剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・   作:rikka

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23.商人

「やれやれ。また振られたか。相変わらずガードの固い人だなぁ」

 

 さっさと部下達の所に行ってしまった男が向かった先――もう背中も見えないが、そちらを見たままエーベルハルトは苦笑する。

 

「それにしても、クランか。あの人とラヴィニアさんが組んだだけでも、騒ぐ所は騒ぐだろうに」

 

 実際、エーベルハルトの部下は騒いでいた。能力は高いが、誰の誘いも――それこそ貴族からのお誘いすらバッサリ斬り続けて来た高ランク剣士、そして一流の料理人でもあるラヴィニアが、『あの』ゲイリーと手を組んだ、と。

 

「いいなぁ……いいなぁ……」

 

 エーベルハイトは、ぶつぶつと独り言を繰り返す。

 その間も、笑顔という名の仮面は外れない。

 男にも女にも見える中性的なその顔に、その仮面は余りに似合いすぎている。

 普通の人間は見惚れるだけだろうが、そこにゲイリーは不自然さを感じているのか……いや、単純に嫌いなだけか。

 

「驚いたわ。貴方が誰かを羨むなんて」

 

 毒好きの優男に、声をかける存在がいた。

 長身に燕尾服。グレイ・マター内屈指の派閥の長、エマ=ノエル=フォン=ナッキネーヴ。

 

「これはこれは……ナッキネーヴ家のご令嬢ではないですか、御機嫌麗しゅう――」

「止めなさい。私は貴族である事を捨てているし、貴方に定型の挨拶なんて似合わないわ」

 

 エマがあきれた顔になっても、エーベルハイトはニコニコとするばかりだ。

 

「これは失礼。ですが、王都の貴族のような人達を相手にしたばかりですと、エマ様のような方には敬意を払いたくなるのですよ」

「皮肉を……。まぁ、いいわ」

 

 先ほどまで、ゲイリーがいた所に今度はエマが座る。エーベルハイトは、少しだけ眉をひそめる。

 

「それにしても、まさか貴方がわざわざゲイリーに会いに戻ってくるなんて……相変わらずご執心なのね」

「それはまぁ……」

 

 エマがそう言うと、エーベルハイトは初めて完全に笑顔を崩し、少し困った様な顔をする。

 

「いいじゃないですか、彼」

 

 困った顔に、だが目だけは心から嬉しそうに輝かせて、彼は続ける。

 

「ダリー、宝石、金塊。文字通りそれらを山にして突き出しても、そしてお薬を飲ませてもラヴィニアさんを渡そうとしなかった方ですよ? この街で比較的まともなこの15エリアだろうと、彼の様な存在がどれほどいるか……っ!」

「貴方、そんなことまでしていたのね……」

 

 それはゲイリーが敵視するはずだと頭を抱えるエマ。その仕草が面白かったのか、エーベルハルトは再び笑みを作り、

 

「あんな人が味方になってくれたのなら、僕も後ろを気にせず好きに振舞える。だから、ねぇ? まったく、働かなくてもいい生活なんて、僕の下に来てくれればいくらでも叶えてあげられるのに……」

 

 エーベルハイトは膝に肘を立てて手を組み、その上に顎を乗せる。

 

「ねぇ、エマ様。どうしたらゲイリー君は僕の所に来てくれるかな?」

「とりあえず、怪しいと思った人間に片っぱしから自白剤を飲ませるクセをなんとかしなさい」

「僕のライフワークを奪う権利が貴女にあるのか!?」

「なんで自白剤の比重が重いのよ、貴方の人生!?」

 

 今度は突然激怒の表情に変わったエーベルハイト。ますます頭を抱えるエマ。何をしているんだコイツラは。

 

「と、とにかく、話を進めるわね?」

「あぁ、そういえば、僕をこのエリアに来たのは、そもそも貴女に呼ばれたからでしたね。ゲイリー君の事で、もうすっかり忘れていました」

「話を!! 進めるわ!!」

「えぇ、どうぞどうぞ」

 

 エマの泣き出しそうな顔に機嫌を良くしたのか、再び笑顔になるエーベルハイト。ゲイリーの周りにいるのはこんなんばっかである。

 

「近く、私の傘下にある学生商人が18エリアに転校する事になったわ。で、空く予定の店舗、貴方側の人間に任せてもいいと思ってる」

「……それで? 貴女が提供できる利は?」

 

 基本的に、エーベルハイトは商人だ。全てのやり取りを、損と得で考える。

 

「正直、15エリアは商売の場所としてはそこまで旨みは無いんだよね。学生の質が中堅レベルだから、消費よりも貯蓄を第一に考える人間が多い。セントラルや工房関連が強いエリアからも離れているから、ちょっと面倒。海が近い南部の方がまだ魅力的だよね?」

 

 そして、より多くの利益のためには、それなりに親しい相手の頼みでも断れる人間でもある。

 

「……ゲイリーの部下の子が、商学科を専攻したわ。将来、店を持つでしょうね」

 

 エーベルハイトは、表情は崩さないまま、だがエマをしっかりと見据える。

 

「あのぐーたら男は、まずは露店から彼女にやらせるつもり。まぁ、なんだかんだ言いながら手を貸すでしょうね」

「…………あのラヴィニアさんがいるなら、商品もそちらに寄せるでしょうね」

 

 エーベルハイトは、一度だけラヴィニアが開く露店で彼女の作った試作品を口にした事があった。

 ひょっとしたら、生まれて初めて驚愕したかもしれない。ほんの少し、露店で販売されている食材の使い方を実演してみせただけの手軽な料理が、それだけで商品になりそうな一品にと変わっていた。

 金の成る木だと、エーベルハイトは確信した。そして、無理やりにでも引き入れようとした結果、ゲイリーと出会う事になったわけだが……。

 

「あのぐーたら男とはいえ、もうすでにクランランクは2。なんだかんだで面倒事に巻き込まれて、またすぐに昇格するでしょう。クランショップを持つのもそんなに遠くない。その時、貴方は今の状況で彼らに関われるかしら?」

「……この街で店を開くのならば、彼らはそこまで稼げませんよ。上手くいったとしても、それなりの利益にしかなりません」

「えぇ、貴方のように影響力のある人間がいなければね」

「…………」

 

 なんとなく、エマの言いたい事を察しながらエーベルハイトはじっと動かない。

 

「私なら、彼と貴方を繋げる事が出来るわ」

「……彼と協力して、このエリアに僕の商会の根を張る権利。それが貴女の提供するものですか?」

「彼は平穏な力が欲しい。貴方は彼との友好関係が欲しい。利害が一致してれば、協力させるのは難しくないわ」

「……………………」

「どう? 貴方としても、手つかずのこのエリアを手に入れる事は面白いと思うわ」

 

 エーベルハイトは、そっと静かに立ちあがる。

 

「……彼の周りで、何か動きがあるのは聞いていましたが……思った以上に面白そうですね」

 

 そして軽く首を回して凝りをほぐし、改めてエマの方を見る。

 

「で、僕に何をして欲しいんですか?」

「ちょっとした大仕事よ」

 

 エマもまた立ちあがる。

 

「私と――そして、いずれはあの男とも一緒に、この街の色を変える。手伝いなさい」

「……なるほど、大仕事ですけど――ゲイリーさん、今度は何に巻き込まれてるんですか?」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「じゃじゃーん♪」

 

 ゲイリー達のクラン・ベースでは、簡単なファッション・ショーが開催されていた。

 つまり、購入した旅装のお披露目会というわけだ。

 

 分厚く、丈夫そうとはいえ、露出の多いシャツにショートパンツ。そして、本来ならば肌が見えている所をハイソックスとアームガードを覆い隠している。実際に旅をする時は、これにマントも着込むのだろう。

 

「……あれか。衣擦れの音とかが気になるのか」

「あは、は。うん、どうしてもクセでね。音を立てるのはどうしても……」

 

 全体的に地味目な色合いの中で精いっぱいお洒落を頑張りましたという感じの服装を見て、ゲイリーはエリーの狙いを素早く看破する。

 そもそも、地味目な色合いという時点でエリーがキチンと戦闘の際の事を考えている事はすぐに理解できる。

 

「なるだけ音を立てずに動けるから、いざという時の単独行動でも活躍できるよ!」

 

 要するに偵察行動などの事である。元々そういう事をしていたので、本当に自信があるのだろう。

 

「わ、私は……その……」

「あぁ、うん、大丈夫大丈夫。そもそも、前に言った通り戦闘に巻き込むつもりはないから」

 

 それに対してパルフェは、ごく普通の格好だ。シャツに革製の胸当て、それに鹿皮のズボンに膝当て、そして――

 

「巻き込むつもりはないだけど……うん、その、なんだろう。貫禄はあるよ、間違いなく」

 

 その腰に下げられたメイス(骨砕き)。先端に骨ごと獲物を砕く、上から見たら(アスタリスク)の形になっている鋭い突起が付いている。ご丁寧に、掠っただけでもダメージを与えやすい様に肉を抉る突起まで付いている。

 

「ち、違うんです! 買った先のお店の人と世間話をしていたら、これを付けてくれて!!」

 

 要するに、今まで農村で普通に育った純粋そうな女の子が食い物にされない様にという気遣いである。

 確かに、こんな物を腰に下げている女の子を襲おうとする奴は中々いないだろう。

 

「それ、重くないか?」

 

 確かに小さめのメイスだが、それでも丸々金属の塊である。かなり重そうだ。

 

「大丈夫。ヒヒイロカネ製。見た目よりは軽い」

「……マジか。結構いい装備じゃねぇか」

 

 この街の物ではない。この街東部にある大河を超えて更に行った所にある陶工の街でしか精製できない希少な金属――ヒヒイロカネ。それを使った装備となれば、結構いい値はするハズだ。

 

「ラヴィ、その店覚えてるか?」

「当然」

「うし、後で何か手ごろな一品作っといてくれ。礼を言ってくる」

「肯定。後、今後は是非贔屓にしてくれって」

「当たり前だ」

 

 この街どころか、国全体でも滅多にいないだろう良心的な店だ。贔屓にしない理由がない。

 

(エマにも教えておくか……)

 

「そういえば先輩。今回の報酬って結局なんなの?」

 

 ふと、エリーが思い出したように尋ねる。

 

「パルフェとラヴィ先輩ですっごい相談してたの覚えてるけど……特別に何か一つお願いを聞いてくれるって話だったよね?」

「あぁ、可能な限りはってな」

 

 俺の望みは通らなかったが……と項垂れるゲイリーの肩を、ラヴィがポンポンと叩く。

 

「で、お願いは何にしたの? お金? お店の権利?」

 

 目を輝かせて尋ねるエリーに、パルフェが答えようとする。

 

「えっとね……これから先、私達のクランで役に立ちそうな物って何だろうって話になって……」

「クラン・ショップの設立も聞いてみたけど、さすがにこれは無理だった。だから……」

 

 ラヴィは腰のポーチから一枚の紙を取り出す。今回の依頼達成の際には、そのまま契約の書類となる物だ。

 

「で、内容は?」

「燻製小屋」

 

 エリーの問いかけに、ゲイリーが即答する。

 

「…………ごめん、なんだって?」

「燻製小屋」

 

 今度はラヴィが答える。

 ラヴィが取り出した紙は、今回のクエストの達成報告の後、隣の空き地を正式にゲイリー達のクランの物とする事。そして、その土地に、燻製小屋を建てる事が決定している。

 

「これで、私の思うような物が作れる。商品にもなる」

 

 心なしか、ラヴィが少し胸を張ってそう言う。

 それに対してエリーは、少しこめかみを押さえる事で内心の動揺を伝えようとする。

 

「燻製小屋かぁ……」

「俺たちらしいだろう?」

 

 なぜか少し誇らしげなゲイリーの発言に、エリーは諦めを意味するふかーいため息で答える。

 

「うん、まぁ……そうかもね」

 

 

 


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