婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
私同様、御前の子飼いの暗殺者だった紫蘭と、伊達と飛燕と雷電。
つか、なんだこの面子。
何故この4人がこの場に集まっているのだろう。
そんな私の問いに答えたのは、雷電だった。
「光どのが寄越した文使が森田女史を訪ねて来られた時、我らも藤堂豪毅を訪ねておったのですよ。
貴女の置かれた状況を聞いて、さすがに肝が冷えましたが、いや、間に合って良かった。」
心底安心したような声で、その強面を微笑ませる雷電に、何故か紫蘭がツッコミを入れる。
「心配するほどの事ではないと言ったろう。
この女は、見た目よりもずっと強かだ。
現に、あの文使の話を聞いた時点で、どっちがどっちを誘拐したのかもう判らない状態だったろうが。」
その、割と当たってはいるが失礼な事を言った紫蘭をまるっと無視して、私は雷電に問いかけた。
「あなた方が、豪毅に?何のために?」
だが更なる私の疑問に、今度は伊達が、馬鹿にしたように言葉を返す。
「月光が生きてて、藤堂兵衛の下部組織に連れ去られたと、おまえが言ったんだろうが。
俺たちが奴の行方を探すのは当然だ。」
私が闘士としてあの場に出る事になった経緯は、あの帰りの船の上で話したから、私が月光を治療した事は、彼らもその時に聞いて知っている。
言われてみれば確かにと思う答えを返してきた伊達は、『そもそも、なんでそれを聞かれるのかが理解できない』的なニュアンスだだ漏れさせており、私と伊達の間に微妙な空気が一瞬流れた。
「…思った以上に難航しているのですがね。
どうやらあなたの弟さん、藤堂財閥の裏事業に関しては、まったくタッチしていないようで。」
そこに涼やかな風が…とも思える、柔らかな声が割って入る。
その声の主である飛燕が、軽く肩をすくめながら言った言葉に、私はどこかホッとしていた。
「…やはりそうだったのですね。
私もそんなような気はしていました。
…次期総帥に任命したとはいえ、どうやら御前は豪毅に、私が見てきたような汚い世界を、見せるつもりはなかったようですね。」
御前は身内には割と甘いひとだったものの、その温情は私には与えられなかったものだ。
豪毅が裏の世界に染まらずに済んでいることに安心する一方で、彼に対する一抹の嫉妬も感じている自分に気付く。
それを振り払うように、私はため息と共に、頷いた。
だが、そんな私の複雑な思いに、即座に水を差す輩が約1名。
「あの方がそんな甘いお人でなかった事は、おまえが一番わかっていると思っていたがな。」
どこか呆れたようにこちらを見下ろすブルー・グレーの瞳と視線が合い、考える間もなく言葉を返してしまう。
「黙れ童貞。」
「ソレ今関係ないだろ!!」
だが、
「否定はしないんですね。」
私と紫蘭のやりとりに冷静に飛燕がつっこみ、一瞬紫蘭が固まった事で、私たちの言い合いはあっさり終わる。
この醜い争いをただの一言で綺麗に収めた形になって、飛燕は勝ったとばかりに微笑んだ後、こちらに背を向けた。
その一見華奢だが無駄なく鍛えられた飛燕の背中と、ヴェールのようにその動きに従って揺れる真っ直ぐでツヤツヤでサラッサラな亜麻色の髪(今気付いたが紫蘭のプラチナブロンドの長髪は、これはこれで綺麗だが飛燕に比べると明らかに手入れが足りないだろうコシのない猫っ毛だ。コイツは将来禿げるに違いない。いやむしろ禿げろ)を、横目で見ながら紫蘭がコソッと耳打ちしてきた。
「…あいつ、綺麗な顔してる割に結構な毒吐くな。」
オマエが言うな。
「……とはいえよもや紫蘭と、あの場で会うとは思っていなかったがな。
あの時おまえが
と、そこに再び言葉をかけてきた伊達の口元に、柔らかな笑みが浮かんだ。
男らしく整ったかなり
まあ、あんな大仰な『来世の約束』をした相手と、こんなに早く生きて再会してしまった上、紫蘭にとっての伊達はある種、憧れの対象の筈だからな。
ほんの少しだけ頬が赤いのは、私の気のせいではないだろう。
そんな紫蘭の淡い想い*1を知ってか知らずか、伊達は何故か紫蘭から視線を外して、またもこちらに向き直ると、大きな手を私に向けて伸ばしてきた。
その手が、ぐしゃぐしゃと私の髪をかき回す。
やめれ、髪が傷む。
「目の前で弱ってるやつに絆されんのは光の悪い癖だが、まあ今回ばかりは褒めてやる。よくやった。」
「…わかったような事を言わないでください。」
そんな、馬鹿にされてるとしか思えない行動にムカついて、私はその手を掴むと、ぺいっと投げ捨てるように払った。
その私の行動も、予想の範囲内とでもいうように伊達が浮かべた笑みは、先ほどまで紫蘭に向けていたのとは違う、底意地悪いいつもの顔だ。
なんだこの扱いの違いは。
「相当わかってると思うがな。
そもそもが、あの
…聞いた状況であれば、藤堂と対峙したおまえはまず、ヤツを殺す事を考えた筈だ。
不可能ではなかったのだろうが、そうなると自分も無事では済まん。
その時点で自分が死ねば、月光を助けられんから、おまえはヤツの軍門に下るしかなかった。
…その状況でのおまえの心の動きを、俺なりにシミュレーションしたら、こんなところに落ち着いたが、どこか間違ってるか?」
「ぐぬぬ……!!」
間違ってるどころか全部正解で、反論すらできずその憎たらしい笑みを睨んでいたら、再びそばに寄ってきた飛燕が、ぐしゃぐしゃの私の髪をササッと手櫛で直してくれた。
少し離れたところで雷電が『おなごの御髪にそう気やすく触れるものでは…』とか呟いているが、なんかそうこうしているうちに色々どうでもよくなった。
呼吸を整え、伊達はガン無視で紫蘭に向き直る。
「…そんなことはさておき、紫蘭。
あなたはてっきり、藤堂家を離れたものと思っておりましたが。」
私は豪毅に紫蘭は死んだと報告したし、彼自身も御前亡き今、自由に己の生きる道を模索しているものとばかり思っていた。
私の問いに、紫蘭はやはり嫌そうに私を睨みつつ答える。
「俺だけではなく、ゴバルスキーの奴もまだあちらに居る。
俺もあいつも
…彼は以前、
その相手の求めに応じたという事は、全てではないにせよ、ある程度の蟠りは解消したと思っていいのではなかろうか。
彼は今、自由なのだから。
「あいつの場合、森田があの家の女中頭になった事もあって、離れるに離れられなかったようだが。
…俺が藤堂の邸に詰めるようになったのと入れ替わりに、
そして、清子さんとゴバルスキーはどうやら順調に交際しているらしい。
更に、そんな同僚の近況などを、紫蘭の口から聞けた事も、自身の不幸にしか興味のなかった彼の中に、小さな変化が生じた証だとふと思い至る。
この中でそれに気付けるのは私だけだとは思うが。
そういえば今の紫蘭からは、私が一番嫌いだった、顔の造作は綺麗なのにどこか卑屈だった表情が消えている気がする。
私がそんな事を思いながら、つい彼の顔をまじまじと見つめてしまっていると、紫蘭は何故か舌打ちしつつ、私から一度顔を逸らした。
それから、思い出したように服の内側に手をやって、そこから何かを取り出す。
「それはそうと、その森田から預かってきた物だが…藤堂家に囚われてる文使の男の、息子の身代金でも払ってやるつもりだったのか?」
そう言って手渡されたのは、私が暗殺者時代に得た報酬の入った銀行口座の通帳と、印鑑とカードが入ったポーチだった。
御前が私に振り分けた依頼には、一応報酬が発生しており、藤堂家で暮らす間は使うこともなかった為、結構な額が口座に入ったままだ。
…正確に言えば、あの男の息子ではなく、私自身の身代金のつもりであったが、実際に払う意志があったわけではなく、あくまで油断を誘うための『見せ金』として持っていくつもりだったそれを、私は服の内側にしまい込む。
「一応藤堂家の代表として彼らの本部にお邪魔する為に、手土産くらい持って行かなければと思ったのですが…この状況では必要なさそうですね。」
まあ今回はともかく、今後必要になる事もあるかもしれないので、このお金は手元に置いておく事にしよう。
「高い手土産になるところだったな。
使わずに済んで何よりだ。
……というか、本部にお邪魔するとか言ったか?」
「ええ。そう言いましたが、何か?」
私にとっては至極当然の答えに、だが何故か紫蘭は死んだ目になった。
「一人で乗り込んでどうするつもりだったんだ…。」
頭痛を堪える仕草で、眉間に寄った皺に指を当てた紫蘭に、同調するように雷電が、ため息混じりに言葉を漏らす。
「うむ、偶然我らがあの場に居なければどうなっていたことか…。
いや、これは月光の導きであろうか…!」
「縁起でもない発言はやめてください、雷電。
月光は死んではいませんから。」
その雷電に冷静にツッコミを入れる飛燕は、笑みこそ浮かべているもののちょっと恐い。
「私は、ここの組織そのものを潰したいのです。
私個人の私怨は勿論ですが、これから先も、私たちのような存在が、子供達の新たな屍の上に生まれてくる事を、許すわけにはいきません。」
それについては、今の私がある為に作り出し、踏み越えてきた彼らの命を、否定することではあるけれど、それでも。
「…ましてや、これから豪毅が背負って立つ藤堂財閥に、こんなゴミをいつまでも付着させておくわけにはいかないのです。
……私は、あの子の『姉』ですから。」
別れ際の豪毅の、切なげに揺れた瞳を思い出して、胸がつくんと痛む。
豪毅は私を、ひとりの女として求めてくれた。
私を得るためだけに、過酷な修業に耐えて、最強とも言えるレベルにまで登りつめたのだと。
なのに私は、その想いに応えてあげられなかった。
ならばせめて『姉』として、彼を守ることくらいはしておきたい。
気持ちに応える事はできなくとも、豪毅が私にとって大切な『弟』である事だけは、決して変わる事はないのだから。
「まあいい。
乗りかかった船だ。俺も一緒に行ってやる。
奴らに恨みを抱いているのは俺も同じだ。」
そんな事を思っていたら、紫蘭がどさくさに紛れて示してきたすごく要らない提案に、うっかり頷きそうになった。
慌ててちゃんとした返事を返す。
「結構です、間に合ってます。」
そんな私の答えに、紫蘭は舌打ちをしつつ、こちらを睨んでくる。
「おまえ、本当に俺のこと嫌いだよな…!」
睨みながら、意外にも傷ついたような顔をする紫蘭に、ちょっとだけかわいそうになった私は、慌ててそれを否定した。
「そんなことは…まあ、以前は確かに大嫌いでしたが、今はあなたにそこまでの関心自体ありまs」
「はい、逆に可哀想ですからそれ以上はお口にチャックですよ、光。」
だが、全部言い終わらないうちに飛燕の掌が私の口を塞ぐ。
「色々つっこみたい部分はあるが、奴らに殴りこみをかけにいくってのは賛成だ。」
と、そこに割り込むようにパンパンと両手を叩く音と共に、伊達がそう言って場を制した。
「奇遇にもここに3人、奴らに地獄を見せられた面子が揃ってるんだからな。
積年の恨みってやつを、晴らしに行ってやろうぜ。」
そう言い切って、何でか悪そうな顔で嗤う伊達の反対側から、雷電と飛燕がなんか悟り切った表情になるのを、私はこの瞬間確かに見た。
…気絶させていた敵兵と幹部を叩き起こし物理的に説得して、彼らが隠していた、本拠地へ向かうヘリに乗り込んだ時には、その日の夕方をとうに過ぎていた。
☆☆☆
どう見ても塾生ではないその青年が、堂々と校門をくぐって塾の玄関に踏み込もうとしたのを、最初に咎めたのは教官の鬼ヒゲだった。
尊大な態度で塾長室の場所を問う青年に、大人への礼儀を教えようと、腰に佩いた刀に手をかけた。
次の瞬間、目の前に突きつけられていた白刃が、鞘から抜かれた瞬間を、鬼ヒゲは見ていない。
「……もう一度訊く。塾長室はどこだ?」
「は、はい!ここを入って右手側の、突き当たりの階段を上って、そこから3つ目の…ご、ご案内しましょうか?」
「不要。…むしろ、その格好では歩けまい。」
青年がそう言って、広い背中を向けた瞬間、鬼ヒゲの着ていた軍服が、一瞬にして細切れの布きれと化した。
「な…なんじゃ、あいつは……!!?」
・・・
「あれが教官だと…?
あの程度の男からなにを教わって、あれほどの男が出来たというのか……?」
癖のように左手に持ったままの刀を抜く手も見せぬ居合で、一閃して丸裸にした男に教えられた通りの道順を辿りながら、藤堂豪毅は眉間に皺を寄せながらため息をついた。
そして話は進んでないという。