婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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意外と飛燕視点って、光に近い視点でつっこめる事に気付いた。


7・夢に追いつけない若さが哀しくて

 モニターから流れる月光の戦いを清子さんと2人で見ていたら、突然部屋のドアが開けられた。

 2人してハッとそちらを振り向くと、見覚えのある顔の男が、無遠慮にずかずか部屋に入り、こちらへ歩み寄ってくるのが見えた。

 その顔を見た瞬間、思わず「げっ」とか声を上げてしまう。

 清子さんが進み出て、その男と私の間に立ち塞がり、相手を睨みつけた。

 

「ノックどころか一言許可を得ることもせず、姫様のお部屋に入って来られるなんて無礼でしょう!!」

「黙れ。使用人風情が。この女は捕虜だ。

 礼など尽くす必要が、どこにある。」

 それは、プラチナブロンドの長い髪にブルー・グレーの瞳、白い肌の、北欧系の綺麗な顔をした若い男。

 私が最後に会った頃より背が伸びて体格も逞しくなっているけど、初めて会った時には既にそうだったように、表情にはどこか卑屈な部分が見え隠れしていて、それがこの青年の美しさを台無しにしている。

 

「…大丈夫です。下がっていてください。」

「でも………!!」

「いいから。あなたに何かあったら、離れて暮らすお子さんに申し訳が立ちません。

 一旦部屋の外に出ていただけますか?」

 ある程度の体格のある男相手に、噛みつかんばかりに威嚇を続ける清子さんを宥め、退室させて彼を見上げる。

 逆に私を見下ろしてその男は、よく見なければわからないくらい微かに、口角を上げた。

 

「…のこのこ自分から戻ってきて捕まったと聞いて、同じ孤戮闘修了者のよしみで、顔を見にきてやったぞ。

 任務に失敗して行方を眩ましたと聞いていたが、よもや男塾などという処に潜り込んでいたとは、見つからない筈だ。

 藤堂の御前に目をかけられていながら、所詮は女。

 実力も忠誠心も、その程度だったという事よな。」

 …この男は、私より一年前に孤戮闘の試練を生き延びた、私と同じ御前の子飼いの暗殺者だ。

 私同様変装の特技を持ち、仕事の際は完璧に正体を隠してターゲットに近づく事ができて、終了後は存在の痕跡を残さず消えられる。

 違うのは、私が一から設定を練った架空の人物を演じるのに対し、彼は実在の人物を模倣して、完全になり代われるということだ。

 素がこれだけ目を惹く外見をしているにもかかわらず、人種年齢を問わず模倣できる…筈だが、今は背が伸びてしまったようだから、子供の役だけはもうできないだろうけど。

 確か最後に会った時期は、中東で内乱の起きた某国の将軍の暗殺を終えたばかりで、当時14歳だった彼が演じたのはターゲットの7歳の息子だった筈だ。

 また、荒事に対応できるようありとあらゆる武器の扱いを極めており、そのすべてに高い技量を持っている。

 それは、最初から技持ちで、暗殺者としての心得事のみを御前手づから教え込まれていた私と違い、日夜苛烈を極める修業に明け暮れた結果だ。

 

「どういうわけかこの顔と体で、男を誑かすのだけはお手の物のようだが。」

「ええ、さすがのあなたも、これは真似できないでしょうからね。

 お久しぶりです、紫蘭。相変わらずですね。

 お元気そうで、ある意味安心しました。」

 その目をまっすぐ見返して、唇に形だけの笑みを浮かべてそう返すと、形のいい眉がひそめられた。

 …いや、先に喧嘩売ってきたのお前じゃん。

 カタカナ名前の方が似合いそうなこの男の『紫蘭』という名は、孤戮闘を修了した後、本当の名前を忘れた為に付けられた…と、この島でのオリエンテーリング形式の修業で組まされた際に聞いた。

 というか別に聞いたつもりはないがコイツ不幸自慢する癖があり勝手に喋ってた。

 彼にしてみれば後から来たくせに御前の娘扱いの私を見て、女が楽をして御前に取り入っているように見えるのも仕方ない事だったのだろうが、男で私なんかより強いのははっきりしてるのに何かと私と張り合おうとし、顔合わせるたびに『女のくせに』だの『所詮女』だのと言われ続け果てはビッチ呼ばわりされた為、私はコイツが大嫌いだ。

 その認識は今も変わりはないらしい。

 …本人は悪くないのに私が何となく伊達のことを苦手に思うのも、多分同じ孤戮闘修了者として、イメージが重なるせいだろう。

 …いや、ひょっとしたら伊達で作ろうとしていたタイプの戦士を、改めて同じ過程で作り直したのが紫蘭だったのかもしれない。

 この男の卑屈で嫌な性格に、伊達の底意地の悪さが加わったらと思うとゾッとする。

 あと、私と紫蘭は年齢が近い為か、この島で修業した際、結構な頻度で組手もさせられたが、彼が何故か私の手を真似てくるのに腹が立って、これだけは真似できまいとその時たまたま見ていた例の狼使いの男に駆け寄って、首筋に抱きついてほっぺにちゅーしたら、

 

『ガッハハハ!これは確かに男には真似できん技じゃ。一本取られたのう、ボウズ?』

 とか言われててめっちゃワナワナしてて面白かった。けど、

 

『…この(ホン)礼明(リンメイ)、姫の身の安全も任されておりまする。

 その身に万一の事あらば、御前に申し訳が立ち申さぬゆえ、軽々しい真似はおやめくだされ。』

 と(ホン)師範に後で懇々と説教された。

 ちなみに本当に余計な情報だが、これが私のファーストキスである。獣臭かった。

 

「相変わらずふざけた女だ…!」

 眉間に皺を寄せて、紫蘭が低く呟く。

 

「ええ、お互い様です。

 その態度を見る限り、私が居なくなってからは、しっかりと御前の歓心が買えたようですね?

 せいぜいその立場、奪われないように精進してください。

 私はもう要りませんから。」

 認めるのも悔しいが実力は折り紙つきだ。

 私は14歳の頃の彼しか知らないが、あの頃で既に(ホン)師範の直属の弟子たちくらいなら、秒単位で余裕で倒せた。

 今はあの頃より体格も良くなっているし、あれより弱くなっている事はあり得ないだろう。

 

「黙れ!」

 その私の言い方が気に障ったらしく、紫蘭は右手を、どう見てもビンタする角度に振り上げた。

 拘束されて防御もできない私は、思わず身をすくめる。

 だがその手首が、振り上げた先で別の手に掴まれ、止められた。

 

「…捕虜に暴力を振るうな、紫蘭。

 今はまだ尋問の時間ではない。

 それより、逃げた男の行方が掴めた。

 俺は今から追うゆえ、貴様は藤堂様の傍に戻れ。」

 そこに居たのは、私を捕らえた鞭の男だった。

 清子さんがその後ろに立っているところを見ると、私たちが会話をしている間に呼んだらしい。

 紫蘭は私とその男を交互に見てから、掴まれていた手首を振りほどいた。

 

「……フン。」

 興味を無くしたように、紫蘭はその場を去る。

 鞭の男は私を一瞥した後、黙ってそれに続いて部屋を出た。

 

「スパルタカス様、ありがとうございます。

 来ていただいて助かりましたわ!

 ああ姫様、ご無事ですか!?

 無抵抗の姫様に手を上げようとするなんて、本当にあの紫蘭という男、最低だわ!!」

 清子さんが鞭の男の背中に頭を下げた後(スパルタカスと呼ばれた鞭の男は清子さんの声に、振り返らずに少し上げた手を軽く振った。侵入者である私やディーノの目にはとても恐ろしく見えたが、従業員達に対しては意外と気のいい男なのかもしれない)、憤慨しつつ私を抱きしめてきたが、私はそれどころではなかった。

 逃げた男って、男爵ディーノ?

 あのひと、まだ味方と合流してないの!?

 せめて、影慶たちとは合流していてほしいけど。

 …てゆーか紫蘭、なんか清子さんにメッチャ嫌われてるな。一体なにをしたんだ。

 多分、今の私の件だけじゃないぞ、この反応。

 

「あのくそガ…紫蘭様は、姫様が御不在の間、御前がお邸に連れてこられていたのですが、離れの姫様のお部屋にずかずか踏み込んで、ここが気に入ったと勝手にあちらで寝起きしていたんですのよ!

 ここは姫様のお部屋だからと私が必死に守ろうとして、御前に訴えましたけど全く聞き入れられず、その後すぐに私はここに異動させられたのです!

 あの男、私の邪魔が入らなくなった後に、こっそり姫様の肌襦袢や腰巻を広げてハァハァしてたに決まってますわ、ああ汚らわしい!!

 確かに顔は綺麗かもしれませんが、あんなゲス野郎、私は大嫌いです!!」

 どうどう、落ち着け。

 最初くそガキって言おうとしたよね。

 最終的にゲス野郎になりましたね。

 てゆーか、あの邸に戻ることはもうないとは思うけど、ちょっと私それ聞きたくなかった。

 うんでも紫蘭は私の下着にハァハァはしないと思うよ。

 蛇蝎の如く嫌われてたからね、私。

 とりあえずは……、

 

「……私もです。」

 一言だけ、清子さんの言葉に、そう返しておいた。

 てゆーか、モニターから目を離してたけど月光どうなった?

 なんか富樫や虎丸が叫んでる声が聞こえるけど。

 …って、それはいつものことか。

 

 ☆☆☆

 

「怒りを鎮めるがよい、パンジャブよ。

 むしろ喜ぶべきこと…!!

 久しぶりに、これをおまえに使わせる男に出会ったのだからな!」

 月光の反撃に一瞬ひるんだものの、自身が攻撃されたわけではないマハールは、余裕の笑みを崩さぬまま、象の耳の裏側から何かを取り出す。

 どうやらその辺りに道具袋か何かを下げているようだが、わたし達の側からはよく見えない。

 そうして取り出したものは三又に別れた槍の穂先のような金属製の突起で、マハールはそれを自身の目前まで持ち上げさせた象の鼻先に装着した。

 あれだけの大きさの金属の武器を、あの不安定な象の背に座りながら、よくぞ持ち上げたものと思う。

 一般の鍛えていない者がやれば確実に腰を痛める案件だろう。

 ……いや、別に心配はしていないのだが。

 

「無駄だ。

 たとえ武器をつけたところで同じこと……!!」

 そう言って構えを取る月光を、突進してくる象の背の上でマハールが笑う。

 その武器をつけた象の鼻が振るわれるも、先ほどのように月光は体術で躱し、鼻の攻撃の間合いの外まで、充分に距離をとった。

 ……その、筈だった。

 次の瞬間、予想をはるかに超える距離を飛んできたその武器が、月光の厚い胸板を切り裂いて、更にその衝撃に、月光の身体が弾き飛ばされた。

 

操象戮狟闘法(そうぞうりくかんとうほう)奥義・晨襣張(しんびちょう)!!」

 それは武器を投げたわけではなく、象の鼻がありえない長さまで伸びて、月光を攻撃してきたものだった。

 

「普通の象の鼻が、倍程度なら瞬間的に伸ばせることは知っていよう。

 だがこのパンジャブの場合、天性の素質と修練により十倍の長さまで伸ばせ、それをいつまでも維持できるのだ。」

 相変わらず象の上から自慢げに説明をするマハールを睨みながら、月光が棍を構えて立ち上がる。

 

「ぬううっ!!来るがよい、化物が!」

 だが月光のダメージは相当なもののようで、立て続けに襲いかかる鼻の攻撃を躱す体術に、先ほどまでのキレがない。

 更に伸縮自在のその鼻は、躱した先から更なる攻撃を細かく当ててきて、月光の肉体のダメージを蓄積させる。

 避け続けて闘場の端まで追い詰められた月光を、人馬ならぬ人象が更に追い込んだ。

 もう三歩下がれば、底の見えない高い崖。

 そこに落ちるか、鼻の武器に切り裂かれるか、それともその巨体に踏み潰されるか。

 三通りの結末しかないかと思われた刹那、月光が手の中の棍を握り直した。

 瞬間、その長さが倍以上に伸びて、それを使って棒高跳びのように、月光の身体が宙を舞う。

 月光の使う棍にはいくつか種類があり、この闘いに選んだのは、(ぼたん)操作で伸縮が可能な自在棍であったようだ。

 いつもながら、彼の勘の鋭さには舌を巻くしかない。

 闘いの前に、これが必要になると判断できる基準はどこにあるのだろう。

 そして象の巨体の遥か上を飛び越えた月光は、文字通り崖っぷちからの窮地を脱して、象の背後に着地した。

 

「この期に及んで、そんなものは悪あがきにすぎん!」

 そう、一旦はそれで窮地を脱したにせよ、状況自体はさほど変わらない。

 この象の鼻が十倍にも伸びるというのであれば、この闘場の範囲内では、どこに居てもその攻撃の届かない場所などないことになる。

 動ける範囲がせいぜい立体化した程度のことで、案の定再び上空に逃れた月光は、マハールの投擲したナイフに阻まれ、身を躱したところを、象の鼻の武器に脇腹を抉られて地に落ちる。

 

「このままじゃ完全に月光が殺られちまう!」

 自陣で富樫や虎丸が悲痛に叫ぶ声が響く中、桃の呟く声が、何故かそれよりもはっきりと聞こえた。

 

「違う…あの長くした自在棍には、なにか他の意味がある。

 月光には、なにか秘策があるのだ!!」

  そうであるように、わたしも思う。

 だがそれは、命を賭したものである気がしてならなかった。

 

「どうやらこれで勝負あったな。

 今の一撃、かなりの深手。

 もはや満足に動く事も出来まい。」

「この程度のことで、この月光を倒すことは出来ん……!

 観念するのは貴様と、その化物象だ……!!」

 答えは、すぐに出た。

 

「見るがよい…辵家(チャクけ)流奥義・暁闇(ぎょうあん)紅漿霧(こうしょうむ)!!」

 それは、準決勝P(ファラオ)S(スフィンクス)戦に於いて、わたしが石壺(クヌム)のネスコンスと闘った時に使った、鳥人拳鶴嘴(かくし)紅漿霧(こうしょうむ)と、基本的には同じ技。

 わたし達三面拳は全員、己が肉体の不随意筋から血流に至るまでを、己の意志で自在に操れる。

 それを用いて血流を操り、負った傷から噴き出させた血が、霧となって闘場を包んだ。

 先に結構な深手を負い出血している月光にとって、その身体への負担は生半(なまなか)ではないだろう。

 不発に終われば、完全な自爆技だ。

 そうして見る間に月光の身体は、真紅の霧に覆われて完全に見えなくなった。

 

「なにかと思えば…その霧状の血煙に身を隠し、攻撃を躱すつもりとはな!!

 そんな子供だましが通用すると思うのか──っ!!」

 マハールに指示を出されて、鼻先から武器を外した象が、そこからすさまじい勢いで息を吹き出す。

 それにより吹き飛ばされて血煙が晴れ、隠されていた月光の姿が露わになったが…何かおかしい。

 だが、わたしが感じた違和感は、マハールと象には感じられなかったのか、或いは取るに足らないことと切り捨てたのかは知らないが、勝利を確信した彼らは、ただそこに立ち尽くす月光の身体を踏み潰さんとばかりに突進した。

 

「死ねいーっ!!愚か者めが──っ!」

「逸ったな。愚か者は貴様達だ!!」

 瞬間、月光へと向かう象の足が、その手前4メートル程の位置で傾いだように見えた。

 その巨体が動かした空気が、周囲の血煙を完全に晴らし…

 

「な、なに──っ!!地面が──っ!」

 象の足が踏み込んだのは、闘場の端よりも外側。

 月光は長く伸ばした自在棍を、闘場の崖の壁に突き刺しており、その端に綱渡りのように乗って、ただ立っていた。

 だがそれも一瞬のこと。

 月光はそこから跳躍し、素早く棍を回収して闘場へと戻る。

 何もない空間に全体重をかけて踏み込んだ象の足が、自重と落下の勢いに抵抗できるはずもなかったが、落ちていく象はその間、必死に重力に抵抗した。

 

 …尚、背に乗っていた主人はどこからか(今更、どこからと問うのは愚の骨頂だ)取り出した鎖を投げ、恐らくはその先に取り付けられた突起を崖の壁に打ちつけており、それに捕まる事で落下を免れている。

 悲鳴のような咆哮を上げて、底すら見えない崖下へと落ちていく相棒を呆然と見下ろすマハールに、月光は棍の長さを戻しながら言った。

 

「さしもの化物象も、ダ○ボのように空を飛ぶことは出来なかったな……。」

 …念の為に言っておくが、大人の事情で表記上は一部伏せさせてもらっているものの、月光はそのキャラクターの名前を正確に発音はしている。

 

「ゆ、許さん…貴様よくも……!!

 こ、この無念はインド最高のラーマ・ヨガの秘術をもって晴らす!!」

 闘場へと戻ったマハールは、その目に怒りを滾らせて月光を睨みつけた。

 この男、象だけではなく、まだ引き出しがあるというのか。

 ……手の中の絆の証が、一瞬震えたような気がした。

 

 ☆☆☆

 

「奴らは何も知らないのです。

 マハールにとって操象戮狟闘法(そうぞうりくかんとうほう)など、ほんの座興にしか過ぎません。

 奴こそは世界の奇跡、肉体の極限ともいわれるインド、ラーマ・ヨガの頂点を極めた男。

 これから私達は、その奇跡を目の当たりにすることになります!!」

 

 闘場を見下ろす塔の内部。

 巨大モニターを真正面に見る、1人掛けの無骨な椅子に足を組んで座る若い男に、説明をする小太りの黒眼鏡の男は、やけに嬉しげに断言した。


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