剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・   作:rikka

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3.怠け者と美食馬鹿と貴族令嬢

 馬車に乗ってから、休憩や野営を挟んで二日と半日と言ったところか。ようやく少女達を乗せた馬車は『街』が見える所まで来た。もうすぐ日も完全に沈むだろう。

 目に入るのは高く頑丈そうな壁と大きな門。その壁の外側には、壁程ではないが、やはり作り込まれてそうな防護柵に囲まれた農園が見える。

 その農園を含んださらなる土地を囲い込もうとする、造りかけの外壁も。

 この街はまだ膨らんでいる。まだまだ膨らんでいく。

 

「はーい、『新入生』の皆さんは。中央役場で市民登録を行う必要がありますので、馬車が止まったら降りた人から順番に並んでくださいね―」

 

 少女たちが乗っている馬車カゴの中で、唯一平然としている女性がが明るい声でそう告げる。

 

「皆さんも、突然この街に来る事になって色々と落ちつかないでしょう。しかも作られてまだ数年の街。様々な噂が耳にして、不安に思っているでしょうが……大丈夫です。安心してください♪」

 

 女性は、皆を安心させようと更に口を開く。

 

「確かに、この街の周囲には魔物の住処となる場所が多くありますが、何重にも張り巡らせた結界と、王都のソレに匹敵する堅牢な壁が私達の住む街を守ってくれます」

 

 壁の方は、少なくとも見れば分かる。威圧感すら漂わせるあの壁はちょっとやそっとのことでは壊せないだろう。

 防壁という物をほとんど見た事がない少女でも、それは理解できる。

 

「そして、魔物や盗賊に対抗する手段(スキル)を持つ学生が多く住んでいます。無論、皆さんもそういった授業を望めば――」

 

 ふと、女性の言葉が止まる。口を開いたまま、なぜか茫然としている。

 どうしたんだろうと女性の視線を少女が辿ると、窓の外へと目が向いた。

 ちょうど、一台の馬車――屋根のない荷馬車が自分たちの馬車を追い抜いていく所だった。

 何が乗っているのだろうと少女は少し身を乗り出し――

 

「―――ひっ」

 

 

 木の様な外見の魔物と、目が合った。

 

 

 いや、正確には、所々凍りついた上でバラバラになってたり、矢がたくさん突き刺さっている。完全に事切れているようだ。

 同じような状況の魔物が、狭い荷カゴに所せましと積み込まれている。

 むしろ、軽く山になっているというのが正しい表現かもしれない。

 

「……えぇ、まぁ……皆さんも頑張ればあのような事も出来るようになりますよ」

 

 女性は、あきれたような口調でそう言った後に、小さな声で『普段からやる気出せばいいのに……』とぼやいた。

 

(……知っている人……なのかな?)

 

 少女は、恐らくこの魔物を狩ったのだろう御者台の二人に目を止めた。追い越されてしまい、もう顔は見る事が出来ない。後ろ姿もフードを被っていて見えない。

 ただ、片方が背負っている弓と、もう片方が腰に下げた剣。

 それらは妙に、少女の目に焼き付いていた。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「安心。とりあえず二人でも、このレベルのクエストならば可能」

「……氷結剤のボトルくくりつけた矢をぶち込むだけの簡単な仕事だったから楽だったしな」

「肯定。おかげで後はただ斬っていくだけだった。準備にお金は掛かったけど、十分利益は出た」

 

 クラン設立の課題が出されて二日。数日中に来るだろう『新入生』を待つ間に、ゲイリーはラヴィの提案でクエストを受ける事になっていた。実際にクランが動き出した時のためのデモンストレーションといった所だ。

 

 目標はレーシー・ウッドと呼ばれる木の伐採……というか。無論、ただの木であるハズがない。

 レーシー・ウッドは、動物のように意識のある『魔物』なのだ。

 幻覚作用のある花粉を利用して群生地に誘い込み、その後、麻痺針も兼ねた根で獲物の体をぶち抜き、養分を吸い取るというえげつない魔物だ。

 

「しかし、さすがに狩りすぎたな……」

「肯定。必要分以外はマーケットで捌いた方がいい」

「……中枢エリア(セントラル)の高級レストラン辺りが、買い占めていきそうだな」

 

 なお、この樹木は、育ちきってない枝は下ごしらえをして茹でると美味である。

 樹液も、しっかり煮詰めれば麻痺毒は抜け、スープの材料になるという非常に扱いの難しい高級食材。

 要するに、美食家のラヴィにとっては、買い取り金額以上に価値のあるお宝なのだ。

 

「クエストの達成金額と、余剰分を売った金で装備を整えておくか。これから先は消耗も激しくなる」

 

 クランを設立する以上、クエストを受注する機会が増えるのはどうあがいても避けられない。

 学校ごとに設定された義務分に加えて、更にクラン維持のために受けなければならないクエストも出てくるのだ。

 いっその事、クランを建てた後で働かずに潰そうかともゲイリーは考えていたが、そうするとラヴィやまだ見ぬ人員の評価に悪影響が出てしまう。

 それはゲイリーの望む所ではなかった。

 

「ゲーくん、必要な分を仕分けておくから、その間に手続きお願い」

「ん、わかった」

 

 そうこうしている内に門へとたどり着いた。正確には、門の前のちょっとした広場。

 外門広場と呼ばれるこのエリアには、主にクエストを受けた生徒や、訪れる商人のための施設が並んでいる。

 警備兵の詰め所、商人など外から来た人間や持ちこまれる家畜や商品を調べる監査所、そして―クエスト等で手に入れた物の売買を請け負うマーケット。今回ゲイリー達が用事があるのはここである。

 

「あら……貴方がここに来るなんて珍しいわね」

 

 当然、この施設に来る生徒は多い。

 ゲイリーは順番待ちの整理券を受け取るために並ぼうとしていたが、突然後ろから声をかけられた。

 

「……エマ」

「久しぶりね」

 

 エマ=ノエル=フォン=ナッキネーヴ。割と有名な貴族の娘だ。なぜこの街にいるのかは、恐らくよっぽど親しい者しか知らないだろう。

 ただ、彼女はこの街に良くいる『捨てられた』貴族と違い、自分の意思でこの街に来たのだけは確かである。

 

「お前こそ、一人なんて珍しいな。いつもの執事や取り巻きはどうした」

「えぇ、来てるわよ。さっき面白い物を手に入れたから、露店の用意をしているわ。私はこれから依頼の達成報告済ませてくる所よ」

 

 エマも自身のクランを率いている。規模はかなりの物で、他にも複数のクランや生産職組合(ギルド)を実質傘下に置いているため、有力な『派閥』を率いる女生徒としても名を知られている。

 

「それで貴方は……あぁ、ラヴィニアと組んだのね」

 

 エマは後ろの方で荷車から狩った魔物の残骸を仕分けながら卸している姿を視界に入れると納得したように、頷く。

 

「いったい何を狩ったか知らないけど、あれだけ大量に狩ったのなら、また当面の間、図書館に行けばいつでも貴方に会えそうね」

 

 実際、そうだった。稼ぎを得たら必要な物と日持ちする食糧を買い込んで、後は寮と学校と図書館を往復するのがゲイリーの生活だ。

 これまでは。

 

「いや、ほとんどは装備やアイテムに費やすことになるかな……」

「…………」

 

 ゲイリーが面倒そうにそういうと、エマはあんぐりと口を開ける。

 そして、少し顔色を悪くさせて、

 

「……ついに革命を起こすつもりなのね。貴方ならあるいはと思ってたけど、ちょっと早くないかしら? 決起はいつなの?」

「お前俺を何だと思ってる!!?」

「この街の隠れた危険因子」

「……おう、お前ちょっと夜道には気をつけろよ。矢羽根の音がした瞬間がお前の最後だぞコルァ」

 

 エマはゲイリーの脅し文句を手を振って軽くあしらい、その後額に軽く指を添え、

 

「まぁ、くだらない冗談をさておき……なんで装備を整えようとしてるのよ。貴方、いつも貸出の弓しか使わないじゃない。大物でも狩る必要が出て来たの?」

 

 そもそもゲイリーの持ち物など、授業で使う教科書やノートを除けば自腹で買った本数冊くらいの物だ。

 

「……色々あってな。クランを設立する事になった」

「――はぁっ!?」

 

 ゲイリーのクラン設立宣言に、一瞬だけ茫然としていたエマの顔が、見る見るうちに怒りへと変わっていく。

 

「貴方、私の誘いを散々断っておいてクラン立ち上げですって!? そうなればラヴィニアもいるんでしょう!? 当然私の派閥に入るのよね!!?」

「入るか! そもそも、活動もそこまでするつもりはない。……その、問題ないくらいにはな」

 

 そもそも労働という言葉が嫌いだし、行動するのなんて死ぬほどいやなゲイリーだ。

 だが、それが直接友人の足を引っ張るとなると話は別だ。

 クランに所属した以上、ある程度の成果を出さなければラヴィや、いずれ引き込む生徒の評価に繋がってしまう。繰り返すが、それを許容できる程、ゲイリーはまだ墜ちてなかった。

 おそらくノアも、そこを分かっていたのだろう。

 

「はぁ……。まぁ、そこで全力を尽くすなんて言い出したら、今すぐ貴方を病院に担ぎ込むか討ち取る所だけど……」

 

 エマは、変わらないゲイリーの態度に少し安堵したように息を吐く。

 

「しかし、なぜクランを立ち上げようと? 特別なクエストを受けるためにラヴィニアにせっつかれた? 食材のためなら何でもするわね、あの子」

 

 ラヴィ――ラヴィニアは剣士として非常に有能なため、エマは彼女の事を調べ上げ、自身の派閥に勧誘の声をかけていた。当然、ラヴィの最大の欠点も知っている。

 ……美食馬鹿という判断に困る欠点を。

 

「クエストはアイツに任せてあるからこれからそうなりそうだが……特別課題だ」

「……課題?」

「拒否しようかとも思ったんだが、これ以上評価下がると食糧支給が打ち切られる可能性が出てくるからな。ギリギリ狙ってるとはいえ、絶対の安全圏には留まっておきたい」

「うだうだ言わずにもっと働きなさい」

 

 これを言われなければ、ゲイリーではない。

 

「大体、そんなこと言ってて先月終わりは、支給されたパンを、貴方の所の学食で無料のドレッシングに浸して食べていたんでしょう? ラヴィニア、貴方に食事を差し入れようかどうか毎月の終わりに悩んでいるわよ。説得していなかったら本当にもう……」

 

 駄目男と駄目女の関係へ一直線待ったなしの流れを阻止したエマ。ノアあたりがこの場にいれば、ゲイリーをぶん殴った上で拍手していただろう。

 

「貴方もやる気さえあれば優秀な方なのに……」

「俺から不真面目を取ったら何が残るというんだ」

 

 (カス)が残ると思います。

 

「大体、俺のどこを見てそんな言葉が出る。唯一得意な弓もぶっちゃけ、中堅レベルの腕だぞ」

「貴方の長所はそこじゃないでしょうに……」

 

 エマは、周囲を気にするように素早く周りを確認し、そっと口元をゲイリーの傍に寄せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この街の仕組みを考えた貴方なら、色々思いつく事があるんじゃなくて?」

 

 

 


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