婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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……既に1年半以上天挑五輪大武會やってるから、そろそろ皆さん忘れてると思いますが、





作中の季節は12月です(爆


18・Cool Eyes Sensation

 像の上に立つ隻眼の男が、手の動きのみで何やら指示を出し、それに従って例の球状の水槽の周囲の地面が、円形の扉のように左右に開いた。

 ぽっかりと丸い穴の空いたそこに、水槽は引っ込んでいく。

 これ確かさっきは地面を割って出てきた筈なんだが…いや、考えるな。考えたら負けだ。

 とにかく引っ込んだ水槽の代わりに、何やら透き通ってキラキラと光を反射する木のような形状のものがせり上がってきた。

 更に、それを支える台座は巨大な皿状になっており、その中で液体が、蒸気と泡を立てている。

 それが上がりきったと同時に、男は像の上からそちらに跳び移った。

 

「これぞ蒙古(モンゴル)超極決闘法・硫陿(りゅうきょう)氷樹(ひょうじゅ)!!

 …わかるか?これは氷だ!!

 全て、氷で出来た樹だ!」

 …もう説明は要らん。

 俺の心の声など知る由もなく、隻眼の男は枝の一本を無造作に手刀で叩き落とし、その脆さをアピールする。

 

「そしてこの下の受け皿は、濃硫酸の液で満たされている。

 落ちれば、骨さえも残らんだろう…さあ誰だ!!

 ここで、このシャイカーンの相手となる者は!?」

 やっぱりな。そんな事だろうと思った。

 

 

 硫陿(りゅうきょう)氷樹(ひょうじゅ)

 その起源は蒙古(モンゴル)中央部で盛んに行われていた陿氷闘(きょうひょうとう)である。

 これは厚さ約1cmという薄い氷の張った湖沼を選び、そこでいつ氷が割れるかもしれぬという、恐怖の中で闘うというものであった。

 当然、薄い氷を割らずに動くには、卓越した体術が必要とされた。

 後に製氷技術の発達と共に、三次元的動きを加味する為、樹を模した氷の上で闘うようになったのが、硫陿(りゅうきょう)氷樹(ひょうじゅ)の決闘法である。

 ちなみに現代でも恐怖で身の縮む様を『薄氷を踏む思い』というのはここから発する。

民明書房洋書部刊『SKATER'S WALTZ』より

 

 

「おもしろい。

 この勝負、地獄より舞い戻った拙者が受け申す!!」

 そして、シャイカーンと名乗った男が用意した決闘法に、参戦の名乗りを上げたのは、今合流したばかりの雷電だった。

 前の闘いの傷は大丈夫なのかと富樫や虎丸が問うのに対し、

 

「光殿の治療を受けた故、体調は万全でござる。

 むしろ(なま)った体に喝を入れるにはちょうど良い!!

 この勝負、拙者におまかせあれ!!」

 そう答える雷電の足取りに危うげは感じられない。

 そう言われてしまえば、ここは任せるに吝かではない。

 それにあの決闘法に於いては、間違いなくあちらが有利なのだから、確かに雷電ほどの体術の持ち主でなければ勝負にはならないだろう。

 彼が闘場へと続く縄ばしごへ歩を進めるのに、猿たちが当然のようについて来ようとする。

 その猿たちを、雷電は振り返って制止した。

 

「ならぬ!!

 この勝負、貴様等を連れていくわけにはいかん!

 ここで待っておるのだ!!」

 雷電の言葉を完全に理解しているらしい猿たちが、それを聞いて『ガーン』という擬音でも出ていそうな顔をする。

 どうにか考え直して欲しいとでも言うように、その足や裾にすがりつくも足手まといだと、厳しく冷たい目が3匹を睨みつけた。

 

「では、おのおの方!!」

 人間に比べれば表情筋が発達していない猿とは思えないくらい、がっかりした顔で固まる猿たちを振り返ることなく、雷電は縄ばしごの上を飛ぶように、闘場へと降りていった。

 

 …それにしても、この猿たちの知能と表情の豊かさは、訓練の賜物とはいえ実に驚異的だ。

 そういえば梁山泊の梁皇戦では、親指と人差し指で物をつまむという、本来なら猿にはできない筈の動作までしてのけていたではないか。

 

「…なにも、そうしょげかえる事はないぜ。」

 …だからだろう。

 動物相手に、こんな慰めるような声をかけてしまったのは。

 

「雷電は本心でおまえ達を、足手まといだなんて思ってはいない。

 おまえ達のことを思えばこそ連れて行かないんだ。」

 敵にすら情けをかけるその優しさが、そのまま雷電の弱さでもある。

 だが、それがあったからこそ、この3匹はここにいるのだ。

 

 …慰める言葉で却って決壊したのか、猿達が泣きながら(誤字ではない)抱きついてきた。

 重い。

 

 ・・・

 

「体術にはかなりの自信があるらしいな。

 この硫陿(りゅうきょう)氷樹(ひょうじゅ)の決闘に臆さず出て来たのも、その裏づけがあってのことか。」

 氷の樹に凭れたシャイカーンが、縄ばしごをほんの4、5回ほどしか踏まずに闘場に着き、そこから更にひとっ飛びで枝に飛び乗った雷電を見て、感心したように言う。

 

「ひとつだけ言い忘れたことを言っておく。

 この樹氷は時と共に溶け出し、足場が脆く不安定になっていくという事をな。

 …10分が限度であろう。その間の勝負だ!!」

 そう言っている間にも、よく見れば氷の樹は、もう枝から水滴を滴らせている。

 

「委細承知!!」

 そして雷電はそれを聞いても表情ひとつ変えずに、闘着の下から鎖鎌を引き出すと、鎖の先の分銅を枝の一本に投げてそれを巻きつけた。

 

「参るっ!!大往生流・月鎖刃(げっさじん)!!」

 鎖を右手で掴んで左手に鎌を持って、だが雷電の最初の攻撃は蹴りだった。

 いつもの雷電であれば、この蹴りの足先に刃物のついた、確か鳳鶴拳(ほうかくけん)という技だったか、あれを繰り出しているところだろうが、例の梁皇戦でよりによって指で白刃取りのような事をされた事もあり、恐らくはこの一撃は様子見といったところなのだろう。

 

 ☆☆☆

 

「……それで、この後私は何をすれば良いのですか?」

 激しい運動にどこまで耐えられるか、主に脱浮舞楽(ぬうぶら)性能の限界(ポテンシャル)を見極めるトレーニングとして、出来るだけ実戦形式が望ましいと、私は久々に紫蘭と組手をして、先ほどそれが終わったところだった。

 テスト品を全て脱いで、下着一枚で清子さんに汗を拭いてもらいながら、間仕切りカーテンの外に向かって話しかける。

 

「…俺が知るか。」

 先ほどまで組手の相手をしてくれていた紫蘭の声が、答えになっていない答えを返してきて、清子さんがムッとした顔をしたが、抑えるよう手で指示を出した。

 

「御前は、そちらにはいらっしゃらないのですか?」

「隣の部屋で、開発担当者達と話をしている。」

「そうですか。それで、何故あなたは?」

「決まっているだろう。貴様の監視だ。」

「そうでしたか。御苦労様です。」

 下着の上からバスローブを身につけ、カーテンの間から顔を出すと、こちらに背を向けていたプラチナブロンドが振り返って、こちらに無造作に、ストローのついたボトルを渡してくる。

 受け取って吸ってみると、どうやらスポーツ飲料だとわかった。

 汗をかいた後だからかスーッと入っていく気がする。

 ありがとう、と一言口にすると、紫蘭がどこか呆れたような声を発した。

 

「…渡した俺が言うのもなんだが、夜襲をかけてきた男が渡してきた飲み物を、無警戒に口にするのはどうかと思うぞ。」

「今の時点で、あなたが私を害するメリットがあるとは思えません。

 むしろ昨夜とは違い、下手な手出しをすれば咎めを受ける状況でしょう?

 少なくとも今のあなたは、私にとって『安全』です。」

 そう言って、ストローを再び口に含むと、なにが気に入らないのか、紫蘭は舌打ちをひとつした。

 どうせ一緒にいたところで不協和音しか奏でない組み合わせなのは判っているのだから、そろそろどっか行って欲しい。

 いや、監視って言ってたか。

 ならば、立ち去るのが無理なら、せめて話しかけないでくれないだろうか。

 私とて、自分じゃどうしようもない事で嫌われている事実に傷つかないわけではないのだ。

 …ただ、直前まで私の後ろで紫蘭を威嚇していた清子さんは、どうやら私の言葉に納得がいったらしく、姫様の着替えを取ってきます、と言って一礼してそばを離れた。

 出て行く時に、紫蘭を睨むのだけは忘れなかったようだが。

 

「……昨夜の話は、本当なのか。」

 清子さんが出ていき、2人きりになったのを確認してから、呟くように紫蘭が問いかけてきた。

 その意味が解らず、私は反射的に問い返す。

 

「昨夜?」

「…藤堂様が話されていた事だ!

 貴様が、藤堂様の実の姪というのは…。」

 ああ、とようやく思い出す。

 紫蘭は昨日、私と御前が話をしている間、部屋のドアの外で聞き耳を立てていた筈だ。

 盗み聞きとかいうのではなく、あくまで私が御前に危害を加えようとしたり、逃亡しようとした場合、即座に対応できるようにだ。

 それは彼の立場ならば当然のことであるが故に、その事に私が何かを感じる事はない。

 

「…本当か、と私に訊かれましてもね。

 私自身、そう聞いたのはあの時が初めてでしたし、御前が嘘をついていたとしても、私にはそれを証明できませんし。

 ですが、御前がこんな突飛な嘘をつくとも思えません。

 十中八九、本当のことなのでしょう。

 ……けど、何故、そのような事を?」

「…それが本当であれば、俺が貴様に対して取っていた態度は、見当外れの八つ当たりでしかなかった事になる。」

 今までは八つ当たりだと思ってなかったんかい。

 そう言おうとして、言葉を止める。

 私を見下ろしたそのブルー・グレーの瞳に、それまでに見たことのない彩が顕れていたからだ。

 

「…俺と貴様は、どちらも孤戮闘の地獄を生き残った。

 ゆえに、俺たちの間に、大した違いはないと思っていた。

 違うのはただ1年の年齢と性別の差だけだと。

 それだけの違いで、俺は単なる駒のひとつであるのに対し、貴様は藤堂様の娘扱い。

 ほんの少しの違いで、あの家のあの離れの部屋に暮らしていたのが、貴様ではなく俺だったかもしれないと、何度殺して成り代わろうと思ったか判らん。」

 …つまり清子さんが言っていた、彼が私の部屋で寝起きしていた理由は、私に成り代わる事の代償行為だったという事だろう。

 実際にやっていたら、藤堂家の息子たちの誰かと結婚する事になって、それはそれで面白……困った事になっていただろうが。

 隣の芝生は青く見えるとはよく言ったものだ。

 

「だが、貴様が藤堂様の、今となってはただ1人の血縁者というのであれば、俺では代わりは務まらん。

 むしろ、俺と同じ地獄を経験した事そのものが、貴様にとっては理不尽な事だった。

 俺は…そもそも手に入るべくもないものを求めていたという事だ。

 貴様……いや、姫、あなたには不愉快な思いをさせた事と思う。申し訳ない。」

 要するに掌返し宣言かとか、結局はいつもの不幸自慢じゃねえかとか、逆に気色悪いからやめろとか、とりあえず色々言ってやりたかったが言えなかった。

 その前に紫蘭の発言にひとつ、気になる点があった。

 

「…ただ1人、ではないでしょう。

 他は全員亡くなられたそうですが、御前にはまだ、豪毅という立派な息子がいます。」

「なんだ、知らなかったのか?

 豪毅殿は藤堂様とは血が繋がってはいない。」

「えっ!?」

 唐突にサラッと明かされた衝撃の事実に、驚いて頭ひとつ分より上にある北欧顔を見返す。

 紫蘭が言うには豪毅は元々は捨て子で、藤堂財閥の管理下にある孤児院(主にイメージアップと税金対策の為だけの存在)に居たところを、幼少期に引き取られたのだそうだ。

 

「御前と豪毅には、結構似たところがあると思っていたのに…。」

「幼くして素質の片鱗は見せていたのだろうが、藤堂様としてはそれも気に入った理由のひとつなのだろう。

 あの方には、そういった気紛れなところもおありになる。」

「知ってます。」

 そもそも私の存在自体が、ある意味その気紛れによって生み出されたようなものだし。

 ひょっとして、強くさえあれば実子でなくとも問題ないと思ったのも、その頃には私を引き取る事が、御前の中で決まっていたからかもしれない。

 私と(めあわ)せれば、ギリギリ血統は保たれる。

 そうか、清子さんに聞いた、女中頭の菊乃が豪毅に『正当な血筋でもないくせに』と、人殺し呼ばわりと共に言ったというのはこの事だったんだ。

 …まあ私に対する態度を考えると、私がその『正当な血筋』だということは、聞かされていなかったのだろうけど。

 

「…ですが、あなたは誰から、その事を?」

「藤堂様からに決まっているだろう。

 そもそも、3番目の御子息の母親という女中頭に刺されかけたのは、豪毅殿ではなく俺だからな。」

「えっ!?」

「藤堂様が帰国される直前、執事からあの女に不審な動きが見られるとの連絡を受けて、急遽俺に、豪毅殿に化けて自分と共に邸の門をくぐれと命令されたのだ。

 その時点で豪毅殿は、まだ修業先の寺に留まっていたから、あの騒動の事は知らぬだろう。」

 いや待って。

 確かに正式に後継者と決まった豪毅の身を守る為に、護衛や影武者を立てるのは不思議な事じゃない。

 けど、今聞かされた情報の中に、明らかに聞き流せないものがひとつだけある。

 

「…私が聞いたのは、女中頭が豪毅に『掴みかかって』暴言を吐いたという話でしたが…今、刺されかけたと仰いました?」

「ああ。他の者には見えなかっただろうが、俺が取り押さえた時、あの女は確かに、手に小さな刃物を握っていた。

 意味のわからない暴言を喚き始めたのは取り押さえられてからで、俺が事情を聞かされたのはその後………ん?」

「……………っのクソ(アマ)ぁ!

 よりにもよって豪毅を刺そうとしてやがったのかあ!!

 実際には紫蘭だから刺されたとしても困らないけど、私の豪くんを害そうとしただけで、その罪万死に値する!

 次に私と相見えた日が貴様の最後と知れえ!!」

「若干つっこみたい部分はあるが落ち着け。

 恐らくはそんな日は永遠に来ない。」

 じたばたと暴れる私を紫蘭が宥めている間に清子さんが戻ってきて、クリーニングされアイロンと糊まで施された私の制服を持ってきてくれたので、私は再びカーテンの奥でそれに着替える事にした。

 サラシは返してもらえず、代わりにスポーツブラとTシャツが与えられたが、逆に快適だ。

 というか、この制服を身につけて妙に落ち着いたのは、きっと気のせいじゃない。

 塾に戻された独眼鉄と蝙翔鬼は、大人しく静養しているだろうか。

 白衣のオッサンにお持ち帰りされてしまった月光は無事でいるだろうか。

 影慶と雷電は、桃たちと合流できただろうか。

 男爵ディーノに追っ手がかかっていた筈だが、彼は無事だろうか。

 

『忘れるな…たとえ身は離れていようとも、俺たちの魂は男塾の旗の(もと)に、常にひとつであることをな!!』

 邪鬼様の言葉が不意に脳裏に蘇り、私は制服の胸元をぎゅっと握りしめた。

 

 ・・・

 

「紫蘭よ、共をせい。中央塔へ出向く。

 ……光は、ここで待機しておれ。」

 程なくして、御前が隣の部屋から戻ってきて私たちにそう告げると、紫蘭を連れて出て行った。

 …そういえば私がこんな妙なトレーニングに忙殺されていた間に、もうとっくに決勝戦の続きは始まっているはずだ。

 

 ☆☆☆

 

 鎖鎌を使い、それにぶら下がって振り子のような動きで、雷電は連続攻撃を仕掛けていく。

 間違っても使い勝手のいい武器ではないだろうに、彼は本当に器用な男だ。

 

「フッ、やりおるわ!!

 この勝負、もう少し楽しみたい所だが、そうも言っておれんようだな!!

 ならば、我が秘奥義をもって、一気に勝負をつけるのみ!!」

 そう言うとシャイカーンは、氷の枝を掴んで身体を上へと持ち上げると、その勢いのまま、その幹の上を跳ぶようにして駆け上がった。

 あっという間に樹のてっぺんに立つと、どうやらあらかじめ取り付けてあったらしい器具の上に立つ。そして。

 

「この硫陿(りゅうきょう)氷樹(ひょうじゅ)の決闘で、俺に挑んだ事の愚かさを嘆くがいい!!

 これぞ、蒙古(モンゴル)凶撰(きょうせん)奥義・砕氷(さいひょう)凍界(とうかい)!!」

 その器具を掴んで逆立ちした状態で、シャイカーンが凄まじい勢いで身体を回転させる。

 器具はどうやら氷を細かく砕いているらしく、それはまるで雪のように、下にいる雷電に降り注いでいく。

 

「貴様はこの砕け散る氷の中で、凍てつき凍え死んでいくのよ!!

 その吹雪の中の温度は零下30度。

 そろそろ体が麻痺し、動かなくなってきた筈…!!」

 

 

 砕氷(さいひょう)凍界(とうかい)

 蒙古(モンゴル)究極の決闘法・硫陿(りゅうきょう)氷樹(ひょうじゅ)の伝説的な名人カクゴールが編み出した秘技。

 この技の原理は、高速回転によって生み出された細かい氷片のヘルベリン冷凍(フリージング)効果により、周囲の温度を零下30度にまで下げ、相手の体温を奪い凍結させることにある。

 ちなみにこのカクゴールは、氷の王者の象徴として、常に『氷』一文字の旗を背負っていた。

 現代日本でも夏の巷に見られるかき氷屋の旗はこれに由来している。

民明書房刊「かき氷屋三代記ー我永遠に氷をアイス」より

 

 

 雷電は身にまとわり付く氷片を、最初は何とか払おうとしていたが、それが全く功を奏していないと、見ていた俺たちにも判った。

 そうしている間にも雷電の身体には氷の粒が付着していき、それがどんどん厚みを帯びる。

 そんな中、なにかを決したように動きを止めた雷電は……身につけた闘着の上衣を、なにを思ったか脱ぎ捨てた。

 最初は、氷まみれのそれを払う為に、一時的に脱いだものかと思っていたが、それすら間に合わぬほどの勢いで、今度は直接雷電の肌を、氷片がどんどんと覆っていく。

 

 これくらいでいいだろう、とシャイカーンが動きを止め、自らが作り上げた吹雪に飲み込まれる雷電の側まで降りてくる。

 

「しょせん貴様は、俺の敵ではなかったのだ!!」

 その言葉の間に晴れた吹雪の中から、表面がキラキラ輝く彫像のような姿が浮かび上がってきた。

 

「ら、雷電〜〜っ!!」

 誰もがその姿に、雷電の身体が完全に凍りついたと思っていた。

 とどめを刺してやると、手近の氷の枝を武器として折り取った、一番近くにいるシャイカーンですら。

 

「死ねい──っ!!」

 だが次の瞬間、喉元に突きつけられた鎌の刃先により、その手は止められる。

 それを握っている雷電の手から身体全体を見れば、鎖が全身に巻きついているのがわかる。

 その身体から白く立ち上っているのは、冷気ではなく湯気。

 

「な、なに──っ!!」

 なにが起きているのかわからないといったシャイカーンに、雷電は手元の鎖を持ち上げるようにして示す。

 

「わからぬか?

 拙者の体に巻いてあるこの鎖の行方を見るがいい!!」

 その言葉の通りに鎖の先を見ると、下の盆に溜められた濃硫酸の中にその先が沈められている。

 

 そうか。濃硫酸に水を加えると発熱する。

 この場合、氷のままで加えるとさらに冷えるという現象が起きてしまう為、あくまでも水でなければならないのだが、恐らくは氷に包まれたさっきの闘着、完全に凍りつく前に最後の体温でそれを溶かして(三面拳は不随意筋などもある程度意のままに動かす事が可能だ。それで一時的に体温を高めたものと思われる)、恐らくは水をたっぷり含んだ状態で投げ入れたものなのだろう。

 その熱が鎖を伝わり、雷電の体の凍結を防いだというわけだ。

 

 突きつけた鎌が一瞬、横に薙いだように見え、次の瞬間シャイカーンの長い頭髪の頭頂部が、剃髪したように消えていた。

 

「大往生……!!

 だが、命まで取ろうとはいわん……!!」

 敵にすら向けられる優しさは、彼の強さではあるが、同時に弱さでもある。

 それが何度もその命を危険にさらしてきた筈なのに、それでもそれを失わない、雷電はあくまで雷電だった。




かき氷食べたい。

アタシが民明書房にようやく疑いを持ったのはこの回でした。
純粋だったんですよう……!!

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