剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・ 作:rikka
「つまりあれかい? 例年よりも整備に力を入れろってのかい?」
「はい。そうです」
あの後ラヴィは心なし――でもなんでもなく、慣れてきた者なら誰でも分かるレベルで上機嫌で宿へと戻っていった。長い木の枝も一緒に持って帰っていた事から、罠に使う
「今年は先日の
今夜のメインは魚になりそうだと頭の片隅で考えながら、ゲイリーは椅子に腰をかけたまま姿勢を正し、口を開く。隣にはエリーが控えている。二人は今後の事を話し合うため、ラヴィと別れた後この村の自警団のまとめ役との話し合いに臨んでいた。ここは彼の自宅である。
「一応、ここに通じる道なんかはある程度整備したし、看板も建てた。文字の読めない奴でも分かるようにわざわざ絵札だぞ? 迷う奴なんていないと思うが……」
「新しい開拓村の住民は、村を失った事で居場所を失う恐怖を感じたばかりです。新しくやっていく『お隣』の機嫌を損ねないために、祭りのための食糧を多めに持ってくる所も多いでしょう――」
「だけど新しく出来たばかりの
ゲイリーの言いたい事を、途中でエリーが引き継ぐ。
「……そうか、確かにエリーの嬢ちゃんの言うとおりだ。そうなると運搬は全部、荷車とかの人力になるか」
ちなみにエリーがちょくちょく間を縫うように発言しているのはゲイリーの案だ。
エリーは商人になるという夢のため、自分からこの村の住人とコミュニケーションを取っていた。
要するに、将来の客か取引相手になりそうな相手とのパイプ作りだ。彼女本人の性格もあるが。
「うん。それに、避難生活で体力も落ちてると思うよ。当然、疲れやすくなっているだろうし、最悪来る途中で倒れてしまう人だっているかもしれない」
「そんな奴がわざわざ来るか?」
「初めての土地だから、無理してでも繋ぎは持っておきたいんじゃないかな。先輩が言ったように、全部失う経験をしたばかりなら尚更、ね?」
住む側としても襲う側としても村の事に関しての知識があるエリーは、今回のクエストにおいてゲイリーの理想的な補佐役と言っていい存在だった。
「それに、多分今年は商人の数が増えるだろうって聞いたよ。開拓村周ってから来るみたいだから今はまだ少ないみたいだけど、そのうちゾロゾロやってくるんじゃない?」
これは、エリーが仲良くなった露店商から聞いた話だった。
今回のように災害などで村を離れた人間は、かさばる食糧等はそれほど持ち出せないが、いざという時のための金目の物というのは大抵持っている。貴金属や小さいとは言え宝石で作られた指輪や首飾りと言った装飾品や、銀製の食器類――場合によっては娘や妻なども。
追いつめられた人間は目先の利に容易く飛びつく。それを狙って腹黒い行商人が群がるのだ。
そこそこ値の張る代物を、非常に安価で手に入れるために。
価値はそこそこだが、災害による離村となればその数は大変多い。
足を運ぶのに苦労するし、他の同業者との競争にもなるが、上手くいけば大きく稼げるし、少なくとも大幅な損はない。
「……整備の件は分かったが、こちらもそこまで人手が多い訳じゃない。村の中と外のどちらかを優先させる事になるだろうが……アンタらはどう思う?」
アンタら、と言いながら目はエリーの方を向いている。ゲイリーにとっても少し予想外だったが、エリーは思った以上に村の人間に影響を及ぼしていた。
エリーはちらっとゲイリーに目線を向け、ゲイリーはそれに軽く頷いて答える。
「外、かな」
エリーは、かつて商人を頼りにしていた村の住人として――そして同時に、実入りの良さそうな村を見つけ出すの得意とした襲撃者として自分の考えを述べる。
「内側っていうのは基本的に『すでに村の一部になってる人』しか使わない物だよ。住人とか、縄張りにしている行商人とか。でも、初めてこの村を訪れる人は外も見る。道、柵、看板、見張り、聞こえてくる声……そういった物で『価値のある村』かどうかって判断されます」
かつて、エリーが目を付けた村の特徴だった。
道が石などで整備されていれば足跡を消しやすく、柵がしっかりして見張りが立っていれば油断が多く、看板等に力を入れている所は商人がよく訪れ、村人の明るい声が多い所は――美味しい獲物だ。獲物だった。
「――そうか」
まとめ役の男は、軽くため息をつく。
「ここは、知っての通り大きな村だ。サトウダイコン――甜菜よりも交易品の黒砂糖の方が流行りだしてから訪れる商人は減っていく一方で、若い奴らも見切りをつけて出て行く一方だったが」
本当に、苦労していたのだろう。
ずっと村を支えていた作物が見向きされなくなり、育て慣れない作物を取り入れたり、訪れた商人に安値でもいいからと頭を下げて作った砂糖を買い取ってもらったり食糧と交換してもらったりと、村の形を維持するために色々やっていた人だと、ゲイリー達は聞いていた。
そういう人だから人望があり、自警団という血気盛んな連中のまとめ役を任せられているのだろう。
「わかった」
まとめ役はそう言って立ち上がり、汗止めにタオルをバンダナの様に頭に巻き、
「若い奴らを連れて準備を始める。整うまでに、具体的にどこをどうするのか、考えておいてくれ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それからの行動は早かった。狩りに連れていくには早すぎると判断された小さい子供達を使って、でこぼこになっている周辺の道を平らになるように補修。同時に河原から持ってきた白い石をハンマーで砕き、砂と混ぜた砂利を作るとそれを捲いて、さらに慣らしていくという作業を続けている。
ついでに、周辺の背の高い雑草等も片っぱしから刈っている。エリーの意見で、隠れやすそうな場所は可能な限り少なくするに限るという事だ。
「それで、実際の所どう思う?」
「なにが?」
「あぁ、すまん。商人の流れの事だ」
指示を終え、人員の割り振りやらリズやら商人達との話し合いを終えたゲイリーは、エリーと共に村の外を歩き回っていた。
「お前が言うように、大抵の商人は開拓村から回って色んなモンを回収したうえでここや他のデカい村で本格的に露店を開いたりバザーに参加する。あぁ、流れは合ってると思うが――」
「……遅いと思う?」
「まぁな」
手帳に挟んでいた近隣の地図を取り出し、広げるゲイリー。エリーはひょこっと横からそれを覗きこむ。
「なんだかんだで、店を開く場所――ブースは常に取り合いだ。ここは確かに落ち目の村だけど、市場の価値はまだまだある。というか、過去が凄過ぎただけで、村としてはかなりでかい方だ」
「……単純に、村よりも街の方が美味しいって事じゃないの? そっちの方に行く商人だって結構いるでしょ? もしアタシが露店を開けって言われたら、街の方を見て回るけど」
エリーは地図に緑の点で示されている村々ではなく、赤い点で書き込まれている街を指でつつきながらそう言う。
「一回で多く稼ぐなら確かに街、ただし流行るのも早ければ廃れるのも早い。何度も通う必要があるが一定の収入が確保できるのが村って感じかな……。いや、専攻外だから詳しくは知らんが、知り合いが前にそんな事を言ってた」
「……例の毒好き?」
「そう、例の毒好き」
顔を引き攣らせるエリーに、ゲイリーは平然と答えた。
「そもそも、そんな人とどうやって知り合ったのさ先輩?」
「ん? 矢に塗る毒を探してた時に立ち寄ったギルドショップの店主が奴でな。最初は話が合っていたんだが……」
「先輩、今度から物食べてる時とか飲んでる時は近づかないでね?」
「俺はあんな危険人物と一緒にするんじゃねぇ! 最低限の労力で効率的な効果を発揮する場面以外で俺は毒を使わねぇ!」
「いや先輩、それで自分の弁護をしてるつもりだっていうなら病院に行くべきだよ。頭の」
「…………だめ?」
「少なくとも、先輩も毒を好む人間って評価は一切覆ってないね。アタシの耳には、その人と同レベルっていう自己申告に聞こえたよ」
「おぉう」
大げさに頭を抱えて見せるゲイリーの肩を、エリーは同情――というか、『なんだかなぁ』とでも言いたそうな目でぽんぽんと叩いた。
「は、話を戻すがな?」
「うんうん」
「おい、その優しい目を止めろ。泣くぞ、腹に力を込めて渾身の力を込めて泣きわめくぞ」
「ハイハイ」
「…………ちくしょう、覚えてろよ」
本当に少し泣きたい気分になりながら、ゲイリーは改めて地図に目を通す。
「商人が来るとしたら、北側に点在する開拓村を回りながら直接こっちに来るか、東側の村を経由しながらこっちに来るはずだ。東側は少し山道になるから分かるが、開拓村経由ならば村に長居する理由はないし、地形も平坦。そろそろ2,3隊くらいは着いておかしくない頃だと思うんだが……」
「うーん……開拓村で思ったよりも見込みがあった可能性は? 例えば、開拓村の人達がそのうちのどこかに集まれば――ごめん、そもそも売買が出来るような余裕はないんだよね」
「だろ?」
「それに、商人としてはこの感謝祭は、目当ての場所との顔合わせがメインだし、つまみ食いはしても早くそこにたどり着いた方がよっぽど得……ん~~~~」
エリーがぶつぶつ呟きながら思考を巡らせている様子を見ながら、静かにゲイリーは感心のため息を吐く。
(やっぱりコイツ、結構な切れ者なんだよなぁ)
先日、ゲイリーはとある筋からエリー、パルフェの学校での様子を聞いていた。
パルフェは魔法の感覚を覚えるために四苦八苦しているそうだが、基礎の算術や読み書きは問題なし。ただし、交友関係の構築に難在り。
そしてエリー。こちらは文句のつけようがない。
曲者が多い商学部で『程良い』交友関係の構築に成功。自身の立ち位置を確立させていた。
魔法に関しても適正アリと判断され、制御基礎の授業を取っている。
(盗賊、いや――話を聞く限りは暗殺者とか工作員に近い事をやってたみたいだけど、そこら辺の経験が噛み合ったってことか)
「んー。先輩が気にしてるって事は、行商人の行動はかなり遅れてるって認識でいいのかな?」
「あぁ、多分な。さっきも言ったが専門外。確証があるわけじゃない」
そう言うとエリーは『ふんむぅ~』と息を吐きながら少しの間じっとして、
「――ちょっと確認してみようか。少し気になるんだよね、アタシも」