婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
民明書房の知識を胸張って披露するのはやめましょう。
「光お姉さんとの約束だよ!」
俺の攻撃を辛うじて致命傷だけは避けた
「どうする、まだ闘うつもりか!?
出来ることなら、命まではとりたくない。」
先ほどより刃を交えて、この男は誇り高い戦士だと、肌で感じていた。
だからと思った事を口にしたが、それはこの男の誇りを、傷つける言葉と受け取られたらしい。
「……何を、たわけたことを…!
見るがいい…我が部族、天空の神より授かった、この偉大なる力を!!
この技がこの
奴はそう言うと、武器としていた手斧の柄を口に咥え、しゃがむ姿勢に腰を落とすと、両拳を前に突き出す構えを取った。
そうしてから俺と繋がる鎖を握りしめ、それを張るように引く。そして。
「冥凰島奥義・
奴の身体が、強く輝いたように見えた。
次の瞬間、鎖で繋がれた左手に、そして全身に、衝撃と激痛が駆け巡った。
まるで奴の指先から鎖を伝わり、迸った何かが、全身を貫いたような。
それにより硬直した間隙をついて、斧の攻撃が、俺の身体に浅くない傷を負わせる。
「思い知ったか…
今ふたたび味わうがよい!!」
同じ技の第二撃が、またも俺の全身を貫く。
反射的な筋肉の緊張、直接神経を刺激したような痛み、肌の表面が焼けるような感覚…これは。
「ぐはっ!!」
動きの止まった俺の今度は脇腹が、手斧の刃で抉られる。
覚えず膝をついた身体を、辛うじて刀を地に突いて支えた。
「そ、そうか。どうやら読めたぜ……!!」
「そうよ…
もはや、貴様にあるのは確実なる死…!!」
そう、俺が二度浴びた衝撃は電撃。
全身を貫いた激痛は、まさに感電の症状だった。
「ま、間違いない。
まさしくあれは中国拳法でいう
自陣から、息を呑んだような月光の声が聞こえてくる。
自然界には電気ウナギ・電気クラゲのような、体内に発電器官を持つ生物が数多く存在する。
人間の血液にも、微量ながら電流を帯びたイオン質が含まれている。
それを修練により増幅させ強力な電流として、その刺激で敵を怯ませ倒すのが、中国拳法秘中の秘といわれる
その開祖・
ちなみに現代でも、感動した時などに「しびれる」というのは、この
電気ウナギは、自らの発した電撃で感電しないわけではないと、俺も何かで読んだことがある。
厚い脂肪組織で遮ることで深刻化しないだけだと。
イチかバチか…傷の痛みを堪えながら、俺は何とか立ち上がり、奴の脚を斬りつけた。
「その傷ではいくらあがこうと無駄なこと!!
今の一撃で貴様が斬ったのは靴だけだ。
おかげで靴が使いものにならなくなった。」
身体に傷を付けるに及ばなかった俺の一撃を嘲りながら、奴が、俺の刀がベルトを切り裂いたグラディエーターブーツを片方脱ぎ捨てる。
その目が一瞬、完全に俺から離れた。
次に、奴の素足が地面を踏みしめると同時に、その閃いた左手が鎖を操る。
それは俺の身体に巻きついた。
そうしてみたび、例の構えを取る
「覚悟はいいか!!
俺のもつ最大限の力を放出し、貴様をこのまま葬ってやろう!!」
鎖を巻きつけたのは、広範囲に電流を流す目的か。
次の一撃への奴の本気を、自陣の味方も感じたものか、鎖を斬れとの声が聞こえる。
拘束されているのは上腕部のみで、肘から下は動かせなくもないから、不可能ではない。が。
「そういうわけにはいかない…一度受けた決闘法だ。
最後までこれで決着をつけるぜ!」
男塾魂とはそういうものだ。
『男の面子だのプライドだの、そんなもの私には関係ありません。』
いつか、光が言った言葉が、不意に脳裏に蘇った。
彼女ならきっと、今の俺の言葉に呆れた顔で『馬鹿ですか、あなたは』とでも言うんだろう。
だが、男である限りどうしても譲れない線があり、そこは彼女には理解し得ない感覚なのだろうし…その必要もない。
『死んで楽になれると思うな!
むしろ死んでも死ぬ気で生きろ!』
あれは、写真に書かれていた言葉だったか。
字からして彼女が書いたものではなかろうが、妙にあいつらしい言葉だった。
……わかってるさ。
俺だって、潔く死ぬつもりでこの勝負を受けると言っているわけではない。
切り札は既に、俺の手の中にあるのだから。
「よく言った、では死ぬがいい──っ!!」
奴の手から紫電が閃き、その身体が先程とは比べ物にならない輝きを放つ。
瞬間、後ろ手に隠し持っていたその切り札を、躊躇なく
「こ、これで俺を倒す事は出来ん。
よく足元を見るんだな。」
この切り札は、俺自身無傷というわけにはいかない。
むしろ奴の技をそのまま受ける事になる。
それを耐え切るまでが勝負だ。
「なに!?……なんだ、この水は!!」
「貴様の持っていた聖水とやらを地面に撒いたのだ。
わかるか、これがどういう意味か!!」
例の魔法のヤカンならぬありがたい水筒は、結構な中身を残したまま足元に転がっていた。
さっき立ち上がる時ついでに拾ったそれを傾け、中身を全部足元にぶちまけると、それが俺と奴の足元を充分に濡らしており…
「わ、忘れていたようだな!
水が電流を伝えるということを!!」
それはただの水。されど水。
奴自身も全く感電していないわけではないところへ、同じだけの電撃を自身の身体に浴びた、その衝撃は如何許りのものだったか。
「うごお〜〜っ!!」
奴自身の身体に返った衝撃は、まるで内側から爆発したように、一瞬でその肉体を焼き、身につけた防具と鎖までもを焼き切った。
「とんだ聖水だったな。
文句はリムゾン河の神様に言ってくれ!!」
…その神の怒りではなかろうが、急に空模様が荒れ始めた。
今、ここに倒れている男が発していたのと同じ光が、天の上で輝き、次に凄まじい音を轟かす。
「おーい、桃!!
勝負はついたんじゃ、早く返って来いや──っ!」
俺の受けた傷を心配して、闘場に仲間の声がかかる。
それに頷いて戻ろうと、倒れた
「ぐっ!!」
次の瞬間、切れたはずの鎖が飛んできて、俺の足首に絡みつく。
更にそれを引かれてバランスを崩し、地面に近いところから見上げた先で、黒い空が一瞬輝き、全身からまだ煙を漂わせた男の姿を浮かび上がらせた。
「俺の守護神は天空の
その神がエールを送ってきたのだ…!!
闘え、
いくら大電流とはいえ、おのれが発したもの。
油断したな。身動き取れまいが!」
まったく、タフな野郎だ。
羽根の頭部分は少し焦げてはいたが、使用には問題ないらしく、鋭い針がついたそれを、俺は見切って刀で斬り払った。
奴の身体が万全でないからなのか、速度も勢いも先ほどのそれより明らかに劣っている。
だが、
身体を支えるのに費やした一瞬の隙をついて、羽根の一本が腕に突き刺さる。
だが、それだけの事だ。
急所に刺さったわけでもない、たかだか一本。
やけに嬉しそうにニヤリと笑った奴の顔に、不審を抱きつつもそう思って、口で引き抜いたのも束の間だった。
まるで先ほどの電撃を浴びた時のように、激痛が全身に走り、筋肉が硬直する。
立っていられずに崩れた膝が地についた。
これは…まさか。
「悪く思うな。
これも冥凰島十六士の勝利のため……!!
俺の主義には反するが、羽根に毒を塗らせてもらった。」
この男…いつの間にと思うのもそうだが、先ほどは確かに、毒は使わないと言っていた筈だ。
毒自体は卑怯な事ではないが、自身の言葉を自身で翻すとは。
この男を誇り高い戦士と思っていたのは、俺の見込み違いだったようだ。
毒の強さ自体は、命にかかわるものではないようだが、恐らくは神経に作用するもので、筋肉の硬直が続いている間は、体の自由がきかない。
「これで、勝負は完全に逆転した──っ!!」
そうして動きの鈍った俺に、容赦なく奴の斧が襲いかかる。
情けないが、致命傷を避けるだけで精一杯。
「汚ねえぞ!
羽根に毒は使わねえなんて言っておきながら──っ!!」
「それも時と場合によりけりだ──っ!!」
俺の仲間の言葉に、ムキになって言い返すあたり、己でも闘技に反した行いを恥じてはいるのだろうが。
「所詮、身から出たサビよ。
俺が死んだと思い込み、生死も確かめずに背を向けるとはな!!」
「…貴様が生きていたのは知っていた。
で、出来ることなら、殺したくはなかったのだ……!!」
「なんだと……!!」
それは、奴が最初に示していたその誇りに、敬意を評していたから。
だがそれを捨てた今、こいつにその価値はない。
やはりその死をもって、この勝負に幕を下ろすしかないようだ。
ズボンの内側から、脚に添わせていた脇差を左手で引き抜き、鞘を落とす。
そうして右手の太刀と共に、二刀流の構えを取った。
「とんだ悪あがきを。
毒がまわり、深手を負ったその状態で、それがなんになるというのだ。」
勝利を確信して襲いかかる
毒の量が微量だったせいか、出血でその影響からは脱しつつあるが、やはり出血の分だけ、体力の消耗が激しい。
だが、今はそれでいい。
ある程度動けさえすれば、機会は必ず訪れる。
俺は待った。その瞬間を。そして。
「観念せい。これで完全に勝負あった。」
「観念するのは貴様だ、
「たわけたことを!
俺に天空の守護神がついている限り、敗北はないのだ──っ!!」
とどめを刺しに向かってくる
すぐにそれに気づいた
「ホウ…
だがこんなものは、蚊に刺されたに等しい…ん?
……なんだ、このヒモは……!?」
まあ、気がつかぬほど目が曇ってはいないか。
しかし、遅い。あの雲の感じなら、そろそろだ。
「その鋼線は、この大刀と結ばれている……!!」
言って、大刀を上空へと投げ放つ。
そこに降る、天からの閃光。
「ぎゃごお〜〜っ!!」
邪鬼先輩と闘い勝利した時と同じように、今再び天の怒りが俺の刀を伝って、それを守護神としていた筈の男の身体へと降り注いだ。
「…いかに貴様でも、それには耐えきれまい。」
自身が発するよりもはるかに強い電撃に、今度こそ全身を焼き尽くされ、
「ううっ…ば、馬鹿な……な、なぜ俺の守護神である
自身に起きたことが信じられずに、死を待つばかりのその男に、どこか哀れを誘われながら、俺はその姿に背を向ける。
「貴様は見放されたのだ。
その守護神とやらに…!!
己の信念を曲げ、羽根に毒を塗った時から……!!」
その惨たらしい最期までは見るに耐えず、俺は自陣へと続く縄ばしごに足をかけた。
俺に使われた毒が直接命を奪うものでなかった事が、彼の最後の誇りであったことを、せめてと願いながら。
☆☆☆
「…油断しおったな。
二本の刀で雷を導くなどという苦肉の策に、土壇場で引っかかりおるとは。」
完全勝利に早くも土がついた事もさる事ながら、配下の闘士たちがつまらぬ事を言い出して、若干苛つく。
「苦肉の策だと…貴様らの目は節穴か。」
剣と名乗った、男塾の大将。
あの男なら、最初から二刀流で闘って、
そうしなかったのは、俺たちの目を意識して、実力の全てを見せぬ為。
それだけの実力を持っている事、先ほど目を合わせた時に既に判っていた。
そして、その秘めた力の中に、どこか俺と似通ったものを感じる事も。
それに先ほど、あの銀髪の男が俺を、『光の弟』と告げた瞬間に見せた、あの微かな動揺。
あの瞬間に、奴の光への感情を見た。
それは、下手するとあの銀髪よりも、むしろ…!
いや、今は考えまい。
これで光が、奴らのもとにいる事ははっきりした。
出場チームとして、奴らの完璧なデータは既に揃っている。
ここで奴らを皆殺しにしてから、ゆっくり取り戻せばいいだけだ。
・・・
「…姫の事、総帥には?」
「まだ言わぬ方が良かろう。
若は冷静に見せて、まだまだ歳相応の青いところがおありだ。
姫は、あの方にとって、ある意味そのお心の全てを寄せる存在。
それをやられては、他の闘士たちの士気にもかかわるゆえ、な。」
「……心得ました、洪師範。
では、わたしは総帥の怒りを鎮めるべく、次の闘いに出ることにいたしましょう。
…久しぶりに、姫にお会いできないのは、わたしも残念ですが。」
桃がズボンから出した