婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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よかった…幕間がちゃんと6話という常識的な範囲内の話数で収まった…。


6・雨のち時々流星

「俺に話、とは?

 …どうも、色っぽい話じゃなさそうだが。」

 ほぼ夜中に通用門をこっそり開けて、迎え入れた私に桃が、そんな軽口で問う。

 昼間はどうしても他人の目があるし、執務室にはノックなしに誰かかれか入ってくる。

 だからといって、鍵をかけていると逆に怪しまれる。

 特に赤石。

 

「とりあえず、冷えますから執務室で、温かい飲み物でもお淹れします。

 どうぞ中へ…」

「…俺は光の、そういうところも嫌いじゃないけどな。

 誘ってるんじゃないなら、やめといた方がいい。

 夜中に男と、室内で二人きりになる状況とか、無防備にも程があるぞ。」

 軽く肩をすくめて、桃がそんな事を言う。

 こないだの伊達とおんなじような事言うな。

 てゆーか、今に始まった事じゃないけど、桃は実年齢の倍くらいは精神的に大人だ。

 それでいて、敵にさえ非情になれない青いところもあるんだから、よくわからない。

 どういう教育をしたらこんな子供が育つんだろう。

 親の顔が見てみたい…とか思ったけど、よく考えたら久我真一郎をターゲットにしたあの仕事の時に、彼が秘書をしていた義叔父、当時国会議員だった剣情太郎の資料や写真も目を通していた。

 なんで最初に桃と会った時に思い出さなかったのか不思議なくらい、顔はよく似ていた筈だ。

 …ともあれ、桃が固辞するので仕方なく、そのまま外で話をする。

 もう冬になるのに、その冷たい空気の中に、未だに桜の香りが混じる。

 お互いに、吐く息が白い。

 

「まずは前提から頭に入れておいてください。

 私は、塾長の子でもなんでもありません。

 元々は塾長の知り合いである総理を殺そうとして、塾長に捕らえられた暗殺者です。」

「…それはまた、衝撃の告白だな。

 まあ、大まかな事は塾長から聞いてはいるが。」

 どうやら塾長は桃にだけ、私の状況をかいつまんで話をしたらしい。

 暗殺者である事実までは聞いていなかったようだが、元は藤堂兵衛の下で仕事をしており、その失敗で今は命を狙われてここにいる、という部分だけ聞かされたのだそうだ。

 

「何故か塾長は私を信用してくれて、更生の場を与えてくださいました。

 ですが、過去に人を殺してきた事実は消えはしません。

 …本題に入ります。

 久我真一郎という男。あなたの従兄ですね?」

 私の言葉に、桃が目を丸くする。

 

「?…ああ。

 だが真兄さんは、2年前に亡くなった。

 それで武者修行中だった俺は、急遽日本に呼び戻されたんだ。

 光は、真兄さんを知ってたのか?」

 桃の質問に、ひとつ深呼吸をする。

 決心したのだから、言わなければならない。

 ここまできてためらってはいられない。

 

「その久我真一郎を殺したのは、私です。」

 桃の目を真っ直ぐに見つめて言う。

 本当は逸らしたいけれど、そうしてはいけないと思った。

 桃は一瞬大きく目を見開いた。

 だが次には、敢えて、とでも言うように唇に笑みを浮かべてみせた。

 ただし、目は笑っていない。

 

「…冗談だろう?

 真兄さんの死因は心不全だったって聞いたぜ?」

 冗談だとしたら、不謹慎すぎるだろう。

 だが、それに縋りたくなる気持ちはわからなくもない。

 そうだったら私自身どんなにいいかと思う。

 

「私が引き起こしました。

 それが私に可能な事、あなたは気付いている筈ですね?」

 桃は実際、私が椿山を殺しかけたのを阻止している。

 

「…何故、と聞いていいか?」

 今度は真剣な表情で、私の目を見返しながら問う。

 

「御前…藤堂兵衛の元に、依頼がありました。

 私は彼に命じられ、それを実行しました。

 そもそもその依頼を誰がしたのか、その理由がなんであるかまでは、私は知りませんし、その必要もありませんでした。

 ですが、手を下したのは、間違いなく私です。」

 桃は、黙って私を見つめている。

 だが、その瞳に少し、悲しげなものが混じった。

 当然だろう。

 

「あなたが彼の従弟だと知ったのは、驚邏大四凶殺が行われる少し前です。

 長い事黙っていて申し訳ありません。

 …私は、あなたに裁いて欲しいと思っています。

 あなたが望むなら、この命差し出すつもりです。

 ですが私にも今一度、生きて果たさねばならない課題ができました。

 天挑五輪大武會が終わるまでこの命、今しばらく私にお貸しください。」

 塾長はそこまで考えてはいない…というより、私にはできない事と思っているだろうが、私は状況次第では、私にできる最大の仕事をするつもりでいる。

 即ち、藤堂兵衛の暗殺。容易い仕事ではない。

 むしろ今まで自分に与えられた仕事の中で、最難関と言っていいだろう。

 私は、この仕事で死ぬかもしれない。

 その時点で真実を知らぬままだったら、桃は血縁者の仇である私の死を、悲しみすらするだろう。

 だから、今言わなければいけない。

 憎んでくれていい。

 むしろ憎まれなければいけない。

 そう思っていたのに。

 

「…待てよ。暴走しすぎだ、光。

 俺がおまえを殺す前提でモノ言うな。

 できるわけがないだろう、そんな事。」

 …正直、これが一番恐れていた事だった。

 桃は優しい。優しすぎるのだ。

 

「でも…」

 その優しさは、今は封じてくれなければ困る。

 だって、そうでなければ…。

 

「いいか、おまえが言った通りだとして、ならば俺が憎まなければならないのは、その依頼をした人間と、それをおまえに命じた藤堂兵衛だ。

 …光は、心を痛めてただろう?

 そうでなければ俺に、裁いて欲しいなどとは言わない筈だ。」

 お願いだから、そんな風に言わないで。

 この人の優しさが、今は、怖い。

 

「私は御前に…藤堂兵衛に、褒めて欲しかった。

 ただそれだけでした。

 ただそれだけの事の為に、何人もの命を奪ってきたんです。

 今それをどれだけ後悔しようと、許されるわけがないでしょう?」

「だったら尚更、光は生きなきゃいけないだろ?

 驚邏大四凶殺の後、俺が死のうとした事を、仲間への裏切りだとあれだけ怒っといて、自分は簡単に命を投げ出すのか?

 それこそ裏切りだ。光が奪ってきた命に対して。

 償いたいんなら、生きて償う事だ。

 ……そうだ。

 そんなに言うなら光の命、望み通り俺が貰おう。

 俺のものなんだから、俺の許可なしに、投げ出す事は許さない。」

 大きな手で、肩を掴まれる。

 

「えっ…。」

「いいな?」

 …よくない。こんな事は絶対よくない。

 

「…………どうして」

「ん?」

「どうして…許せるの?」

 問いながら、なんとか身体を離す。

 桃の手は温かすぎて、苦しい。

 

「光?」

 だって。

 

「私を許したら…真一郎が、可哀想でしょう?」

 覚えず、責める口調になった。

 自分はそんな立場ではない。

 それくらいわかっていたのに。

 その私の言葉に、桃は何故か、痛いような顔をして言った。

 

「……光は、真兄さんが好きだったのか?」

「何を言ってるの?」

「…泣きそうな目をしてるぞ。

 自分じゃ気がついてなかっただろうが、真兄さんを殺したって言ってから、ずっとだ。

 …手を下した時、今とおんなじような顔してたんじゃないか?

 真兄さんが可哀想だって、思ってたんじゃないのか?」

 …何故だろう。身体が震えている。

 ああそうか、ここは屋外だ。

 寒いんだ。そうに違いない。

 

「わ……私は、暗殺者、です。

 仕事に、私情は…交えません。」

 心臓の鼓動がおかしい。息が整わない。

 言葉を紡ぐのにも苦労する。

 

「……ひょっとしたら、殺した後、光は泣いたんじゃないのか?」

 桃のその言葉に、瞬間私はカッとした。

 何を言ってるんだ、こいつは!

 

「違う!そんなことない!

 いいかげんな事言わないでよ!」

「…!?」

「私は…私…は………っ!?」

 言葉を続けようとした、その私の後頭部が、なにか温かいもので包まれた。

 それが桃の大きな手だと気付いた時には、私の頭は、桃の胸元に引き寄せられていた。

 否、頭だけではなく、身体ごと抱き込まれている。

 

「……泣き顔、見られたくないってんなら、しばらくこうしてるぜ?」

「泣いて…ません。」

 それしか言えなかった。

 なんでこんな事になっているのか、理解が追いつかなかった。

 

「なら、顔見ていいか?」

「…桃、きらい。」

 反射的に、そんな事を言ってしまう。

 

「…俺は、光が好きだ。そう言ったろ?」

「もう…ワケわかんない。

 自分の気持ちも、あなたの気持ちも。

 私なんかのどこが好きなの。

 なんでそんなに…優しいの。」

 桃は答えず、私を抱く腕に力を込めた。

 もうそれ以上の抵抗もできず、そのまま桃の胸元に頬を埋め、目を閉じる。

 目から頬を、何かが伝うのが判った。

 …ああ、私はまた泣いていたのか。

 ここの男たちは総じて泣き虫だと思ったが、泣かされることも結構多い。

 出会いはじめの赤石といい、塾長といい桃といい、なんなんだこいつらは。

 私のプライドをよくよく木っ端微塵に叩き壊すのが趣味か、くそ。

 強く逞しい腕と、大きく穏やかな氣が、私を包む。

 温かい手が、頭を撫でる。

 記憶の蓋が、ゆっくりと開かれる。

 自身の中に封じていた記憶が、オルゴールの旋律のように、心の裡に流れる。

 

 …桃の指摘通りだった。

 最初は厭な男だと思っていた久我真一郎は、私と付き合う中で変わっていき、本来はそうであったのだろう真っ直ぐな性質を取り戻した。

 そして、そんな彼に、私も惹かれた。

 それは、厳密にいえば恋ではなかったかもしれない。

 私を心から必要としてくれた人に対する、ある意味庇護欲に近いものだった。

 先日、伊達に指摘された。

 私は甘えて縋られれば、心も身体も開く女だと。

 その通りだった。

 身体まではまだ開かなかったが単純に時間の問題で、心は確実に奪われていた。

 彼が望むならば自身の全てを与えたいと思っていたのは、疑いなく事実だった。

 勿論、それはあってはならないことだった。

 彼を助ける方法がないか、何度も考えた。

 彼となら一緒に逃げて、一緒に殺されるのもいいかとさえ思った。

 …けど、結局私は、御前には逆らえなかった。

 暗殺の決行日時が決定し、私はなんの苦もなくそれを実行して…そして、そこにある事実以外のことは、全て忘れた。

 ごめんなさいと連呼しながら、彼の亡骸を前に流した涙とともに、全て。

 ターゲットは久我真一郎。

 刺客は私。暗殺完了。それだけ。

 他には何もない。

 ………何も。

 

 だから。

 私なんかに優しくしないで。

 二度とあんな思いはしたくない。

 誰も好きになんかなりたくない。

 

 求めなければ、得ることはない。

 得なければ、失うことはない。

 

 だからこれ以上、優しくしないで。

 その優しさを、求めてしまうから。

 もっと欲しいと、願ってしまうから。

 

 本当に好きになってしまうから。

 そんな事は許されないのに。

 

 私は…好きだったひとを、手にかけた女なのだから。

 

 そう思いながらも私は、桃から身体を離せなかった。

 私が少しでも抵抗すれば、この男ならば腕の力を緩めてくれると、判っていたにもかかわらず。

 

「光はもう、暗殺者なんかじゃない。

 二度と、そんな世界に、戻させやしない。

 何も心配しなくていい。

 光の為にも、俺が……、

 俺たちが、藤堂兵衛を討つ。」

 心地よい声が囁いたその言葉は、ある意味最も残酷な裁きだった。

 

 その優しさは……罪だ。

 空に一筋、星が流れた。

 まるで、天空の涙のように。




ようやく次回から天挑五輪大武會編開始です。
多分ですが、次の更新まで若干間が空くかと思われます。

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