剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・ 作:rikka
そもそも、魔法とは何か。
簡単に言えば、そこらに漂っている精霊に自身の持つ魔力を与える事で『餌付け』をし、そして何らかの現象を起こしてもらうことである。
適正検査で使用した魔法陣は、魔法を使うという感覚が掴めていない人の魔力を、精霊の好きに使って良いという契約を仮に結ぶ、『翻訳機』のような物である。魔法陣を通して精霊に伝わる『お願い』は、可能な限り大きな火柱を作ってくれという物。
つまり、生徒の魔力の限界を見るのがその目的だったのだ。
炎を大きければ大きいほど生徒の魔力は高い、あるいは、魔力切れの吐き気や眩暈の症状が出ない生徒は無意識の内に魔力の放出を絞り、調整する事が出来るという様に、教師は事前に知ることができると言う訳だ。
「――と、言う訳でだな。お前さんは言われた通りにやったんだから別に気にするな」
「ゲー君の言うとおり。何の責任もない」
掃除したばかりのゲイリー達のクランベース。そこに入れたばかりのソファにパルフェは座って泣きじゃくっていた。その隣に座るレティがあやしている。まるで姉妹だ。
「むしろそれって、パルフェが凄い才能持ちだったって言う話じゃあ……」
「あぁ、その……才能はな」
「肯定。ただし、その分制御が難しい」
先ほどの例えで言うなら、撒き餌の量が多すぎて必要以上に精霊が寄ってしまうというのが最大の問題点なのだ。
それを伝えようと、ラヴィが説明する。
「制御を覚えるまでは魔法を使おうと思わないほうがいい」
「はい……また、爆発しちゃうんですよね?」
「パフェちゃんが死ぬ」
「私、死んじゃうんですか!?」
無表情のまま。ばっさりと。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今にも崩れ落ちそうなパルフェだったが、結局エリーが寮へと引っ張って戻る事になった。
なにせ、明日は学校決めのために朝から大忙しのはずだ。
「……さて、本題に入りますけど……実は、ゲイリーさん――」
「パルフェの身柄を寄こせって話が殺到してる?」
胸元が少しパルフェの涙で湿っているが、レティは深刻な顔で頷き、話を続ける。
「森を吹っ飛ばすくらいの威力を出す人なら、稀に出ます。歴史の浅いこの街では、パルフェちゃんで三人目ですが……」
「理解。結界は吹き飛ばすほどの人なんて聞いたことない」
レティの後をラヴィが引き継ぐ。
この街は、ちょっと前までなら、真っ当な人間ならば絶対に住もう――いや、そもそも住めないとは思われていた所にある。本来ならば、強力な魔物が多く住む恐ろしい土地だからだ。
そこに、街の立ち上げ時に協力した、ある魔法使いが作り出した強力な結界。強大な魔物であればあるほど近寄れないというそれを張り、それを軸に結界を二重三重にと広げた結果が今である。
街の外から少し離れた程度ではちょっとした魔物がいる程度だが、これが奥地になればなるほど、強力な魔物が闊歩する地帯へと変貌していく。
つまり、パルフェはこの街のある意味生命線を吹き飛ばした訳で、
「幸い、結界の被害自体は大したものではないので、今全力で補修と補強にかかっているところです」
「……まぁ、こんな所でパルフェにペナルティ喰らわしたら、下手しなくても最大戦力候補から不信感喰らう可能性があるからな。そんな馬鹿をする奴はいねぇだろ」
「えぇ、教師側の半分は静観しようという姿勢ですが……」
つまり、残る半分は違う意見を持っている訳だ。
「……ちっ、派閥教師か」
「はい。派閥を率いる生徒と密接な関係になる教師が、パルフェさんの身柄を優秀な生徒に預けるべきだと……」
「要約してやると、『自分の功績を高めてくれそうで、かつ金の卵を産みそうな人財だからこっちに寄こせ』……か?」
「はい。そういう事になります」
この街は、言うまでもなく学生の街だ。確かに権限で言えば教師の方が上だが、それを容易くひっくりかえせる『数』という武器を生徒は持っている。
そうなれば、絶対に出てくるのだ。力を持つ生徒の集まりと手を組み、美味しい汁『だけ』を吸おうとする輩は。
「正直な話、私としてはゲイリーさんの所が一番安心して預けられます。設立してすぐですから、規約上少なくとも半年は移籍が不可能ですし、貴方の人柄を考えても、彼女の身を守るには最適なクランと言えます」
「? 否定。一番はエマちゃんの所じゃないの?」
正直、誰もがそう言うと思った。
本人は、どういう訳か実家との繋がりを絶とうとしているようだが、そのナッキネーヴ家が手放したがらないほどの才媛。それがエマという不思議な貴族だ。
15エリアという、この街の中でも平平凡凡なエリアを拠点としながら一大派閥を築いたエマは、生徒はもちろん緊急時には教師すら頼りにする存在だ。
年上で、かつ貴族の教師ですら様付けで呼ぶ者がいるほどである。
「エマさんは、残念ですが既に動きを封じられていらっしゃるようでして……」
「……あのエマが?」
「恐らく、これ以上エマさんの派閥を大きくさせないために、他の派閥が手を結んで圧力を……あの人を疎ましく思っている人間はかなり多いですし……」
学生達の街とはいえ――あるいはだからこそ――自己の利、他人の利には敏感なのがここの常識である。
稼げるならば稼げ、足を引っ張れるなら引っ張れ。――そして、蹴落とせるなら蹴落とせ。
「……ゲー君。多分、エマちゃんは時間を稼いでくれてる」
「――だろうな」
毎回顔を合わすたび説教したり喧嘩したりする仲だが、互いにある程度の信頼があるのがエマとゲイリーという二人だ。
「大方、自分の下に来た人間なんだから自分でなんとかしろってことか」
本当に身動きが取れないと言うのもあるだろうが、実際彼女ならそう言うだろう。そして、守れないのならば堂々とパルフェを奪っていく。小細工など使わずに。
「つまり、エマちゃんが他の派閥がちょっかいを出すのを押さえてくれている間に、実績を積まなくちゃいけない?」
「そう言う事だな」
実績。つまりは成果だ。――主に、
それが何を意味するか。要するに、時が来たのだ。
ゲイリーが、働かざるを得ない時が。
「なぁ、ラヴィ。俺はいつになったら、またグータラできるんだろうな」
「解答。恐らく今までのツケ」
「マジでか」
頭を抱えるゲイリーを、女性二名が冷めた視線で見下ろしている。
実際、もうちょっとこの男が頑張って実績を残していれば、まだ打てる手はあったのだから自業自得である。
「というわけで、ゲイリーさん」
しばらく見下ろしていたレティが、机の上にどさどさー! と紙の山を乗せる。全てクエストだ。
「さ♪ キリキリ働いてくださいね?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さすがに泣き疲れたのか、パルフェはもうベッドでぐっすり寝ている。
どうにか宥めながら、エリーは自分たちの部屋のソファに腰をかけて一息吐く。
「……絶対、面倒な事になっちゃったよね」
パルフェが、ではない。自分達が。
パルフェとたまに距離を置きながら行動していたが、彼女に他に知り合いはいないとエリーは確信していた。
まぁ、ここ数日はゲイリー達と共にいたからしょうがない。
そして今日は、大勢の生徒にとんでもない爆発を起こした瞬間を見られている。
(パルフェがすごい才能持ちで、どこも欲しがるってんなら、その知り合いにも変な勧誘来るよね)
将軍を射るなら、先ず馬を狙えと言う奴だ。この場合、将軍はパルフェ、馬は――多分エリー。
「ゲイリー先輩やラヴィ先輩は身を守る術がありそうだからいいけど、こっちはなぁ……」
この街に来たばかりで、しかも厳密にはまだ生徒ですらない。
頼れる後ろ盾はゲイリーだけだ。
(一見頼りなさそうだけど、あの人やっかいな事情持ちっぽいしなぁ……)
他人からは恐らく首を傾げられる考え方だろうが、エリーはやっかいそうな人間が好きだった。
現状を変えるためか、あるいはどうにか現状を維持するためか、あれこれ模索している人は大好きだ。
大抵そういう人物は、利か情か、どちらかの意味合いで大切な人間ならば守ってくれるものだ。
「……でも、やっぱりもう一つくらいは後ろ盾欲しいな」
ゲイリーとラヴィの二人と友好的で、かつ権力を持ってそうな人。
(教師とか?)
エリーの持っている知識だと、何かあった時、学生――子供が頼るのは親か教師と言うのが相場だ。
しかし、この数日で、この街がかなり特殊だという事を彼女は理解していた。
(……一番いいのは、ゲイリー先輩が自主的に動いてくれる事だけど)
多分、やってくれるとは思う。手段はともかく、自分達の安全を確保する所まではやってくれるだろう。
そこから、自分も身を守る手段を覚えないといけない。
「……人間関係の把握、かな」
自身の目的と、そして自衛のために最も有効そうな手段を考え、エリーは思考を走らせる。
商売を始めようとして、そのために商人と会話し、多くを学んでいた彼女にとって、計算と思考は得意分野だ。
そんな彼女が夢見るのは、自分の店。正確には、自分の色に染まったクランの店。
ラヴィと言う美食家が好む、高級食材や珍味を中心に店に並べ、そこから自分の色を――
「……アタシ、自分が思ってた以上に欲張りなのかもなぁ……」
先日、ラヴィの露店を手伝ったあの経験が、未だに身体の中に燻っている。
周囲の流れを見極め、売れ筋を探り当て、アピールし、売りさばく。
この流れを経験すればするほど、エリーは内心の欲がが強くなるのを感じた。
クラン入りを即断したのも、それがある。
恐らく、大きい所だとこの経験はもう出来ない。小さい所から、少しずつ自分の色を付けていく。
そんな欲望が、身体の中で膨れ上がる。恐らく、そう簡単には――止まらない。
「うん、今日はもう寝ようか」
明日は大まかな授業の選択と学校決めだ。
といっても、エリーはもう、大体の授業も学校も決めてある。15エリア。ゲイリーと、ラヴィの傍。
まずはこの二人から、商売方面の信頼を勝ち得なければ自分の望みは叶わない。
(――この街に来て、良かった。あんな村、逃げて正解だった)
ベッドに身体を預け、シーツで身を包みながら、エリーは心から、そう思っていた。
あの村にいたままでは、きっと自分は今頃――。いや、今も――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ゲー君、仕事を選ぶのに時間かけすぎ。もう夜」
「うっさい、知っとるわ。明日はお前も俺も休みなんだから良いだろうが」
「――料理に集中できなかった」
「……それは本当にごめん。すまなかった」
料理の関係で機嫌が悪い時はさっさと謝っておくに限る。
ラヴィと長く付き合っているゲイリーが、彼女と上手くやっていくために覚えた事の一つである。
「とはいえ、悩むに決まっている。もう一月後なら、あの二人も少しは訓練は受けているだろうから選べる仕事も多かったんだが……」
「……理解。だけど不可避。いずれ、すぐにクエストを受ける必要はあった」
「でも、難易度で悩むことはなかったさ。パルフェが悪いわけじゃないけど、才能があるってのも考えものだな」
ゲイリーが頭を悩ましていたのは、可能な限り安全で、だが簡単過ぎず、そして名前が売れそうなクエストがないかという事だった。
本来ならば、最初は採取などでクエストの流れを覚えさせ、その後はラヴィに任せておこうというのがゲイリーの考えだった。調理のプロであると同時に戦いのプロでもあるラヴィなら、難しすぎるクエストなど選ばないだろうという計算の元だ。
「まぁ、なんにせよ無事に二人とも手に入った。二人とも戦闘員じゃないけど、商学を希望する奴がいたのは運がいい」
主に金策的な意味で。
「だけど、気をつけた方がいいかも」
「どっちに?」
「エーちゃん。……商学科は、一番利益と欲が絡んでくる。あの子の周りには注意した方がいいかも」
なにせ、クエスト以外でも金――そして権力に関わる場所だ。
「んー。エリーはそこまで心配しなくてもいいと思うんだけどなぁ」
「どうして?」
「……なんとなくだけど。うん、なんとなくだから根拠とか聞かれても困るから殴らないでね?」
「いいから話せ」
ラヴィの、心なしかジトッとした目と乱暴な口調に急かされるように、ゲイリーは口を開く。
「アイツ、実際の所、商人とかを憎んでそうな気がするんだよね」