婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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…アタシの中で、この中央塔戦で書きたかったのはミッシェル戦とゴバルスキー戦だけだったんだなと、ひしひしと実感。
早くコロシアムに移りたい。

最初の構想では、好きなところだけ書いて他は省略しようと思ってたんだけど、それぞれの闘いに、思い入れがある人がひょっとしたらいるかもという気持ちと、それを踏まえた上でアニメ版大威震八連制覇伊達戦の無念を思うと、どうしてもショートカットできなかったんだよ…!


19・稚くて愛を知らず

 あと少しで芯まで凍りつく冷凍地獄をくぐり抜けての大逆転に、雷電の猿たちがぽんぽん飛び跳ね、そのすぐそばで同じテンションで、富樫と虎丸が歓喜の声を上げた。

 

「おぬしが潔く負けを認めるなら、命まで取ろうとは申さん!!」

 どうする、と雷電はシャイカーンの喉元に鎌の刃先を突きつけ、選択を促す。

 …それは、確かに雷電の優しさから発せられた言葉なのだろう。

 だが、俺たち自身がその選択を問われれば、間違いなく侮辱として受け取った筈だ。

 

「雷電とかいったな。

 貴様の力を侮っていたようだ。負けを認めよう。

 貴様には到底勝てそうもない。」

 だからそう言いながら笑みを浮かべ、あまつさえ剃られた頭頂部を髪を分け直して隠すといった、余裕の態度を崩さないシャイカーンに、一抹の不安を覚えたのは俺だけではないはずだ。

 

「だから、もうこいつはいいだろう。」

 そう言って喉元の鎌を退ける仕草をしたシャイカーンの右手がその刃を握り、次の瞬間火を噴いた。

 ……いや、比喩ではない。実際にだ。

 

蒙古(モンゴル)凶撰(きょうせん)超奥義・灼炎(しゃくえん)畷掌(ていしょう)!!」

「うぐおっ!!」

 その手から噴き出した炎は鎖鎌を伝い、それを持つ雷電の右腕を瞬時に包んだ。

 …鎖鎌の柄に炎が伝いきるより、一瞬早く雷電が手を離していなければ、右腕だけでなく全身に、炎は襲いかかっていただろう。

 

「ぬううっ、これは……….!!ひ、卑怯な。

 貴様、一度は負けを認めたはず……!!」

「勝負に卑怯もクソもあるか!!

 貴様は灼熱の炎に焼かれ、死んでいくのよ!!」

 …悔しいが奴の言う通りだ。

 俺の隣で伊達が舌打ちして『あれが雷電の悪いクセだ』と小さく呟いているのは、彼を盟友として慕っているからだろうが。

 それにしても今の技…おそらく先ほど、フビライカーンをその手にかけた技だろう。

 

 

 灼炎(しゃくえん)畷掌(ていしょう)

 人間の平熱は36〜37度であるが、その発する総熱量は、およそ10万キロカロリーにも及ぶ。

 その熱量を、均等に人体に配分する働きを持つのが柱脊神経であるが、想像を絶する修業によりそれを自在に操り、熱を人体の一点に集中することを可能にするのが、灼炎(しゃくえん)畷掌(ていしょう)要諦(ようたい)である。

 この時、その温度は850度にも達し、これが相手の皮膚の分泌物である脂・リン・油汗などを、一瞬にして発火させるわけである。

 ちなみに闘志溢れる様をたとえていう『燃える闘魂』『燃える男』という表現は、無意識のうちに柱脊神経を活動させている状態を指す。

民明書房刊『人体ーその代謝機能の神秘』より

 

 

「…なるほど。聞きしに勝る恐るべき拳……!!」

 大火傷を負っているだろうその腕を、氷で冷やしながら雷電が呟いたところを見れば、これも彼の知識の中にあるものらしい。

 

「だが、それもこの身に触れさえしなければ、二度は通用し申さん!!」

「確かに貴様の体術、並々ならぬものがある。

 だがこれならどうかな!!」

 シャイカーンは雷電から奪った鎖鎌を、高い位置の枝に投げてそれを巻きつけると、炎を纏った手刀で、ほぼ全部の枝を叩き落とした。

 残したのは彼が鎖鎌を巻きつけた1本と、雷電の立っている1本の、計二本のみだ。

 

「これで貴様の体術は使えなくなった。

 しかも既に氷は溶けだし、そこから他へ移動することは、滑って不可能だ。

 あとは貴様のこの鎖を使って料理するだけよ!!」

 時間の経過もさることながら、皮肉なことに、先程冷凍地獄から脱する為に雷電のとった策もまた、この状況を後押ししていた。

 シャイカーンが、先程までの雷電と同じように、鎖を命綱にして振り子のように動きながら、一つしかない足場の上だけで回避するしかない雷電に連続攻撃を加える。

 二度までは上半身の捻りのみで躱した雷電だったが、遂に足場の枝の溶けた水に足を滑らせ、一撃を受けてしまった。

 咄嗟に傷を庇うと同時に足元の安定に気を取られた結果、それが隙となり、更なる手刀の一撃が、雷電の胸板を大きく切り裂く。

 傷の大きさに比べて出血量が少ないのは、切ったと同時に焼かれているからだろう。

 ダメージの大きさは変わらない筈だ。

 そして。

 

「うおおっ!!」

 遂に、ただひとつの足場から雷電の足が離れ、その身が真っ逆さまに、濃硫酸の池へ……

 

「……!?お、おまえ達………!!」

 …落下すると思われた雷電を止めたのは、氷の幹にしがみついた猿たちの、1匹が巻きつけた尻尾だった。

 どこで調達したものか、雷電と同じ色合いの拳法着を纏った彼らは、何とか引き上げた雷電の身体を、氷の幹に押しつける。

 どうやら幹の僅かな凹凸を何とか足場にしているらしく、雷電の身体は辛うじてそこに留まっているが、勿論この状態では、そこから一歩も動くことはできないだろう。

 猿たちは身軽であるゆえ、雷電よりは自由に動き回れているようだが。

 

「フフフ、なんだその猿どもは!?

 畜生が、主人の仇を討とうとでもいうのか。」

 鎖にぶら下がってその光景を見ながら嗤うシャイカーンを、猿たちは一斉に睨みつける。

 そうして、雷電を傷つけられた怒りとばかりに飛びかかってくる3匹に、例の炎の手刀を浴びせた。

 

「や、やめろ──っ!!

 おまえ達の敵う相手ではない──っ!!」

 なにも出来ず制止の声を上げる雷電の言葉に違わず、闘着の裾を燃やされた猿たちが、慌てたように幹の反対側に身を隠す。

 …とはいえ、所詮は氷の樹。

 透き通ったその幹は、猿たちの影をはっきりと映していた。

 

「いくら拳法を仕込んであるとはいえ、獣は獣。

 火を恐れるのは当然のことよ。

 これ以上貴様等と遊んでいる暇はない。

 主人より先にあの世へ送ってやろう。」

 その様を雷電に見せつけるように、シャイカーンの炎の拳が樹氷を、その裏の猿たちの影を貫く。

 誰もがその瞬間、猿たちが殺られたのだと思っていた。

 その下で、正視出来ずに思わず目を伏せた雷電は尚更のこと、離れて見ている俺たちまでもが。

 

「…なるほどな。ふざけているとばかり思っていたが、あの闘着も武器だったってわけか。

 畜生ながら、やるじゃねえか。」

 と、何故か妙に冷静な赤石先輩の声が耳に届き、ようやくそこで、シャイカーンの様子がおかしい事に気がついた。

 水蒸気なのか冷気なのか既にわからない白煙の中、幹を貫いたシャイカーンが、自身が貫いた幹の裏側へと回る。

 

「こ、これは──っ!!」

 そこにあったのは、中身のない闘着のみ。

 そして驚くシャイカーンは、次の瞬間、多大な精神的ダメージを頭に食らうこととなった。

 先程雷電に剃り落とされた頭頂部に落下してきた茶色の塊は……いや、止そう。

 そして、落下物を認めた場合、誰もが取る行動として、真上を見上げたシャイカーンの視線の先には、彼の身体を支えている鎖鎌が絡んだ枝を、鋸で切り落とそうとしている3匹の猿の姿があった。

 

「貴様等、最初からこれを狙って……!!」

 気がついた時にはもう遅く、頭上で行われている事を止めるすべもないまま、次の瞬間シャイカーンは真っ逆さまに、濃硫酸の盆へと落ちていった。

 

「大した者たちでござる。

 この拙者が救われ申した……!!」

 胸を張って縄ばしごを渡って戻ってくる猿たちの後ろから歩いてきた雷電は、誇らしげに微笑んだ。

 確かに、敵にすら向けられる彼の優しさは、弱さに繋がるのかもしれない。

 けど、それがなければ雷電は今、こうして無事に帰っては来なかったのだと、手当てを受けながら飛燕と伊達に小言を言われている雷電の背中と、富樫や虎丸と諍いを繰り広げる猿たちを見ながら、俺は思っていた。

 

 ☆☆☆

 

「…もう!私のことはいいんですのよ!!

 それより姫様にこそ、そろそろいい方がいらっしゃるのでは?」

「い、いい方って…」

「今、あちらで豪毅様のチームと闘ってらっしゃる御学友の方々、素敵な方も何人かいらっしゃいましたわよね?

 あの方々と一緒に学校生活を送っていて、ときめいたりはなさいませんでしたの?

 ほら、ゴバルスキー様と闘っていた、悲劇のチャンプの息子さんとか、マハール様と2人目に闘われた長い髪の綺麗な方とか、ミッシェル様と闘われた方…はさておいて。」

「…そこでさておかれると富樫が可哀想なんで、形だけでも言ってあげてくれませんか。

 あの子は多分30越えてからが勝負だと思うのです。

 年齢を重ねて相応の陰が出たら、急にモテ始めるタイプじゃないかと睨んでいるのですが。」

「あ、それなんとなくわかる気がしますわ。

 けど、姫様の年齢でそれがお判りになるのは逆にすごいと思いますけど。

 私が同じくらいの頃でしたら…そういえば、待機している皆さんの中心にいて、一番よく映っていたハチマキの方とか、ああいうわかりやすく格好良い人が、やっぱり気になっていたと思いますもの。」

「……!」

「あ!姫様、ちょっと反応しましたわね!?」

「え?い、いや別に、私はそんな」

「私にごまかしは効きませんわよ、姫様!

 何年姫様に付いていたと思ってるんです!?

 さあさあさあ、白状なさいませ!

 姫様の本命はあの方ですの!?」

「だから、そういうのじゃないんですってば!

 ………その…好きだ、とは言われましたが。」

「あ〜、そっちでしたのね〜。

 判りますわ、そうですわよね〜。

 言われたらさすがに意識しますわよね〜。」

「…清子さんも、ゴバルスキーに好きだと言われて、意識し始めたのですか?」

「そうですわね…あの方は、『キヨちゃんはいつも一生懸命だな』と会うたびに褒めてくださって、優しい方だと思っていたところに……って、だから!

 私のことはいいって言ってるじゃありませんか!!」

 ちょっと顔赤くして叩くマネしてくる清子さんが可愛い。

 このひと30過ぎてる筈だけど可愛い。

 というか、なんでこんな話題になったのか、私たち自身もよくはわからないのだが、気がつけば女同士の、いわゆる恋バナというやつである。

 と言っても私には提供できるネタがないので、清子さんの話をじっくり聞かせてもらいたかったのだが、清子さんは私の男塾での立ち位置を想像して、絶対にロマンスがあったに違いないと聞き出そうとしてくる。

 油断できん。

 いや、本当に私にネタはないのだから、引き出されるロマンスも何もないわけだけど。

 

「…では、あちらの方々はともかくとして。

 でしたら、豪毅様の事は?」

 と、少し構えながら聞いていたら、清子さんが割と思いもよらないところから入り直して来て面食らう。

 

「……は?豪くんは、弟ですよ?」

「血は繋がっていらっしゃらないのでしょう?

 私は姫様のお側に仕えておりましたから、あのお邸で御一緒に暮らされていた2年間は、当然豪毅様の事もよく見てきました。

 …少なくとも豪毅様の方は、姫様を姉上様とは、最初から思ってらっしゃいませんわ。」

「えっ……!?」

 可愛い弟に慕われているとばかり思っていたのに、そう言われて軽くショックを受ける自分に呆れる。

 …最後に会ったあの夏の日、彼に私を殺させる為に、わざと憎まれるように仕向けたくせに。

 憎まれて当然だと、判っている筈なのに。

 …だが、清子さんが言ったのは、私が思っていたような意味ではなかった。

 

「いつか必ずお嫁さんにするのだと、誰にも渡せないからと言って、頑張ってらっしゃいましたから。

 豪毅様にとって姫様は、出会った時からずっと、ひとりの『女性』なのですわ。

 真面目で一途な方ですから、5年で御心が変わる事など考えられません。

 そもそも姫様は養子縁組をしない代わりに、藤堂家の後継者の奥方になられるのだと、私たちは貴女をお迎えした最初の夜に聞かされておりましたし、それが豪毅様と決定した以上、このまま行けば豪毅様が18歳になられると同時に、おふたりは婚姻の儀を執り行う事になります。」

 ……そうだった。

 判っていた筈なのにピンと来てなかったが、私はあのまま藤堂の邸で暮らしていたなら、今頃は豪毅の『姉』ではなく、『婚約者』という立場だったのだ。

 というか、当事者の1人である豪毅はまだしも、清子さんら使用人すら知っていた事を、私だけは聞かされていなかった事になるわけだがそれはどうなんだ。

 実際、獅狼が私を殺しに来なければ、未だに知らなかった筈の事実なのだから。

 あと、私を迎えた最初の夜って、獅狼に夜這いをかけられて撃退したあの日だと思うのだが、獅狼や豪毅や使用人の皆が私を『後継者に与えられる娘』と知ったのは、あの出来事よりはたして前なのか後なのか。

 …そして、恐らくは兄たちを手にかけたであろう豪毅の中で、御前の後継者になる事と、私を手に入れる事、どちらの比重がより重かったのだろうかと、埒もないことを考えて、胸の奥が訳もなくつくんと鳴った。

 

「……けれど、もし姫様が、ほかにお好きな方がいらっしゃるというのであれば、それを()して豪毅様と夫婦(めおと)となっても、姫様は幸せにはなれませんわ。

 ですから、後戻りができなくなる前に、ご自分のお気持ちを確認して欲しかったのです。

 …そこでどのような結論を出したとしても、私は姫様の味方ですから。

 姫様のお心を、全面的にバックアップ致しますから、どうか姫様は安心して、一番好きな方の胸に、飛び込んでくださいね…?」

 興味本位で聞いているだけかと思ったら、清子さんは思いのほか真剣に、私のことだけを考えてくれていた。

 それに目頭が熱くなるのを必死に堪えながら、それが私に許される筈がない事も判っていた。

 私の手は、汚れきっている。

 清子さんは、その事を知らない。

 

 けれど、もし。

 もし本当に、私にもそれが許されるなら。

 誰かと一緒に生きる道を、選んでいいのなら。

 

 私は……………、




最初の分岐に近づいて来ているので、そろそろ光さんにも恋心を自覚して貰わないといけません。
何度も言うようですが、これは恋愛小説なのです(爆

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