婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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2・someday きっといつか…

 奴と知り合ったのは偶然。

 奴を女と間違えてつきまとっていたチンピラを、たまたま近くを通りかかって気まぐれで追い払ってやっただけだが、その時点でなんだか判らんがいきなり懐かれた。

 

「オレ、激しい運動ができないもんで、走って逃げる事も出来なくて。

 ほんと助かりました。あ、ちょっと待って。

 オレ、薫っていいます。(たちばな) (かおる)

 良ければあなたの名前を教えてくれませんか?

 …赤石剛次さん?

 うわあ、名前まで男っぽくてかっこいいなぁ。

 ほら、オレ見た目がこれでしょ。

 今も女と間違われたくらいで。

 憧れてるんですよね、こういういかにも『(おとこ)』ってイメージ!

 ねえ、友達になってくれませんか?

 まず電話番号教えてください!あ、これオレの番号!

 平日の日中は学校行ってるんで出られませんけど、夕方以降ならほぼ居ますから!」

 走れないとか言いながらそれに近い勢いで寄って来たと思えば、俺の服の裾をがっしり掴んで矢継ぎ早にまくし立て、気付いた時にはこの俺が、すっかり奴のペースに巻き込まれていた。

 その時一緒に居た連れの連中も最初は呆気に取られ、その後はなんかニヤニヤしながらただ見ていやがるし。

 その時に他の奴らとも番号を交換していたようで、俺が連絡しないでいたにもかかわらず、普段行動するメンバーにいつの間にか加わっているようになった。

 というより気付けばいつの間にか、揃いも揃って強面な連中の輪の中心に居た。

 女みたい…否、下手な女より綺麗な顔をしてるくせに、中身は相当図太いようだ。

 

「人との出会いって生ものですからね。

 この人って思ったら、遠慮しない事にしてるんです。

 いつも一緒に居た人だって、明日には居ないかもしれないし、オレ自身だって、明日はどうなってるか判らない。」

「フン。

 てめえみてえな奴は殺したって死なねえだろ。」

「そう願いたいですけどね。

 なにせ爆弾抱えてる身なもんで。」

 そう言って親指で自分の心臓の位置を指して笑う。

 なんでも生まれつきの心臓の病気があり、本来なら10歳まで生きられないと言われていたのを、なんとか11歳と半年まで永らえたあたりでようやく手術をしたらしい。

 それにより間近に迫った死の運命は回避したものの、一生通院と投薬を続けなければならない上に、激しい運動や大きなショックといった、心臓への急激な負担は厳禁なのだそうだ。

 一度俺の家で服を脱いだ時に(誤解のないよう言っておくが、おかしな真似をしたわけじゃねえ。一緒にいる時に雨に降られて、仕方なく家に入れて風呂と着替えを貸しただけだ)、胸にかなり大きな手術痕があるのを、実際に目にしている。

 

「たまに思うんですよ。

 こんななら無理に手術してオレを生かさない方が、オレの家族は幸せだったんじゃないかなぁ、って。

 でもオレは生きてるから、責任取んなきゃいけないんです。」

 手術はアメリカで行われ、その術後入院中に、一旦帰国していた両親が交通事故で死んだらしい。

 退院した後は、そっちに住んでいる母親の友人夫婦に引き取られたが、一向に迎えに来ない両親の死を聞かされたのはかなり後になってからだそうだ。

 結局15までアメリカで暮らし、高校は日本の学校に通いたいと言って帰国。

 今住んでいる家は、両親の生前に暮らしていた家で、奴が戻るまでは若干の現金遺産とともに、両親の弁護士が管理していたという事だった。

 なので、日本での身元引き受け人もその弁護士に頼んでいると。

 17歳という年齢にしては色々生き急いでる感があるのは、ガキの時点で命の期限を切られていた、その経験からか。

 

「バカ言うな。

 そんなもん、てめえの責任でもなんでもねえだろうが。」

「まあね。

 妹の事を思えば、両親に関しては、ある意味自業自得だと思うけど。」

「自業自得…?

 というか、てめえに妹がいたのか。」

 ここまでの話を聞いた感じでは、てっきり天涯孤独と思い込んでいたが。

 

「双子のね。

 男女の双子の割にはそっくりだったから、多分今もオレと似てるんじゃないかな。

 生きてれば、ですけど。」

「生きていれば…?」

「オレの妹は、どこかの金持ちに売られたんですよ。

 オレの手術費用を捻出する為に。

 だから、幸せに暮らしてればそれでいいけど、とにかく一度会って確認したい。

 その為に、オレは日本に帰ってきたんです。」

 

 ☆☆☆

 

「剛次さん!

 オレ、ひょっとしたら妹に会えるかもしれない!」

 なんなんだ藪から棒に。

 しかも朝っぱらから電話なんぞかけてきやがって。

 

「昨日会った子から連絡が来て。

 その子、オレの事妹と間違えて。」

「おい橘。とりあえず順を追って話せ。

 何を言ってるのかさっぱりわからん。」

 電話の向こうで相当興奮しているであろう奴を、なんとかこちら側から制してみる。

 心臓に負担をかけるのは命の危険があると、てめえ自分で言ったんだろうが。

 喜びすぎて目的果たす前に死んでどうする。

 …別に心配なんざしてねえが、俺も相当絆されてるな。

 

「あは、すいません。

 ちょっとテンション上がっちゃって。

 ええと、昨日の朝、登校途中で、いきなり知らない男に肩掴まれて、『姉さん』って呼ばれたんですよ。オレが。」

「それは、また女と間違われただけだろうが。

 これで何回目だ?いつも言ってんだろうが。

 間違われたくねえならせめて髪くらい切れ。」

「最初はオレもそう思ったんですけどね。」

 

 ☆☆☆

 

「姉さん!」

「……!?」

「探したぞ。無事だったんだな、姉さん。

 …だが、こんなところにいてはまずい。

 すぐに俺と来い。

 大丈夫だ、俺が必ず守ってや……」

「姉さん、ね。

 つまりアンタ、オレと似た顔の女を、知ってるって事だな。」

「貴様…!?

 いや、すまん。どうやら人違いのようだ。」

「探してたって言ったな。

 オレもこの顔の女を探してる。

 アンタとオレ、探してるのは同じ女なんじゃないのか?」

「…手を引け。」

「え?」

「事情は話せんが、悪い事は言わん。

 命が惜しいならその女の件から手を引け。

 貴様が誰かは知らんし、敢えて聞かん。

 だからこれ以上関わるな。」

「待てよ。…これ、オレの連絡先。

 気が変わったら連絡してくれ。」

 

 ☆☆☆

 

「…で、今朝になってその子の使いとかいう人から電話が来て、今日夜の7時に、集英公園のブランコ前で、待ち合わせる約束した。」

「信用できるのか、そいつ?

 その流れから察するに貴様の妹、相当ヤバイところに首突っ込んでるぞ。」

「オレもそう思う。

 だけど帰国してからずっと探してて、ようやく見つけた、たったひとつの手がかりなんだ。

 …小さい頃、ろくに動けないオレを、妹はいつも守ってくれた。

 その度に思ってたんです。

 もし元気になれたら、オレがこの子を守ろうって。

 だからもし妹が、何か危険な事に巻き込まれてるなら、助けてやらなきゃ。」

「助けるったって、貴様みてえな生っ白い奴に何ができる。」

「だから剛次さんに電話したんですよ。」

「なに?」

「その待ち合わせ場所に、オレと一緒に行って欲しいんです。

 剛次さんと一緒なら心強いし。

 なんにもなかったとしてもそれならそれで、奢りますから飯でも食べに行きましょうよ。」

 本当に図太い、絶対に殺したってただじゃ死なないような奴だ。

 その時は、本当にそう思っていた。

 

 ・・・

 

 こんな時に限って舎弟同士のトラブルがあり、それを片付けた時には、奴との約束の時間が間近に迫っていた。

 何かよくわからない胸騒ぎに追い立てられ、急いで待ち合わせ場所に辿り着いた俺の目に飛び込んで来たのは、ブランコの柱を間にして、背中越しに紐のようなもので首を絞め上げられるあいつと、絞め上げている中肉中背の男。

 

「橘っ!!」

 俺が思わず声をあげると、奴の首を絞めていた男が手を離し、奴の身体が地面に落ちた。

 俺は背に隠していた刀を、そのまま逃走しようとする男に向かって、抜くと同時に斬り放った。

 

 一文字流(いちもんじりゅう)斬岩剣(ざんがんけん)

 

 この世に斬れぬものはない俺の剣技は、距離が多少離れていようがお構いなしに、剣圧のみでその腕を切り飛ばす。

 

「ぎゃ…ああああ────────っ!!!!」

 魂消るような悲鳴を上げて、男が地面に転がり、その場でのたうち回った。

 追い討ちをかけようとして、後ろの微かな気配に思わず足を止める。

 振り返ると橘が咳き込みながら、身を起こそうとしているところだった。

 その動きが一瞬止まり、細い身体が再び地面に落ちる。

 

「…橘?」

 駆け寄り、その身体を支え起こす。

 覗き込んだその顔の色が、どう見ても普通じゃなかった。

 心臓への負担。激しいショック。

 不安を煽る言葉が、頭の中をグルグル巡る。

 畜生。俺が約束通りの時間に、ここに着いてさえいれば。

 

「ご…う、じさん…?」

「てめえ、一体これはどういう…いや、喋るな。」

 だが、こいつはまだ生きてる。

 処置さえ早ければ助かるかもしれねえ。

 男にしちゃ小柄で、軽い身体を抱え上げる。

 橘が、腕の中から俺を見上げた。

 大丈夫だ、こいつは死にやしねえ。

 こんな図太い性格の男が死ぬわけがねえ。

 

「ハァッ…ハァッ…よく、わかんない、んです、け、ど…どうも、オレ、騙されたっぽい、かも。」

「騙された、だと?」

 不穏な言葉に、自分で喋るなと言ったくせに思わず聞き返してしまう。

 

「あの子…眼つきは確かに、悪かった、けど…本気で、妹の事、心配して、た、ぽかったのに…なぁ。

 ごっついナリして、る、割には、それが、なんか可愛か、たんだ、けど。

 行ったら、あの子、居なくて…うちの、センセイ、が…。」

「てめえ、意味のわからねえ事喋るくらいなら黙ってろ!

 いい加減黙らねえと、ほんとに死ぬぞ!?」

 不安と罪悪感がない交ぜになって思わず怒鳴りつける。

 その俺の怒号に全く怯むこともなく、奴は苦しい息の下で、笑った。

 

「ん…悪いけど、剛次さん……多分オレ、黙ってても、死ぬと、思う……自分で、判る。」

「この野郎……何を諦めてやがる!

 妹に会えるまでは死なねえと言ってただろうが!!」

 

 

「そう思ってた、んですけど、ね。

 も…無理…ぽいや。会いたかった、なあ………。

 

 ……………光………………………。」

 

 

「橘──────ッ!!!!!」

 

 奴の、ただでさえ非力な四肢から全ての力が消える。

 閉じられた瞳から、涙がひとしずく落ちるのが見えた。

 何という、呆気ない死。

 

「あの子」は居らず「センセイ」が居た?

 つまり、奴に『姉さん』と呼びかけた男はここには来ず、代わりに来たのが「センセイ」だった。

 つまり、俺が腕を斬り落としたのは「センセイ」であり、それは橘の知ってる男だった。

 その男の姿は、俺が腕を斬り落としたその血溜まりだけを残して、その場から消えていた。

 血の跡を途中まで追ったが、その後は車で移動したらしく、大通りの手前で途切れていた。

 腕は御丁寧に拾って行きやがったようだ。

 

 橘…貴様の無念、俺が晴らしてやる。

 貴様を死なせた奴…「センセイ」だろうが「あの子」だろうが、どっちも探し出して、今度こそ、この刀でぶった斬る。

 そして、貴様の妹も、俺が探し出してやる。

 

 こんな時になぜだか、桜が薫る。


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