やはり俺の女性関係は色々とまちがっている。   作:四季妄

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故に彼はぼっちじゃなかった

「あれ、ユイ、どっかいくの?」

「うん。ちょっと約束してて、ごめんね」

「へー、なに、五限まで帰ってこない感じ?」

「んー……多分そうなると思う」

 

がやがやと騒ぐ教室の空気はあまり好きではない。けれどもどちらかと言えば、こういう状況が嫌いな訳では無い。何故ならば俺が誰にも認識されず誰とも関わりを持たず誰からも話しかけられないからだ。いや本当ぼっち最高だな、人間一人で何でも出来たら一番なんだよ。と歌でも歌いたくなるような実に良い気分で机を立とうとした時だった。

 

「――待ってるから」

 

ぼそりと側を通る際に呟かれた言葉が耳に入る。瞬間的に俺の最高だったテンションが五段階中五段階下がった。詰まるところ最底辺までまっしぐらである。おいふざけんなどこで待ってるっていうんだお前はどこぞの漫画家目指す漫画のヒロインなの? 配役違くね? なんて言えたなら良かったんだが。

 

「……はぁ」

 

通学途中にふと気まぐれで開いた携帯に来ていた二通のメール。どちらも送信者は同じであり、一通目は会って話したいとの旨、二通目は昼休みに屋上という場所を指定する内容だった。正直行きたいか行きたくないかで言えば、即答するくらいに行きたくない。ただでさえ最近は色々とあった(・・・・・・)奴らと変な感じだというのに。

 

「待たせるのは、悪いしな……」

 

まぁでも結局、そうやって何かと理由を付けて足を運ぶのだ。元々彼女自身から動いた時点でこの結果は決まっていた。それさえも見抜いての行動であれば……いや、ないな。それこそマジでありえない。あの由比ヶ浜がそう頭を使うことなんて想像するだけでおかしくなる。……まるで友人みたいに馬鹿らしくそんなことを考える自分が。

 

「……お前、分かったんじゃ無かったのかよ」

 

最後に吐いた言葉は一体、誰に対してのものだったのか。俺自身へのものか、それとも――。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『綺麗だね、ヒッキー』

『……そうだな』

 

夕日に照らされた辺りが、真っ赤に染め上がる。日常的に見られながらも不思議と幻想的な光景は、今の自分達をどう映しているのだろうか。周りからの視線。ぶつけられる感情。敏感なそれらを察知して、息を吐く。例え適当に見て感じてそうしたのだとしても、それに困る奴がいるのだ。――彼女には、そんな思いをして欲しくなかった。

 

『なぁ、由比ヶ浜』

『ん? なに?』

『もう、やめよう』

 

くるりと、驚いた様子で由比ヶ浜がこちらを見る。

 

『あ、帰る? たしかにもういい時間だよね。でもあと少しだけ――』

『由比ヶ浜』

 

言葉を遮っても言いたかった。己の舌を噛み千切ってでも言いたくはなかった。

 

『……もう、やめよう』

『っ……やめる、って……』

『俺とお前が、こうやって会うことだよ』

 

ぎゅっと、視界の端で由比ヶ浜の手が固く握られたのが分かった。あぁ、今お前、辛いのか。だったらそのまま全部投げ捨てちまえ。俺ごとそこら辺にほっぽり出せ。そうしたらお前は、楽になれる筈だから。

 

『……なんで、なの?』

『元々、あの事故が無けりゃ関わりなんて一切なかった筈だろ。それを無理して続ける方がいらんお世話だ』

『違っ、無理なんて……』

『そういうのは別にいいぞ』

 

びくりと由比ヶ浜の肩が跳ねる。思ってもいないことをさぞ思っているように吐ける口が憎たらしい。しかし今だけはそれが随分と頼もしく感じた。嘘や欺瞞が嫌いだと宣いながら、偽る事は得意な自分が嫌になる。

 

『由比ヶ浜は、優しいよな』

『ヒッキー……?』

『だから、事故の負い目とかそういうのを感じて、優しさでやってんのなら……いらねぇよ、そういうの』

 

嫌になる、嫌になる、嫌になる。でも、投げ出す訳にはいかない。

 

『別に俺の事なんか気にするな。大体一人でいる方が好きだしな、事故らなくてもぼっちだったろ』

『……ッ』

『それにほら、なんだ。俺とお前じゃ、過ごす場所が違うだろ』

 

由比ヶ浜結衣は優しい女の子だ。対して比企谷八幡は、愚かで捻くれて腐っている野郎だ。つり合いが取れているか否かなど、秤にかけるまでもない。彼女が俺とこうして友達(・・)みたいな関係になっているのは、間違いなのだ。

 

『そういうんじゃ、ないよ』

『だから、別にな……』

『そういうんじゃ、ないんだよ……』

 

声に、震えと何かが混じっていた。ズキズキと痛みを訴える頭を無視してそのまま由比ヶ浜を見続ける。決して揺らがず、決してぶれず、最後まで自分の信じた比企谷八幡であるために。

 

『ヒッキーは……なんで、っ……』

『――』

 

『どうして、そうなるのかなぁ』

 

今にも泣き出しそうな酷く悲しい表情で、由比ヶ浜はそう言った。返答はしない。言ってしまえば無言というのが解答だった。しばらくして彼女もそれを悟ったのだろう。ぐしぐしと無理矢理目尻を拭って、これまた明らかになってない(・・・・・)笑顔を貼り付けながら。

 

『……分かった。ごめんね、比企谷くん』

 

由比ヶ浜結衣と俺は、関係を絶った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……来たぞ」

「あ、うん。あはは、ごめん。ぼーっとしてた」

 

屋上の扉を開けて声をかければ、由比ヶ浜はゆっくり振り返って苦笑いを浮かべた。ひゅうと吹く強い風が髪を揺らし、制服を揺らし、スカートを揺らす。だからと言ってそう必死にえっちな事を考える訳では無い。どうでもいいけどこの子凄い一部がでかいのよね……。

 

「久しぶり、じゃないよね。昨日も、会ったし」

「……あぁ、そうだな」

 

なんて、下らん事でも考えていなければ落ち着いていられない。ざわざわと風で揺れる木々の音に隠れて、心が波を立て始める。最近はよく働くようになった敏感どころか過敏なセンサーが反応を示し、がんがんと急かすように危険だと音を掻き鳴らす。

 

「……雪ノ下さんと、仲、良いの?」

「お前、あれが仲良いように見えるのか」

「あ、あはは、だよね……」

 

もしそうなら良い眼科を紹介してやろう。大丈夫だ、Go〇gle先生なら何でも知っている。流石にこんな状況での的確な対処法は教えてくれそうにないが。

 

「でも、さ。前は違ったんじゃない?」

「……それは」

「言ってたじゃん。こうはならなかった、って」

 

まぁ、あれで勘付かないという俺にとってのご都合展開はある筈もなく。ましてや雪ノ下雪乃が自分と同じような経験をしていると知った今、由比ヶ浜がどう思うのかなんて分からない。でも、嫌な予感だけはしっかりと察知している。

 

「ねぇ、ヒッキー(・・・・)

「……なんだよ」

「あたしと居るの、楽しくなかった?」

 

ドクンと心臓が跳ねて、喉が干上がった。

 

「お、おい、由比ヶ浜……」

「あたしと話すの、退屈だった?」

 

答えられるか、馬鹿か、答えられる訳が無いだろう。タイミングの問題だ。心の整理がついているかいないかの話だ。俺はあの時みたいに割り切ることを、即座に判断できる強い人間ではない。

 

「あたしは楽しかったよ、ヒッキーと居るの」

 

弱くて、惨めで、愚かで、最低で。

 

「ヒッキーと話すの、凄く楽しくて、全然つまらなく無くて、時間が経つのすっごい早くて……」

 

馬鹿で、馬鹿で、馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で。

 

「あたしだって、ヒッキーと居たかったよ……っ」

「……っ」

 

本当に何度繰り返しても学ばない馬鹿だった。まさかその結果だけでなく、その後のことまで引っ張っているとは誰が想像できただろう。全くもって盛大な間違いを犯している。どうして皆、俺を切り捨てない。

 

「……ねぇ、ヒッキー」

 

どうして。

 

「奉仕部、って言うんだよね。依頼、受けてくれるんだよね」

「……そう、らしいな」

「じゃあ、私の依頼、受けて欲しいかな」

 

目が合った彼女の顔は、いつかを彷彿させるような泣きそうな表情で。

 

「仲直り、したい」

 

でも、貼り付けた感じなんて微塵も見受けられない笑顔を浮かべながら。

 

「昔、別れちゃった友達と、仲直りがしたい」

 

由比ヶ浜結衣は、真摯にその想いを伝えてきた。


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