婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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孤戮凶走編
1・思い出だけをそっと着替えて


 行く時はヘリで半日足らずだった冥凰島から、私たちが船で20日ほどかけて帰ってきてから、今日で一週間あまりが経った。

 冥凰島に来ていた一般塾生は一号生のみであり、彼らは塾に戻ってすぐに通常の生活に戻る事となったが、闘士として出場していた者には特別休暇が与えられ、大体の者はそれを静養に使っている筈だ。

 …伊達と飛燕と雷電は、片付ける用事があるとかで外泊許可を取ってどこかへ行っており、今は寮には居ない筈だが。

 もっとも船の上にいた間、負傷していた者は私が治療をしたから問題はない。

 どちらかというと航海の疲れの方が体調に影響していると思うのだが、そう考えると一般塾生たちの方が、体力的には辛いかもしれない。

 

 先の天挑五輪大武會、表彰式が無茶苦茶な事になったにもかかわらず、優勝したのは男塾であるという結果のみが世間には伝えられていた。

 御前の死は現時点では伏せられているらしく、それらしい報道は未だない。

 多分だが豪毅の正式な総帥就任も難航しているのだと思う。

 御前の影響力が絶大だった事で、まだ若すぎる豪毅が、そこそこ侮られている事は想像に難くない。

 …『姉』の私がそばに居れば、ある程度のフォローはしてやれたのだろうが。

 一応、御前の養女として常に側にいた私は、対外的には御前の最側近扱いで、他の側近の方や幹部からは、ずっと海外留学という態で修業していた豪毅よりも私の方が信用があった筈だから。

 

 そうそう、私が女であるという事実は、全塾生の知るところとなった。

 というか海からあげられて濡れた服を、脱ぐわけにもゆかずそのまま着ていたらすっかり身体が冷えて、くしゃみを2つほどしたあたりで椿山にメッチャ心配されてしまい、桃や他の闘士たちが止める暇もなく無理くり上着を剥ぎ取られて、制服の下がサラシじゃなく、清子さんに用意されたTシャツとスポーツブラだったことで(しかもこちらも濡れていた為、Tシャツが肌に張り付いて透けてしまっていた)誤魔化しが利かず、結果白日のもとに晒された。

 ちなみに直後、椿山には塾長から愛のげんこが落とされ、思わず私の身体を凝視してしまった塾生たちはやはり塾長のひと睨みで一斉に背中を向けて、私は剥ぎ取られた制服が乾くまで、塾長の羽織にすっぽり包まれることになった。

 そして塾に戻ってから、何故か塾長室に『光を女に戻してやって欲しい』という嘆願書が寄せられ、「服を買いに行ってこい」と塾長から厳命されて幸さんを監督につけられ、デパートに連れ出されて、女性物の服を数点選ばされた。

 別に値段を気にしたわけでもなんでもないのだが、それでもブラウス1枚選ぶにも何を買えばいいのか判らず選びあぐねていたら、幸さんが私の悩みの根本的な部分に気がついてくれて、

 

「光さんは、和服の方が馴染みがあるのね?

 なら、以前お持ちしたものは単衣仕立てで、今の時期ではまだお寒いでしょうから、わたしの着ていたものですが(あわせ)のものを、巾をすこし直して後日お持ちするわ。

 お世話になり始めた頃に旦那様にいただいたものが、このように太ってしまったせいで似合わなくなってしまって、それでも季節ごとに手入れと虫干しをしながら、大切に箪笥にしまってあるの。

 あれならきっと、光さんに似合うと思うわ!」

 と、最後らへんは拳握りしめて力説しだしたので、そんな大事なものをと辞退しようとしたら、

 

「…自分のお下がりを、大きくなった娘に着てもらうというのに憧れていたの。

 わたしが袖を通したものが嫌でなければ、着てもらえたら、わたしは嬉しいわ。」

 と少し哀しげに言われてしまい、断ることはもう私にはできなかった。

 その後、なんとか申し訳程度に選んだ洋服を数着購入し、更に別の階で和服用の下着や半襟、帯紐などを選んだが、こちらはすんなりと決めることができた。

 

「領収書は旦那様に回しておきますからご心配なく。」

 とか言われたが、まさか塾長は私の服を経費で落とすつもりなのだろうか。

 

 …結果、その時買ったスカートやブラウスよりも、後日本当に届いた幸さんのお下がりの和服2枚の方がヘビーローテーション化して、これまでは制服で歩き回っていた校舎内を時にはタスキ掛けで、和服姿で闊歩する私は、きっと相当浮きまくっているんだろう。

 いいのだ、これは私と幸さんのラブラブ母娘の証なのだ!

 最初の頃に廊下で会った一号生に、

 

「いや、俺らが求めてたのはもっとこう……揺れるスカートの下からチラリと覗く太ももとか、ハイソックスから上の素肌のラインとかそういう…」

 などと意味のわからないことを言われたが知るか。

 あと、一号生関連の事務手続きのちょっとした打ち合わせで男根寮に桃を訪ねて行った際、富樫が私のその姿を不躾に上から下までじろじろ見た後、

 

「…なあ。

 女が着物着る時って、下着着けないって本当か?」

 と、更に意味のわからない質問をしてきたので、

 

「どこでそんなこと聞いてきたんですか。

 ちゃんと着けてますよ、肌襦袢も、腰巻も。」

 と答えたら、自分で聞いたくせに顔真っ赤にしていた。

 

「じゃ、じゃあやっぱりその下ってノー」

「止せ富樫。それ以上はセクハラだ。」

 と何か言いかけたあたりで桃に止められてたけど、そもそも女に下着事情を聞いてくるってなんなんだ。

 

 …しかしまあ、だからといって今のところ何が変わったということもなく、塾生達は以前と変わらず接してくれるし、彼らの世話や事務作業で忙しいのは私も変わらず…とも言い難い日々を送っている。

 というのも大武會終了直後から、男塾には入塾希望の問い合わせが殺到しており、私と塾長は帰ってきてすぐ、その業務を教官達から丸投げされ、ぶっちゃけ仕事が増えたからだ。

 私たちが不在の間、教官たちがその対応にてんてこ舞いで、そのせいで授業をしている余裕がなかったらしい。

 これを受け塾長は、新年度に新入生を受け入れ、全塾生の進級を決定した。

 

 …当たり前のことじゃないかと思うだろう。

 少なくとも私は思った。

 しかしその後聞いたところによれば、男塾における進級や卒業は、原則は1年ごととなっているものの実際には塾長の胸ひとつで決まるものらしく、ここ3年はまったく動いていないのだそうだ。

 というか今の一号生が入ってくるまで三号生は、共通の敵に立ち向かう時以外の場面では、ほぼ独立した自治的存在になっていた為、実質の塾生と言える存在は二号生しかいなかった。

 …その下を赤石が全員ぶった斬って再起不能にしてたこともあり。

 つまり、それを進級させてしまえば、ある意味男塾側の全戦闘力を、当時は冷戦状態にあった三号生に取られてしまう事になる為、動かすことができなかったというのが事実だともいう。

 ちなみに入塾希望者がそもそも少なかった…基本、余所の一般的な高校からなんらかの理由で弾かれた生徒を受け入れていた状態が主な入塾層であったから、希望者もある程度溜めてから受け入れるのが通年のやり方だったらしい。

 中には最長2年待たされていた者もおり、田沢が待ち組のひとりであった事も今回初めて知った。

 彼は地元の工業高校を中退して編入の願書を出した後、半年待たされて入ったそうだ。

 ……中退というのは表向きで、本当はアホ天才過ぎて追い出されたんじゃないのかと、一瞬思ったのは内緒だ。

 それはそれとしてそう聞いて思わず、保管してあった富樫の入学願書の日付を確かめてみたが、彼はお兄さん絡みの目的があったせいか、中学卒業時にすぐに願書を出して通ったクチだった。

 まあ老け顔だけど、やってる事は年齢相応で可愛いからな、アイツ。

 

 まあそんな事はどうでもいいのだが、そうなると困るのは三号生の事だった。

 本来ならば『卒業』という形になるところだが、天挑五輪参戦闘士の半数が三号生だった事もあり、それを卒業させてしまうと、メイン戦闘力が事実上半減する事になる。

 基本脳筋で戦闘力でもっているこの男塾にとってはゆゆしき問題であり、また入塾希望者にとっての彼らは憧れの存在でもある。

 言い方は酷いが客寄せパンダ的な意味で、見えるところに置いておきたい打算もあった。

 そもそも授業料をまともに納めているのが三号生のみである事から、ただでさえお金がないところに更なる財政難に陥る可能性もある。

 つかそこは新年度からは、間違いなく徴収するべきだと思うけど。

 塾生の中には名家の出の子も意外とおり、そういう子の親は、子供がここに入る事になった事情によっては、寄付金を出してくれる事もあるそうなので、今回はともかく来年以降からは、そういう富裕層にアプローチするのも手かもしれない。

 

 ともあれ私と塾長だけでは結論が出なかった為、邪鬼様を呼び出して三者面談をすることにした。

 制服姿で(こちらに来る時には必ず着るようにしているのだそうだが私は初めて見た)こちらの校舎に足を踏み入れた邪鬼様と、唯一応接設備のある私の執務室で話をした結果、邪鬼様以下三号生は全員卒業という扱いとなるものの、敷地使用料を支払っても天動宮を使用したい旨は変わらない為、事実上彼らは男塾に居続けることとなった。

 総代を退いた邪鬼様は事業に専念するが、戦闘力が必要な場合には、優先的に人員を派遣してくれるという。

 その場合、状況によっては塾生としての身分が必要になる場合もある事から、臨時に『特号生』というポジションを用意し、死天王と鎮守直廊には、そこに所属してもらう事になった。

 これは事実上は臨時職員待遇であり、必要な時には彼らの判断で出撃または人員の貸し出しを行なってくれるらしい。

 

 一号生と二号生はそのまま進級する事となり、赤石は三号生の筆頭を務め、桃は二号生筆頭と男塾の総代を兼任する運びとなった。

 というか最初、塾長は何故か江戸川だけは二号生に据え置きする旨の発言をしたのだが、『江戸川のサポート無しで赤石に筆頭の業務が務まるはずがない』と私が必死に説得した。

 まったく冗談じゃない。

 そんな事になったらあのバカ兄貴、私に学号単位の事務処理アレコレを全部丸投げしてくるに決まってる。

 ただでさえ教官がたの事務処理能力が皆無で、塾全体の事務仕事を、私と塾長が7:3の割合で受け持ってるのに、これ以上仕事を増やされてたまるか。

 というか、現時点で筆頭は、その学年で一番強い者を何となく選んでいる形のようだが、やはりこの先の日本を背負って立つ人材を育成するというコンセプトを掲げている以上、将来的にはある程度、事務処理能力や牽引力を重視して選んでいく形にシフトしていって欲しいところだ。

 ……そう考えると、それでも桃のトップが揺るがないあたり、彼の嫌味なほどの完璧超人ぶりが改めて判る。

 船の上にいる間、何かの会話の折に、苦手な事は何かないのかと聞いてみたところ、少し考えてから『朝』とか答えてたけど。なんか腹立つ。

 

 …それはさておき寮の部屋については男根寮にまだ余裕がある事もあり、今年は移動させない事にした。

 これにより塾敷地内にある二号寮は今年から三号寮となり、二号生までは男根寮で生活して、三号生に進級する時には三号寮に移動してもらう形になる。

 

 新年度からの方針が固まったところで、毎日届く入学願書を塾長と2人、職員室の端で手分けして捌いていたところ、塾長が、

 

「今年は入塾試験をとり行う!準備をせいっ!!」

 といきなり宣言した。

 本来なら来るものは拒まず逃げる者は地の果てまでも追っていく筈のこの男塾だが、異例の募集倍率1.5倍くらいになったあたりで、ぶっちゃけめんどくさくなったんだと思う。

 とりあえず願書の受付は締め切る事にして、この日までに願書を出してきた全員に、教官たちにも協力してもらって試験日程を通知した。

 その日は教官たちの手も取られる為、授業は休みだ。

 試験前日、塾長の指示で塾長室の床に、何故かブルーシートを敷きつめる作業を、私も教官達と一緒に行なったが、肝心の試験に私は立ち会うことを禁じられ、一日自室に閉じこもっているか、校舎から出ていろと命じられた。

 

「男が小便漏らすところをおなごに見られるのは恥辱の極みであろうて。

 せめてもの情けという奴よ。」

 とか言われたがまったく意味がわからなかった。

 ていうか漏らす前提なのか。

 面接試験だけだと聞いていたのだが違ったのだろうか。

 

 ともあれ、新塾生の入る部屋を整えておく為に、その日は権田寮長に申し出て、男根寮の清掃を行うことにした。

 以前は割と掃除をするのをめんどくさがっていた寮長が、今回は私の手の届かない高いところの窓とか、自分から進んで拭いてくれて驚いた。

 塾生達も授業が急に休みになった為、外に出ている子もいたが桃たち静養組も含めた大半は寮に残っており、かなりの人数が自主的に手伝いに来てくれて、とても助かった。

 それで思ったより早く済んでしまい、寮長に確認したら試験がまだ終わっている様子ではなかったので、ここでお昼をいただくことにして、手伝ってくれたお礼がてら、簡単なものだが塾生たちと寮長の分も、お昼ご飯を用意した。

 

「メシが……メシが輝いて見える!!」

「気のせいです。発光体は入れていません。

 馬鹿な事言ってないでさっさと自分の分を盛り、次の者に杓文字を渡しなさい。」

「これが光の唐揚げ!一度食ってみたかった!!」

「まるで私が揚げられてるみたいな言い方はやめてください。

 これはひとり二個取って、汁碗も取ったら席につきなさい。」

「ひとり二個かぁ。わしら育ち盛りの青少年にはいささか物足りんのう。」

「私に喧嘩売ってるんですか?

 それ以上育ってどうする気ですか。

 今はもう遅い昼ごはんですし、食べすぎたら権田寮長のつくる夕ごはんが入らなくなりますよ?」

「それはむしろ入らなくしたいんだが。」

「とにかく!

 足りない分はこの…なんだかわからないけど野菜庫の中に大量にあった、念の為齧って確認したところ毒ではなかった青菜を、とりあえずごま油とオイスターソースで炒めましたので、こちらもどうぞ召し上がってください。」

「いや、多分それ野草…」

「つか、齧って確認したんだ…。」

「なんだその『煮えたかどうだか食べてみよう』方式。」

What do you mean(どういう意味だ)?」

「うまけりゃなんでもいいわい!!

 俺は半年間、光のメシに生かされてきたんだからな!

 光の作ったモンはなんでもうまいぞ、保証する!!」

「光さんの手料理ならば俺は、たとえ毒であっても完食します!」

「毒ではないと言っているでしょう。失礼な。

 はい、席についたら両()を合わせて、みんな一緒に、いただきます!」

「押忍ッ!いーたーだーきーますっ!!」

「小学生か!」

 ……船の上では調理したものが食べられなかった為、万が一食あたりなどで皆が一度に倒れる事態を防ぐ為、食事は数グループに分かれ時間をずらして取っていたから、こんなに大勢で一緒に食事をとるのはこれが初めてだ。

 美味い美味いと周囲から声が上がり、私の作ったものならば苦手なものでも涙目で完食してくれた、少年だった日の豪毅を思い出して、そういえばあの子は煮物の鶏肉は食べられるようになったのだろうかと、埒もない事を考えた。

 

「…のう、光どの。」

「なんですか権田寮長。お口に合いませんでした?」

「いやいや、実に美味しくいただいております。

 …しかし、あれですな。

 カエルもこうして揚げてしまいますと、鶏肉とほとんど変わりませんな。」

 まあ、前に一度あなたに私、小鳥と偽ってカエル食わせた事ありますからね。

 孤戮闘で学んだ、私にとっては当たり前だった事実を感慨深げに呟いた権田寮長の言葉に、周囲の数人が咳き込んだ。

 

 ☆☆☆

 

「確かに親父の構想では、俺が財閥総帥として立つのはもっと先の話だったし、裏事業については、それすら俺に譲り渡すのはそれより更に先、己が満足に動けなくなってからのつもりだった筈だ。

 …だが、これほどまでに実態が隠されているとは思わなかった。

 親父の手掛けていたそれの範囲がどこまでのものだったか、それが把握できないうちは、管理など夢のまた夢だ。」

「用心深い御方でいらっしゃいましたからな。

 御自分の目の届かないところに、他の人間の判断が入ることを嫌ったのでございましょう。

 たとえそれが、後継者である貴方様であっても。」

 藤堂家当主の書斎で、毎日上がってくる書類の山を片付けながら、愚痴ともぼやきとも取れる言葉を口にする主人(あるじ)の声に、側に控えた小太りの男が穏やかに答える。

 見えない目に、それでも主人(あるじ)の苦虫を噛み潰した顔が見える気がして、彼は少しばかり意地悪な軽口を叩いた。

 

「…恐れながら。

 姫を…義姉(あね)上様を手放したのは、総帥の最大の失策ですな。」

「それを言うな、(ホン)師範。

 たとえ光が俺を選んでいたとしても、藤堂家の暗黒面に、これ以上踏み込ませるつもりは元よりなかったのだ。

 …ともあれ、天挑五輪大武會の、今後の開催は未定とする。」

「……御意に。」

 多少は気分を害しただろうがその声音に、怒りの色は現れていない。

 代わりに深い信頼を感じ取り、強い忠誠を新たにする。

 元冥凰島師範・(ホン)礼明(リンメイ)は、自らが支えると決めた若き主人(あるじ)、藤堂財閥現総帥・藤堂豪毅にむけて、答えながら深々と頭を下げた。


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