婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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かつてこの辺の飛燕と月光で、腐った妄想をしたことを今思い出しました。
「この戦いが終わったら結婚しよう」
みたいなノリでペンダント渡されて死亡フラグになる流れのアレ。
今思えば腐った悲恋ってどこに需要があるんだ…。
ちなみに勿論後日生き返って、その時には飛燕は富樫とくっついてて、ここから昼ドラ展開突入ですが何か。


9・やさしさが生きる答えならいいのにね

 ……私には私の事情があったとはいえ、やはり一足飛びに大将首など狙いにいくのではなかった。

 これまで通りあの崖下で影慶やディーノと待機していれば、月光を助けられたかもしれないのに。

 闘場の上で既に事切れていたとすれば、私にもどうにもならないけど。

 少なくともこんな場所で動けずに歯嚙みするしかない状況よりはずっとマシだった。

 御前を()るどころか、こんな状態で捕らえられて、仲間の一人も助けられず。

 

「大丈夫ですわ、姫様。

 あの崖下には落下に備えて、救助の人員と医療班を待機させているそうですもの。」

 清子さんはそう言って、呆然とする私の背中をぽんぽんと叩いてくれた。

 けど、それは恐らく従業員向けの方便だ。

 

「次の闘士の方が出ていらっしゃいましたわね。

 まあ…この方も、姫様の御学友ですの?

 ……お綺麗な方ですわねえ。

 それに目が澄んでいて、爽やかそうですわ。

 ええ、やっぱり性根は目に出ますわよね。

 無抵抗の女性に手を上げようとするようなどこぞのくそガキのように心が腐っていては、いくら顔が綺麗でも、まったく魅力的に見えませんものねぇ。」

 その声にモニター画面に目をやると、そこに映っていたのは飛燕だった。

 …清子さんが吐いた毒が誰に対してのものかはさておき、そうか、三面拳の一人として、月光の敗北は彼が雪ぐということか。

 昨日話をした時には、月光に対しての不満を口にしていたが、あれも恐らくは心を許した相手だから出てくる、ある種の甘えなのだろうと思う。

 月光も雷電も、多分彼にとっては兄のようなものだろうし。

 伊達に対してはなんとなく弟っぽい目で見てる気がするけど。

 兄……胸の奥がつくんと痛む。

 私は、実の兄の記憶は未だに断片的だ。

 大事に思っていたという()()はあるが、申し訳ない事にそれだけだ。

 恐らく身内としての情というのであれば、私にとっては豪毅に対しての方が深いだろう。

 それすら手離さなければならない自分は、一体どこに立つべきなのか。

 彼らの確かな心の絆と、それ故に怒れるモニター越しの飛燕が、今の私には酷く眩しく見えた。

 

 ☆☆☆

 

「…隠しているつもりだろうが、呼吸に微妙な乱れがある。

 激した感情を抑えきれていないようだな。」

 やけに下卑た笑みを唇に張り付けて、マハールは例の、キプチャクという武器を構える。

 

「月光とかいう男、ひょっとして貴様の情人(いろ)だったか?

 そいつは悪いことをした。

 お詫びに貴様も、すぐに後を追わせてやる。」

 …その妙な笑みはそういう意味だったか。

 その手の事も全く言われたことがないわけではないが、不快である事は間違いない。

 ギリッと音が鳴るくらい奥歯を噛みしめ、先にマハールが仕掛けてきた攻撃を、間合いを外して躱す。

 ……躱したつもりだった。

 鞭のような動きで伸びてきた腕が、あり得ない角度と長さに伸びて、その手に握られた武器が肩を掠る。

 

「くっ!!」

「フフッ、先ほどの俺と月光との闘いを見ていなかったのか?

 俺の身体は骨や筋肉、全てを意のままにできる。

 この程度の事など造作もない!!」

 …そうだった。

 これはP(ファラオ)S(スフィンクス)戦でわたしが一時の戦線離脱を余儀なくされた、ネスコンス戦での戦法に似ている。

 通常の間合いを基準に考えていてはいけない。

 そしてパワーやスピードに至ってはネスコンスの倍以上だ。

 これを余裕で捌いていた月光の技量に感嘆を禁じ得ない。

 

「死ねい──っ!!」

 縦横無尽に繰り出される攻撃を、一旦跳躍で躱す。

 避けたキプチャクの先端を爪先で蹴って、更に宙空へ。

 

「ぬっ!!」

「鳥人拳奥義・鶴嘴千本!!」

 奴の視界から逃れたその一瞬の隙を逃さず放った千本は、的確に胸部にある神経節のいくつかを貫いた。

 宙へ逃れたわたしを視線で追おうとして頭を上げ、それ故に動きが止まったタイミングだ。

 外すわけもない。

 …だというのに、地に降り立ったわたしを視界に捉えたマハールは、唇に不敵な笑みを浮かべる。

 

「…まだわかっておらんらしいな。

 肉体の奇跡ともいわれる、このラーマ・ヨガの恐ろしさが……!!」

 次の瞬間、動く事など不可能な筈の両手の指を軽く組み、頭上に上げた体勢から、奴の身体に突き立った千本が、すべてわたしに向かって飛んできた。

 わたし自身が投げたものよりスピードは劣るものの、すべてを避ける事は叶わず、うち一本が肩に突き刺さる。

 

「フッ、鶴嘴千本とかいったな。

 確かに貴様の投げたその長い針は、寸分の狂いなく俺の致死点をめがけて飛んできた。

 だが俺はそれを、微妙な筋肉の動きだけで、ことごとく躱したのだ。

 一滴の血も出ることのない無痛点で受けてな!!」

 …今更ながら、恐ろしい敵だ。

 わたし達三面拳も、不随意筋や血流などを自在に操る(雷電に至っては髭すら動かせる)事ができるが、これほどに人体構造の範囲を逸脱した動きは不可能だ。

 そして自分たちに可能な事だけでも、そこに至るまで並大抵の修業でなかった事を思えば、奴のその凄まじさは想像を絶するものだろう。

 

「もはやこれ以上貴様ごときにかかわっている暇はない。

 見せてやろう、ラーマ・ヨガの更なる秘力を……!!

 地獄への土産話にでもするがよい!!」

 マハールは何故か巻いていたターバンを解き、やや前傾姿勢を取る。

 その身体に僅かに氣が動いた瞬間、本能的に身体が動いていた。

 

「ラーマ・ヨガ極奥義・如意(にょい)驍髪襲(きょうはつしゅう)!!」

 次の瞬間、信じられない事が起きていた。

 ターバンの下から現れたマハールの、短く刈りそろえられた髪が、奴の気合とともに長く伸びて、それが無数の針となって、わたしの身体に襲いかかったのだ。

 咄嗟に身を引いて致命傷は避けたものの、躱しきることは出来ずに、一瞬にして貫かれた無数の傷から血が飛沫(しぶ)く。

 

「ひ、飛燕──っ!!」

 勢いで背中から闘場に倒れこむわたしの耳に、悲鳴のような仲間達の声が響いた。

 

 ☆☆☆

 

「意外!それは髪の毛ッ!」

「姫様!?」

「あ、いや天の声が言えって…」

「は?」

「……何でもありません。」

 …それはさておき、とんでもない奴がいたものである。

 髪の毛に氣を注いで硬質化するのは邪鬼様もやったことだけど、あれはあくまで飛び道具としてだし、これ多分氣の操作は最初だけで、後は肉体そのものの能力ではないかと思う。

 尻尾を持たない私達人間はその振り方を知らないし、長い鼻もないから象のように鼻でものを持つこともできない。

 彼にとってのそれは、私達からみた尻尾や象の鼻などと同じように、あるから使えるという能力なのだろう。

 それを引き出す為に、とてつもない修業を積んだ事は間違いないだろうが。

 例えば桃と戦ったP(ファラオ)S(スフィンクス)の大将は、耳朶の筋肉で武器を振るっていた。

 なんとなくだが、ああいったことじゃないかと。

 

「ラーマ・ヨガの真髄は己の肉体全てを意のままにし、武器と化すことにある!!

 俺は髪の長さを自由にすることだけでなく、鋼のように硬質化する事も出来るのだ!!」

 そう言うマハールの、身長以上の長さまで伸びたその髪の毛は、重力に逆らって50センチくらいまで立ち上がって、その先はウネウネと蠢いており、なんとなくイソギンチャク的な海の生き物を彷彿とさせる。

 髪の毛一本一本の穿つ傷はさほどの大きさではないだろうが、さすがにそれが身体中となれば、かなりのダメージであるようで、飛燕は倒れた闘場の地面から、身を起こすのにも呼吸を乱している。

 

「…たいした奴よ。

 生まれもった天賦の勘ともいうべきか。

 今の一瞬の攻撃を、僅かに身を引いて即死を免れるとはな!!」

 だがそれもマハールには意外であったようで、立ち上がろうとしている飛燕に、少し驚いているようだ。

 次はこうはいかん、とうねるマハールの髪が、再び飛燕へと向かう。

 立ち上がる事に意識を持っていかれていた飛燕は、その攻撃に対処するのが遅れた。

 咄嗟に喉や胸などの急所を庇った腕に、マハールの髪の先が巻きつく。

 それはまるで、いつだったか田沢が貸してくれた少女漫画の、悪役が主人公の両手首を掴んで無理矢理壁に押し付ける時のような動き(ちなみにここでヒーローが颯爽と現れて主人公を助ける)で飛燕の腕を封じ、庇っていた身体の前部分を完全に無防備な状態にした。

 飛燕のガードの外れた胸元に向けて、マハールの手からキプチャクが投げ打たれる。

 

「ぐはっ!!」

 その先端部分は狙い(あやま)たず飛燕の心臓を捉えており、飛燕の華奢に見える身体が再び地に落ちた。

 心臓を貫かれ即死…誰もがその瞬間、そう思っただろう。

 一番近くにいる、それを行なった者自体、そう思っていたのだから。

 

「全く他愛のない…もっと歯ごたえのある奴はおらんのか!!」

 だから、彼が倒れた飛燕に背を向け、男塾側の陣を指差しながらそう言った事は、全くの迂闊であったとは言い切れない。

 だが次の瞬間に、死んだと思った相手から自身の武器を投げ返されるという、先ほど月光に対して自身が行なったのと同じ事態が自分にも起き得る事を想定しなかったのは、やはりマハールの油断であったろう。

 

「ぐっ!!」

 背後から自身の肩に突き刺さったキプチャクを呆然とした目で見つめ、それからゆっくりと、本来ならそれが心臓に突き刺さっている筈の相手の方に視線を移動させる。

 

「何をそう急いている……!!」

 勝負はまだついていないと言わんばかりに、身を震わせつつも立ち上がる飛燕の目から、闘志は一片すら失せておらず。

 

「ば、馬鹿な、貴様……!!」

 確実に殺したと思っていた敵が、自分に傷を負わせた事がまだ信じられないのか、思いのほか肩に深く突き刺さったキプチャクを引き抜こうとするマハールの手がおぼつかない。

 

「こ、これがわたしを救ってくれた。」

 恐らくはそのキプチャクが裂いたのであろう、拳法着の胸元の破れ目から、飛燕が何かを引き出す。

 そこから細い鎖と、砕けた石のようなものが、ガシャリと音を立てて地に落ちた。

 それは先ほど、月光が自陣から闘場へ出て行く際に、飛燕に預けていたものか。

 

「…雷電が、月光が見ている。

 三面拳の名にかけて、わたしは負けるわけにはいかんのだ!!」

 甘い外見に似合わぬ鋭い眼光でマハールを()め付けながら、飛燕は改めて闘う構えをとった。

 

 ☆☆☆

 

「…飛燕とかいったな。

 ラーマ・ヨガの秘行を極めて以来、この俺に血を流させたのは貴様が初めてだ。」

 肩に刺さったキプチャクをようやく抜いたマハールはそれを投げ捨てると、両掌を合わせて奇妙な構えを取る。

 傷を負わせたことによる怒りも伴ってか、凄まじい殺気が、奴の身の内で膨れ上がるのがわかった。

 今度は髪の毛による攻撃は使わぬ気なのか。

 だがキプチャクを投げ捨てた今、他に何か武器でもあるというのか。

 …答えはすぐに出た。

 

「貴様にこれが受けられるか!!

 ラーマ・ヨガ超奥義・藭嵐(きゅうらん)伸爪貫(しんそうかん)!!」

 マハールはその場から一歩も動かずにわたしに向けて手を伸ばすと、その指先から放たれた鋭いものが、先ほどの髪の毛よりも強く、深くわたしの身を貫いた。

 それは……爪。

 髪を伸ばし硬質化できるのと同様、指の爪までも同じように使えるらしいと、理解した時にはもう遅かった。

 更に、深く刺し貫かれた傷を抉るように、その指が動く。

 それはどうやら刺したものを抜き出す動きであったようで、それが身体から離れた時、支えを失ったわたしの体は、再び背中から地に落ちた。

 身体中から力が抜ける。

 死の危険に瀕した事は数えきれぬほどあるが、自分が死んでいく感覚を、これほど明確に覚えたのは今が初めてだ。

 

「これで、全ては終わった……!!

 もはやとどめを刺す必要もあるまい。

 あの世で、月光との再会を喜ぶが良い。」

 月光……すまぬ。

 逸ってこの場に立っておきながら、仇をとるどころか、三面拳の名を守ることもできない。

 首の力が抜けて横向きになった視界に、引きずったような血の跡が映る。

 それはこの場所から、闘場の端へと続いている。

 奇しくも今自分が横たわるその場所は、月光が最後に立ち、そして倒れ伏したのと同じ場所だったらしい。

 何という有難くない偶然か…そう思いながら閉じかけた目に、それとは違う微かな血の跡が、一瞬文字のように見えて、反射的に目を凝らした。

 

「こ、これは……!!」

 ように見えた、ではなく明らかにそれは文字だった。

 

 “無明透殺”

 そう書かれた血文字は明らかに月光の筆跡。

 自身の棍に貫かれ倒れたあの時に、次に闘うのがわたしだと予測して、これを咄嗟に書き残したというのか。

 ……そうか、無明透殺…!!

 まだ死ねない。まだ終われない。

 わたしにはまだ、やれる事が残っている……!!

 

『それでも生死を共にすると誓い合った俺の相棒か!

 俺は、そんな情けねえ相棒をもった覚えはねえぞ──っ!!』

 不意に大威震八連制覇の時の、富樫の言葉が脳裏に蘇った。

 ああ、そうだった。

 どうやら限界の手前で諦めそうになるのがわたしの悪い癖らしい。

 服の内側にしまってある()()を引き出して、先に自身の身体の数箇所を同時に突く。

 痛みは残るが、出血は幾らか治まったようだ。

 それらは単体で使用する分には疲労回復や炎症を抑える程度の効果しかないが、同時に刺激する事で細胞の活性化を促し、治癒速度を高めるツボ…この大武會が始まる前に、光から教わった方法だ。

 そして()()は、この後の切り札にもなり得る筈だ。

 

「…しぶとい奴よ。まだ生きておるのか……!!」

 わたしが動いたのがわかったのか、先ほど投げ捨てたキプチャクを、マハールは拾って握りしめた。

 やはりとどめを、と近づいてくるその前に、少しふらつきながらも再び立ち上がる。

 負けるわけには…いかない。

 男塾三面拳の名は、わたしが護らねばならぬのだ……!!

 

「信じられぬ。

 その華奢な体の、一体どこにそのような闘志が……!!」

「月光が教えてくれた。

 おまえを倒すにはこれしかないとな……!!」

 呆れたように呟くマハールを前に、わたしは最後の賭けに出た。

 

「鳥人拳極奥義・鶴嘴(かくし)千本(せんぼん)無明(むみょう)透殺(とうさつ)!!」

 

 ☆☆☆

 

「見えるか……この手に握られた、髪よりも細い千本が……!!」

 そう言ってマハールに向けて突き出した飛燕の拳には、何も握られていないように見える。

 けど、飛燕が治療用に細い鶴嘴を持っている事は知っているので、きっとそれなんだろうなと解釈できる。

 けど、あれは投擲には向かない筈だ。

 普段攻撃用に使っているものは、ある程度の飛距離と威力を持たせる為に必要な、最低限の重さがあの太さなわけだから。

 少なくとも今の2人の間合いで、あれを正確に必要な箇所まで飛ばせるとは思えないのだが、もしかすると違うものなのだろうか。

 それとも、飛燕の技量をもってすれば、それも可能なのだろうか。

 んー、でも以前聞いた時にはそうは言ってなかったし……んー?

 

「フッ、何をたわけたことを…死の恐怖のあまり気でも触れたか!」

「ないと思うのは貴方の勝手だ!!」

 マハールの嘲りに、飛燕は大きく腕を振るう。

 それはまさしく、鶴嘴を投げ放つ時の動き。

 

「こうして避ければ満足するのか?」

 遊びに付き合ってやる、くらいの余裕でマハールは、恐らくは飛燕がそれを投げたであろう方向から僅かに身をそらし……その背後で、なにかが落下する音が、確かにした。

 まさか本当に何かが飛んできたと思わなかったマハールが、驚愕の表情で振り返る。

 

「髪より細くても威力は同じ。

 致死点を貫けば、貴方は死ぬことになる。」

 その言葉すら終わらぬうちに、飛燕はそれの第二撃を放つ。

 その軌道に大まかな見当をつけて避けたマハールの背後に、またも落下音が小さく鳴った。

 

「恐れおののくがいい!!眼に見えぬ恐怖にな!」

 第三撃。終始余裕の表情を浮かべていたマハールが、徐々に顔色を変える。

 

「ば、馬鹿な……信じられん!

 激流にある一本の針でさえ見極めることの出来るこの俺の眼に、奴の千本が見えぬとは……!!」

 第四撃。今度は飛燕がその場を動くことなく、飛び跳ねるように見えない鶴嘴を避けるマハールのはるか後ろで、闘場の地面の岩に当たった何かが跳ねる。

 

「す、すげえぞ飛燕!!」

「超人的な防御力を持っていても、見えねえもんは躱しようがねえ!!」

 自陣では虎丸と富樫が、突然訪れた飛燕の優位に盛り上がる、が。

 

「…いや、だめだ。

 奴は飛燕の腕の角度と間合いから千本の軌道を見切り、躱している。」

 そこに非常に冷静な桃の声が、2人の浮き立った状態に水を差した。

 …というか、やはりおかしい。

 あの飛距離、どう考えても以前見せてもらった、治療用の細い鶴嘴で出せるはずがない。

 やはり、細い鶴嘴という共通点だけで、この技に使うのはあれとは違うものなのだろう。

 そんな事を考えている間にも2人の攻防は続いていたが、第五撃を躱した直後、続けて投げ撃たれた鶴嘴を、マハールは今度は避けなかった。

 それでも背後に落下音は鳴り、マハールは含み笑いを漏らす。

 

「…なるほどな。とんだ子供だましを……!!

 やはり見えぬ千本などありはしなかったのだ!!」

 言いながら、マハールは飛燕を指差す。

 …正確には飛燕の足元を、だ。

 それに伴いクローズアップされたモニター画面では、飛燕の靴の踵が、何か小さな板のようなものを踏んでいるのがわかった。

 

「貴様はただ、投げたふりをしていただけ!

 足で小石を飛ばし、落下音まで出す念の入れようでな!!」

 なるほど。実際に投げないのならば、飛距離が確保できないとかは関係なかったわけか。

 しかしだとしたら、そんな事をする理由がある筈なのだが。

 飛燕は、ただ脅す為だけに、こんな意味のない行動はとらない。

 だが私たち仲間と違い、飛燕の性格を知らないマハールは、そこまでに考えは至らなかった。

 

「もっとも貴様の手元ばかりに気を取られ、それに気づかなかった俺も迂闊だったがな。

 …さあ、覚悟するがいい!!

 ネタがわかった以上、見えぬ千本を躱す必要もない!!」

 キプチャクを振りかざし、もはやバカ笑いしながら真っ直ぐ突進してくるマハールは、その瞬間勝利を確信していた。

 だから、先ほどと同じように大きく振られた飛燕の腕の動きを、悪あがきだと判断して気に留める事をしなかった。

 ……次の瞬間、マハールの褐色の額から、真っ赤な血が飛沫(しぶ)いた。

 それは、そこに突き立った細く長い針を染めて、その存在を明らかにする。

 

「うおおっ!!こ、これは!」

「それが鶴嘴千本無明透殺……!!

 寸分狂わず、貴方の脳の致死点を貫いた。

 …貴方ほどの男、たとえその、目には見えぬ千本を正面きって投げたところで、躱してしまうだろう。

 だから、そんなものは存在せぬと思わせたのだ……!!

 そして、貴方は無防備に突進してきた……!」

 小石を飛ばした小細工もその演出。

 そして飛距離の出ない治療用の鶴嘴も、あれほど近くまで敵が接近していれば、投げ打つ事も容易だろう。

 相対していた儚げな青年が恐ろしい敵であったと、その場に倒れたマハールはようやくに気づいたようだ。

 自陣では相変わらず、信じられない大逆転劇にいつもの子達が盛り上がる中、闘場の上で勝者と敗者は、何故かお互いに見つめ合っていた。

 

「気が晴れたか……お前の仲間、月光の仇が討てて……。」

「…いや。貴方も最愛の象パンジャブを失った。

 わたし達に憎しみはありません。

 いい勝負でした…ただ、それだけです……!」

 飛燕のその言葉を聞き、死を間際にしたマハールの顔に、先ほどまでとは違う、邪気のない笑みが浮かぶ。

 

「おまえは…いい奴だな……!!」

 そう言って闘場に横たわったマハールは、恐らくはそのままこと切れたのであろう。

 彼に背を向けて自陣に戻る飛燕の表情は、少しだけ悲しげな、それでいて凛とした、決意を新たにした表情を浮かべていた。

 

 冥凰島の陽が、沈もうとしていた。




まあ、月光と飛燕2人分とはいえ、マハール戦にこんなに話数を使った事がなんだか悔しい。
さあ、次回は遂にお待ちかね、皆さん大好きなゴバルスキー戦だよ!(え

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