やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。 作:四季妄
「……えっと、だな」
椅子に座ってからしばらくして、そう切り出した。ぴくりと反応した彼女は、読み止しの本に栞を挟んでぱたりと閉じる。次いでキッと、冷たく鋭い視線がこちらを射抜く。初見なら確実にビビってるくらいには怖い。というか見慣れていても未だに怖いんだが。
「なにかしら」
「その……悪い。俺から言っておくから」
「なにを?」
「なにって……部活、入らない方が良いだろ」
とん、と硬い床を靴で叩く音が響く。
「そうね、その方がお互いのためでしょうね」
「あぁ、だから平塚先生に――」
「けれど私は依頼を受けているのよ、逃げ谷くん」
とんとん、と連続して床が叩かれる。珍しい、あの雪ノ下雪乃が貧乏ゆすりをしている。彼女自身貧乏とは無縁の大金持ちな家庭環境だというのに。というか、このやり取りも久々か。いや、そんなことは今どうでもよくてだな。
「あなたをここで野放しにするのは、私のポリシーに反するわ」
「でもだな、俺はそんな更生する気も無ければ、必要なんて」
「本当にそう思っているのかしら?」
雪ノ下の語気が少し荒くなる。
「あなたの
「そんなのは自分が一番よく分かってる。今さら、直せないことだって」
「いいえ、直せないのではなく、直そうとしていない、直す気がないのよ、あなたは」
「そんなこと……」
「無いと言い切れるの? 現にあなたは、同じ過ちを何度犯したのかしら」
数えるまでもなく、何度もだ。これまでも、そして下手すればこれからも。だから俺は、そうならないようにしているのだ。人と深く関わっていいことなど無い。何事も適度が一番で、俺にとってその適度が少し薄かっただけである。
「……仕方が無いだろ。俺は、それ以外の方法を知らなかった」
「それも間違いよ。知らないのではなく、知ろうとしなかった。それが一番だと疑わなかったのでしょう」
「ああ、だから俺は」
「人のことも考えずに自分の考えを押し付けて、
しん、と前よりも嫌な静かさが教室を包む。続々と掘り起こされる記憶が、雪ノ下雪乃はこういう少女だったと肯定していく。別れを告げるその瞬間まで、彼女は一切変わらなかった。芯の強いやつだ。その分、一部に関しては酷く脆いのも知っている。
「あなたの行動は無駄ではなかった。けれども、決して正しくはない」
「正しくなくても、間違っていても、それが結果を出したんなら、それで良いだろ」
「――あなたはやっぱり、何も分かっていないじゃない」
ぼそりとそう呟いて、雪ノ下が唐突に立ち上がってズカズカと歩いてくる。顔が整っているだけに妙な迫力があって、思わず椅子ごと少し後退る。伸ばされた右手が逃がさないとでも言うように胸ぐらを掴み――っておい、ちょっと、近い。近いんだけど、あの、雪ノ下さん?
「私は、あなたの――」
「雪ノ下。邪魔するぞ」
ガラリと神がかり的なタイミングで扉を開け入ってきたのは、先ほど俺をこの教室へ連れてきた平塚先生だった。雪ノ下は口と動きを止めてくるりと振り向き、若干不機嫌そうな声音で一言。
「……先生、ノックを」
「悪い悪い。まぁ、気にせず続けてくれ。気になって様子を見に来ただけだ。にしても……」
じっと観察するように見て、ふむと頷く。
「君たちは随分と仲が良いようだな」
どこをどう見たらそう見えるんですか。俺、現在絶賛雪ノ下に胸ぐら掴まれて詰め寄られてるんですけど。男同士だったら完全に喧嘩だよ? 大して強くも無いからボコボコにされること確定ですね。
「いえ、今はそんなに仲良くありません」
「今は、ということは昔は仲が良かったのか?」
「訂正します。今も昔も、そんなに仲良くありませんでした」
「……あー、そうか」
ちら、と向けられる視線。どこか憐れみが込められているようなそれを受け止めながら、ちゃっかりと目を逸らしておく。
「比企谷、君は一体何をやらかしたんだ」
「いえ、別に、特に何も」
「へぇ。特に? 何も? 取るに足らぬ事だと? あなたはそう言うのね」
「いや、あの、だからな……」
えっと、なんだ、この板挟み的な状況。明らかに俺が経験するようなものじゃないんだが。そもそもぼっちの俺がこうして色んな人と話している今日が間違っている。普通じゃない。どうしてこうなった。
「そうだったわね。仲が良くないと、そう言ったのも」
「お、おい、雪ノ下。ちょっと待て、落ち着け」
「本当に、人の気も知らないで……っ!」
「……二人とも、特に雪ノ下、落ち着きたまえ」
平塚先生が止めに入る。雪ノ下はというと……どうも、まだ止まらないらしい。
「いつもいつも逃げてばかり。そろそろ変わるべきでしょう」
「変わるのも逃げることじゃないのか? 本当に逃げないなら、そこで踏ん張るんだろ」
「……そんなやり方で、本当に誰かを救えたと思っているの。私はそう思わない」
「少なくとも、マシな状況にはできた筈だ」
「何がマシなのかしら。あの時よりも、今の、何がマシだと、あなたは言っているのかしら」
「そんなの――」
「落ち着けと言っただろう。雪ノ下、比企谷」
パンパン、と大きく手を叩く音が室内に鳴り響いて、同時に口を噤んだ。それをした平塚先生は呆れたように息を吐きながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「君たちは本当に。何があったのか知らないが、このままでは埒が明かない。そうだな、こうしよう」
平塚先生は良いことを思い付いた、という風に指を立てて。
「勝負だ、勝負をしよう。雪ノ下が卒業までに比企谷を更生させることが出来れば雪ノ下の勝利。逆に卒業まで比企谷が捻くれたままであれば比企谷の勝利だ」
「いや、何言ってるんですか……」
言ったところで聞いちゃいない。平塚先生は楽しそうに、それもう実に楽しそうに笑いながら宣言する。おいこの人絶対楽しんでるんだけど。確かにそういうの好きそうだなとか思ってたけど。
「あぁ、後はお互いが全力を尽くすためにも報酬が必要だな。ふむ……勝った方が負けた方に一つだけ『なんでも』命令をできる、というのはどうだ?」
「なんでも?」
静かに反応したのは雪ノ下だ。目を細めて考え込む様子に僅かな危機感を覚える。いや、俺別にそういうの興味無いんで、本当、マジで。だから勝負とかそういうのは却下で、棄権で、未出場で。……いや、待てよ。なんでもというのは、かなり使える範囲が広いのでは……。
「……いいでしょう。その話、乗りました」
「そうか、雪ノ下はやる、と。比企谷はどうする?」
まさかやらないわけないよなぁ、という声が聞こえてきそうな顔で問いかけてくる平塚先生。
「……やりますよ。どうせ、そう答えないと面倒くさそうですし」
「そうかそうか、いやぁ、物分りが良くて助かるな」
と、そこでいかにも合成音声っぽいメロディが流れ始める。たしか、完全下校時刻を告げるチャイムだった筈だ。そんな時間まで学校に残ったことが無いからよく知らないが。よし、と仕切るように平塚先生が言うと、くるりと踵を返す。
「今日はここまでだ。明日からそれぞれ、まぁ、適当に、適度に頑張りたまえ」
「分かりました」
「明日から、ね……」
なんというか、上手いことタイミングを外されたというか、そういう雰囲気では無かったというべきか。なあなあで結局入部してしまったわけだ。うん、俺って結構流されやすい人間だよな。ぼっちなのに。ぼっちなのに。大事なことなので二回言いました。
「それでは比企谷くん、また明日」
「…………おう」
いつの間にやら離れて帰る準備を整えていた雪ノ下は、それだけ言うとさっさと教室を去っていった。残された俺は一人肩を落とすのみ。なんだか今日は、酷く疲れた。ぶっちゃけ過去の割り切れてないそれをぐちゃぐちゃにかき混ぜられたのだ。
「……鍵、返しに行かないとな」
なんだかこれからの自分の高校生活に、酷く不安を覚えた。
◇◆◇
「じゃあね、また明日ー」
「うん、また明日ー」
「……ふぅ。んーっ、疲れたぁ……」
「あ、誰か帰って……は? いや、え?」
「……あ、れ? もし、かして」
「せん、ぱい?」
書き忘れていましたが基本不定期更新です。