剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・ 作:rikka
パナーシア女学院の放課後の教室。
藍色の髪の女生徒――パルフェが、席について手のひら二つ分くらいの大きさを紙を広げて、その角に指を当てている。
「おー、頑張るもんだねぇ」
赤毛の少女、エリーが横から声をかえると、パルフェは「ふぅっ」と息を吐いてそっと紙片から指を放す。
「もぅ、この宿題。集中力をかなり使うんだよね……」
パルフェは、じんわりと汗で湿った額をハンカチで拭い、水筒に入ったお茶で喉を潤す。
「今日はこの後アドミニだっけ?」
「うん、昨日ラヴィ副団長と行ったら、レティさんがちょうどいてね?」
パルフェは、色々と良くしてもらったからかレティには大変懐いていた。
クランの用事でアドミニに行く時も、大体はレティが対応していたせいもある。
「春のお祭りに合わせたクエストの書類、キチンとまとめてくれるって言うんだ。だから、それを取りに行ってからベースに寄ろうかなって」
今、パルフェのクラン内部の主な仕事はアドミニとの打ち合わせだ。ラヴィと一緒の事が多いが、希望するクエストがあるかどうか確認し、同時にどのような依頼を受けたいのかをアドミニに申告する。あるいは、受けられないクエストの報告か。
これを繰り返して、よりクランとして望ましいクエストを受けやすくしていくのだ。
「ところで、何やってたの? 休み時間にもよく触ってるけど」
エリーがその紙片を覗きこむと、青い、けれども見た事のない文字が書かれている。しかもそれは、まるで垂らしたインクの滲みが偶然そうなったかのように、円状にジワリと描かれていた。
いや、パルフェが指を放してから、ジワジワと外側から消えていっていると言うべきだ。
「アレクシア先生からの宿題。魔力に反応する紙なんだって。これに魔力を入れ過ぎると弾けちゃうから、そうならない程度に力を注ぎなさいって」
「ふーん……」
「そういえば、エリーちゃんはもう魔法の授業に入ってるんだよね? もう使えるの?」
エリーも、魔法に対する適正はあると聞かされていた。ただ、魔力量がある意味で適正なのでこういった補習を受ける必要はない。すでに授業を受けているエリーは、ある意味で魔法の先輩になっていた。
「いやぁ、まだまだ全然。アタシは魔法の中では回復系っていうのに興味があってさ。そしたらまずは座学からってひたすら骨格標本のスケッチとか骨の部位と名称、筋肉の部位と名称とかの暗唱ばっかやらされてる。魔法で実践したのは、基礎の『放出』だけ。しかも未だに上手くいかず」
要するに、最初の適正検査のあれを、魔法陣なしでやれるようになる授業である。
それに、授業の内容を聞く限り、魔法という物もそこまで便利な物ではないようだ。
詳しい説明は次の授業の時らしい。
「それよりも、アタシとしては肝心の商学科の方が問題なんだよ……」
「? どうして? 一番、楽しみにしてたクラスじゃなかったの?」
エリーが少し前――商学科初めての授業に行く時は、それは本当に嬉しそうで、事前に配られていた教科書を良く読み返していたのをパルフェはよく覚えている。
「……いや、アタシもうっかりしてたけどさ、商学科に来る人間って、一攫千金の大逆転を狙ってる人間が多くてさ……」
「??」
がめついという意味だろうか? と首をかしげるパルフェにエリーは、
「これ、あのクラスの写真と名簿。ウチのクラスの人間には気を付けた方がいい」
こっそりと、さりげなく近づき、パルフェに少し大きめの封筒を渡す。少し厚いことから、それなりに中身は入っているようだ。
「――正直さ、滅茶苦茶言われているんだ。パルフェを紹介してほしいって……必死さを隠した目でさ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「提案。砂糖がもっと欲しい」
「それは提案ではなく要望だと思うんだが」
クランベース……ではなく、二人が通う学校のとある教室でゲイリー達は会っていた。
「……やっぱり、焼き菓子が一番だという結論になった」
「商品か?」
「肯定。正確には目玉商品。本当はチョコレート――カカオが欲しいけどさすがに高すぎる」
「ふむ……」
砂糖を使った焼き菓子は、物によっては長持ちするし、腹持ちもするだろう。そうでなくても、ちょっとしたお土産などにも人気だ。
エリーは、主力としては干し肉やドライフルーツの詰め合わせを主力にしようと考えているし、ラヴィも仕入れと仕込みを考えるとそれがいいと言っていた。干し肉の方は少し手間がいるらしいが。
「この近くで、砂糖を生産しているのはフォーゲルの村ですね」
そう言ったのは、用事があったゲイリー達の学校に来ていたレティだ。
「サトウダイコンの生産を始めた村として有名な村です。全ての甘味が『最高級品』から『高い』くらいの品になったのはここのおかげでもありますね」
「受付嬢、フォーゲルで依頼ってあったっけ? あの村、自警団が優秀だからそんなに依頼出てないイメージなんだけど」
老若男女問わず、甘い物は人気がある。その材料ともなれば、どれほどの売れ行きなのかを察する事が出来る。
「と、いうかだな。そういう話はラヴィとパルフェに任せるって話だったろう。俺は実質幽霊団長なんだから」
「幽霊団長ってなんですか。聞いたことありませんよそんな団長」
「何もせずにただ存在するだけの団長のことだ」
「怠けているだけでしょうが働けぇぇぇっ!!」
レティの毎度の定型文に、なぜか満足そうに頷いているゲイリー。もはや色々と手遅れな気がする。
「今回は、パルフェさんには聞かせたくないお話だったからここまで来たんです!」
「? パルフェに?」
ゲイリーから見て、レティはどういうわけかえらくパルフェを気にかけているような気がする。
パルフェが懐いているというのもあるだろうが。
「ゲイリーさん達へのクランへの協力要請というか、実質『協定』を結ぶように迫ってくるギルドやクランが多数ありまして……」
「……パルフェ個人を手に入れられないなら、パルフェごと俺たちを取り込もうと?」
「口には出しませんが……。それと、多分ラヴィさんも。元々、強い剣士と言う事で名前は知られていましたから」
その話題の剣士は、話題に興味がないのか、先ほど少し話に出たフォーゲルの村のパンフレットに目を通している。いつも通りマイペースだ。
「で、俺達にそいつらと働けってか?」
「いえ、そうではなく……こちらで一つ、クエストを提案しようと思いまして。フォーゲルでしたら……こちらになります」
そうして、レティは一枚のクエスト書類を差し出す。
ゲイリーはそれを受け取り、ラヴィはパンフレットから目を放して横から「ひょいっ」とそれを覗きこむ。
「フォーゲル村における治安維持任務の補佐……依頼者、王立治安維持特別連隊――おい」
「なんですか?」
「問題児率いる学生クランが、官憲のお手伝いかよ」
王立治安維持特別連隊。その名の通り、王族――まぁ、国によって設立された治安維持のための兵隊だ。
基本各町や村には自警団といったある主の警察機構があるが、大規模なものや組織犯罪などが相手になった時に、そういった組織への指揮権を持つのがこの『治安維持連隊』というわけだ。
人数は全体でおよそ4000人と、とびきり多い訳ではないが、王命で編成されただけあって優秀な兵士で編成されている。なにより、数少ない『銃』の装備が許されている隊でもある。
「というか、なんでこのクエストを俺達に?」
「推測。要するに、下心のあるグループに対しての牽制」
ラヴィが口にした言葉に、レティが頷く。
それに対してゲイリーは少し首をかしげる。
「官憲の依頼を進んで受けるようなクランに虫は寄らないと? んなわけねーだろ」
「ゲイリーさんのおっしゃる通りですけど、少なくとも数は減るかと……それに」
レティは軽く咳払いをし、
「実は……この街ではずっと問題になっていたんですが、外との連携の少なさ、それに伴う不信感への対策というのはもはや命題でして」
「? そのために、食糧の自給率下げただろ。外部との流通を強化するって名目で、農村エリアの穀物も備蓄物って事で王都に格安で渡してるし、他の部分でも譲歩したって――あぁ、だからか」
「ええ……多分、ゲイリーさんの考えている通りです」
レティは、頭が痛いという様子でこめかみを人差し指でコンコンとノックしながら、
「おかげで、どうやら一部の貴族達がさらに絞れると踏んだようです。最近、上の方が対応に追われていると」
「…………阿呆共め」
迂闊に譲歩をしてしまったこの街にか、あるいは塩梅と言う物を理解しない貴族に対してか。
普通の人ならば悪口一つに戸惑う相手に、堂々と悪態を吐くゲイリーに、残り二人は特に反応しない。こういう男だとよく理解しているからだ。
「ようするにアレか。王族直属の官憲と、この街の学生を協力しあっている所をアピールしてバカ貴族の動きを鈍らせたいと。で、ちょうどいい理由付けがクエスト押しつけられそうなのが俺たちだったと」
「他のエリアでも、同じように要請しているようですが……15エリアだと……はい」
酸っぱい物を口に含んだような顔をするゲイリーに、レティは申し訳なさそうな顔で「すみません」と頭を下げ、
「正直、治安維持連隊のお方と一緒に行動させるとなると、エマさんくらいしかウチのエリアではないんですが……エマさんだと……」
「アイツは縁を切りたがってるが、家が復縁したがってるからな。扱いとしては、まだ貴族。貴族側との癒着にも見られるからって、断ったか? エマ……いや、向こうから、か」
「その通りです」
ゲイリーは、頭を適当に掻き毟る。面倒だと思った時の癖だ。
「俺らじゃなくても、新人クランとかギルドに押し付けりゃいいじゃねーか。エリートさん達なら、そうそうヤバい事態にはならんだろーに」
「こちら側から足を引っ張らず、そして万が一の事があった時に対処できる人材がそうそういないんです」
加えて、このエリアにはクランやギルドの大抵はエマの傘下にある事もあって、候補になるクランやギルドが少ないと言うのもあるだろう。
「……おい、受付嬢」
「レティです。で、どうです? 受けてくださいますか?」
レティはあえて尋ねるが、ゲイリーには分かっている。
こういう時のこの女性は、腹黒モードに入っている時だと。
ここで断ろうものならば、次にクエストを尋ねに来たパルフェにあの手この手で、このクエストを持って帰らせるだろう。
「……条件がある」
「なんですか? 報酬ならばもちろん、特別報奨金という形で上乗せさせていただきます」
「それはいい」
「はい」
「代わりにだ」
「長期休暇以外でしたら、どうぞ」
ノータイムの切り返しである。
「……ちくしょう」
「ゲー君。諦めが肝心」
そもそも、予想されていないと考えるのがおかしいのだ。
「それで? 何かご希望はありますか?」
ニッコリと頬笑み、そう問いかけるレティ。男の大半が
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「と、いうわけでだ。今度の活動はフォーゲル村でのクエストになった」
レティと別れてから、ゲイリー達はパルフェ達と合流。今後の事を話し合うという事で、夕食も兼ねてクランベースに集まっていた。
なお、本日のメインディッシュはグリフォン肉のピカタ(切った肉に、小麦粉ととき卵の衣を付けて焼いた物)である。
「すまんな、パルフェ。お前の補習中に決めてしまって」
「あ、いえ。それに、レティさんが直々に団長に持ってきたと言う事は、大事なお仕事なんですよね?」
「ん、まぁな」
(本当にあの受付嬢は、碌な依頼を持ってこねぇ……)
内心で毒づきながら、ゲイリーはレティから受け取ったクエスト書類を広げる。
「内容としては、要するに雑務だ。この間話した通り、もうすぐ春の感謝祭だ。フォーゲルは結構デカい村だからな。祭に近づくにつれて商人や観光客の出入りも激しくなるし、そのための狩猟も増える」
「……なんか、揉め事も増えそうだね」
話を聞いてエリーがそう呟くと、ラヴィが首を少し縦に振って肯定する。
「そう。喧嘩とかもそうだけど、狩猟の際に怪我をする人も多い」
「それで、ギリギリ気にならない程度にまで価格を高くした傷薬を売って歩く連中が出たりな。……ってか、お前らの所は感謝祭の時、どうだったんだ?」
ゲイリーが、好奇心からそう尋ねる。
「ん、アタシの所は、食糧関連は全部買ってたからね。お肉はアタシ達が一応少しは狩りに出てたけど」
「あ、そういえばエリーちゃんの家って、自警団だっけ? やっぱり、そういう事にも狩りだされてたんだ!」
「――え? あ、うん! ハ、ハハ」
これはゲイリーとエリーの間で話した事である。実際これから活動を共にすれば、エリーがそこらの学生よりも腕が立つのはバレるだろう。そこでとりあえずの説明として、戦闘を習っていてもおかしくない身分を出したのだ。
(受付嬢に説明するのが一番大変だったな)
一応、アドミニには全てを説明する必要があったのでエリーと二人でレティと話をしに行っている。
結論として、上手くいった。エリーの存在はそもそも、すでに崩壊した村の出自という事だったのでいくらでも手は回せる。何より、エリーは自分の村の事を話した。
麻薬の栽培、精製を行いながら、同時に適度に行商を襲い、流通を制限しようとした事など。
恐らく、今頃は調査団が動いているだろう。実質、家族の事を売った形になる。少しエリーは戸惑いを見せたが――それでも、彼女は答えた。
(ったく、俺の周りの女ときたら……)
「パフェちゃんの所は?」
「私の所は、そんなに派手じゃなかったな。行けるときは、乗合馬車で近くの街に行って、そこで春が来た事へのお祈りを捧げて、お料理を食べて……」
大体、基本的な春の感謝祭だ。場所によっては、これに大道芸人の集団や、旅のサーカスが来たりする。
「ま、長くなったが……。俺たちの仕事は、祭の準備でのてんやわんやを押さえる指揮官さん達の手伝いと覚えてくれればいい。相手はエリート、胸を借りるつもりで行けばいい」
「エーちゃんとパフェちゃんなら大丈夫」
ラヴィが、ドリンクを運んで来ながらそう言う。
「それより、まずは買い物。この間は間に合わなかったけど、今度こそ二人の装備を買っておく」
ラヴィは、壁の装備掛けにかけられている自分の剣と、弦を外してあるゲイリーの弓を見ながらそう言う。
「二人とも、もうすぐ学校で自分の武器を決めるハズ」