やはり俺の青春ラブコメは間違っていたのだろう   作:未果南

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本編の前に少し場所を借りて謝罪を一つ。
前回の後書きに私事を挟んだことに対して謝罪したいと思います。
とあるコメントのお陰で自分が少しばかり舞い上がり過ぎていたことに気付けました。コメントしていただいた方ありがとうございました。
これからもご意見ありましたらなんでもコメントしてくださいできうる限り対応したいと思います。


やはり一色いろはあざとい女である。

居酒屋の前で一人手持ち無沙汰に待っていると、変な目で見られた。

どう見ても人待ちなんだからそんなに変なところは無いはずなのだが…。あ、俺の目が腐ってるからかな。

 

「はぁ…」

 

自分でも割と下らない事だと思いながらそろそろ梅雨に差し掛かろうとする湿った空の下スマホをのぞき込む。

約束していた時間からもうそろそろ1時間は経ちそうだ。

自分から誘っておいて連絡もせず遅れるとか何なのアイツ…。

とそこまで考えてこれが他の奴ならからかわれたとか考えることに思い至った。思わず笑いが零れそうになり、近づく客に不審な目を向けられた。

いつの間にかそこまで信用できるようになっているのかと呆れる

これは俺が成長したからなのか、それともただの慣れなのか。

どちらにせよ今は少しだけそのことが面白かった。

 

そんなことを思っていると道路の向こうで不安そうにこちらを見ている奴がいた。向こうからは俺が見えないのかしつこく探してる所を見ると俺が帰ってしまったのか疑っていそうだ。

仕方ないと思って位置をズレ適当に手を振ってやった。

するとすぐにコチラに気づいたようでパッと顔を輝かせる。

 

ちょっとその変化は卑怯過ぎませんかね…。

 

手をおおきく振りながらコチラに駆け寄って来る姿はさながら犬のようだ。

 

「せーんぱいっ」

 

そうして1時間も待った一色を迎えたのだった。

 

⭐⭐⭐

Aに絡まれた翌日。部長が出社してきた後、EさんとAが部長のデスクに向かっていくのを見た。

あれで俺の昇進なくなんねぇかな…。

実際昇進が確定した訳では無いし、確定したとしても断ることは可能なのである。

ただ、わざわざ2年目の俺を昇進させてくれるということは期待されているということで、普段期待なんてされない俺としてはちょっと張り切ってみたい気がしないでも無くもない。

いや、やっぱ面倒臭いわ。

しかし、部長にはお世話になって…お世話?まぁいい店に連れて行って貰ってるし…。酔っぱらった後奥さん呼ぶくらいなら安いものか。

なので、自分から断るというのは無しだ。

それでもなくなって欲しいとは思うのだが。

30分ほどしてAとEが戻ってきた。その青ざめた顔を見るに俺の昇進は潰れなかったのに加えて態度とかにたいして軽い忠告も出されたようだ。

そこに関してはちょっとばかりざまぁwwwwって感じで今日の飯が美味しくなりそうだ。

何だかんだ一色の件でムカついてはいたのだ。

 

「先輩何見てるんですか?」

 

「うん?なんでもない。ちょっと人の不幸を見て気分よくなってただけだから。」

 

「あの、流石にヒきます。ホントに性格悪いですね。」

 

「自分でもそう思う。」

 

「まぁ、私も今回の分は自業自得だと思いますし、先輩の昇進も消えてないようで気分いいですけどね。」

 

「しっかり見てんじゃねーか…」

 

なんで一回俺に聞いたの?わざわざ誤魔化した俺がなんか恥ずかしいじゃん。

 

「これで、心の仕えがとれたことですし今日も働きましょう。そして終わったら飲みに行きましょう。」

 

軽く伸びをしながら言うな。女性が伸びをするのってなんかドキドキしちゃうよね。

 

「え、あ、そうだな。」

 

「あれ?珍しいですね。飲みに行くの反対しないなんて」

 

しまった。よく聞かずに生返事するんじゃなかった。

 

「まぁ、たまにはな?」

 

今更やっぱ無しとか言えない程には嬉しそうだったので誤魔化しておいた。

 

⭐⭐⭐

「いやー、でも実際に昇進決まって良かったですねー。決まるまではちょっと不安だったんですよ。」

 

今日は俺の昇進が決まったということで飲みに行こうと言われ居酒屋に来ている。

そんな名目なしでもほとんど毎日飲みに来てるのだが。

おかげで金の浪費が早い早い。

 

「それにしても、もう2ヶ月ですよ?意外と昇進って時間かかるんですね。」

 

「あぁ、うちの会社は7月に昇進だからな、それまでに大体決めておいて一ヶ月前…つまり、今日だな。伝えられるんだ。」

 

「なるほど、それであんなに時間かかったんですね。」

 

「そういうことだ。」

 

あの後AもEもすっかりナリを潜め、平穏無事に2ヶ月過ぎた。んで今日部長直々に昇進をいい渡された。

 

「それじゃ先輩の昇進を祝って乾杯!」

 

「おう。ま、なんだ。ありがとよ」

 

実際、コイツが居なかったら昇進決まっても多分何もせず一人で普段通り過ごしていたであろう事を考えると少しは有難く思える程には俺だってもう大人だ。

 

「いえいえ、持つべきものは可愛い後輩ですよね?」

 

「あー、はいはい。カワイイカワイイ」

 

「すっごい適当なんですけど。」

 

「そういや、お前最近あざとさがナリを潜めたよな。」

 

「え?先輩相手に連発してても効果はないなぁと思いまして。」

 

そ、そう。なんか言外にお前なんて眼中にないって言われたみたいでショック。いや、別に一色相手にどうこうとかでもなければ、実際はもう俺に慣れたってことなんだろうけどさ。

そうであって欲しいと思うのは悲しき男の性である。

 

「あ、そうだ。先輩たまに部長と飲みに行ってるというのは聞いたんですけど、実際そういう時何話してるんです?」

 

「ん?あー…。あの人と飲みに行くとな俺は何も話さんぞ。あの人が延々と奥さんと娘さんの惚気をするだけ」

 

「え、あの部長がですか?」

 

「本当は会社でも言いたいらしいんだが、いつの間にか堅物とか言われてて今更言えないらしい。んでたまたま家族連れの所を俺が目撃してな。すっっっっげぇデレデレしてた。」

 

あの時の衝撃たるや。普段堅物とか言われている人がまぁ、顔をだらけさせて。別人かと思ったくらいだ。

 

「想像つかないんですけど…。まぁ、それで先輩には開き直って惚気を聞かせてくると。」

 

「まぁそういうことだな。ちなみに昇進についてはその辺りの私情は抜きだってよ」

 

「つまり先輩が優秀だってことですね!」

 

「おう、俺は優秀だからな。優秀すぎて気づかれないまである。」

 

これホント。俺の有能さに気づかないとかマジ損失大きいよ?2円くらい。すくねぇな。

 

「まぁ、部長さんとかには気づかれたんだし良かったですね。あ、もちろん私も知ってますよー」

 

「はいはいありがとう」

 

その後はたわいない雑談をしながらのんびりと酒を飲んだ。

 

⭐⭐⭐

店の外に出るともうすっかり暗くなっていた。まぁ明日は休みだから別にいいか。

一色はまだお会計をしている。

入社して最初の方はずっと奢っていたのだが途中から本人が自分で払うといいだしたのだ。

まぁ、流石に毎日は悪いですしと言っていた辺りやはり、しっかりしている。

 

「先輩ー。送っていってくださいねー。」

 

「はいはい」

 

こうして飲んだ後は駅に一色を送り届けるのも最早日課となりつつある。

 

今日の居酒屋は駅近くだから大した距離ではないが。

駅につくと一色は急に後ろを向いてカバンをゴソゴソと探り始めた。

え、どうしたの?また財布失くしたとか言わないだろうな。なんて思っていると一色が背中に手を回した状態で振り返る。何か持ってるみたいだが…?

 

「昇進おめでとうございます。先輩。」

 

そう言って紙袋を差し出される。

 

「えっと、え?これは?」

 

「鈍いですねぇ、お祝いの品ですよ。先輩1時間遅れてきたことに何も言わなかったから切り出すタイミングが掴めなかったんですよね。」

 

そりゃ仕事が遅れたのかな位にしか思ってなかったからな…。まさかそんなものを買いに行っていたとは。ここで遅れてきたことを今更咎める程俺も空気が読めない訳ではない。

 

「あぁ、なんだまぁありがとよ。」

 

「えへへっ」

 

うわ、なんだ今のはにかんだ感じ。今のは卑怯だろ…

 

「あざといのは辞めたんじゃなかったのか?」

 

「何言ってるんですか。連発しても意味が無いならここぞという時に決めるべきでしょう。」

 

「お前な…」

一色は全く変わらずあざといままだった。

 

「先輩私は全く変わってないとか思ってるでしょう?」

 

「え?」

 

「顔見たらわかりますよ。そしてそれに安心してます。」

 

確かに変わらないということに安心はしたような気がする。

 

「私だって変わることはあるんですよ?先輩が変わるってことに脅えていることはわかります。でも、変わらないなんてことないと思うんです」

 

口の中が乾いてカピカピになる。思わず息を呑む。

なんだこの感じ。

 

「先輩。私は先輩にとって今少しは大切なものになってきたという自信があります。ていうかこれだけ付き合ってきて少しも大切に思われてなかったら、流石にショックです」

 

なんだろう。もうそろそろ夏だというのに背中が冷たい。夏場にかく汗とは違う冷たい汗が背筋を通り過ぎていく。

 

やめろ。言うな。何を言われるか少しづつわかり始めて来ていた。出来ることなら分かりたくないのに。

 

「そろそろ先輩が高校のときに何があったのか教えては貰えませんか?私はそんなに頼りになりませんか?」

発せられた言葉が引き金になったかのように差しだされた紙袋を受け取ることも無く俺は振り返って逃げるかのように走り「逃げないでください!」

 

手を掴まれていた。

乱暴に振りほどこうとしてみるも俺の腕を握りしめた一色の手は離れることはなさそうだった。

 

「逃げないでくださいよ…。先輩はもう忘れてしまったかもしれませんけど、昔先輩が言った言葉です。私はその時はたまたま聞いただけでしたし、その時はまだあの二人の様に深く関わることはありませんでした。」

 

あの二人とは誰のことだ。そんなことは聞かなくても分かっている。今は唯この場から、いや一色の言葉から逃げたかった。

 

「先輩からしたらほじくり返して欲しくない過去なのかも知れません。でも私が知りたいということよりも今の先輩の在り方にどこか違和感を感じる私がいるんです。お願いです先輩。私だって先輩の様に本物が欲しいんです!」

 

本物。

 

それはいつだったかどこかの誰かが追い求めて、手にいれた気になって、実際は本の数瞬だけ輝いた悪しき青春の欠片。その断片。

 

「…本物なんてない。」

 

「え?」

 

「本物なんてこの世にはなかったんだ。俺があの間違いだらけだった下手糞なラブコメみたいな青春から学んだ絶対のことだ。本物なんてない。」

 

やはり。やはり俺の青春ラブコメはまちがっていたのだろう。

そんなことしか、本物はないなんてことしか俺には教えてくれなかった。

 

「わからないじゃないですか。高校生の時には無理でも大人になったら手に入るかもしれません。高校生の時の先輩が間違っていたなら。過去の失敗を活かすべきではないんですか?そんな簡単に諦めていては本物なんて手に入りません。」

 

「俺が簡単に諦めたってか?そんな訳「あります。」

 

力強い断定。

 

「だって一人で抱え込んで終わりでしょう?何故誰かに相談しないんですか。ここに一緒に考えようと言ってる人間がいるんです。話し合ってから諦めたって遅くはないでしょう。」

 

「話し合ったところで…」

 

「なんでそうやって決め付けるんですか。私だって…私だって先輩達の後輩なんですよ?一緒に考えることすら出来ないほどに私は頼りないですか?」

 

一色は頼りないか

ひたむきには努力し何かに追いつこうとするその様は誰かに似ている。

いざとなれば人の為に勇気を出せる生き方は誰かに似ている

 

そして、その無様に足掻く意思はいつの日かの捻くれ者に似ている。

 

気づけば一色は大粒の涙を零していた。

 

「すまん一色。」

 

その一言で一色は少し俯いてしまう。

早合点する所もいつかの捻くれ者に似ているようだ

 

「少しだけ話聞いてもらってもいいか?」

 

「…っ!も、勿論ですよ先輩」

 

そのグズグズの顔を腕で拭って見せた微笑みは

 

ひたむきで勇気があって無様に足掻ける。

それでいて誰に似たのでもない一色の顔だった

 

その顔を変わらないように見えて、しかしその実少しづつ変化している 『あざとい』 顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回で1部(?)は終わりです。次回からは過去編です。本当は今回の話を二つにわけて間にいろはす視点を挟んだ後に過去編に入る予定だったのですが今回の話を書いていて止め所が分からなくなったのでこうして一つにまとめました。今回は過去最長で過去最高に一気に書けた話でした。ここに一色視点をくっつけるのもなんだか蛇足に感じられたので止めました。
過去編では一色の出番が無くなってしまい他のキャラが出て来ますがそれはそれで楽しんでいただければ幸いです。

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