婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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20・太陽は沈まない

「最後の気力をふりしぼり、邪鬼の不動金縛りから脱出しおったな。

 だが、これで奴の氣は、完全に尽き果てた!」

 塾長が説明のように言い放つのに、私が頷く。

 

「みたいですね。

 ここから見てもわかるくらい、大量に発汗しちゃってますもの。

 間違いなく、氣を使い尽くした合図ですね。

 私だったらああなったら最後、普通に気絶してますから、そうならないだけまだマシかもしれませんが。」

「子を産み育てる性である女の身体は、最低限命だけは守るように出来ておる。

 貴様が氣を使い尽くした時点で意識を失うのは、それ以上肉体に負荷をかけぬ為の防御反応よ。

 どんなに鍛えようが男とは違う。」

 …いや、そこでサラッと秘密暴露すんのやめてもらっていいですか。

 赤石の後ろで江戸川が、えって顔してるんですけど。

 多分、空気読んで黙ってるだけで。あーあ。

 

「…ひょっとしてさっき、てめえの身体触った時に、えらい大汗かいてやがったのはそういう理由か?」

 そしてまた、赤石が私を見つめて問う。

 

「ええ。人は極限まで氣を使い尽くす際、肉体的な疲労に加え、そこに大量の発汗を伴います。

 私も先ほどまで…詳細は言えませんが、一仕事してきた後だったもので。」

 私の言葉に、赤石がなんか不機嫌そうに舌打ちする。

 なんでだよ。もう、すぐ怒るんだから。

 

 

 氣を使い果たし、呼吸を乱しながらも、桃は体勢を整えて構えを取る。

 

「フッ、たいした奴よ。

 かつておまえ程の男は知らぬ。

 その闘志に報いて……見せてやろう!

 俺と貴様の、氣の大きさの違いを!!

 氣功闘法・繰条錘(そうじょうすい)!!」

 そう言って邪鬼様が、巻いた長い針金の先に、先の尖った分銅状の(おもり)のついた武器を取り出したわけなのだが…うん。

 

「だから、どこから出した…。」

「…ん?」

「いえ何でも。」

 つっこんだら負け。つっこんだら負け。

 特にあの人には、常識は通用しない。

 考えるだけ無駄だ。

 私が己に言い聞かせている間に、邪鬼様がその、針金の束を足元に落とし、錘の付いていない方の端を右手の、親指と人差し指以外の三本に巻きつけた。

 そうしてから、そこから繋がる線をつまんで、気合を放つ。

 瞬時に邪鬼様の氣が大きく膨れ上がったかと思えば、すぐに精製されて小さく凝縮され、それは針金を伝って、錘ごと空中に伸びて直立した。

 

「わかるか。

 これが俺と貴様の、氣の大きさの違いよ!!」

 これにはさすがの桃も絶句しかない。

 

「なんという氣力よ……!!

 十mもある条の先端にまで氣を入れ、硬化させるとは……!!」

 その光景に王先生や白装束スタッフたちも、信じられないものを見る目になっている。

 条を握った邪鬼様の腕が振るわれると、直線だった条は螺旋状に動き、錘の部分が桃の身体に向かって飛ぶ。

 それを躱したと思えば、それは桃の身体の周囲を回り、同時に条が桃の身体に巻きつかんとする。

 端を握る邪鬼様の腕が引かれ、あわや拘束されるかと見えた桃の身体が、寸前で宙に逃れていた。

 

「躱したか、ならばこれはどうだ!!」

 今度は錘が真っ直ぐに桃に向かって飛び、桃は難なくそれを躱す。だが。

 

「哈っ!!」

 再び邪鬼様の氣が込められた条は、通り過ぎた桃の身体の後方で一旦止まり、空中で軌道を直角に曲げた。

 桃の右上腕に錘が直撃し、その先端が肉を裂いて血が飛沫く。

 更に休むことなく邪鬼様の腕が動き、またも真っ直ぐに桃に向かった錘は、今度は桃の目の前で停止し、鎌首をもたげた蛇のように、桃の胸板に襲いかかった。

 なんとか表層を掠るだけに留めたものの、その身体が勢いで後ろに倒れる。

 そこに更なる追撃。

 身体を転がして躱したそれが地面をえぐり、岩の破片を周囲に撒いた。

 …あの条の動きは、驚邏大四凶殺での伊達との戦いの時の、彼の蛇轍槍の変幻自在の動きに似ている気がする。

 あの時、桃はあれを、どう攻略していただろうか?

 

「だ、だめだ。

 桃の体力は限界を越えてるし、あの針金は予測できねえ動きで襲いかかってくる!

 あの邪鬼の攻撃を防ぐ(すべ)はねえ!!」

「大天秤も傾いて、あと五分ともたねえ!!

 わしら全員お陀仏じゃ──っ!!」

 一号生たちの悲痛な声が響く。

 

「大威震八連制覇最終闘!!

 どうやら勝負あったようだな。」

 塾長の言葉に、私は誰に言うともなく呟いた。

 

「…桃は、まだ諦めてません。」

 

 ☆☆☆

 

 直線から蛇行、そして螺旋。

 邪鬼の氣に操られる繰条錘という武器は変幻自在の動きで、その錘の先端がまるで北を指す磁石の針の如く、常に俺の身体に向かってくる。

 

「逃げ切れるものではない!

 氣を注入されたこの条そのものが、俺の意志だということを忘れるな!」

 奴のいうとおり、このままではやられる!

 あの先端を封じる手は、唯ひとつ…!!

 左腕を、錘の先端に晒す。

 

「ぐうっ!!」

 それは手首に深く突き刺さり、思わず呻き声をあげてしまう。

 俺を案ずる仲間たちの声が、俺の名を叫ぶ。

 突き刺さったそれを力任せに引き抜き、これ以上動かぬように握りしめた。

 ひとまずはこれで、あの変幻自在の動きからは解放される。

 だが、消耗した肉体には、この出血が思った以上に堪えた。

 すぐに立ち上がることが出来ない。

 

「フッ。腕一本犠牲にして、この繰条錘を受けるとはな…。

 それを武器に使おうというつもりらしいが、所詮悪あがきにすぎん。」

 武器…?

 そんなつもりはなかったが、その発想をもとに、抵抗の手段を考える。

 

「遊びは終わりだ!

 次の一撃が、この大威震八連制覇の、最後の幕を下すことになる。」

 …まずは呼吸を整えろ。そして立ち上がれ。

 

「…貴様は、よくやった。

 これ以上苦しみはさせぬ。

 ひと思いにあの世へ送ってやる。」

 邪鬼の足音が俺に迫る。

 何故かその言葉がひどく優しく響く。

 甘美な、死への誘惑のように。

 

「も、桃……だめだ、やられる…。

 もう、どうにもならねえ…。」

「く、悔いはねえ。

 俺達ゃあ全員一緒に死ねるんだ…!!」

 やめろ。泣くんじゃねえ。

 俺はまだ諦めてはいない。

 諦めるわけには、いかない。

 …天空にはまだ、雷鳴が鳴り響いている。

 力を振り絞り、立ち上がる。一か八か。

 

 俺に力を貸してくれ!雷電、飛燕、月光!!

 

 手に持った錘を、宙に向かって真っ直ぐ投げ放つ。

 

「どこをめがけて投げておる!

 血迷ったか──っ!!」

 言いながら邪鬼の拳が俺に向かってくる。

 瞬間、天から降り注ぐ閃光。

 

「うおっ!!

 雷が桃の投げた針金の先端に落ちた──っ!!」

「か、勝ったぞ邪鬼!

 大威震八連制覇、俺たちの完全勝利だ!!」

「なっ……!?」

 雷が電気であるという証明の為に、ベンジャミン・フランクリンが行なった凧での実験で、彼が命を落とさなかったのは、単に運が良かったのだという。

 はるか古代には神の槍と呼ばれたその天の閃きは、俺が投げ放った錘からそれに繋がる針金を伝い、そしてそれを握ったままの邪鬼の拳から、一気に全身を貫いた。

 

「ぐあああ───────っ!!」

 

 ☆☆☆

 

 桃が空中高く投げた錘に落ちた雷が、邪鬼様の肉体を直撃した。

 呻き声を上げながら仰向けに倒れる邪鬼様を見つめる桃の表情が、どこか哀しげに見える。

 その表情に何故か胸が痛くなる。

 …桃は、優しい。敵に対しても。

 彼はいずれ、私を裁く男。

 だが、直前まで自身を殺そうとしていた敵をこんな目で見つめる男に、はたして私を断罪できるのかという、どこか予感めいた不安が、一瞬私の心を掠め、思わず首を横に振った。

 その私の動きに、赤石が一瞬怪訝な顔をしたが、そんな事は今はどうでもいい。

 

「も、桃──っ!!

 早いとこそいつの腹から鍵をとって、俺達をここから助けてくれーっ!!」

 檻の中の一号生たちが、歓声と共に懇願する。

 ハッとしてそちらを見ると、大天秤はだいぶ傾き、あと少し傾いたら落ちそうだ。

 てゆーか、暴れるんじゃない君たち。

 

「いくらあの邪鬼とて、落雷をまともに受けてはひとたまりもあるまい…。

 それにしても、なんという大逆転……!!」

 驚き呆れた表情で王先生が言葉を紡ぐ。と、

 

「ど、どういうことだ!

 桃は邪鬼の死体を前に、まだ構えておる──っ!!」

 一号生たちの言葉に闘場に再び目をやると、確かに桃は先ほどの場所で、邪鬼様から目を離すことなく、構えを崩していない。

 やがて全身黒コゲの身体を引きずるように、邪鬼様がその身を起こし、それを見る全員を驚愕させた。

 だがどこをどう見ても邪鬼様の身体は限界のはず。

 立ち上がっても、戦う力は残ってはいまい。

 

「ぬうう…。」

 単に手刀を構える動きひとつにも呻き声を漏らしながら、邪鬼様が桃と向き合う。

 

「ぐああ──っ!!」

 だが。繰り出された手刀が向かう先は。

 

「な、なにーっ!!

 邪鬼の拳は、自分の腹を貫いた──っ!!」

 邪鬼様が地面に膝をつく。

 呻きながらも腹の傷口に、更に腕を深く突き込む。

 その凄惨な光景に、誰もが言葉を失った。

 やがてその手がようやく引き抜かれると、

 

「お、俺の負けだ。剣 桃太郎……。」

 そう言って突き出した右手の指に、一本の鍵が握られていた。

「さあ、受け取れ……。

 これを持って早く、仲間を助けに行くがいい。

 フッ…いい勝負だったぜ……。」

 言葉も出ぬまま、ほぼ反射的にそれを桃が受け取ると、その動きだけでも相当な無理を身体に強いていたのであろう邪鬼様が、地面に完全に身を落とす。

 

「は、早く行けい。時間はない…。

 貴様等一号生は勝ったのだ……。」

 それでも邪鬼様の目に迷いはない。

 塾長が溜息をつくように呟いた。

 

「見事な奴よ…男塾三号生筆頭・大豪院邪鬼。

 あれはいわば拳での切腹…。

 敗軍の将として、最後の力をふりしぼり、責任を取ったのだ。」

 そして、その邪鬼様を、桃は呆然と見つめる。

 ああ、これは。桃なら、多分。

 

「おお──い、桃、早くしてくれ──っ!!」

 一号生たちの声が頭上から響く。

 

 

 私は赤石の腕から降りると、王先生のもとに駆け寄った。

 

「王先生、階段下ろして下さい。

 私が鍵を受け取りに行きます。

 桃はともかく、あの子達はもう、精神的に限界です。

 早く助けないと…!」

「貴様は中立の立場だ。

 それをやると一号生の側に立つことになる。」

「でも……!」

 私の予感が正しければ、この後桃は扉まで行くのも困難になる筈だ。

 

「す、すまん。

 貴様等の信頼と、期待を裏切った……。」

 呼吸も荒く、邪鬼様が呟くように言う。

 反対側の檻の中で、もはや死を待つだけの三号生たちは、微動だにせず。

 更に一人が、笑みすら浮かべながら言う。

 

「お供します……邪鬼様!」

 その光景に、一号生たちが息を呑む。

 

「す、すげえ…さすが男塾三号生だ!

 これから死ぬってのに、全員顔色ひとつ変えぬとは…俺達とはえらい違いだぜ!!」

「てなこと言ってる場合か!!

 うわあっ、お、落ちるーっ!!」

「も、桃、何をしてる──っ!!」

「塾長…!!

 このまま三号生を見殺しになさるおつもりですか。」

 赤石が塾長に、少し責めるように言葉をかける。

 

「捨てておけい。これが勝負だ!」

「……!!」

 絶句した赤石と私が、思わず顔を見合わせる。

 赤石はなんとも言えない苦い表情を浮かべているが、多分今は私も、おんなじような顔をしているだろう。

 

「い、行けい、敗者に情けは無用…。

 我等は一連托生。覚悟はできている。」

「そうはいかない。

 勝負が終われば、一号生も三号生も関係ない。

 俺達は全員、男塾の塾生だ。」

 …そう言うと思ってたんだ。

 桃は非情な決断はできない子だし。

 恐らくさっきの邪鬼様のように、自分の腹を…

 

「ぐふっ!!」

「な、なに!桃が自分の腹を──っ!!」

 …私の予想に反して、桃は自分の肘で腹を力任せに打った。

 少しして口元に手をやった桃が、その手の中からとりだしたのは、やはり一本の鍵。

 つか、吐き出せるんかい!

 絶対邪鬼様がやったみたく自分の腹ぶち破って出すんだろうと思ってたからメッチャ心配したのに、なんかホッとして脱力したわ!

 い、いや、つっこんでる場合じゃない。

 しっかりしろ、冷静になれ私。

 

「赤石先輩──っ!!」

 桃はその吐き出した鍵を、赤石に向かって投げてくる。

 

「…ウム!」

 勿論、目のいい赤石がそれをとり落すわけもなく、次の瞬間にはそれは、赤石の大きな手の中に収まっていた。

 

「き、貴様……!!」

「も、桃は三号生も助ける気だ──っ!!」

 当然、そういう判断になるでしょう。

 だって、桃だから。

 赤石が鍵を受け取ったのを確認して、桃が駆け出す。自陣の扉へ。

 

「この高さからでは、飛び降りるわけにもいくまい。」

 王先生が階段を下ろしてくれないから、そこから直接降りる事になる赤石に、塾長がロープを手渡す。

 これ用意していたって事は、この事態をある程度、塾長は予測してたって事だろう。

 

「…塾長!」

 そこに赤石も気がついたのであろう。

 受け取ったそれを江戸川に託して、赤石がイイ笑顔を塾長に向けた。

 

「急げ!」

「私も行きます、赤石!

 邪鬼様は私が行けばまだ助けられる!」

 二号生たちが下げるロープに掴まって降り始めた赤石に、私がそう言うと、赤石は溜息を吐いてから、半ば諦めたような声で返してきた。

 

「…俺の後から来い。ビビって落ちるなよ!」

「はい!」

 この程度の高さで私がビビるとでも思うか。

 Jの戦いの時は、もっと高いところまで登って降りたんだ。

 私がロープに手をかけた時、桃はもう扉の鍵を開けていた。

 降りながら、頭の上で王先生が、塾長に話しかけるのが聞こえた。

 

「あの扉を開けレバーを倒せば、大天秤は自動的に固定する。

 フッ、平八。

 やはり貴様も人の子だったようだな。」

「貴様は何もわかっておらん、王大人。

 いや、貴様だけでなく…剣も邪鬼も、唯ひとりとして…。」

「いったい、なんのことだ……!?」

「この大威震八連制覇…その本当の意味を!!」

 …よくはわからないがひとつだけわかった。

 どうやら一号生や三号生はおろか、王先生とそれに従って動いていた私も、塾長の掌の上で踊らされてたんだという事。

 

 ☆☆☆

 

「や、やった!俺達は助かったんだーっ!!」

「大威震八連制覇、俺達の完全勝利じゃ──っ!!」

「桃、さすがわしらの大将だぜ──っ!!」

 吊り下げられていた檻が下ろされ、そこから解放された一号生たちの歓声を背に、先ほどまで俺と死闘を繰り広げていた男が立ち、反対側の大天秤の方に目を向けていた。

 そちらではやはり檻から解放された三号生と、それを背にして立つ二号生筆頭の赤石剛次が、終わったと手を上げるのが見えた。

 

「おう三号生も全員助かったぞ──っ!!」

 続く歓声を耳にして、俺はひとつ息を吐く。

 たいした奴よ、一号生筆頭、剣桃太郎…。

 礼をいう。これで安心して……

 

「これで安心して死ねるとか思ってます?

 甘いですよ、邪鬼様。まだ死なせません。」

 

 …なに!?

 唐突に傍らから聞こえてきた心地良いアルトに、閉じかけていた瞼を思わず開く。

 

「光…貴様、何故ここに!?」

「あなたがそれを問いますか。

 驚邏大四凶殺で、あなたが先に、私に命じた事ですよ。

 同じ事を、他の人間が考えないとでも?」

 俺の問いに、つっけんどんに答えるその女の言葉に、俺は全てを悟る。

 ああ…そういう事か。

 三年前となにも変わっていない。

 俺は未だに、塾長には敵わない。

 

「少し、チクっとしますよ…失礼します。」

 つっけんどんな口調は変わらないのに、妙に優しく響く声と、腹の傷の周囲に当てられた指先の感触がひどく温かく思えて、俺はそのまま目を閉じた。

 

 ☆☆☆

 

「大儀であった。

 これにて大威震八連制覇、その全ては終了した。

 これより、全員塔を降りる。

 …どうした、そのツラは。

 貴様等一号生は勝ったのだ。

 嬉しくはないのか。」

 私が邪鬼様の治療にかかっている間に、王先生が一号生の勝利を宣言して、塾長が全員に言葉をかける。

 けど…なんというか、わざとあの子達の神経を逆なでする言葉をチョイスしている気がするのは気のせいなんだろうか。

 

「嬉しいだと……誰がこれを喜べる。

 一号も三号も関係ねえ……。

 同じ男塾の塾生が、この戦いで大勢死んだんだ。

 あなたはそれでもなんとも思わないのか。」

 案の定、桃が塾長を睨むように見据えながら言う。

 

「そうだ。俺達もそこを聞きてえな。」

 と、そこに別の声が割り込んできて、全員がその方向に目を向けた。

 富樫。J。虎丸。

 私が最低限の治療しか施していない故に、全身包帯だらけの彼らは、やはり桃と同じような目をして、塾長を睨みつけている。

 

「聞かせてくれ…。

 大威震八連制覇、この戦いの意味を……!!」

「何故ここまで同じ塾生同士、血を流す必要があった……!?

 ことの返事によっては、いくら塾長とはいえ、ただではすまさん。」

「死んでいった奴等のためにも!!」

 そう次々に言い募る彼らと塾長の間に、若干空気読まない雰囲気で、鬼ヒゲ教官が割り込んだ。

 

「き、貴様等!

 恐れ多くも塾長に向かってなんという事を──っ!!

 男塾にあって塾長は、神にも等しい存在なのだぞ──っ!!」

「じゃかあしい、すっこんでろ──っ!!

 神様がてめえんとこの生徒同士に殺し合いさせっかよ──っ!!」

 満身創痍の富樫に殴り飛ばされる教官。

 この時点でもう、腕っぷしでは富樫の方が強いのだろう。

 その鬼ヒゲ教官が足元に転がってきたのを一瞥して、塾長が口を開いた。

 

「よかろう。その問いに答えてやろう。

 全員もそっと前に集まれい。」

 塾長の言葉に、反射的に皆、静まり返る。

 

「聞けい!

 

 わしが男塾塾長、江田島平八である!!

 

 …これが答えだ。行くぞ。」

 

 全員が数瞬、呆気にとられた。

 一番最初に正気を取り戻したのは富樫。

 

「ふ、ふざけんじゃねえ!

 それのどこが答えなんじゃ──っ!!

 もう我慢できねえ──っ!!」

 そう叫んでドスを抜き放ち、塾長に向かって駆け出す。

 その瞬間、眠ったと思っていた邪鬼様が、脇を通り抜けようとした富樫の足首を掴んだ。

 

「よせ…い、今俺にはわかった…天挑五輪……!!

 信じるのだ。じゅ、塾長を、信じるのだ…。」

 言って、再び目を閉じる。

 今度こそ本当に気を失ったようだ。

 

「天挑五輪……!?」

「塾長を、信じる…!?」

 鸚鵡返しに桃とJが呟く。

 その時点で毒気を抜かれたのか、富樫もそれ以上塾長に詰め寄ることもなく、私は少しホッとした。だが、

 

「居やがったな、てめえ!さっきはよくも!!」

 唐突に虎丸の叫び声が聞こえて、その方向に目をやり…

 

「え?ぎゃあああぁぁ───っ!!」

 何故か物凄い怒りの形相で、こっちに真っ直ぐ駆けてくる虎丸に、私は思わず悲鳴を上げた。

 

「あの技受けた瞬間にてめえだとわかったぞ!

 一度ならず二度までも、ひとを気絶させやがって!」

「ご、ごめんなさい──っ!!」

 ひかるは、にげだした!

 しかし、まわりこまれてしまった!

 私はあっさり捕獲され、虎丸の腕に抱え込まれて拉致された。

 

「…邪鬼を頼んだぞ、王大人。」

 どんどん邪鬼様から引き離されていく私を見て、塾長が王先生に言う。

 いや、私がやるから助けてくださいお願いします。

 

「最善を尽くそう。

 中国漢方医術、三千年の秘術にかけて……!!」

 だから!

 私が橘流のすべてをかけて治療するから、助けてくださいってば──っ!!

 

 …その後、桃のところに連れていかれて、彼の手首を治療した後、私は王先生達ではなく、塾生達と一緒に塔を降りる事となった。

 虎丸の手から私を助けてくれた赤石が、やっぱり私を抱えたまま、離してくれなかったせいだ。

 そして私は私で、ぼーっと考え事をしていた。

 

 邪鬼様が口にした「天挑五輪」という言葉に、私は、聞き覚えがあった。




これにて、大威震八連制覇編は終了。
次回からまた暫し、幕間の話に入りますが、何せ登場人物が多い為、結構長くなりそうですw

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