価値であったものなのだろう。

 随分と高く買われた気もするが、御前にしてみればそれほどでもないという気もする。

 どちらにしても、私はその人を、これから裏切ることになるわけで。

 もっとも、ここにいて塾生達をずっと裏切り続けていた私に、そんな事は今更なのかもしれない。

 大体、私が藤堂の養女(むすめ)だという事実は、出場闘士の中でも桃くらいしか聞かされていない。

 恐らく男爵ディーノは、例の調査の段階で、ある程度は勘付いているとは思うけど。

 とはいえ塾長は今度の件で私に、何ひとつ役目を振ってはくださらなかった。

 私の知っている天挑五輪大武會の内側の事を僅かに訊ねたに過ぎないし、私はその辺のことはほとんど知らないに等しい為、大した情報も与えてさしあげられなかった。

 だから、決めていた。

 鍵は確実に途中参加する事になる、私の隣にいるこの男。

 …利用する事になるのは本当にごめんなさい。

 

「ほんじゃあ、行ってくるからよぅ。

 へっへ、わしヘリコプター、まだ一度も乗った事ないんじゃ。」

 虎丸がそう言って手を振る。

 

「行くぞ!」

「押忍ッ、邪鬼様!」

 邪鬼様の号令とともに、三号生が歩き出す。

 それを皮切りに、闘士達が次々と、ヘリコプターに向かう。

 一番後ろについた桃の、振り返った視線が私を捉えた。

 その真っ直ぐな瞳に、心臓がどきりと跳ねる。

 

『光はもう、暗殺者なんかじゃない。

 二度と、そんな世界に、戻させやしない』

 抱きしめる腕の強さと、頭を撫でる手の温かさ。

 心地良い声と、大きく穏やかな氣。

 それら全てに包み込まれた時、強く思った。

 …私は私で、戦うべきだと。

 彼らの隣には立てなくとも、私には私の戦い方が、きっとある。

 

「…手くらい振ってやんねえのか。」

 と、頭の上の方から、呟くような声が聞こえ、そちらを見ると赤石が、腕組みをしたまま、視線だけをこちらに向けていた。

 …私と桃の間に何があったか、この男が知っているわけはない。

 けど、なにか見透かしたような視線に居たたまれなくなり、私は赤石から目をそらすと、言われた通り桃に向けて、小さく手を振ってみせる。

 桃が、微笑んだ気がした。と、

 

「…剣!!」

「!?」

 塾長が桃に、背中から声をかけ、その瞬間にヘリの爆音が響いた。

 

 最後の桃が乗り込んだ瞬間、ヘリコプターは校庭から再び飛び立ち、それを見上げながら松尾がエールを切る。

 

「フレ〜ッ!フレ〜ッ!!男塾十六戦士──っ!!」

「男塾十六戦士万歳──っ!!」

「頑張れよ、必ず勝て──っ!!」

「俺達も後から応援に、必ず行くぞ──っ!!」

 他の塾生もそれに続き、その声援はヘリが見えなくなるまで続いた。

 

「じゅ、塾長。

 先程ヘリの爆音でかき消されましたが、桃に、なんと声をおかけに……!?」

「今度の戦ばかりは、わしの力の及ぶところではない。

 奴等に言えることはひとつ…。」

 

 ☆☆☆

 

 “貴様等の勝利を信ずる!”

 ただ一言告げた塾長の言葉を胸に、俺はヘリの中の座席に腰をおろす。

 あまり座り心地は良くないが仕方ない。

 

「何故、塾長はこんのだ?」

「万が一にも、藤堂に正体を悟られぬため、決勝戦まで来ない。」

「せめて、光の奴が居てくれれば心強いんじゃがのう。」

「本当になあ。

 あいつが居れば、多少の怪我くらいなら気にせず戦えるんだが。

 驚邏大四凶殺の時も、大威震八連制覇でも、影で動いて助けてくれてたっていうし。」

 と、富樫と虎丸が話しているのが聞こえるが、それこそ危険な話だ。

 光は元々藤堂の側にいた人間で、今は命を狙われていると聞く。

 結構な変装の特技を持ってはいるが、むこうもそれを充分知っているから、何をやったところで彼女の正体は見破られるだろう。

 とはいえ、ここでそれを知っているのは恐らく俺だけだろうから、迂闊に説明などできないのだが。

 

「だよなあ。

 つか一週間前塾長室で、死んだと思っていた三面拳と三号生の皆様方に会った時ゃ、俺なんか思わずあいつの顔見たぜ!」

 …ああ。それは俺も同じだ。

 目が合った時、『こっちみんな』みたいな顔をされたが。

 

「そもそも、あの(ワン)大人(ターレン)の役者ぶりが見事でした。

 光も含めあそこにいた白装束全員、彼の抱える救命医療スタッフだったというのですから。

 塾長から命だけは保証するよう厳命されていたようです。」

「光殿は、『全員が塾長の掌の上で踊らされていた』と、呆れたように言っておりましたからな。」

「すべてはこの大武會のために…という事だな。」

 三面拳がそれぞれの表情で感慨深げに言う。

 そこに虎丸が立ち上がり、全員に一通り視線を向けて言い放った。

 

「そうだ、みんなも聞いたろう。

 この大武會の主催者である、藤堂とかいう奴のことを!!

 わしらは必ず優勝して、奴に正義の鉄槌を下すんじゃ──っ!!」

「うるせえ!

 幼稚園の遠足じゃねえんだ、静かにしねえか。」

 おー、とかいう反応を虎丸は期待したのだろうが、実際に帰ってきたのは、卍丸先輩の冷静な一声だ。

 

「あ〜ん?」

「なんにもわかってねえな。

 大武會を甘くみるんじゃねえ。

 そこで優勝するという事がいかに至難か。

 お前は帰った方がいい。」

「な、なんだと──っ!!このハナモゲラ野郎!!」

「ハナモゲラ……!!」

「おう、やるかーっ!!」

 卍丸先輩が構え、虎丸がそれに対峙する。

 その様子を見て、少し心配そうに雷電が俺に声をかけてきた。

 

「…よいのか剣殿。放っておいて。

 今は闘いに向かって、全員一丸とならねばならぬ時。」

「フッ、ほっとけ。

 奴等もヒマと体力を持て余しているだけだ。」

 離陸して五時間。そろそろ夜が明ける。

 どこに連れて行かれるのか見当もつかない。

 このくらいの刺激はあった方が退屈しないで済む。

 と、唐突にそれまで薄暗かったヘリの内部に、外の光が入ってきた。

 思っていたより明るい。

 

「窓が勝手に開きやがった。

 どうやら外を見ろって事らしいぜ。」

 邪鬼先輩がその方向を指で示す。

 それに従って、俺たちは手近の窓から外の様子を、ようやく見る事ができた。

 

「なっ!!なに〜!下は海だ──っ!!」

「一体どこの海なんだ。日本なのか……!?」

 見れば、真ん中に大きな丸と、そこから長く橋がかかって、外側を囲む小さな丸に繋がる形の、人工島が見えた。

 どうやら今は、その真ん中の島に着陸しようとしているらしい。

 島の地表に近づくにつれ、その上の様子がようやく見えてくる。

 

「見ろ、戦っている!!

 島で男達が入り乱れて戦っているぞ──っ!!」

 

 ☆☆☆

 

 キュッ……

 シャワーのレバーを下げて湯を止め、タオルで身体をよく拭いてから浴室を出る。

 脱衣所でもう一度、乾いたタオルで髪と、身体全体を拭きながら、見るともなしに振り返って、洗面台の鏡を覗くと、肩甲骨下部に刻まれた刺青が嫌でも目に入った。

【挿絵表示】

 

 孤戮闘修了者の証として、生き残った子供の身に刻まれるそれは、本来は左手首に施されるものだという。

 確かに伊達と、それからあの少年も、この刺青があったのは左手首だ。

 私の場合は、服の下に隠れる位置でなければ女暗殺者として使えないと御前が強く主張した事で、この位置になったそうだ。

 なら付けなければいいと思わないこともないが、万が一逃げ出した際の目印という事で、そこは譲れなかったらしい。

 無駄だったと思うけど。逃げたし。

 …自分が普通の恋愛も、ましてや結婚もできないと普通に思う理由のひとつがこれだ。

 この刺青の意味を知らなくとも、背中にこんなものを背負っている時点で大抵の人はドン引きだろう。

 桃だって、最初に見た時は素直に驚いたって言ってたし。

 それ判ってるのに私の事、好きだとか……うん、止そう。

 って、今気付いたけど、ひょっとしてセンクウもこれ見たんじゃなかろうか。

 確か驚邏大四凶殺の後、倒れた私の制服を洗濯したって言って、その際一通り見たってサラッと言われたんだった。

 …一括りにするのもアレだが、ここの男どもは意外と、この手の感覚が麻痺してるのかもしれない。

 ともかく、これは私が御前の所有物であり、暗殺者であるという紛れも無い証だ。

 それ以外の生き方は、ないと思っていた。

 物理的な拘束力はないとしても、それは間違いなく、私を縛る鎖だった。

 その鎖を引きずったままの私に塾長が、新しい世界を見せてくれた。

 桃が、私を仲間だと言ってくれた。

 赤石が、支える手ならいつでも貸すと言ってくれた。

 みんなが、私を頼ってくれた。

 私にも翼があると、この人たちが教えてくれた。

 だから私も、望めば空が飛べると思った。

 私の命も力も、それを教えてくれたこの人たちに、あげようと思った。

 けど、私にはまだ鎖が付いたままだ。

 まずはこの鎖を、自分の力で断ち切らなければならない。

 そうできなければ、彼らの隣に立つ資格などない。

 下穿きに足を通してから、新しいサラシで忌まわしい所有印を覆い、女の象徴であるふたつの膨らみも、それで抑えつける。

 その上から制服を身につけ、ベルトを締めて、『江田島 光』が完成する。

 これでハチマキでも締めればより気が引き締まるのかなとふと思って、不意に、戦いの最中に悠長にもハチマキを締め直していた桃の、影慶や邪鬼様と戦った時の事を思い出して少し笑えた。

 

 ・・・

 

 執務室に戻り、短波ラジオのスイッチを入れて、チャンネルを合わせる。

 天挑五輪大武會の予選がもう既に行われており、現時点では基本、結果のみが伝えられるのだが、その中で特に注目された試合などは、その詳細の解説が為されていた。

 予選リーグ第一会場での一回戦では、初出場の男塾が、集団での連携技を得意とする衒蜥流(げんせきりゅう)というチームを、金髪碧眼のボクサーひとりであっという間に倒して二回戦進出を決めたという。

 ちょ、あいつしか居ねえわそんなやつ。

 ただ、一人で対戦相手の十六人全員を倒したチームはもうひとつあり、その狼髏館(ろうろうかん)というチームが、奇しくも二回戦での男塾の対戦相手となるとの事。

 僅かな休憩時間を挟んで、この後試合が始まる筈だ。

 さて、これを聴きながら今日中に塾の事務仕事を一通り終わらせてしまう事にしよう。

 ピーコちゃんは昨日のうちに幸さんに預けた。

 何せ、今日一日かけてこの予選リーグを終え、男塾が無事に勝ち残れば、明日には間違いなく、赤石とともに私は、決勝リーグの戦いの舞台である、あの島へと発つ事になるのだ。

 後顧の憂いを残しておくわけにはいかない。

 

 ☆☆☆

 

 二回戦で俺たちと戦う狼髏館からは、さっき一回戦の試合で、一人で相手チームの全員の首の骨を折って勝利を決めた男が、またも一人で進み出た。

 見れば歳の頃は俺たちとそう変わらない若い男だ。

 それを見て、舐められたと熱くなる虎丸を宥めた飛燕が、やはり一人で闘場に立つ。

 その男の武器は並外れた跳躍力と優れた体術。

 しかし飛燕のそれは悉く、首天童子というらしいその男を上回る。

 だがとどめとばかりに飛燕が腹部に放った正拳突きは、首天童子が服の下に着けていた金属製の、棘のついたプロテクターに阻まれた。

 その一瞬の隙をついて奴が跳躍し、回頭閃骨殺(かいとうせんこつさつ)という例の、首の骨を折る技を、飛燕に仕掛けてきた。

 あわや首を真後ろに回され折られるかと思った刹那、飛燕の手に握られた鶴嘴千本が、首天童子の手に突き刺さっており、その手の動きは止まっている。

 飛燕はその隙に乗じて首天童子の手から脱出すると、同時にその顔面に鋭い蹴りを放った。

 

「お前のその右手は、しびれてしばらくは使うことはできん。

 鶴嘴千本とは、中国二千年の伝統を持つ鍼療医法を応用したもの…。

 その打つツボによって、色々な効果がある。」

 その辺は、氣の操作を含むという違いはあるが少し光の技と似ている。

 というか俺自身の持ち技の中にも、似たような性質を持つものがあるにはあるが、それはあまり思い出したくない。

 襲いかかってくる首天童子に反撃した後、次々と猛攻する飛燕。

 それはダメージを与えるというより、戦意を喪失させる為のものであるように、俺には見えた。

 降参を認めて握手を求めてきた首天童子に応じようと近づいた飛燕に向けて、奴のプロテクターに付いていたトゲが飛び出してきて、飛燕の身体にダメージを与える。

 そこから反撃に出て、片手を奪われたお返しにと両腕の肩を外しにかかった首天童子に、飛燕は口で千本を投げ放った。

 それは奴の首筋に刺さりはしたが、大してダメージは与えていないように見えた。

 その事を嘲笑いながら、再び回頭閃骨殺を仕掛けてくる首天童子に、飛燕がカウンターのように足技を放つ。

 

「鳥人拳・捻頸転脚(ねんけいてんきゃく)!!」

 

 ・・・

 

「まだそんな器用な事ができる余力があったのか。

 俺はこの通り痛くもかゆくもないぜ。」

「そうだ。痛くもかゆくもないだろう。

 さっき貴様の首筋に打った千本はいわば鍼麻酔…

 首の骨を折られて死んでいく者に、苦痛を与えない為のな!」

「どういう事だそれは?俺の首がどうしたと…!!

 さあ行くぞ、今度こそおまえの首を…な、なんだこれは、おかしいぞ。

 ま、まま、前へ行こうとすると後ろへ行ってしまう。

 なにをおまえら驚いている!!」

 自身の首が180度後ろに曲がっている事にまったく気がつかず、海に落ちていく首天童子の姿と、懐から出した布で自分の血を拭う飛燕の、両方を見つめながら、俺たちは一斉に息をのんでいた。

 

「本気で怒らせたらあれ程怖い奴はいない。」

 彼をよく知る伊達の短い言葉が、全てを語っていた。




この章での試合状況は、これまでと違いなるたけ短くまとめるつもりです。
主人公以外の一人称も多くなります。
あと、若干の原作改変が入るかと思われます。
御了承ください。

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