婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝   作:大岡 ひじき

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…電気ウナギは間違いなく体から電気発しますが、電気クラゲのはそれに似た毒の効果で、実際に発電してるわけじゃありません。
民明書房の知識を胸張って披露するのはやめましょう。
「光お姉さんとの約束だよ!」


2・優しさだけを振りかざしても何も掴めない

 俺の攻撃を辛うじて致命傷だけは避けた赤い稲妻(レッド・サンダー)が、防具の肩当てを片方砕かれて歯噛みする。

 

「どうする、まだ闘うつもりか!?

 出来ることなら、命まではとりたくない。」

 先ほどより刃を交えて、この男は誇り高い戦士だと、肌で感じていた。

 だからと思った事を口にしたが、それはこの男の誇りを、傷つける言葉と受け取られたらしい。

 

「……何を、たわけたことを…!

 見るがいい…我が部族、天空の神より授かった、この偉大なる力を!!

 この技がこの赤い稲妻(レッド・サンダー)、俺の名の由来よ!!」

 奴はそう言うと、武器としていた手斧の柄を口に咥え、しゃがむ姿勢に腰を落とすと、両拳を前に突き出す構えを取った。

 そうしてから俺と繋がる鎖を握りしめ、それを張るように引く。そして。

 

「冥凰島奥義・悪魔の赤い稲妻(デビルズ・レッド・サンダー)!!」

 奴の身体が、強く輝いたように見えた。

 次の瞬間、鎖で繋がれた左手に、そして全身に、衝撃と激痛が駆け巡った。

 まるで奴の指先から鎖を伝わり、迸った何かが、全身を貫いたような。

 それにより硬直した間隙をついて、斧の攻撃が、俺の身体に浅くない傷を負わせる。

 

「思い知ったか…悪魔の赤い稲妻(デビルズ・レッド・サンダー)の威力!!

 今ふたたび味わうがよい!!」

 同じ技の第二撃が、またも俺の全身を貫く。

 反射的な筋肉の緊張、直接神経を刺激したような痛み、肌の表面が焼けるような感覚…これは。

 

「ぐはっ!!」

 動きの止まった俺の今度は脇腹が、手斧の刃で抉られる。

 覚えず膝をついた身体を、辛うじて刀を地に突いて支えた。

 

「そ、そうか。どうやら読めたぜ……!!」

 悪魔の赤い稲妻(デビルズ・レッド・サンダー)、その技の正体、それは。

 

「そうよ…(いかずち)こそ我が力なり……!!

 もはや、貴様にあるのは確実なる死…!!」

 そう、俺が二度浴びた衝撃は電撃。

 全身を貫いた激痛は、まさに感電の症状だった。

 

「ま、間違いない。

 まさしくあれは中国拳法でいう髐撥雷神拳(きょうはつらいじんけん)……!!」

 自陣から、息を呑んだような月光の声が聞こえてくる。

 

 髐撥雷神拳(きょうはつらいじんけん)

 自然界には電気ウナギ・電気クラゲのような、体内に発電器官を持つ生物が数多く存在する。

 人間の血液にも、微量ながら電流を帯びたイオン質が含まれている。

 それを修練により増幅させ強力な電流として、その刺激で敵を怯ませ倒すのが、中国拳法秘中の秘といわれる髐撥雷神拳(きょうはつらいじんけん)である。

 その開祖・司埤麗(しびれい)は、身の丈十尺以上の熊に銅線を巻きつけ、一撃のもとに感電死させたという。

 ちなみに現代でも、感動した時などに「しびれる」というのは、この司埤麗(しびれい)の名に由来するという。

民明書房刊『中国電化大革命史』より

 

 電気ウナギは、自らの発した電撃で感電しないわけではないと、俺も何かで読んだことがある。

 厚い脂肪組織で遮ることで深刻化しないだけだと。

 イチかバチか…傷の痛みを堪えながら、俺は何とか立ち上がり、奴の脚を斬りつけた。

 

「その傷ではいくらあがこうと無駄なこと!!

 今の一撃で貴様が斬ったのは靴だけだ。

 おかげで靴が使いものにならなくなった。」

 身体に傷を付けるに及ばなかった俺の一撃を嘲りながら、奴が、俺の刀がベルトを切り裂いたグラディエーターブーツを片方脱ぎ捨てる。

 その目が一瞬、完全に俺から離れた。

 次に、奴の素足が地面を踏みしめると同時に、その閃いた左手が鎖を操る。

 それは俺の身体に巻きついた。

 そうしてみたび、例の構えを取る赤い稲妻(レッド・サンダー)が、高らかに言い放つ。

 

「覚悟はいいか!!

 俺のもつ最大限の力を放出し、貴様をこのまま葬ってやろう!!」

 鎖を巻きつけたのは、広範囲に電流を流す目的か。

 次の一撃への奴の本気を、自陣の味方も感じたものか、鎖を斬れとの声が聞こえる。

 拘束されているのは上腕部のみで、肘から下は動かせなくもないから、不可能ではない。が。

 

「そういうわけにはいかない…一度受けた決闘法だ。

 最後までこれで決着をつけるぜ!」

 男塾魂とはそういうものだ。

 

『男の面子だのプライドだの、そんなもの私には関係ありません。』

 いつか、光が言った言葉が、不意に脳裏に蘇った。

 彼女ならきっと、今の俺の言葉に呆れた顔で『馬鹿ですか、あなたは』とでも言うんだろう。

 だが、男である限りどうしても譲れない線があり、そこは彼女には理解し得ない感覚なのだろうし…その必要もない。

 

『死んで楽になれると思うな!

 むしろ死んでも死ぬ気で生きろ!』

 あれは、写真に書かれていた言葉だったか。

 字からして彼女が書いたものではなかろうが、妙にあいつらしい言葉だった。

 ……わかってるさ。

 俺だって、潔く死ぬつもりでこの勝負を受けると言っているわけではない。

 

 切り札は既に、俺の手の中にあるのだから。

 

「よく言った、では死ぬがいい──っ!!」

 奴の手から紫電が閃き、その身体が先程とは比べ物にならない輝きを放つ。

 瞬間、後ろ手に隠し持っていたその切り札を、躊躇なく()()()

 

「こ、これで俺を倒す事は出来ん。

 よく足元を見るんだな。」

 この切り札は、俺自身無傷というわけにはいかない。

 むしろ奴の技をそのまま受ける事になる。

 それを耐え切るまでが勝負だ。

 

「なに!?……なんだ、この水は!!」

「貴様の持っていた聖水とやらを地面に撒いたのだ。

 わかるか、これがどういう意味か!!」

 例の魔法のヤカンならぬありがたい水筒は、結構な中身を残したまま足元に転がっていた。

 さっき立ち上がる時ついでに拾ったそれを傾け、中身を全部足元にぶちまけると、それが俺と奴の足元を充分に濡らしており…

 

「わ、忘れていたようだな!

 水が電流を伝えるということを!!」

 それはただの水。されど水。

 赤い稲妻(レッド・サンダー)の放った電流は、俺の身体から足元の濡れた地面へ伝わり、その水の流れのままに、それをまた奴のところへと返す。

 奴自身も全く感電していないわけではないところへ、同じだけの電撃を自身の身体に浴びた、その衝撃は如何許りのものだったか。

 

「うごお〜〜っ!!」

 奴自身の身体に返った衝撃は、まるで内側から爆発したように、一瞬でその肉体を焼き、身につけた防具と鎖までもを焼き切った。

 

「とんだ聖水だったな。

 文句はリムゾン河の神様に言ってくれ!!」

 

 …その神の怒りではなかろうが、急に空模様が荒れ始めた。

 今、ここに倒れている男が発していたのと同じ光が、天の上で輝き、次に凄まじい音を轟かす。

 

「おーい、桃!!

 勝負はついたんじゃ、早く返って来いや──っ!」

 俺の受けた傷を心配して、闘場に仲間の声がかかる。

 それに頷いて戻ろうと、倒れた赤い稲妻(レッド・サンダー)に背を向けた瞬間、僅かな空気の動きを感じた。

 

「ぐっ!!」

 次の瞬間、切れたはずの鎖が飛んできて、俺の足首に絡みつく。

 更にそれを引かれてバランスを崩し、地面に近いところから見上げた先で、黒い空が一瞬輝き、全身からまだ煙を漂わせた男の姿を浮かび上がらせた。

 

「俺の守護神は天空の(いかずち)……!

 その神がエールを送ってきたのだ…!!

 闘え、赤い稲妻(レッド・サンダー)…殺せ、貴様をとな!!

 いくら大電流とはいえ、おのれが発したもの。

 油断したな。身動き取れまいが!」

 まったく、タフな野郎だ。

 赤い稲妻(レッド・サンダー)は頭飾りを再び振り回すと、先ほどのように無数の羽根を飛ばしてくる。

 羽根の頭部分は少し焦げてはいたが、使用には問題ないらしく、鋭い針がついたそれを、俺は見切って刀で斬り払った。

 奴の身体が万全でないからなのか、速度も勢いも先ほどのそれより明らかに劣っている。

 だが、赤い稲妻(レッド・サンダー)は俺の脚に巻きついた鎖を再び引いて、俺はまたも体勢を崩される事になった。

 身体を支えるのに費やした一瞬の隙をついて、羽根の一本が腕に突き刺さる。

 だが、それだけの事だ。

 急所に刺さったわけでもない、たかだか一本。

 やけに嬉しそうにニヤリと笑った奴の顔に、不審を抱きつつもそう思って、口で引き抜いたのも束の間だった。

 まるで先ほどの電撃を浴びた時のように、激痛が全身に走り、筋肉が硬直する。

 立っていられずに崩れた膝が地についた。

 これは…まさか。

 

「悪く思うな。

 これも冥凰島十六士の勝利のため……!!

 俺の主義には反するが、羽根に毒を塗らせてもらった。」

 この男…いつの間にと思うのもそうだが、先ほどは確かに、毒は使わないと言っていた筈だ。

 毒自体は卑怯な事ではないが、自身の言葉を自身で翻すとは。

 この男を誇り高い戦士と思っていたのは、俺の見込み違いだったようだ。

 毒の強さ自体は、命にかかわるものではないようだが、恐らくは神経に作用するもので、筋肉の硬直が続いている間は、体の自由がきかない。

 

「これで、勝負は完全に逆転した──っ!!」

 そうして動きの鈍った俺に、容赦なく奴の斧が襲いかかる。

 情けないが、致命傷を避けるだけで精一杯。

 

「汚ねえぞ!

 羽根に毒は使わねえなんて言っておきながら──っ!!」

「それも時と場合によりけりだ──っ!!」

 俺の仲間の言葉に、ムキになって言い返すあたり、己でも闘技に反した行いを恥じてはいるのだろうが。

 

「所詮、身から出たサビよ。

 俺が死んだと思い込み、生死も確かめずに背を向けるとはな!!」

「…貴様が生きていたのは知っていた。

 で、出来ることなら、殺したくはなかったのだ……!!」

「なんだと……!!」

 それは、奴が最初に示していたその誇りに、敬意を評していたから。

 だがそれを捨てた今、こいつにその価値はない。

 やはりその死をもって、この勝負に幕を下ろすしかないようだ。

 ズボンの内側から、脚に添わせていた脇差を左手で引き抜き、鞘を落とす。

 そうして右手の太刀と共に、二刀流の構えを取った。

 

「とんだ悪あがきを。

 毒がまわり、深手を負ったその状態で、それがなんになるというのだ。」

 勝利を確信して襲いかかる赤い稲妻(レッド・サンダー)の斧をいなし、力を逸らすことで、ギリギリ致命傷は回避する。

 毒の量が微量だったせいか、出血でその影響からは脱しつつあるが、やはり出血の分だけ、体力の消耗が激しい。

 だが、今はそれでいい。

 ある程度動けさえすれば、機会は必ず訪れる。

 俺は待った。その瞬間を。そして。

 

「観念せい。これで完全に勝負あった。」

「観念するのは貴様だ、赤い稲妻(レッド・サンダー)!!」

「たわけたことを!

 俺に天空の守護神がついている限り、敗北はないのだ──っ!!」

 とどめを刺しに向かってくる赤い稲妻(レッド・サンダー)に、俺は左手の脇差を投げ打つ。

 すぐにそれに気づいた赤い稲妻(レッド・サンダー)は、反射的に自身の左腕でブロックして、刃がそこに突き刺さる。

 

「ホウ…小刀(しょうとう)を投げるとは。

 だがこんなものは、蚊に刺されたに等しい…ん?

 ……なんだ、このヒモは……!?」

 まあ、気がつかぬほど目が曇ってはいないか。

 しかし、遅い。あの雲の感じなら、そろそろだ。

 

「その鋼線は、この大刀と結ばれている……!!」

 言って、大刀を上空へと投げ放つ。

 そこに降る、天からの閃光。

 

「ぎゃごお〜〜っ!!」

 邪鬼先輩と闘い勝利した時と同じように、今再び天の怒りが俺の刀を伝って、それを守護神としていた筈の男の身体へと降り注いだ。

 

「…いかに貴様でも、それには耐えきれまい。」

 自身が発するよりもはるかに強い電撃に、今度こそ全身を焼き尽くされ、赤い稲妻(レッド・サンダー)の身体がゆっくりと地に落ちる。

 

「ううっ…ば、馬鹿な……な、なぜ俺の守護神である(いかずち)が……!!」

 自身に起きたことが信じられずに、死を待つばかりのその男に、どこか哀れを誘われながら、俺はその姿に背を向ける。

 

「貴様は見放されたのだ。

 その守護神とやらに…!!

 己の信念を曲げ、羽根に毒を塗った時から……!!」

 その惨たらしい最期までは見るに耐えず、俺は自陣へと続く縄ばしごに足をかけた。

 俺に使われた毒が直接命を奪うものでなかった事が、彼の最後の誇りであったことを、せめてと願いながら。

 

 ☆☆☆

 

「…油断しおったな。

 赤い稲妻(レッド・サンダー)ともあろう者が。

 二本の刀で雷を導くなどという苦肉の策に、土壇場で引っかかりおるとは。」

 完全勝利に早くも土がついた事もさる事ながら、配下の闘士たちがつまらぬ事を言い出して、若干苛つく。

 

「苦肉の策だと…貴様らの目は節穴か。」

 剣と名乗った、男塾の大将。

 あの男なら、最初から二刀流で闘って、赤い稲妻(レッド・サンダー)を倒す事も出来ただろう。

 そうしなかったのは、俺たちの目を意識して、実力の全てを見せぬ為。

 それだけの実力を持っている事、先ほど目を合わせた時に既に判っていた。

 そして、その秘めた力の中に、どこか俺と似通ったものを感じる事も。

 それに先ほど、あの銀髪の男が俺を、『光の弟』と告げた瞬間に見せた、あの微かな動揺。

 あの瞬間に、奴の光への感情を見た。

 それは、下手するとあの銀髪よりも、むしろ…!

 

 いや、今は考えまい。

 これで光が、奴らのもとにいる事ははっきりした。

 出場チームとして、奴らの完璧なデータは既に揃っている。

 ここで奴らを皆殺しにしてから、ゆっくり取り戻せばいいだけだ。

 

 ・・・

 

「…姫の事、総帥には?」

「まだ言わぬ方が良かろう。

 若は冷静に見せて、まだまだ歳相応の青いところがおありだ。

 姫は、あの方にとって、ある意味そのお心の全てを寄せる存在。

 闘技場(コロシアム)に居ると判れば、この先の闘いを放り出して、取り戻しに行かれてもおかしくはない。

 それをやられては、他の闘士たちの士気にもかかわるゆえ、な。」

「……心得ました、洪師範。

 では、わたしは総帥の怒りを鎮めるべく、次の闘いに出ることにいたしましょう。

 …久しぶりに、姫にお会いできないのは、わたしも残念ですが。」




桃がズボンから出した小刀(しょうとう)、その収納に関して、今回光のツッコミがないのが惜しくて仕方ないよ…!

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