婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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5・抱きしめても消えた夢、振り切れないで

「ち、違いますのよ、そういうことではなく…」

 若干顔を赤らめた清子さんが、なにやら言い訳をしようとするが…私は、出来ることなら早々に忘れたいと思った。

 

「…深く追求する気はありませんので、どうぞ気になさらず。

 それより暖房が効きすぎているので、少し設定温度を下げていただけないでしょうか?」

「そ、そうですわね少し暑いですものねホホホ」

 …なによりも顔が熱い気がするのは室温よりも、モニターに映し出された刺激の強い映像のせいだとは思うが、そこは今触れてはいけない案件なのだ。

 私は女ではあるが、男塾に身を置くひとりとして、女性に恥をかかせるような事はすべきではない。

 

 ☆☆☆

 

「お、愚かな…こんな事でわたしを倒せると、本気で思っているのですか?」

 与えられる苦痛に息を乱しながらも、ミッシェルはそう言って、懐から一輪、先ほどのものよりも濃い赤のバラを取り出して上方へ投げ放った。

 それが急カーブの放物線を描いて落下すると共に、富樫の肩に突き刺さる。

 

「うっ!!な、なんだあ、こいつは!?」

「そのバラの茎には、筋肉の弛緩剤が塗ってあります。

 貴方の握力は既にない!!」

 言うやミッシェルは地面を蹴って跳躍し、富樫から離れて向き合った。

 今にも握り潰されんとしていたそこから、富樫の手を引き剥がすのに成功したようだ。

 だが息を整えながらも、富樫を睨みつけるミッシェルのその瞳は、怒りと屈辱の色に染まっていた。そして。

 

「冥凰島奥義・殺薔薇棘踊(キリング・ローズ・ダンシング)!!」

 独特の構えからまたもミッシェルの手から放たれた真紅のバラが2本、富樫の両脚に突き刺さる。

 

「うおっ!!」

 富樫は衝撃で一瞬バランスを崩し転倒するも、すぐに立ち上がって、脚に刺さったバラを抜いた。

 

「またも懲りずにバラ攻撃かよ。

 今更、こんなものが足に刺さったからって、どうってこたぁねえぜ!!」

「…由緒あるフランス貴族の血を引くこの黒薔薇のミッシェル…かつてこれほどの屈辱を味わったことはない。

 ただでは殺しません。

 貴方には最も残酷な死を与えましょう。」

 ああうん、そうだよね。ほんとごめんなさい。

 思わず心の中で謝ってしまうほど、その綺麗な顔に浮かんだ怒りの形相は凄まじかった。

 こんな表情、私の知る限り特に彼と相性が悪かった狼使いの前でだってした事がない。

 もっとも『わしは、その少女漫画の権化のようなてめえのオカマ面が、気色悪くて仕方ないんじゃ〜!』と、狼使いの方が一方的に突っかかってた気がするけど。

 

「…御存知ですか、魔の赤いトゥシューズを履いた踊り子の話を……!!

 バレエのプリマドンナを目指す少女が、魔女から己の魂と引き換えに手に入れた、赤いトゥシューズ…それを履いて少女は夢を叶えましたが、その靴は二度と脱ぐことが出来ず、少女は死ぬまで踊り続けたそうです。

 そう、死ぬまでね……!

 フフッ、貴方は今、その魔の赤い靴を履いたのです!!」

「な、なんだと…うおおっ!!?」

 ミッシェルの話が終わるや否や、富樫が唐突にバタバタ音を立てて足踏みを始めた。

 

「な、なにーっ!!

 あ、足が勝手に動き出した──っ!!」

 叫びながらミッシェルの周囲を走り回る。

 それはどうやら本人の意志によるものではないらしい。

 

「ど、どうしたらいいんだよ、こりゃあ──っ!!」

 無軌道に走り回る足を止めようと、腕で足を押さえてみるが、その腕を跳ね除けても、足は動き続ける。

 …私が知っている話は、赤い靴の美しさに囚われるあまり傲慢の罪を犯した娘が、靴に踊り続ける呪いをかけられて、首切り役人に両脚を切り落としてもらうという展開だったが。

 確かアンデルセン童話だった気がする。

 

「フフッ、おわかりになりましたか?

 さっき足に刺さったバラには、筋肉の中枢神経を混乱させる薬が塗ってあったのです。

 もはや貴方は、そのまま死ぬまで踊り続けるしかない!!」

 踊るというよりはドタバタと走り続けているだけだが、そうしながら塔の壁に思い切り激突したり、蛇行しながら猛スピードで闘場を横断したり、全く止まる気配が見えない。

 薬の効果はすぐに切れるだろうが、問題はこの闘場の外が高い崖になっているということだ。

 足を踏み外せば命はない。

 

 今は影慶は彼らに合流する為に、雷電と共にあちらの陣へ向かっている最中だ。

 ディーノもうまく逃げ切れれば、遠からず合流するだろう。

 私もここにいる以上、落下しても誰も助けてやれない。

 そうしてハラハラしている間に、案の定富樫の暴走した足は闘場の端、今の彼にとっての死の淵へと向かう。

 為すすべもなくそのまま駆け出していくかと思った刹那、富樫は握っていたドスを、咄嗟に地面へと打ちつけた。

 それを軸にして身体を浮かせ、一旦背中を地につける。

 足はバタバタとまだ動き続けているが、それはただひたすら空を蹴るのみ。

 少しして動き続ける足が、彼の身体をうつ伏せにして、その足が再び地面を蹴り始めるも、富樫の手はドスを握り続けていた。

 

「ど、どうだ、これで」

「考えましたね。

 ドスを地面に打ちつけて動きを止めるとは。」

 だがこれでは、富樫は薬が切れるまでその場からは動けないことになる。

 それを見て取ってかミッシェルは、私が見る限りそれまで使っていなかった腰に提げた剣にようやく手をかけた。

 

「…貴方の無様な姿を見て、わたしの怒りも晴れてきました。

 これ以上は見苦しいだけです。

 この剣でひと思いに、苦痛から解放して差し上げます。

 それが騎士道精神というものです。」

 そう、このひと本来は西洋剣術の達人なのだ。

 出来るなら富樫ではなく桃と戦って欲しかったくらい。

 この状況では、その腕の示しようもないのだけれど。

 

「くそったれが。なにが騎士道精神じゃ……!!

 お、男塾魂は、そんなものに負けやしねえ…!!

 まだ、このドスがある限り……!」

 どうやらそろそろ薬の効果が切れてきたらしい富樫の足がゆっくりになり、制御が効くようになったそれで、しっかり地を踏みしめた富樫の、一瞬力を込めた動きが、止まる。

 

「な、なんだ!?抜けなくなった!!」

 まあ、刺した時は簡単に抜けては困る状況だったからだろうが、唯一の武器が使えない状況に、富樫の顔色が明らかに変わった。

 

「死ねい──っ!!」

 そうしている間に、ミッシェルの構える剣先が、富樫の首めがけて落とされる。

 

「ぬがあっ!!」

 咄嗟に出たのであろう掌が、次の瞬間剣に貫かれた。

 その甲から突き出た刃先を、もう片方の手で握りしめた富樫は、そのまま剣の軌道を逸らし、ミッシェルの体勢を崩そうと試みる。が。

 

「この剣は貴方に差し上げましょう。」

 こだわりなく、ミッシェルは剣を握った手をあっさりと離した。

 そうなると、渾身の力を込めていた富樫の方が体勢を崩し、元々崖っぷちに立っていた足を、その外へ滑らせる。

 

「うおお──っ!!」

「や、殺られた──っ!!」

 富樫と虎丸の悲鳴が、その場に同時に響き渡った。

 

 …あの子はよくよく高いところから落ちるが、今度こそ助かりそうにない。

 こんな事なら私は大将首なんか狙いに行かず、今まで通りディーノとあの場に待機していれば良かった。

 そうすればディーノにあんな怪我をさせずに済んだし、富樫だって助けられたかもしれないのに…!

 私の、せいだ……!!

 

 ・・・

 

「フフッ、最後の最後まで悪あがきを…。

 だがここから落ちて、助かる術はありません。」

 呟いて、そこから立ち去ろうとしたミッシェルが不意にその足を止めた。

 何を思ったか、先ほどまで富樫が立っていた場所に膝をつき、彼が落ちた先を覗き込む。

 そこにまた、先ほど聞こえた豪毅の声が響いた。

 

『やっと勝負がついたな、黒薔薇のミッシェル。

 なんとも貴様らしくない闘いよ。

 奴のようななんの技もなく、時代遅れの精神主義一点張りで挑んでくる未熟者の下衆に、こうも手間取るとは。』

 豪毅……あんたはもう少し、歯に衣着せる事を学んだ方がいい。

 否定はできないがいろいろ言い過ぎだよ!

 

『どうせ貴様のことだ。

 遊んでおったとでも言いたいのであろうが…』

「……総帥。

 お言葉ではありますが……富樫とかいう男、決して未熟者でも下衆でもありませんでした。」

 豪毅の言葉にそう返して、ゆらりと立ち上がったミッシェルの身体が、そのまま後ろへと傾いでいく。

 先ほどのバラよりも鮮やかな鮮血が、ミッシェルの胸に突き立った剣を赤く染めていた。

 その光景に、私のそばでモニターを見つめていた清子さんが、小さく悲鳴を上げる。

 

「た、たいした男です……ドスが抜けなくなったと見せかけ、それに命綱を引っ掛けておくとは……み、見事、です。」

 ズームアップされたその闘場の端、地面に刺さったドスが、何故か白い布を絡ませている。

 その布の先に、逆さまにぶら下がる富樫の姿があった。

 え…つまり、この布の正体は…。

 

「ば、馬鹿野郎。なにを勘違いしてやがる!!

 ほ、本当に抜けなくなったドスに、偶然フンドシが引っかかっただけじゃい!

 し、しかし運も実力のうちだぜ!!」

 やっぱりか!

 起死回生の勝利を上げた男とは思えぬほどマヌケな言葉とその姿に、私は深いため息をついた。

 

「さ、さあ早く上がってこい、富樫──っ!!」

 虎丸が叫ぶ声に応え、若干解けかかっているそれを伝って富樫が崖をよじ登る。

 だが、それはやはり、命綱としてはあまりにも脆弱だった。

 

「うおおっ!ちくしょう、なんてこった──っ!!」

 ドスに絡みつけた布が、富樫の体重を支えきれずに悲鳴をあげる。

 それが裂けてしまう前に急いでよじ登ろうとするも間に合わず、富樫の身体は再び、重力に従って落下した。

 

「あ、あとは頼んだぜ〜〜っ!!男塾万歳──っ!!」

 ………筈だった。

 

「さ、さあ。

 は、早く上がってくるのです、富樫……!!」

 重力に逆らうすべもなくただ落ちていく筈だった富樫の身体を引き止めたのは、まさかの敗北を喫したミッシェルの、切れた布の端を握る手だった。

 

 ☆☆☆

 

「血迷ったか、ミッシェルの奴。

 あんな下衆の命を救うとは!!

 これは重大なる裏切り行為ですな、総帥。

 ミッシェルの処分は私にお任せを!!」

 俺の後ろで大型モニターを眺めていた部下の1人が、そう言って進み出て、操作パネルのいくつかのボタンに触れる。

 それはどうやら狙撃用の銃器のスイッチであったらしく、操作する操縦桿のようなものが出てきて、男はそれを握った。

 モニターに完全に背を見せているミッシェルに照準を合わせる。

 

「死ねい、裏切り者めが──っ!!」

 発射のスイッチを押そうとするその無駄に嬉々とした顔が見るに耐えず、俺は構えると同時に刀の鯉口を切った。

 …奴の両手首から先が床に落ちる音よりも先に、俺の刀が鞘に納まる。

 

「う…うおおおっ!

 な、なにをなされますか、総帥──っ!!」

 まったく。喚く声すら聞き苦しい。

 

「下衆は貴様だ!!

 命を賭して闘う男の、誇りと気概がわからぬ貴様に、冥凰島十六士たる資格はない!!」

 少なくとも、あの誇り高いミッシェルが認めた男なのだ。

 ならば奴を評価するのと同じだけ、認めない訳にはいくまい。

 

 ☆☆☆

 

 …俺を引っ張り上げた時には、ミッシェルは既に虫の息だった。

 最後の力を、俺を助ける為に使ったのか。

 

「何故だ……何故、この俺を助けた……!?」

 さっきまでは間違いなく、こいつは俺を殺す気でいた筈だ。

 俺の問いに、今にも途絶えそうな息の下で、それでもうっすらとミッシェルが笑う。

 

「わ、わたしにもわかりません…けど、貴方がわたしと逆の立場でも、きっと同じことをしたでしょう?

 わ、わたしには、それがわかります…。

 …お行きなさい、胸を張って。

 貴方は、この黒薔薇のミッシェルに勝ったのですから……!!」

 …なんでか無意識に差し伸べちまった俺の手を、きれいな指が握りしめた。

 

「悔いは…ありません。

 貴方の様な人と、闘えたことを、誇りに……」

 その言葉を最後まで言い終えず、それでも満足げに微笑んで、ミッシェルの指から力が…抜けた。

 

 …黒薔薇の花言葉は『彼に永遠の死を』だったか。

 確かセンクウ先輩が言っていた。

 そういや、あの人と闘った時も、最後は助けられたっけ。

 あん時は、『命あればたまには思い出せ』なんて言われたよな。

 

 闘場一面に撒かれたバラの花をかき集めて、ミッシェルの身体をそれで覆ってから、俺は闘場を後にした。

 

 …たまにどころか、絶対に忘れねえ。

 ミッシェル…おまえは真の男だったぜ…!!

 

 ☆☆☆

 

 …覚悟はしていた筈だった。

 少なくとも、御前を自身の手にかける決意は固めていたし、豪毅にならば殺されてもいいと思ってきた。

 けれど、私はまだまだ甘かったのだ。

 かつて所属していた組織と敵対するという事は、今でもそこにいる、心通わせた人達とも、殺し合わなければならないという実感に、今になってようやく到達したのだから。

 お菓子ではなく花束を受け取る約束をした5年前のあの日が、結局は今生の別れだったという事だ。

 

 ・・・

 

 部屋のドアがノックされ、対応に出た清子さんが、声を弾ませて戻ってくる。

 

「姫様、姫様!

 中央塔から、こんなに大きな花束が届きましてよ!

 贈り主は、黒薔薇のミッシェル様ですって!!」

 差し出されたそれは、大輪の赤いバラと、その中に一本だけ白いバラが混ざった花束だった。

 …確かこの組み合わせは『打ち解けた仲』みたいな意味だった気がする。

 何本あるかまではさすがにひと目ではわからないが。

 

「このタイミングで届いたという事は、試合が始まる前に御用意されて、届けさせたのですね。

 …試合に負けてしまったのは残念ですけれども、やはり素敵な方ですわねぇ。

 ……姫様?」

 ここに私がいると知って、あの日の約束を果たしてくれたその人に、もはや二度と会うことはない。けど。

 

「なんでも…ありません。」

 今、私は後悔することも、泣くことも許されない。

 私はもう、お菓子を貰って無邪気に喜んでいたあの日の子供じゃない。

 今こうして、慕わしい歳上の友の死の悲しみに押し潰されそうな現実が、私が選んで進んだ道の結果のひとつである以上、それを間違いにしてしまうわけにはいかない。

 

 富樫を最後には認めてくれたあの気高い騎士を、間違った選択で死へと導かれた間抜けにしてはいけないのだから。

 

S'il vous plaît ne pleure pas, (どうか、泣かないで)Petite princesse.(小さな姫君)

 あの日の彼の優しい声が、今再び耳に蘇って、私は涙が溢れないように目を閉じた。




頑張って、綺麗に書いたつもりです…。

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