婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
念の為確認の上お読みください。
「ひ、光───っ!!」
今まさに討ち取らんとした宿敵の腕の中に、ぐったりとした小さな身体がすっぽりと収まり、俺たちは一様に声をあげた。
「…フフッ、どうした貴様等。
そこから一歩でもわしに近づいてみよ。
討とうとした敵の娘の命、どうなろうと構わぬであろう?」
嘲笑う声に、思わず歯噛みする。
これでは、俺たちは動く事ができない。
藤堂兵衛が光を腕に抱いたまま、悠々と扉の開かれたロケットの内側に入る。
ビシッと音を立てて扉は閉められ、次にはスピーカーを通した奴の声が、会場全体に響き渡った。
「ワッハハハ、聞けい江田島!
そして、男塾の若造どもよ!!
この
その宣言に、俺たちだけでなく、会場に残っていた観客たちも騒めき始めた。
……が、何故だろう。
次には整然と移動が始まり、見れば制服を着た係員が、避難誘導を行なっている。
その近くに、見覚えのある耳付きの頭飾りを着けた男が居たのは気のせいだろうか。
いや、そんな事を気にしている場合じゃない。
「フッフッフ、さらばだ!!
この屈辱は必ず晴らす!!
それまで首を洗って待っているがよい!」
そこでマイクの音は消え、かわりにロケットの噴射口から煙が立つ。
あと数十秒もすれば推進力が充分に溜まり、この大きな金属の塊は宙へと飛び立っていくだろう。
そうなればここまで闘い抜いてきた、すべての過程が無駄になってしまう。
「剣っ!」
と、駆け出そうとした背後から呼び止められ、振り向いたと同時に、飛んできたものを反射的に掴む。
「そいつを使え!貴様ならば見事使いこなせる筈!!
いいな、必ず取り戻せっ!!」
ずしりと手にかかる重みを改めて握り直すと、何をとは問わず、俺はその人に頷いた。
「押忍!ごっつぁんです、赤石先輩!!」
☆☆☆
「フフッ、まったく冷汗をかかせおって。
だが、この次会った時が奴等の最期よ。」
「この次はございません…今、全てが終わります。」
その膝の上で閉じていた瞼を開いた私は、
「なに!?か、身体が……!!」
「油断されましたね、御前。
私のやり方は御存知でしょうに。
全て、貴方に教わった事ですよ?
…もっとも私の方も、貴方の行動パターンは把握しておりますが。」
御前に向かっていく中で氣の針を五指に溜めたのは、御前を討つ為ではなかった。
ああしてわざわざ『御覚悟!』などと声に出して向かっていけば、御前は迷わず私を無力化し、塾生達に対する人質として使う事がわかっていた。
だから予め自分に氣を撃って、『目覚ましタイマー』をかけておいた。
御前は無抵抗の私ならば、手の届く場所に置くだろうし、また幸いにもこのロケットのコックピットはそれほど広くもなく、目覚めた時に離れた場所に転がされていることもなかった。
「光!き、貴様……。」
どうやらマニュアル操縦をしていたらしく、御前が操縦桿を握れない状態のロケットは、右に左に傾き出す。
このままでいい。
このまま飛行を続ければ、いずれ燃料の尽きたロケットは海へと落下する。
「…正直、今、私は貴方に、どのような感情を抱けば良いのかもわかりません。
私の本当の両親は、貴方によって命を落としました。
兄も、暴走とはいえあなたが差し向けた監視役に殺されました。
けれど私にはもはや、家族の記憶はあやふやで。
むしろ私は、貴方を父と呼びたかった。
それができる豪毅が羨ましかった。
貴方を娘としてお慕いしていたのは、紛れも無い事実ですよ。御前。」
だから。最後の最後に私は、今まで心に抱いてきた想いを、御前に打ち明けた。
子飼いの暗殺者として側にいた私は、決して感情を持たない人形ではなかった。
褒めて欲しかった。愛されたかった。
心の中なんて見えないのだから、嘘でもなんでも構わないから、抱きしめて欲しかった。
「な、ならば、これはなんのつもりだ…!
貴様、『父』であるわしを殺すつもりか。
この…親不孝者が!!」
だが、その私の精一杯の告白も心に届かぬように、御前は声を荒げる。
その言葉に、私は苦笑するしかなかった。
「…そうですね。親不孝です。
本当の親を忘れ、親になろうとしてくれた人を欺き続け、親になって欲しかった人を手にかける。
でもね御前。親と思えばこそ、我が手でと。
娘として、せめて貴方が望んだ、暗殺者である私の手で、冥土へとご案内いたします。
…ねえ、共に参りましょうよ、『ちちうえ』。
親不孝な娘ですが、せめて地獄までお供させてください。」
正直、無念ではある。
本当は、もっと生きたかった。
だけど、豪毅にも言った通り、籠の中に戻って生きるくらいなら、大空を夢見たまま死ぬ方がずっといい。
むしろ死の前に『もっと生きたい』と思える事こそ、この1年たらずの短い時間で、自身でもそれと気付かぬままに闇の中を歩いてきた私の人生が、輝きのあるものに変わった証左だ。
四肢の麻痺した御前の、老人とは思えぬほど逞しい胸に頬を寄せ、目を閉じる。
ああ、本当に、ずっとこうしたかったのだ。
最後の最後に、望みが叶った。悔いはない。
…………本当に?
「…う、うおお───っ!」
…だが次の瞬間、信じられない事に御前は、麻痺していた腕を振って、私の身体を突き飛ばした。
以前赤石も、私の氣の拘束を意志の力で打ち破ったが、それと同じ事を御前にもされるとは思っていなかった。
私に甘えられるのがそんなに嫌だったのか。
わかっていた事ではあるが少しショックだ。
と。
───ガシィ!!
「!?」
再び操縦桿を握ろうとしていた御前の目前に、大ぶりの刃が下りてきた。
これは…赤石の斬岩剣!まさか、赤石が!?
「なにっ!!き、貴様、い、いつのまに〜〜っ!!」
だが見上げた上に、突き立てた刀で身体を支えている男は、赤石ではなかった。
「も、桃っ!?」
「男塾一号生剣桃太郎、貴様の命もらいうける!!」
私が名を呼んだ男が名乗りを上げ、御前の右手がそれに向けて上がる。
「こ、この若造が!!」
手にしていたのは、先ほど塾長に使用した拳銃。
だがそれが放たれる事はなかった。
「天誅!!」
瞬間、私の見ている前で御前の身体が、ロケットの先端とともに、真っ二つに切り裂かれた。
「ぐわああ─────っ!!」
断末魔と共に、御前だったその二つの塊は、血飛沫を撒き散らしながら宙空へと投げ出された。
「御前───っ!!」
「貴様には地獄すらも生ぬるい!!」
そう呟いた桃の声が、私の耳元で聞こえた。
ああ、そうだ。これは私にとっても断罪の声だ。
艶のあるその声が、やけに甘美に耳に響く。
風圧と重力が私の身体を捕らえ、それに抵抗する事なく、私は目を閉じて、御前だったものを追いかけるように共に落下する……
筈だった。
「……!?」
次の瞬間、胸元に強い負荷がかかり、身体を何か、大きいものに包まれた。
驚いて閉じていた目を開ける。
確認しなくてもわかっていた。
大きく、強く、それでいて穏やかな氣。
私は背中から、桃の腕に抱きとめられていた。
「………離して、桃!
約束したの、一緒に死んであげるって!!
あんな人でも、あの人は、私の…!」
「塾長は!?あの人はお前の親じゃないのか!?」
どきん。
その問いかけに、心臓が痛むのを感じた。
『すべて終わったら…』別れ際、言いかけて止めたあの言葉。
結局脅されて無理矢理呼ばされはしたが、本来ならあの人を父上と呼ぶのは、私の中で御前との決別を、本当の意味で果たしてからだった。
それは同時に私自身の死をも意味するものであり、だからその未来は、永遠に来ない筈だった。
けど、私はそれを、心の底では望んでいなかっただろうか?
「!…で、でも義理とはいえ私は、あの人の仇の娘なのよ?
それに、あなたの身内の仇でもある。そんな私に…」
けど、なけなしの意地と罪悪感で、つい抵抗してしまう。
なのに、私を抱きとめる桃は、それを力強い言葉であっさり一蹴した。
「おまえが誰であろうと、俺たちの光である事に違いはない!」
俺たちの光。そういえばさっきも言われた。
「…それに、約束したろ?
おまえの命は、俺のものだ。
勝手に投げ出すのは、許さないって。」
「でも…だって」
「…光は、何にも悪くないんだ。
光が責任を感じてる事は、何ひとつ光のせいじゃない。
おまえが望んでした事なんか、何ひとつないんだからな。
むしろ、これまでなにかを望んだ事なんか、なかったんだろう?
望んだ事も、愛した人も、すべて諦めてきたんだろう?
…今、光は何を望む?
全ての責任を取って死ぬ事が、本当に光の望みか?
…それだったら、それでもいい。
そうであるならば、俺も一緒に死んでやる。」
「…!?」
私を抱く腕の力が、強くなる。
気が遠くなるほど強く、抱きしめられる。
待って…今、なんて言った?
一緒に死ぬって、そう言ったの?
「普段は結構我儘なのに、こんな時に遠慮しても仕方ないだろ?
言えよ…光の今の、本当の望みは?」
私の、望み?それはなんだろう?
自由な翼で、私はどこに行こうとしたんだろう?
この人は、私が望むなら、一緒に死んでくれると言った。
それは、確かに強烈な誘惑だった。
けど、私の望みは、多分それじゃない。
私は…私が本当に望むことは……!!
一瞬、桜の香りを嗅いだ気がした。
心の中で、さらさらと、桜の花びらが散った。
周りを見渡せば、塾生たちの笑顔。
誰かが、私の名を呼ぶ。差し伸べられる手。
見上げた先で、微笑むのは……、
「…塾の、校庭の桜を、もう一度見たいです。
生きて、みんなに会いたいです!
…帰りたいです!あなたと、
心からそう叫んで、桃の身体にしがみつく。
溢れた涙が、風圧で散る。
安心したような桃の吐息が耳をくすぐった。
「…ああ。帰ろう、男塾へ。
俺たちには、次の戦いが待っている……!!」
そう言うと、桃は私と斬岩剣を抱えたまま、未だ飛行中のロケットの上から、海へとダイブした。
・・・
落下スピードと、二人ぶんの重さ、プラス赤石の斬岩剣。
私たちは海中の、かなり深いところまで沈んだ。
私はここに至るまで水泳だけは経験がなかった。
主に刺青のせいで水着が着れなかったという事情で。
それを知っていたわけではなかろうが、桃は私を抱えたまま、海面まで泳いで浮かび上がろうとしていたが、やはり時間がかかる。
私は意識が朦朧としてきた。
桃の身体にしがみついていた手から、力が抜ける。
そのまま離れ、再び沈みそうになる刹那。
何かに身体を掴まれたと思えば、唇に熱いものが当てられ、肺の中に空気が入ってきた。
閉じかけていた目を開ける。
視界いっぱいに、桃の顔があった。
驚いて思わず、息を吐いてしまい、気泡が上へと上がっていく。
離れかけていた桃の顔が再び近づき、唇が彼のそれに塞がれた。
もう一度肺に空気を注がれ、私はやっと、この行為の意味を理解した。
☆☆☆
「も、桃よ〜〜!!」
「フフッ、呼んだか?」
「も、桃〜〜っ!!」
「俺より、光を。大丈夫だ、死んじゃいない。」
「光っ!」
…頭の上で会話する、どこか懐かしい声に、再び薄れかけていた意識が急激に浮上する。
同時に身体が引き上げられ、固いものの上に転がされる感覚があった。
「ウッ…ゴホッゴホッ、ゴホッ!」
「大丈夫か?」
そう誰かが問う声に、転がったまま視線を上げると、やけに嬉しそうに微笑んだ桃と目が合った。
「ハァ、ハァ…も、桃っ!
なんて、無茶、するんで……ゴホッゴホッ!!」
「そう言うな。二人とも助かったんだ。」
「というか、なんであなただけそんな涼しい顔してるんです!!」
助けてもらって理不尽と自分でも思うが、いつも通りの桃の表情に若干ムカついて、ちょっと文句を言ってみる。
…さっきのアレは人工呼吸だから、別に何という事じゃない。
人工呼吸ならば伊達や男爵ディーノにもしてる。
意識するだけ無駄だ……うん、気にするな。
「うん、大丈夫みたいじゃな。」
「ああもう腹立つこいつら全員。」
「え?」
「……いえ、何でも。」
けど、心配そうに次々と私を見下ろしてくる一号生達の顔を見ていたら、考えてるのも若干アホらしくなり、私はそこからゆっくり起き上がった。
富樫が手を貸してくれ、周りを見ればどうやらデカいボートに帆を付けたような簡単な船の上。
と、周囲を囲んでいた人垣が分かれ、塾長が私と桃の前に歩み寄ってくる。
「一号生筆頭・剣桃太郎。
藤堂兵衛、この手にて確かに討ち取りました。
桃が私の肩を抱き、確認するように塾長が私に視線を移してきたので、黙って頷いた。
瞬間、全員の声がわっと沸く。
一瞬、塾長の顔が少しだけ切なげに曇ったことを、私以外に気付いた者はいただろうか。
だが、次の瞬間には憂いは消え、その唇に笑みを浮かべた塾長が、力強く言い放った。
「光。剣。そして皆も御苦労であった。
わしが男塾塾長、江田島平八である!」
いつも通りの自己紹介で締めくくられた塾長のお言葉に、皆の顔に安堵の色が浮かぶ。
それに答える皆に、気付けば私も声を合わせていた。
「押忍ッ!!」
───帰ろう、男塾へ。
これにて、天挑五輪大武會編終了になります。
この後若干のオリジナルエピソードを挿入した後で、
御了承ください。