婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
ちなみに、アタシは勿論ありません。
「…もしかしたらと思って昨日は聞けなかったのですが、姫様が
「…は?ああ、失恋して髪を切るとか、そういう話ですか?違いますよ。
…正直、今考えると敢えて切る必要はなかったのですが、なんとなく勢いで。」
「艶のある、真っ直ぐで綺麗な御髪でしたのに。」
…そういや切った時、幸さんに泣かれたっけ。
髪を結ってもらうといえば、あの中央塔に滞在していた際、毎日
あの人はやたらと指先が器用な人で、私が自分でやるよりも綺麗に整う上に、どういうコツがあるのか知らないが激しい動きでも絶対に緩んだりましてや解けたりしない編み込みを、私がすごく気に入ったからだ。
まあ、今思えばあれほどの拳の達人になにやらせてるんだと思わなくもないわけだが、彼は男ばかりのあの場所で、万が一にも間違いが起きぬよう、他の闘士を必要以上私に近寄せなかった。
私の方から近寄ってしまったミッシェルや、ゴバルスキーは結果的に眼鏡にかなったようで、特に何も言われなかったが。
『…この
その身に万一の事あらば、藤堂の御前に申し訳が立ち申さぬ。』
そんな責任感の強いあのひとは、昨日までの勝負の結果を見て、心を痛めているだろう。
…それでも私達は、負けるわけにはいかないのだけれど。
☆☆☆
「ん……なんだ、この音は!?」
相手側の闘士が出てくるのを待っていて聞こえてきた唸るような、空気を切り裂く轟音を、最初はまた相手方のパフォーマンスかと思っていた。
しかしよく聞けば、音は闘場よりずっと向こうから聞こえて、しかもそれはどんどん近づいて来ている。
猿たちと諍いを続けて、最初はその音に構わなかった富樫や虎丸も、ようやく事態の異様さに気がついて立ち尽くして。
…果たして、音の発生源はすぐに知れた。
それは俺たちの頭上スレスレを通り過ぎた後、一旦浮上して迂回していく。
…第二次世界大戦中の日本海軍零式艦上戦闘機、通称
開発当時は卓越した運動性能を誇っていたが、一方では極端な軽量化により安全性や耐久性には欠ける機体でもあった。
まして現代においては過去の遺物、戦争の負の遺産。
何故、そんなものがここに飛んできているのか。
望めば最新鋭の戦闘機すら手に入れられるだろう藤堂兵衛が、このようなアンティークにしかならないものをわざわざ持ってくるわけもないだろうから、これは恐らく奴らのものではない。
「お、おい!あの
「ど、どこかエンジンの調子が悪いんじゃ──っ!!」
…そして、それは富樫や虎丸の焦ったような叫び声に裏打ちされる。
どうやらあれは、アンティーク通り越したポンコツだったらしい。
そしてそれは操縦者の制御が及ばないようで、真っ直ぐに塔へと向かっていき、寸前でギリギリ迂回……する事なく、そのまま壁に激突して、闘場へと墜落した。
…もしかすると翼もプロペラもひしゃげた状態で墜ちたそれより、あれに激突されてまったくの無傷でそこに建つ塔の頑丈さの方に驚くべきなのかもしれない。
だが、実際には墜落した
「わしが男塾第三の助っ人である──っ!!」
それは……槍を手にした鎧武者だった。
半月の飾りのついた兜は、何故か伊達がかつて身につけていたものと同じデザインだったが、そんな事よりも、あの名乗りと声、そしてその兜の下から見える顔は、紛れもなく…
「じゅ、塾長──っ!!」
…そう。それは男塾塾長、江田島平八その人だった。
☆☆☆
「年寄りの冷や水だと?
何をたわけたことを……!!
貴様等全員、束になってかかっても、敵う相手ではない!」
どうやらあれで正体を隠しているつもりであるらしい塾長は、いつものように自身の名を名乗らず、相手の闘士が出てくるのを待つ間、闘場の真ん中に座り込んでいた。
それを見て富樫や虎丸が心配げな声をあげ、それに対して答えたのが、邪鬼先輩の先の言葉だ。
「その強さは、この俺が一番よく知っている!!
この身をもってな……!!」
「す、すると、あなたは塾長と……!!」
「そうだ!!
あれは、貴様等一号が入塾する、三年も前のこと……!!」
邪鬼先輩が言うには、かつて本気で男塾の支配を目論んだ彼は、ふたつの頭は要らぬとばかりに、塾長に決闘を申し込んだという。
体格差も若さも、氣の総量に於いても勝る自分の勝利を、彼は疑っていなかった。
だが勝負を仕掛けてから僅か数秒で、それが思い上がりであったと思い知る事となる。
防御もしていない顔面に、まともに入った渾身の拳は、なんのダメージも相手にもたらさず。
常人ならば目視すら叶わぬ筈の蹴りは、無造作に足首を掴んで止められ。
ひとつ攻撃する度に倍になって返ってくる技の切れ味、破壊力は、全てが邪鬼のそれを上回っており。
舞台として選んだ砂浜についた無数の足跡が、己のもののみであり、塾長がそこから一歩も動いていないと気がついた時、彼はプライドをかなぐり捨てて、隠し持っていた刃物を抜いたという。
だが、そこで邪鬼は、それまでの塾長が全く本気ではなかった、むしろ遊びの範囲内であったという、気づきたくなかった事に強制的に気付かされる。
上半身を
生まれて初めて感じる恐怖と共に、自分が何に闘いを挑んでいたかを悟り、そして死を覚悟した。
だが、塾長はその拳を寸前で止め、『いい勝負だった』と嬉しそうに笑い、またいつでも相手になるとその場を去ったという。
「…つまらん恥を晒してしまったな。」
それだけ言って、邪鬼先輩は再び後方へ下がっていく。
そんな事をやっているうち、相手の準備が整ったと見え、例の急な階段を降りてきたのは、丸いサングラスをかけた小太りの、恐らくはいっていても40代半ばくらいの男と、長身の若い男の2人。
「お待たせ致した。
貴殿のお相手はこの冥凰島師範・
名乗りを上げたのは小太りの男の方だ。
どうやら今の邪鬼先輩の話を、この目で確かめられそうだと、俺たちはこの勝負の行方を見守る事にした。
・・・
…先に名乗りを上げた師範を制して、その手を煩わすまいと出てきたどうやら弟子らしい男は、繰り出そうとしていた奥義の名すら出せずに、ただの一撃で闘場の外へ吹っ飛ばされた。
次にその兄だという男が出てきて石頭対決となったが、その際卑劣な手を使ったそいつは、アゴを外した塾長に脳天から食いつかれた後、やはり弟と同じようにして、剛拳に吹っ飛ばされる結果となった。
規格外過ぎて、強さの基準がまったくわからない。
「弟子達の数々の不調法、師であるこの私からお詫び致し申す。
だが、貴殿に呆気なく倒されたあの二人の名誉の為に言わせてもらうなら、あの二人が非力だったのではなく、貴殿の強さがあまりに並外れているということ……!!」
ようやく進み出てきた
薄く開いたその目には瞳が見えなかった。
「貴様、眼が……!!」
「御安心を。この眼は見えずとも、心の目はしっかりと開いており申す!!」
そう言った
恐らくは様子見であったのだろうが、それでもパワーもスピードも共に申し分のない一閃だったにもかかわらず、
…躱した、だけのように見えた。だが。
間髪入れず次の一撃に移ろうとした槍が、キュウリのように寸断されて地に落ちる。
どうやら躱すと同時に、手刀を繰り出していたらしい。
恐ろしいまでの手練れ。
師範と名乗ったのは伊達ではないようだ。
「フッ、味なマネを。ならばこの拳はどうだ!?」
だが塾長は、むしろ楽しそうな表情で
そして次の瞬間、塾長の身体を覆っていた甲冑が、粉々に砕けて落ちた。
最初から邪魔でしょうがなかったと肌着までもを脱ぎ捨てて、塾長は改めて
それにしても、あの身のこなし…どうも見覚えがある気がする。
そんな事を思っていたら、斜め後ろのJが呟いた。
「あの男の動き、少し、光に似ているな…。
護身術程度の拳法を嗜んだと言っていたが、ひょっとすると教えたのはあの男かもしれん。」
…あ、そういうことか。
あれほどの手練れに教授されたというなら、俺に空手の手ほどきをして欲しいとお願いしてきた時点での光が、既にそこそこ強かった事も納得できる。
もっとも男塾に来てから俺やJ、邪鬼先輩や塾長にも教えを請うて、持ち前の素質でたちまち吸収していたから、割と色々混じってはいると思うが。
「今、その甲冑を脱いでもらったのは、いささか訳があり申す。
それは、これよりお目にかけるこの秘技の為!!」
一体この闘場の下にどれだけの仕掛けが埋まって…いや、止そう。
これは考えたら負けな気がする。
それはさておき、その身体に似合わぬ身軽さで、その鉄柱の半ばあたりに据えられている足場に飛び乗る寸前、塾長に向けて無数の、恐らくは針のようなものを投げ放った。
数本かは避けたのだろうが、広範囲にわたる無数の物体を避け切る事は不可能で、殆どが塾長の身体に当たる。
「これぞ冥凰島超奥義・
見れば塾長の身体のあちこちから糸のようなものが出ており、その端はどうやら鉄柱の台座の上に立つ
「既に貴殿の運命は決まり申した。
この鋼糸の先に結ばれた針は、貴殿の神経節を、悉く貫いており申す。
もはや貴殿は、私の忠実なる操り人形……!!」
こんなものは痛くも痒くもないと、その細い糸を引きちぎろうとした塾長の手が止まる。
突然、己の意志とは無関係に振り上げられた腕は、拳を固く握り、その拳が塾長自身の横面を打った。
「これでおわかりになり申したかな?
頭の先からつま先まで全て、貴殿の体はこの指一本で、どうにでも動かせるのです。」
糸を切ろうとしたところで、指先に伝わる微妙な振動を指で感知して阻止できると、
人体の筋肉運動を命令するのは脳であるが、その脳と筋肉各部の中継点となるのが神経節である。
ここに糸のついた極細の針を打ち込み、糸の微妙な操作によって刺激して、相手を自在に操るのが、この技の要諦である。
その発祥は中国秦代、金の採掘で知られる華龍山とされ、他国から攫ってきた奴隷達を効率的に働かせる為に使われたという。
これに当時の拳法家達が目をつけぬ筈はなく、長年の時を経て完成したのが、
「さあ、存分に味わっていただきましょう。
己の剛拳の味を……!!
貴殿の様な豪傑を討ち倒す事が出来るのは、貴殿自身のほかにおりますまいて。」
その言葉通り、
このままいけば、塾長は自分自身にKOされて、そのまま命を落とす事になったろう。
…そう、このままならば。
恐らく
このまま嬲り殺しにするよりは、次の一撃で終わらせてやろうと。
遊びはここまで、とそれまで行なっていた自身への攻撃をやめさせ、全身の動きを封じる。
それから、独鈷杵のような形状の武器を投げ落とし、地面に突き立てた。
「その位置から倒れると、地面に突き刺さった刃が、ちょうど貴殿の喉笛を貫くことになり申す。」
そう言って指を微かに動かすと、その言葉通り硬直したままの塾長の身体が、地面へと無防備に倒れていく。
その光景を上から確認して、ようやく台から降りてきた
「…さしもの怪物も、呆気ない最期であったな。」
「フフフ…誰が最期だと……!?」
あり得ない声に、俺達も驚いてその声の主を見やる。
「貴様はわしの身体にまだひとつだけ、意のままにできる部分を残していた……!!」
よく見れば、完全に地面に倒れていると思われた塾長の身体が、
…それが、どこであるかは敢えて明言しないが。
「わしの肉体はこれ全て武器!!
己の常識で物事を判断すると墓穴を掘る事になる!!
わしが男塾第三の助っ人である──っ!!」
塾長は
その際に
「フッフッフ、親孝行な
もっともあと1㎝、あの刃が長ければ危なかったがな。」
…いやその、『それ』は確かに男にとっての『武器』だとは思うが、それが文字通りの意味で使われると、誰が思うだろう。
あの人の闘いは、俺たちの想像をはるかに超えている。
スケールの大きさが、俺たちとはなにもかも違うのだろう。
「…でけえ。」
………富樫。
言いたい事はわかるがその発言は、このタイミングでは若干違うことを連想させるから止せ。
活動報告に、塾長の闘いを今回で終わらせて次回からコロシアム編に移りたいと書きましたが、やっぱり終わらせられませんでした。
恐らく次の話でようやく中央塔編を終えて、その次からコロシアム編になります。
ええ多分。