一色を連れて俺が訪れたのはこの辺で唯一のチェーン店でないラーメン屋。なりたけのように脂コッテリではないもののなかなかの美味しさを誇るラーメン屋だ。
「おおー」
カウンターに座り注文をする
「豚骨細麺ハリガネで」
「ちょ、自分だけ決めないで下さいよぉ、何がオススメですか?」
「あー、そうだなここは何より豚骨が上手いんだが酒飲んだ後だと醤油もイケるな」
「じゃあ、私味噌ラーメンにしよっかなー」
「なんでオススメ聞いたんだよ…」
やめてね?人の意見聞くだけ聞いてガン無視するのやめてね?
「あはは、冗談ですよ先輩。私も豚骨にします。細麺で固さは普通で。」
おお、一色があの一色がラーメン屋に馴染んでいるだと…。まあ、それもそうか。俺が卒業してからだから何年だ?もう6年近く会ってないわけだからな。6年もあれば誰だって何だって変わるだろう。そう、どんな関係だって。頭では分かってる。理解してる筈なのに、なんで、どうして胸が締め付けられるのだろうか。どうして脳裏からあの夕暮れ時の教室が消えないのだろう。
「先輩はよくここに来るんですか?」
「ん、あ、ああ。最近は来てなかったから結構久しぶりだな」
一色に話しかけられ思考を中断する。
「そうなんですね、あれ?だとしたら先輩普段何食べてるんです?」
「いや、普通の食事だけど…」
別に俺だってラーメンしか食べないわけじゃないよ?
「自炊でもしてるんですか?」
「いや、外かコンビニ弁当だけど」
自炊とか面倒くさくてやってらんねーわ。
「…先輩って専業主婦志望なんじゃ」
「もう働いてる時点でお察しなんだよなぁ…」
随分昔の夢を持ち出してきたものだ。
「まあ、そうですよね…。普通に無理ですよね。」
「うるせーな…。そういうお前こそどうなんだよ編集者の男は捕まえたのか?」
俺は無理でした。
「あー、そんな話もしましたねー。懐かしい」
どこか遠い目をする一色。
「あの会社入ってきた時点でお察しですよね…」
「まぁ、そうだよな。そもそも編集者とかその辺でエンカウントするもんじゃないもんな。」
メタル〇ライムかっつーの。
「そうなんですよねー…。会ったら落とs…好きになって貰えるように努力するんですけどねぇ」
「お前今落とすって言いそうにならなかった?」
「やだなぁ、そんな訳ないですよー。先輩ったら酔ってるんじゃないですかぁ?」
本当に変わってないなコイツ…。
「バカ、俺は酒は強いんだよ。それにあんな所じゃ飲む気も起きん。」
「あー、宅飲みバンザイって感じですね先輩」
「その通りだけどなんでわかったんだよ…」
「先輩ですもん」
それだけで納得出来ちゃう、不思議☆
「お前はお前で滅茶苦茶注がれてたけど大丈夫なのか?」
男性社員ABCその他大勢に。
「見てたなら助けて下さいよ…」
「嫌だよ、お前も本気で嫌がってなかったし」
「まぁ、あのくらいなら別にって感じですねー。私もそこそこお酒強いですし。」
確かにコイツ強そうだなぁ。そんで酔ってもない冷静な頭で酔っちゃいましたぁとか言ってそう。
「なんか失礼なことかんがえてませんか?」
「気の所為木の精」
「うわ、寒」
本気でヒくのやめて貰えませんかね…
「はいお待ちどーさま」
「あ、来ましたね。伸びちゃう前に食べちゃいましょう」
「「いただきます」」
湯気がでているラーメンの皿に手を伸ばす。
「あっつ!?」
「あれ、大丈夫ですか先輩?コップ掴んで冷やしとくといいですよ」
「あー、ありがとう」
この年でラーメン食おうとして火傷とか恥ずかしいな…。
「その歳でラーメンで火傷って…プッ」
「おい、笑ったなお前この。お前がなんかで火傷したら全力で笑ってやるからな」
「先輩は私が小さいものでもケガしたらそんな余裕なく心配するでしょう?」
「…ノーコメント」
これもおにいちゃんスキルの賜物か。
あぁ、小町元気かなぁ…
「えへへ、そんな優しい先輩のままで変わらないことを祈ってますよ」
変わらないことを祈る…か。変わらないものなんてあるのだろうか…。
「先輩?ラーメン冷めちゃいますよ?」
「まだ、冷やしてんだよ…」
まただ。コイツといると、ついどーしょうもないことを考えでしまう。コイツもあの部室にいたからだろうか。
「そろそろ食べないと冷める前に伸びちゃうと思いますよ」
「それもそうだな。いただきます」誤魔化すように返事をして俺もラーメンをすする。
「うむ、相変わらずうまい」
「確かに美味しいですねーココ」
「だろ?」
「なんで先輩が自慢気なんですかね…」
自分のオススメの店褒められるとなんかテンション上がるよね。ソースは俺じゃない。だってオススメする人いねぇもん☆
「「ごちそうさまでした」」
2人して食べ終わり箸を置いた。
「食い終わったし、そろそろ帰るか」
「そーですね」いそいそと荷物をまとめる。
「お会計はまとめてで?」
「あ、いえ「まとめてで、大丈夫です」
「ありがとうございましたー」一色を遮って2人分払う。
「あ、ありがとうございます。」
「おう、気にすんな。入社祝いだ」
「え、あ。それならもっと高いとこ行けば良かった…」
お前は絶対そういうと思ったからな…。先に安く済まさせてもらった。
「ま、いいか。奢って貰ったことは確かですしね。素直にありがとうございますって言っておきます」
「小首を傾げるなあざとらしい」
「あざとらしいってなんですか!?」
「わざとらしいあざとい」
「うわ、寒」
またヒかれてしまった…。
「先輩今どこ住んでるんですかー?」
「会社のすぐ近くだな」
徒歩15分くらいか。
「へー、近すぎると会社から帰った気がしなくて嫌じゃないんですか?」
「俺も一年目のときはそう思ってたんだがな…。親父が絶対に会社の近くにしとけって言うもんだからな」
「先輩が素直に言う事聞いたんですか?」
「あぁ、向こうは社畜のプロだからな」言う事も聞くというものである。
「なんですか社畜のプロって…」
だがしかし、親父の言う事聞いといて良かったと思ったのはそれが初めてかもしれん。
「仕事したあとに遠くまで帰るのはすげーだるいぞ。残業の時とか最悪だな。家が遠いと下手すると帰れないなんてことにもなるらしいからな」
「え、なんですかその恐ろしい話。てかうちの会社にも残業とかあるんですか?」
なにを言ってるんだコイツは。
「今のご時世残業ない会社なんてよっぽど勝ち組な連中しか入れないだろ」
ソースは俺と親父。
「えぇ…残業とかやってられないんですけど…」
「うちはまだマシな方だぞ。残業代しっかりでるからな。」
「出ないのってそれタダのブラック会社なんじゃ…」
本当働くのってきついわ。でも八幡思うの。
働くって素敵
きっと流した汗は美しい
たくさんの夢があれば
くろうなんて
なんのその
いも
杏ちゃんはやっぱり神なんやなって。
「先輩またろくでもないこと考えてまんせか?」
「なんだよろくでもないことって…。お前はさっきの話からするに遠いんだろ?駅まででいいか?」
「あ、はい。ありがとうございますね」
「今の世の中物騒だからな、事件にでも巻き込まれたら大変だろ」
「え、それって私が心配だってことですか?ごめんなさい嬉しいですけど急に言われても対応出来ないしよく考えたら普通の事な気がしないでもないので無理ですごめんなさい」また、振られてしまった…。てかごめんなさい2回言わなかった?
「なんでだよ…。ほら行くぞ」
「あ、待って下さいよぉせんぱぁい!」
だからあざといんだって。
⭐⭐⭐
玄関の鍵を開けて家の中に入る。後ろ手に鍵を閉めながらカバンを放り投げる。疲れた…。普段行かない飲み会なんていったもんだから、体中バキバキである。こんな時はこれ!廊下に幾重にも重ねられたダンボールの中からマッ缶を取り出す。そのままレンジへgo。短い時間温めてレンジから取り出し蓋を開ける。
「ぶはぁー」
生き返る…。本当に奇跡の飲み物だなマッ缶。飲み干したマッ缶を流しの上に置いて服を洗濯機に叩き込み。ちゃっちゃか入浴を済ませる。シャワーを浴びていると一色と別れた時のことが脳裏に浮かび上がってくる。つい先ほどのことだからか、痛いほど鮮明に脳内再生される。
「先輩達になにがあったのかは今はまだ聞きません。でもいつか話てくださいね、先輩。私は正式に入部してたわけではないですけど、先輩たちの、奉仕部の後輩のつもりですから」
最後にウインクしてから一色はホームに消えていった。あざといなんて感想を、抱く暇もなかった。いつか…一色にも、俺たちの後輩にも話せる事ができるのだろうか。この下らない俺達の話なんかを。間違っていたのだろう俺達の青春の話を…。
読んでいただきありがとうございます。八幡は杏Pという設定ですが、作者は杏Pではないです。自分はアーニャユッキたくみんがメイン担当です。初SSRは杏ちゃんなのにね。次もいつ投稿できるかわかりませんがなるべく早めに頑張ります。