婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
六つの徳を忘れた反逆の徒という証に、左右合わせて六条の傷を、顔面に切り刻んだという。
伊達臣人がその傷を負った経緯については、私は赤石から聞いていた。
…が、実際に目にしてみると、改めてその凄惨さが浮き彫りになる。
伊達はその新任教官から、他の一号生を守ろうとしたのだと、赤石は考えていた。
真剣で挑んで来いと言う教官に、誰も名乗り出る事をしなければ、誰彼構わず目についた者が指名されて、その者が死んだかもしれない。
だから伊達は自分から名乗り出て、その時にはその教官を、手にかける決意をしていただろうし、それ故六忘面痕を刻まれた時、敢えて抵抗しなかったのだろうと。
だからこそ赤石は、守られた筈の一号生たちが、その命を捨てようとするのが許せなかった。
“…結局、伊達が守ろうとしてた奴らを、俺は全員ぶった斬った。
本末転倒だ。笑い話にもならねえ”
でも、赤石は誰も殺さなかった。
最後の一線だけは辛うじて守った。そう思う。
仮面が外れた伊達臣人が、先ほどよりも速さを増した
「いまだかつてこの蛇轍槍、唯一匹とて獲物を逃したことはないわ───っ!!」
高笑いしながら徐々に追いつめてくる伊達の攻撃を、急所だけはなんとか躱しながらも、桃の表情に焦りの色が見える。
そんな桃を余裕の表情で観察しながら、伊達臣人は次の攻撃に移った。
「覇極流奥義、
今度は円の動きから繰り出される槍の突きに翻弄され、桃の身体が血飛沫を上げる。
やはり間一髪で急所を避け、後退していくも後ろの炎に遮られる。
後が無くなったと見るや、広範囲からの伊達の攻撃が一点に集中し始めた。
桃の腕がその穂先の前に晒され、手首を貫かれる。
それにより穂先の動きを封じ、伊達の間合いに入らんとする。が、
「もらったぜ、『驚邏大四凶殺』!!」
伊達臣人は突進してくる桃に向けて頭を突き出した。
兜を飾る二本の角が桃の身体を貫く。
なんとか心臓は避けたものの、今度は伊達が突進してくる。
次の瞬間、伊達は桃の手足を捕まえると、その身体を頭上に抱え上げ、背中に兜の角を突き立てた。
「覇極流体術・
桃は手にした刀を口に咥え、両手を使って、身体への角の侵入を抑えようとする。
だがこの不自然な体勢からでは、充分に力を出せるわけもなく、背中から心臓を貫かれるのも時間の問題だ。
「桃っ!!」
思わず叫んでしまい、隣に控えていた三号生がそれを制した。
☆☆☆
光……?
何故だろう、あいつに名前を呼ばれた気がした。
こんな状況であいつの声が聞こえる気がするなんて、俺も大概だな。
…初めて会った時から、なんだか不思議な奴だった。
不思議な術を使って、俺が肩に負った怪我を治してくれた。
あいつが治療するのを何度か見ているうちに、あいつの技が氣功術の一端だと理解できたが、だからと言って真似できるものじゃない。
人体の構造や急所を、あいつは下手すれば医者以上に理解しているだろう。
だとすれば、あの技は人を癒すと同時に、殺すことも可能ではないだろうか。
そんな思いを漠然と抱いていた時に、あいつの氣が一瞬にしてドス黒いものに変わった瞬間を見た。
カナリアの件からのあいつの説得に、感極まった椿山が、あろうことかあいつを押し倒した時だ。
あの瞬間、あくまで優しく穏やかに話をしていたあいつは消え、代わりにドス黒い氣を纏った、冷たい目をした、見知らぬやつがそこに居た。
あれはまさに『殺氣』と言うべきもの。
俺が咄嗟に椿山に当身を食らわせて止めなければ、あいつは躊躇なく椿山を殺していただろう。
あの瞬間に確信した。あいつの技は人を殺せる。
そして実際に殺した事があるであろう事を。
だが、それでも。
不思議な事にあいつからは、母親のような『匂い』がした。
それは、実際に嗅覚で感じたものではないのだろうが、そうとしか表現できない感覚。
見た目だけでなく本当に女ではないかと、思い始めたのもその『匂い』のせいだ。
男なら本能的に惹きつけられずにはいられない、安らぎと、持て余すほどの深い愛情を、その小さな身体に内包しているように思えて、それを無性に欲しいと思った。
それは冷酷な殺人者には似つかわしくないものだ。
正直、どう扱っていいか判断しかねた。今も同じだ。
黒と白。邪と聖。殺す手と癒す手。
どちらが本当のあいつなのか。
俺には判らない。今は、まだ。
「いい加減に観念したらどうだ。
この俺を相手にここまで戦えば、死んだ貴様の仲間も褒めてくれるだろうぜ。」
背中に走る激痛と伊達の言葉が、一瞬気が遠くなりかけた俺を現実に引き戻す。
「フッフフ、馬鹿言うな。
このままブ様な負け方をして、地獄に迎えてくれるような奴等じゃねえ。」
そうだ、俺はまだ死ねない。
こいつを倒すまでは。
「最後だ。言い残す事あらば聞こう。
下界にいる貴様の仲間達へ伝えてやる。」
「大きなお世話だぜ。」
「死ねいっ!!卍天牛固め
俺の身体を角に突き刺したまま、伊達が跳躍する。
高い位置から俺の身体を地上に叩きつけるような大技だ。
だが、目指す先は地上ではなく炎を纏った天縄網。
俺に言わせれば勝負を焦ってのこれは愚策だ。
瞬間、俺の身体が己の体重から自由になり、その一瞬に俺は刀を手にして、叩きつけられる直前に縄を切り裂いた。
切れた縄を掴んで落下を止め、その勢いを借りて、伊達の身体を蹴り飛ばす。
そのまま火口に落下するかと思いきや、伊達は先ほどの蛇轍槍を伸ばし、それをまだ張っている縄に絡めて、やはり落下を防いだ。
だが既に縄全体に火がまわりきっており、俺の掴んでいるそれも、焼け切れる寸前で俺の皮膚を焼く。
「………仕方ねえ。
おまえを道づれに、地獄へ飛び込むしかなさそうだ。」
俺の言葉を聞き、伊達が腰に下げた刀を抜く。
飾りだとは思っていなかったが、この男、槍だけでなく刀も使うのか。
「伊達、おまえは確かに強い……。
しかし俺は、死んでいった三人の仲間達に約束した…必ず貴様を倒すとな!」
聞こえるぜ、大鐘音のエールが……!!
ありがとうよみんな…おまえらの事は決して忘れない。
J、富樫、虎丸……俺も今行くぜ。
おまえらのところに……。
光…………。
「俺の名は男塾一号生筆頭、剣 桃太郎!!」
俺は綱から手を離して両手で刀を構え、渾身の一撃を、伊達に向けて繰り出した。
☆☆☆
伊達に一撃加えたと同時に、カウンターの如く同じだけの一撃を胸に受けた桃が、天縄網から落下していく。
あの下は溶岩ではなく有毒の赤酸湖だそうで、危険ではあるが、闘士の身柄を回収するのに10分ほどの猶予があるとの事。
見届け人が一度、伊達臣人の勝利を告げるも、次の瞬間、伊達の鎧と兜が切り裂かれて落ち、伊達本人も同じく落下する。
刃こぼれが生じていた刀であの鎧を切り裂き、下の身体にダメージを与え得たのは、桃が刀身に纏わせた氣で、切れ味を増したからだろう。
相討ち。誰からともなくそんな言葉が出る。
だがその時、見届け人の男たちの声が響いた。
「双方命あらば聞かれい!」
言いながらどうやら下にロープを下ろしたところを見ると、桃も伊達も意識はあるらしい。
男たちは赤酸湖の毒性についてを説明し、更に縄が一人分を支えるだけの強度しかない事を告げて、最後の勝負を促した。
「ありがたい。
これで相討ちとなれば、奴らをこちらに引き入れるのが難しくなろう。」
「それにしても、あの伊達がこれほどまでに強いとは。
つくづく3年前の事が惜しまれる。」
「だがあの剣というのもたいした奴よ。」
などと、三号生たちが話をしているのが聞こえたが、私にはもはや奴らの打算や計画などどうでもいい。
私のいる場所からは勝負の行方は見えない。
結果が出るのを待つしかない。
あとは、祈るしか。
…勝って、桃。
☆☆☆
「地獄にはまだ先がありそうだぜ。」
俺と、遅れて伊達が落ちた火口は、有毒ガスの発生する空間だった。
下げられた綱で、登っていけるのは勝者のみ。
得意の槍を失った伊達が、刀を抜いて挑み掛かる。
それに応じて刀を振るう、その俺の耳に、脳裏に、仲間たちの大鐘音のエールが響く。
ここには居ないはずのあいつらの声が、鮮明に。
“死ぬな…負けるんじゃねえ、桃”
“この大塾旗が見えるだろ”
“桃……!
俺達はこの旗の
“勝って…桃!”
尽きかけていた力が、身体の奥から湧き上がる。
「き、貴様、どこにまだそれだけの力が……!?」
「おまえには聞こえないか、この大鐘音のエールが…おまえが今相手にしているのは、男塾一号生全員の魂だ。」
だが、この火口に満ちる毒ガスは、無慈悲に俺の意識を奪おうとする。
俺は刀の切っ先を己の爪先に立て、その痛みで、閉じようとする意識を無理矢理覚醒させた。
「さあ、来い伊達!!」
「フフフ、さすがだ剣。
その執念…俺にもおまえの後ろに、男塾大塾旗が見えてきたぞ。」
俺も伊達も、既に体力は限界。
その最後の力を一撃に込め、伊達が勝負に出た。
俺はその一撃を刀で受け止める。
押し負けたら、最後だ。
俺は手にした刀に氣を込めた。
気合で、額のハチマキが切れる。
なおも押してくる伊達の刀の、その刀身に、俺の刃と触れている部分から亀裂が入った。
そのまま伊達の刀が折れ、その勢いのまま俺は、刀を横に薙ぎ、伊達の胸板を切り裂いた。
伊達が断末魔をあげて背中から倒れる。
とどめを刺そうと歩み寄った時、奴の左腕に、何かが見えた。
「俺の負けだ、さっさととどめをさせ。」
「こいつが見えなければぶっ殺していただろう。」
伊達の言葉に、俺は刀の切っ先を使って、伊達の袖の破れた部分をはねのけた。
それは男塾
仲間を思う気持ちは、俺もこいつも変わらない。
こいつを殺しても死んだ仲間は生き返りやしない。
「時間がねえ。俺の肩につかまるんだ。」
俺は伊達を背負って、ロープを登り始めた。
「おやめなされい!ロープが切れまする!!」
「それにこれでは『驚邏大四凶殺』覇者としての資格はありませんぞ!」
上から見届け人たちが、慌てたように俺に向かって叫んでいるが、今更そんな勲章なんざどうだっていい。
と、俺の背中で伊達の声が聞こえた。
「礼を言うぜ…おまえのような男と、悔いのねえ勝負をできたことをな………。」
「フッ、何を今更………!!」
言葉の途中で、背中に感じていた重みが消える。
手を伸ばそうとするも、その時には伊達の身体は、既に手の届かない所へ、真っ逆さまに落下していくところだった。
「さらばだ、剣!」
高笑いしながら落ちていくヤツを、俺はただ見ているしかできなかった。
☆☆☆
「めでてえだと…ふざけるんじゃねえ!
そんな紙っぺら貰ったって、死んでいった奴らは帰ってきやしねえ!」
戻ってきた桃に、見届け人たちが『驚邏大四凶殺』成就の証を差し出すも、桃はそれを受け取らず、真っ二つに切り飛ばした。
それが本当に最後の力であったようで、倒れるように地に膝をつく。
見届け人が彼に手を差し出すのを拒み、桃はその場に横たわった。
見届け人は少し考えるように立ち止まっていたが、やがて諦めたように桃を置いてその場から立ち去った。…え?
「な…何やってんの、アイツ?」
「どうやら、下山せずにここで命を終わらせるつもりのようだな。」
「あンの………馬鹿っ!!」
聞いた瞬間、頭に血が上った。
思わず飛び出そうしたところを、三号生に取り押さえられる。
「なんで止めるの!?離して!桃が死んじゃう!!」
「落ち着け。ヤツのことは俺たちに任せろ。
ここでヤツを死なせたら、我らのここまでの苦労が水の泡だ。
必ず生かして下山させるから、貴様は伊達の方を頼む。」
そうだった。
あの火口の下に落下した伊達を、三号生の別動隊が回収に行っている。
そして私は、虎丸と月光が想定したより重傷だった為、一度氣を使い果たしている。
僅かな睡眠と糖分によって若干回復はしたものの、恐らくは一人回復させれば終わりだ。
ならば、毒ガスの影響を受けて神経の働きが低下しているだろう伊達を優先的に治療して、桃の方は通常の止血と手当てだけで一旦凌ぎ、私の氣が回復するのを待って改めて治療に入る方が、確かに合理的だろう。
「…わかりました。どうか、桃を頼みます。」
「心配するな。貴様も、伊達を必ず生かせ。」
というような会話を交わし、私は伊達の回収を待った。
まったく心臓に悪い。
・・・
私の前に連れてこられた伊達臣人は、確実にチアノーゼを起こしていた。
肺の機能が弱まっているのが明らかで、既に呼吸が弱い、というより、ほぼ、無い。
解毒を施し、心肺機能の活性化を図るが、完全に回復するまでには若干の時間がかかる。
その間に酸欠で死んでしまったら元も子もない。
考える間もなく、伊達臣人の形のいい鼻をつまみ、口から直接息を吹き込んだ。
私と伊達臣人以外の、その場にいる全員が、息を呑んだ気配がしたのは気のせいか。
まあそんな事はどうでもいい。
数回繰り返すと、肺が思い出したように自力呼吸を再開して、厚い胸板が上下する。
ほっと息を吐いた途端に、お決まりの発汗が起きた。
言わずと知れた、氣が尽きた合図。
けど、もう大丈夫。後で全員の治療を改めて行うにしても、それは私の氣が完全回復してからで充分間に合うのだから。
とにかく、眠い。
気が遠くなり、伊達臣人の身体の上に倒れそうになる寸前で、誰かの手に支えられた。
そのまま、同じ手が私の身体を軽々と姫抱きする。
誰……?
目を開けてその腕の主を確認しようとしたが、私の意識は、そこで完全にブラックアウトした。
☆☆☆
「邪鬼様!」
「皆の者、大儀であった。
この大豪院邪鬼、心より皆に感謝する。」
「…勿体なきお言葉。」
「…貴様もな、光。
よくやってくれた。礼を言うぞ。」
驚邏大四凶殺、桃vs伊達の回のアニメを見返してみたら、作画のいいのもさることながら、全盛期のお二人の声のエロさにクラクラきた。
これを普通に見ていられた当時のアタシを褒めてやりたい。
そんな事を考えながら卍天牛固めのあたりを書いていたら、「足首を掴んで身体を貫く」とか、表現によってはすごく卑猥になる事に気づいて己の心の汚れを自覚した。