婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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天挑五輪大武會決勝コロシアム編(優勝決定戦)
1・Final Wars!


 トラックが走り出して2〜3時間は経過した頃。

 急停車したトラックから降りた俺たちが目にしたのは、古代ローマで剣闘士が闘った舞台を模した、巨大な建物だった。

 男爵ディーノが雷電の手を借りながら、一番最後にトラックから降りるや否や、それを見上げて驚きの声を上げる。

 

「ここは…一昨日の晩にわたしと光君が乗り込んだ闘技場(コロシアム)

 わたし達は、昨晩の追っ手にあの上の回廊へ追い詰められ、彼女にあの上から突き落とされて、わたしだけがあの男の手から逃れたのです……!!」

 確かに昨日、状況を説明された際にも闘技場(コロシアム)と言っていたが、どうやらあれは比喩でもなんでもなかったらしい。

 ということは、光は今、捕らえられてここにいるのだろうか。

『自分は殺されないから』と言っていたらしいから、無事であることを信じたいが。

 …というか今サラッと『突き落とされた』と言っていた気がするんだが、それは助けた事になるのか?

 ディーノ先輩が指差したあたりから地上まで、ゆうに50メートルはあるんだが。

 ……止そう、考えるな。

 何であれ、ディーノ先輩は今、生きてここにいる。

 

 とにかく、中に入るしかなさそうなので、俺たちは目の前の入口から建物の中に入った。

 瞬間。

 

『皆様!男塾チームの入場であります!

 盛大な拍手でお迎えください!!』

 という突然のアナウンスと、割れんばかりの拍手と歓声に、俺たちは包み込まれた。

 

「こ、これは一体……!」

「観客がいやがる……!!」

 どういうことだ、これは……!?

 

 外観に違わず内部も、かの建造物を模してあるようで、闘場をぐるりと囲むように観客席があるのは当然だが、実際にそこが観客で埋め尽くされている光景は、現代において本物のローマのコロシアムでは見られないだろう。

 更に違うのは俺たちが入ってきたのとは反対側の観客席の後方に、さっきまで闘っていた塔に刻まれていたのと同じ、主催者・藤堂兵衛とおぼしき男の像が刻まれた柱が立っていること。

 ………センスってなんだろう。

 

 ☆☆☆

 

 “『綺薇(キラ)』のスタンバイをしておくように”

 との指示が、御前からの連絡だと係員からもたらされたのは、またも結構しっかりしたお昼ご飯を済ませた直後のことだった。

 同時に、昨夜闘技場(コロシアム)で闘った時と同じ一式、プラス脱浮舞楽(ぬうぶら)が手渡される。

 またこれを着なければいけないのか。

 いや、乳首の件は脱浮舞楽(ぬうぶら)でクリアできたからいいのだが、今このタイミングはやめて欲しかった。

 何が嫌って、割と胃下垂気味の私は、食べた後は若干、下腹が出る。

 

「クッ…裏技を、使うか……。」

 丹田に僅かに氣を撃ち込んで、周囲の筋肉に刺激を与えると、腹筋と内臓の筋肉が徐々に締まっていき、ポッコリ出ていた下腹が、収まるところに収まってスッキリとなった。

 ついでにウエスト周りの皮下脂肪を少し、胸とお尻に移動させる。

 よし、少しだがメリハリのある体型になった。

 もっとも1日しか保たない上に、明日は確実に筋肉痛だけどな!

 

 …ところで私はまた、恐らくは大武會の合間時間に、闘技場で闘う事になるのだろうが、綺薇(キラ)のキャラクターはどうすべきだろう。

 私は影慶とは違うので、やるからにはキャラクターを細かく設定し、完璧に演じるつもりなのだ。

 女性闘士のキャラとしては、無口な方がいいだろうか。

 バックグラウンドは…たとえば女手一つで育ててくれた母親が最近亡くなり、生まれつき病弱な弟を抱えて、その治療費を稼ぐ為に闘士となった。

 年齢は17歳。

 仮面は幼い弟に、自分が日々金の為に闘っている事を知られない為。

 …うん、いいな。これでいこう。

 私自身の体験もほんの少し混ざってる分、よりリアルに演じられる筈だ。

 仮面を着けるならメイクは要らないか。

 いや、顔下半分は出ているから口紅くらいはつけた方がいいだろう。

 あまり派手すぎず、けど控えめすぎない、程々に主張する色がいい。

 

 とか色々考えて、清子さんにメイク道具をお願いしたところ、清子さんは何故か一緒に(かもじ)的なものまで持ってきて、後頭部に一本でまとめた三つ編みを作られた。

 うむ、確かにこの方が格闘家っぽいかもしれない。

 …などと呑気にしていた時の私は知らなかった。

 

 私と清子さんの共同作業で『綺薇(キラ)』を完璧に仕上げて、2時間ほど待機していたら、闘士の控室に来るようにとようやく呼び出しがかかった。

 清子さんに『行ってきます』と手を振り、両側に係員を従えて歩く。

 その係員の一人に開けてもらった扉をくぐると、部屋の中に紫蘭と……中央塔で決勝戦を行なっている筈の、豪毅がいた。

 

 …この瞬間まで、私は知らなかったのだ。

 まさか私が戦う事になるのが、(ホン)師範までもを破ってここに招かれた、男塾の仲間達だったなんて。

 

 けど、それ以外は昨日、男爵ディーノと共にここに乗り込んだ私の思っていた通りになった。

 もう少し早くに気がついて、この闘技場(コロシアム)を爆破する事に成功していたら、こんな事にはならなかったのかと、私は仮面の下で自身の不手際を悔やんだ。

 

 ・・・

 

「………女だと?」

 入ってきた『綺薇(キラ)』を、豪毅の氷のように冷たい目が見据える。

 それが姉の『光』である事に、どうやら気がついていないようだ…けど。

 豪毅の目に、以前会った時には見られなかった、陰のようなものが見て取れて、私は僅かに動揺した。

 それは紛れもなく、己の意志でひとを手にかけた者が持つ陰。

 自分の手でひとつの命が消える、その感覚を知る者だけが持つ、決して拭い去れない血の穢れだ。

 やはり、清子さんの話を聞いた時に思った事は間違いではなかった。

 豪毅は、兄達をその手にかけている。

 少し生意気だけど優しかった彼の、少年の頃の顔を思い出して、胸がつくんと痛んだ。

 

「何をしに来た。入る部屋を間違えたならば、早々に立ち去るがいい。」

 …そしてその豪毅は、割と失礼な事を言う。

 

綺薇(キラ)、ここだ。俺の傍に居ろ。」

 対して紫蘭は一瞬で事態を察したのか、または事前に御前から説明を受けていたかは判らないが、その豪毅の視線をさりげなく遮るように間に立ち、エスコートの如く手を差し伸べた。

 導かれるままに、その手を取って傍に立つ。

 私の居場所を確保し終えた紫蘭は、一旦私から手を離すと、豪毅の方へと向き直った。

 

「…では、親父の言ったもう一人の懐刀とは、そのチビの女のことなのか。」

 驚きを押し隠すように声を抑えて豪毅が呟く。

 

「…口を慎むがいい、豪毅殿。

 私達の主は、藤堂兵衛様であって、あなたではない。

 私もこれなる綺薇(キラ)も、あなたの指示は一切受けぬということだ。

 そのことを、お忘れなきように。」

 …昨日私を感情に任せて()とうとした男とは思えぬくらい冷徹に、紫蘭が豪毅に言い放つ。

 その豪毅から小さく舌打ちが聞こえた。

 ……お行儀悪いですよ、豪くん。

 つかチビ言うな天パ。

 すいません言い過ぎました。

 

『皆様、ロイヤルボックスに御注目ください!

 当天挑五輪大武會主催者・藤堂兵衛より、御挨拶申し上げます!!』

 と、闘技場(コロシアム)全体にアナウンスが響き、歓声が一際高まる。

 それが一通り落ち着いたタイミングで、マイクを通した御前の嗄れた声が、軽い咳払いの後に言葉を紡いだ。

 

【御来場の紳士諸君。

 遠路はるばるこの冥凰島へ、今年もようこそいらっしゃった!!

 ここに世界各国からお集まりの皆様は、ありとあらゆる物を手に入れ、全ての快楽を知り尽くし、金では買えぬ楽しみを求めて来た方々ばかり!!

 実に困った人たちです。

 もっともこの大会の主催者である私が、そんなことを言える立場にはありませんがね。】

 チクリと刺すようなブラックユーモアが会場を一旦沸かせる。

 御前は確かに褒められた事をしてきたひとではないが、その権力や財力だけではない、人の心を掴む魅力が確かにあるのだ。

 そうでなければ世界の要人や、暗黒街の大物ばかりのこの観客が、いかに招待されたとはいえ、これほどに集うことはあり得ないだろう。

 そしてその人脈は、御前の力を更に強大にしていく。

 

【それでは今回の天挑五輪大武會、決勝戦のルールについて御説明しよう。

 既に予備決勝戦は冥凰島十六士と、男塾とで終了した。

 だが、双方の力はまったくの互角。

 そこでこの会場で両軍三人ずつ、精鋭を選び出して、雌雄を決することにした。

 つまり、相手三人を倒した方が、この大武會の優勝となるのだ!!】

 事前に思っていた通り、これは完全に御前の横車だ。

 少なくとも昨日まで私が見ていた限りでは、マハールに敗れた月光を除けば、他は全勝だった筈だ。

 案の定、男塾側(主に2人)からは不満の叫び声が上がっているが、どうやら桃が制したらしい。

 それにしても、あの中央塔での闘いが、ほぼ無かった事にされるのは、些か解せない。

 それは闘士達にしても同じだろう。

 亡くなった闘士たちはどうにもならないにしても、少なくともゴバルスキーは、この事を聞けば御前のもとを離れるのではないだろうか。

 あのひとはいい加減に見えて、芯には一本筋の通ったひとだから。

 

 

 

【では冥凰島十六士、三人の戦士を紹介する!!】

 その瞬間、控えの間のゲートが開いた。

 豪毅が先に出て、紫蘭と、彼にエスコートされる私が後から続く。

 闘場の中程まで進んだあたりで私たちは足を止めると、心得たように観客の声が一旦静まった。

 

 

【紫蘭!!】

 

 

 御前に名を呼ばれ、私の手を離した紫蘭が、マントを翻して騎士の如く恭しく一礼する。

 会場から盛大な拍手が送られた。

 

 

綺薇(キラ)!!】

 

 

 次に名を呼ばれた私は、とりあえず右腕を真っ直ぐに上げ、観客に向かって軽く振ってみる。

 どうやら昨夜のミッドナイトショーを見ていたのであろう観客が『綺薇(キラ)』に声援を送ってくる。

『昨日より髪長くないか?』という声も聞こえたが、デビューしたてでキャラが決まってなかった故の御愛嬌です、お客様。

 そして、

 

 

【藤堂豪毅!!】

 

 

 最後に紹介された豪毅は、特に声援に応えるでもなく、胸を張ってただ立っていた。

 それだけで王者の風格が漂うように見えるのは、姉の贔屓目ではないだろう。

 

【フフッ、ちなみに豪毅はわしの子にてござる。】

 御前のその言葉に、会場からまたも歓声が上がる。

 男塾も三人の闘士を選べと言って主催者のお言葉は終了し、男塾は一旦、係員が反対側の控え室の方へ誘導していった。

 

 ・・・

 

 そして再びその扉が開かれ、出てきたのは桃、伊達、邪鬼様の3人だった。

 桃はこのチームの大将だし、邪鬼様は副将なのでここまでは予想の範囲内なのだが、私としては筆頭つながりでもう1人は赤石ではないかと踏んでいたのだが、なんで伊達なんだろう。

 …というか、桃は大将同志で豪毅と戦うだろうけど、今更だけど私、伊達か邪鬼様のどっちかと闘うって事だよね!?

 

「…紫蘭。先に聞いておきたいのですが、私とあなたでは、どちらが先鋒になるのでしょうか?」

 お互いにしか聞こえない音量で、ここで唯一事情を聞ける男に、私は訊ねる。

 

「俺に決まっているだろう。

 豪毅殿の姉のあなたは一応、立場的に副将だ。」

 つまり、私の相手は邪鬼様で決定という事だ。

 

 …常ならば『あ、死んだ』と思うところだけど。

 何故か、それを聞いた時の私は、不思議と血が騒ぐのを感じていた。

 男塾に於いて彼や桃、J、そして塾長にと、それぞれから教えを賜ってきたが、自分の強さがどれほどのものか、あの場では実感できていなかった。

 誰も私と本気で闘おうとする者は居なかったし、思えばこの『師』たちが揃って規格外だったことも、その要因ではあるだろう。

 だから昨日、この格好で闘技場に引っ張り出され、いきなり凶暴な猛牛と対峙させられた時に、自分の身体が思った以上に動く事に驚いた。

 そして猛牛2頭を片付けて、10人余の男たちを沈めている間に、自分は相当に使える事を初めて実感した。

 

 こんなものでは、足りない。

 本当に強い者と、闘いたい。

 その欲求が湧き上がってくるのに、気がついていたから。

 

 ☆☆☆

 

 両軍3名ずつの闘士が闘場の中心に進み出て、改めて闘士たちの名が告げられる。

 

 男塾。

 大将・剣桃太郎。

 大豪院邪鬼。

 伊達臣人。

 

 冥凰島十六士。

 大将・藤堂豪毅。

 綺薇(キラ)

 紫蘭。

 

 以上6名により、この最終決戦が闘われる。

 会場が興奮と熱気に包まれる中、豪毅が桃の方へ一歩踏み出して、言葉を発した。

 

「親父のやり方にはこの俺から詫びておこう。

 しかし勝負には一切容赦はせん!」

 その目は射抜くように桃を睨みつけている。

 

「フッ、気にすることはない。

 これだけの観客がいれば俺達も燃えるってもんだぜ。」

 が、なんだか久しぶりに顔を合わせる気がする桃は、相変わらず飄々と微笑んで、その視線を受け流していた。

 …あ、まずい。

 多分だが、ここしばらくは見られなかった桃の悪癖、ひとをからかって遊ぶ癖が発動してる気がする。

 案の定、豪毅がちょっとムッとしたように、その視線の鋭さが増した。

 それを逆撫でするように、豪毅に向かって、桃の右手が差し出される。

 

「…なんの真似だ?

 親善試合でもするつもりでいるのか。」

「おまえは光の弟だと聞いた。

 彼女には世話になっているし、もしかしたら将来は兄弟になるかもしれんからな。」

 桃…お前は何を言っているんだ。

 …そして次の瞬間、2人の間の空間が、切り裂かれたような感覚を何故か覚えた。

 豪毅の手の、鞘に収まった刀が、何故か鞘走りのような音を立てる。

 

「残念ながら、その可能性は万に一つもない。

 …弟、だと?違うな。

 光は、俺の許嫁……俺の女だ。」

 そして豪毅が、怒りを抑えるような押し殺した声で、桃に言葉を返す。

 改めて本人の口から出てきた言葉に心臓が跳ねた。

 さすがの桃が、驚いたような表情になる。

 

「引き取られた時点で、親父の後継者の妻になる事を定められた女だ。

 それが俺と決まった今、あの女は俺のものだ。」

 そう言い捨てて豪毅が踵を返し、私たちは慌ててその後に続いた。

 

 ☆☆☆

 

「…どうやら、あの男は光が捕らえられている事には無関係のようだな。

 人質を取るような性格でないことは、初見で判っていたが…。

 …フッ、それにしても恐ろしい奴よ。」

 先程、揺さぶりをかけた際、あいつが抜く手も見せずに繰り出してきた居合が俺の右の袖口を斬り、ただの輪となって手首にぶら下がっている。

 ちなみに、俺の手首には傷ひとつない。

 

「なに、おまえの居合もなかなかのもんだぜ、桃。」

 どうやらあの瞬間の攻防が見えていたらしい伊達が、喉の奥で笑いながら言った。

 

 ☆☆☆

 

「…!あ奴…」

 何故か一瞬立ち止まり、呻くように声を発した豪毅が、右手を僅かに持ち上げる。

 その手首に、何故か黒い布の輪がぶら下がっていた。

 それが豪毅の学ランの袖口の布だと気付くのに、一瞬の間を要した。

 ……何やってるんだ、お前ら。




この世界の人は、顔半分隠れたら人相がわからなくなるようです。
ソースは影慶(翔霍)ってことで、ひとつ。

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