婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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7・Born to be kings, princes of the universe

「貴様の力がわかった以上、もはや無駄な闘いはしない!

 剣の道にあって究極の秘剣といわれた、この奥義で勝負をつける!!」

 豪毅はそう言って構えをとりかけ…何を思ったかその構えを一旦解いた。

 

「……この秘剣で貴様を葬る前に、ひとつ面白い話を聞かせてやろう。」

 豪毅が語るには、彼が修業の為に預けられた蒼龍寺は、武術界において、東の王虎寺(わんふうじ)と並ぶ、拳法・武術あらゆる格闘技の西の総本山であり、選ばれた者が集まり、極限の修業に励む事で、最強の男となる事を目指す場所らしい。

 

 …ところで西と東、間違ってないだろうか。

 確か中国の四神の考え方でいえば、龍が東で虎が西だったと思うんだが。別にいいけど。

 

 そこですべての修業をおさめ、皆伝者と認められた豪毅は、同じように皆伝者となった4人の兄たちを倒した。

 それは御前に命じられたからであったが、彼等の師であった男はそれに怒り、豪毅を破門しようとした。

 師は免許皆伝を彼等に与えたが、寺に伝わる最後の奥義だけは誰にも伝授しておらず、故に豪毅を寺から追い出せば、それで済むと思っていた。

 だがその時豪毅は、隠されていた極意書を探し出してそれを既に目にしており、それまでに身についた修業の成果と天性の才能で、一度目を通しただけで、それを己のものとする事ができた。

 そして豪毅はその奥義をもって、己を破門にしようとした師に挑み、見事それを討ち果たしたのだという。

 

「……その瞬間、見極めたのだ。

 この奥義を身につけた俺に、もはや敵はおらんと。

 …その秘剣こそ、これから見せるこの技だ。」

 言うと、豪毅は両脚を開き片膝を曲げて、深く腰を落として、刀を下段に構えた。

 …瞬間、桃が何かに気付いたような表情を見せた事に、気がついた者はいたかどうか。

 そしてその間にも、豪毅の逞しい肉体の裡から、凄まじい氣が、みるみる刀を握る手に集中していく事も。

 そして。

 

「………くらえっ!!

 蒼龍寺超秘奥義・暹氣(しんき)龍魂(りゅうこん)!!」

 逆袈裟に斬りあげるように振り上げた刃から、瞬間、青白い炎が吹き出したように見えた。

 炎は、次の瞬間には龍の形をとり、それが真っ直ぐ桃に向かって飛ぶ。

 それは間違いなく物理的破壊力を持つ『氣』の奔流であり、まともにぶつかれば命はないだろうと、先ほど邪気様との闘いを経験した私ですら、思うほどのものだった。

 

 だが、桃はそれを、動かずに真正面で迎え撃った。

 目を閉じて、長い両脚を開き、片膝を曲げて腰を落とし……え!?

 

「極意書にいわく……この秘剣の要諦は、肉体内にて極限まで圧縮され、刃先より発せられる氣にあり……!!

 その時、氣は微量のリン分を含み、青白き炎となりて、異形を成す………!!」

「なっ!!貴様、それを何故…!?」

 豪毅の問う声が終わるか終わらぬかのうちに、桃は閉じていた瞼を開くと、その瞳が豪毅を捕らえた。

 

「東に王虎寺(わんふうじ)あれば、西に蒼龍寺あり。

 その源流はひとつ……故に、その奥義も……!」

 先ほど豪毅が取ったのと同じ体勢から繰り出された桃の刃から、噴き出した青い炎が、巨大な虎の形をとって、豪毅の龍へと襲いかかっていた。

 

王虎寺(わんふうじ)超秘奥義・ 暹氣(しんき)虎魂(ふうこん)!!」

 

 龍虎が激突し、青い炎が宙空で弾けた。

 

 

 暹氣(しんき)(りゅう)((ふう))(こん)

 中国拳法において、人体最後の神秘とされる『氣』エネルギーを利用した技は数あるが、中でもその最高峰とされるのがこれである。

 この技の要諦は『氣』を刀身に集中し、龍(虎)の形をした衝撃波として繰り出すことにあり、その圧倒的な破壊力に比例して消耗度も大きい為、短時間に連続して撃つことは不可能とされる。

 ちなみに、同等の実力をもつ者同士が闘うさまを『龍虎相搏つ』と表現するのは、これが源である。

民明書房刊「中国秘拳満漢全席」より

 

 

「き、貴様……!!」

 …互いの『氣』がぶつかり合って消えるさまを、豪毅が信じられないモノを目にしたような目で見ていた。

 そりゃそうだろう。その秘剣を己のものとした事で、自分は最強となったと、つい今し方まで思っていたのに、満を持して放ったそれを、同じ奥義で返されたのだから。

 大きな『氣』の消耗の為か、呼吸を荒くしながら、その視線をゆっくりと桃へと移す。

 そんな豪毅の視線を受け、桃もまた肩で息をしながら、挑発するような笑みを浮かべた。

 

「そうだ…俺は王虎寺(わんふうじ)の奥義皆伝者…!!

 もっとも俺は貴様のように、極意書を盗み見るなどという、卑劣なマネなどしなかったがな!!」

 …いや確かにそこは問題だと私も思うけど!

 あの、でも考えてもみて!?

 たとえその極意書とやら、見られる状況にあったとしても、書いてあるものを一読しただけで、普通は使えるようにはならないと思うよお姉ちゃんは!!

 手段は本当に自慢できるもんじゃない事はわかってる。わかってるけど!

 逆にいえばそれだけで、秘匿されてる奥義を修得できちゃった、豪毅の才能が凄いと思ってもらえ……ないよね!うん知ってた!!

 それにしても…と思う。

 桃という男の特殊さを、ここにきて改めて思い知る。

 彼は一体いくつ、切り札を隠し持っていることやら。

 というか、邪鬼様と闘った時とかこの技出してれば、もっと楽に勝てたんじゃないの!?

 …あ、あの時は刀を影慶に折られていたんだっけ。

『氣』というものの性質上、発動しやすい形はあっても、理論上は拳からでも繰り出せそうな気はするんだけど。

 物理的破壊力を持った『氣』の塊を、拳の形にして出したひとを私は知っているし。

 …思えばあの日からせいぜい8ヶ月ほどしか経っていないというのに、これまでの一生分に匹敵するほどの濃い経験を、私はしてきている気がする。

 

 …少し息が整ったのか、豪毅が再び技の構えを取る。

 

「フッ……もう一度試してみる気か?」

 桃もまた、口元に笑みを浮かべながら同じ構えを取り、2人の肉体に氣が満ちるのがわかる。

 

「ぬんっ!!」

()ぁーっ!!」

 そして。

 再び現れた龍と虎は、先程のようにぶつかり合わずに(さっきのは桃が合わせにいった形だったからだが)、同時に身を躱した2人の脇と頭上を抜けて、観客席の塀に大穴を開けた。

 互いの背後で、石壁が崩れ落ちる。

 そして、これだけの技を続けて二度放った事は、その身体に想像以上の負担をかけていると見え、2人とも先ほどよりも激しく肩で息をしていた。

 

「…これでお互い氣が充実するまで、しばらくは奥義を使うことは出来ない。

 刃だけの勝負だな。」

 それでも刀を振り回せる余裕はあるらしい。

 2人の刃がぶつかり合い、激しい攻防が展開される。

 三合目を打ち合って、互いの身体が交差し、振り返った瞬間に、双方の、刀を握る右腕から血が飛沫(しぶ)いた。

 

「また相討ちだな。

 どうやら互角なのは、奥義の氣の力だけではないようだ!!」

 何故だかまた嬉しそうに笑みを浮かべて桃が言う通り、2人の力量はほぼ拮抗していた。

 四合目を鍔迫り合う刃を、豪毅がなんとか振り払って、一度間合いを取り直す。

 …その視線が一瞬こちらを向いた後、何故か微妙に身体の角度を、私の見ている真正面から逸らした気がした。

 

「…確かに技においては互角かもしれん。

 だが貴様と俺では、決定的に違うところがひとつある!!

 その違いを今、教えてやろう!!」

 言って豪毅が、例の奥義の構えをとる。

 

「氣は既に満ちた!!

 奥義・暹氣(しんき)龍魂(りゅうこん)で勝負をつける!!」

 いや早いな!氣の回復早すぎだろ!

 私だったらとっくにぶっ倒れてるよね!!

 塾長の言葉によればそれは私が女だからだそうだが。

 

「望むところだ!来るがいい!!」

 そして桃も三たび、同じ構えをとる。

 …邪鬼様と闘った時はもっと短時間で氣が尽きてたし、回復も遅かった筈なのに、あれから彼なりに鍛え直しでもしていたのだろうか。

 ひょっとしたらあの頃はまだ、この奥義を使うと一発で氣が尽きてしまうくらいのレベルだったのかもしれない。

 それにしたって成長早すぎだと思うけど。

 

 …どうでもいいが、2人の対峙する位置が、極端にあちらの陣に近いのが少し気になった。

 多分あちらの鉄柵の内側からは、豪毅の背中しか見えないんじゃないかってくらい。

 

 ……私のわずかな疑問の答えは、すぐに出た。

 

「蒼龍寺奥義・暹氣(しんき)龍魂(りゅうこん)!!」

 豪毅のふるう白刃から、青き龍が、桃へと襲いかかる。

 

王虎寺(わんふうじ)奥義・ 暹氣(しんき)(ふう)………っ!!」

 だが、それに合わせて自分も奥義を放とうとした桃の動きが、唐突に止まった。

 一瞬固まって無防備となった桃の身体を、龍の形の氣の塊が容赦なく貫いて……桃は全身から血飛沫を上げて、その場に崩れ落ちた。

 

「ぐわっ!!」

「も、桃──っ!!」

 豪毅の背後の鉄柵の内側から悲痛な叫びが上がる。

 桃ほどの男が、ほぼ同じ力量を持つ相手から、まともに技をくらうとは恐らく思っていなかったのだろう。

 

「……わかったか!?

 これが、貴様と俺との決定的な違いよ!!」

 倒れ込んだ桃を、冷たい瞳で豪毅が見下ろす。

 

「貴様は、俺の一直線上後方にある仲間達のオリが目に入り、奥義を撃つのを躊躇ってしまった。

 外れた場合、己の技が仲間達を直撃するのを恐れてな!

 …その甘さが命取りだ。

 俺が貴様ならなんの躊躇もなく、仲間を犠牲にしたろうに。」

 そう言って豪毅は、嘲るように口角を上げた。

 ……それが似合ってないと思うのは、彼の男の顔を見てしまって尚、可愛らしかった弟の面影を、どこかに見出そうとする私の、無意識が見せる幻想であったろうか。

 だが。

 

「それは……嘘だな。」

「………何だと!?」

 思っていたよりもしっかりとした桃の声に、豪毅は明らかに驚いたように目を(みは)った。

 桃は全身から少なくない量の血を滴らせながらも、地に刺した刀を支えに立ち上がる。

 

「ばかな。暹氣(しんき)龍魂(りゅうこん)をまともにくらい、立ち上がるとは…」

「…まともにくらってはいない。

 俺の側からは、技を放たぬ以外避ける術はなかったが、貴様は光に技がいかぬよう、微妙に角度をずらしていた…!」

 その桃の言葉に、ハッとする。

 私はどうやら守られていたらしい。

 豪毅は私に技を当てぬようにしていたというし、まともに当たってはいないと言っているものの、桃が無防備にあの奥義を身に受けたのも、案外私のせいではと思い至る。

 そんな思考が一瞬脳裏に浮かんだものの、豪毅が一瞬絡んだ私の視線を、振り払うように首を振るのを見て我に返った。

 

「…それでも、その出血ではこの勝負、決したも同然であろう。

 下手に立ち上がれたが故に、苦しみが長引くのも不憫。今、楽にしてやろう!!」

 改めて刀を握り直して、豪毅が一歩、桃へと踏み出す。

 対する桃は、辛うじて立ち上がりはしたものの、ダメージの甚大さは明らかだ。

 

 

 だが……その時。

 闘技場(コロシアム)全体を揺るがすように、太鼓の音が響き渡った。

 恐らくはその音の源たる方向に、その場の全員が目を向けた筈だ。

 そこには……

 

 

「フレー!フレー!桃───っ!!」

 

 どこから現れたものか。

 男塾一号生の面々により結成された大応援団が、松尾のエールを皮切りにした大鐘音を、会場全体に轟かせていた。

 

「……愚かな。今更寄ってたかってがなり立てたところで何になる。」

「貴様にはわかるまい……!

 男塾大鐘音……それは、俺の勝利を願う仲間達の魂の叫び。

 あの声が耳に届く限り、俺に敗北という言葉はない!!」

「この期に及んで戯言を!!」

 一瞬は呆気にとられたものの、豪毅はとどめとばかりに刀をふるう。

 その軽くない一撃を、桃は自身の身を支えていた刀で受け止めると、すぐに返す刀で下段から斬り上げる更なる一撃を、跳躍して躱した。

 そのまま豪毅の背後をとり、着地すらしないうちに、上段から振り下ろした刃が、豪毅の肩口を斬りつける。

 瞬間、それまで決して崩れなかった、豪毅の体勢が大きくぐらついて、斬りつけられた肩から血が飛沫(しぶ)いた。

 

「ど……どこにまだそんな力が………!!」

「言ったはずだ……俺にはあの仲間達がついている。

 どんな苦境にあろうと、奴らのあの声が、俺を奮い立たせるのだ!」

 その瞬間、桃の強い視線は、明らかに豪毅を圧倒していた。

 

 …ああ、私はここで何をしているのだろう。

 自分では何ひとつ成せない弱い身のくせに、ちょろちょろ動き回って、結局邪魔になっていただけではないのか。

 

 …大鐘音は、変わらず闘技場(コロシアム)を揺るがし続けている。




というか光さん。
男に対して『早い』は禁句だ(爆

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