剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・ 作:rikka
「なるほど、確かにすごい魔力量ね」
その女性を見た時、パルフェの頭にはクールビューティーという言葉が思い浮かんだ。
先日の戦闘でラヴィが見せた魔法が使える剣。その時の青い輝きを思わせる髪を持った女性――パナーシア女学院校長であるアレクシアは、パルフェの肩に手を置いたままそう呟く。
「か、肩に手を置いただけで分かるんですか?」
「正確には、私もすでに魔法を使っているわ。探知、といえばなんとなく分かるかしら?」
ふぅっと軽く息を吐いて、アレクシアはパルフェから一歩離れる。
「さて、まず貴女に言っておくことがある。他の魔法系の授業でも必ず言われるけど……魔法という技術は非常に強力な物にも、便利な物にもなる技術だけど、全て貴女のイメージ次第よ」
アレクシアは、軽く足をタンッと慣らすと、見る見るうちにそこから氷の膜が広がっていく。
「イメージ次第って……魔力の管理を覚えて呪文を正しく唱えれば発動するんじゃあ」
「……あの男から――ゲイリーからは何も聞いていないの?」
予想外の名前に、パルフェは目を丸くする。
その様子から、何も聞いていない事を悟ったアレクシアは再びため息を吐く。
「クランの団員だと言うのなら、少しくらいは教えておけば良いものを――」
「あの、団長とお知り合いなんですか?」
パルフェがそう尋ねると、アレクシアは人差し指を額に当てて、複雑な顔で「一応、ね」とだけ答えた。
「まぁ、ある意味そちらの方が正しいか。では、まず魔法とはどういう物なのか、そこからレクチャーしよう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
15エリアの図書館には、幽霊がいる。
誰かが言いだした、しょうもない噂。だったはずが、これは後に、ただの噂からただの情報になる。
――あそこの図書館には、司書以上に蔵書を把握している
「――っていう感じの噂がウチの学校に流れてんだけど先輩」
「あぁ。それ、俺だわ」
「うん、知ってる」
お洒落な同級生にやってもらったと、特徴的な赤毛を後ろでアップにしている後輩、エリーの言葉にゲイリーは面倒くさそうにため息を吐く。
「俺がここに来た最初の夏だったかな。わけあって図書館に泊めてもらってた時に、肝試しに忍び込んだ連中がいてな――」
「うん、なんとなく分かった。誰もいないはずの図書館で、真っ黒な衣類を好む先輩を見つけたっていうか、先輩が声をかけてパニックになって……って感じ?」
「まぁ、大体そんな所だ。ちなみに、それ以来図書館に侵入する奴が何組か出てな。その内の一回は夜に出会って、腰を抜かした女を助けてな。そしたら噂の中身が幽霊から古書の妖精になってた」
その時、ノアはこの事実を知ってしばらくゲイリーに『よう、妖精さん!』と声をかけ、その後二人は歳の差を超えた殴り合いによる友情構築を試みる事になった。なお、当然のごとく失敗に終わる。
「で、先輩はなに読んでんの?」
エリーが、ゲイリーの座っている席に積まれている本を何冊かひょいっと取り上げる。
「『良質な
興味を持ったのか、その内の一冊――『行商人が選ぶ~』をパラパラっとめくっていく。
「あー、ほら。お前の露店、手伝うって言ってただろ? アイツ」
「あ、うん。この間『2,3日ほど時間が欲しい』って言われたから、そろそろ様子を見に行こうかなって思ってたんだけど……」
エリーとパルフェの二人は、ここ数日は学校の方が忙しく、クラン・ベースの方には顔を出せていなかった。
「……ひょっとして、ラヴィ先輩――」
「あぁ、気合いが入りまくってるぞ」
「――作業中は、迂闊に声がかけられないくらいにな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
クランのランク昇格に伴い改築許可が出たとはいえ、それがそのまますぐに改築ができるという意味ではない。
施工には当然お金が必要だし、そもそもどのように改築するか、あるいは増築するかの話し合いは必要だろう。
つまりは、例のクエストの時と変わり映えのないベース――そののキッチンで、とある一流コックが真剣に悩んでいる。
「……難解」
机の上には、これまでの試作品の山が所狭しの並んでいる。クッキー、パウンドケーキ、マフィンといったお菓子に、キッシュや色んな種類のパン、そして材料になる様々な食材が並んでいる。
この数日間、ラヴィはほとんどベースに泊まり込みで様々な料理の研究に精を出している。
いつぞやのゲイリーの懸念は図らずも当たった事になる。
「……休憩」
このままでは良い成果が出そうにない。そう判断したラヴィは、手鍋で煮立たせていたお湯を使ってお茶――自作したハーブティーを淹れてティーカップに注ぎ、ソファに腰を下ろす。
玄関から、鍵穴に鍵を差し込む独特の金属音がしたのは、ちょうどその時だった。
「ただいまーっと……なんだ、やっぱりまだしっくりくる一品は作れないって感じか」
「お邪魔しまーす!」
ドアを開けて、ゲイリーとエリーのコンビが帰って来た。
「お帰り。――それと、エーちゃんごめん。まだ終わってない」
「あぁ、うん、机の上の試作品の山見ればなんとなく分かります」
エリーは、何気なく試作品の一つ――微塵切りの野菜を混ぜ込んだクッキーの様な――ただし分厚く、形も丸ではなくを一枚取って口に放り込む。
「……不味いわけではなく、というか美味しい方だと思うけど」
エリーは、つい最近まで普通――ではないが、少なくとも食べる物に関してはごく普通だった。
だが、この街に来て、ラヴィと会ってからは食事の質が急激に上がる事になる。
なにせ、貴族でも中々食べられないレベルの物をいつでも食べられるようになったのだ。そりゃあ上がる。嫌でも上がる。
「……エーちゃんは、普段濃い味の方を好むからそう感じるかも」
「そこですよねー。いや、口にして、なんて言うんですかね? もう少し大人しい方がいいかもってちょっと思って――」
元々、実質山賊の村で育った事、行商や村への襲撃や、建物や倉庫などの潜入の仕方等を学んでいる事、実行していた事を、エリーはこの場にいる二人には話していた。
パルフェに全てを話すかはまだ決めかねているのだが……。
「同感。でもそう思って試作したら、今度は淡白すぎて味気ない」
「むむむむ……。溶かしたチーズ絡めたら美味しいと思うんですけど……」
「――セットで付ける?」
「そうなるとお客さんにひと手間かけますよね」
「「…………ふむ」」
かたや料理人として、かたや販売者として頭を悩ませている中、ゲイリーは特に気にせずひょいぱくひょいぱくと片っぱしから摘まんでいる。
「あー、図書館でヒントになりそうな本をいくつか借りてきたけど、正直役に立つかどうかわかんねーぞ」
ゲイリーは、手にしていた鞄から本を何冊か取りだす。エリーが一度目を通して上で、これ面白いかもと言った本が数冊混じっていた。
「感謝。後で目を通しておく」
ラヴィは、ゲイリー達の分のお茶を淹れるために立ち上がりながらそう言う。
そこまで期待はしていないようだ。
「――あ」
「? どうした?」
ふと、ラヴィが手を止める。
「……質問。息抜きも兼ねてそろそろ夕食の支度する。何が言い?」
ラヴィが尋ねる。
「んー。ラヴィ先輩の作りたい物が一番なんですけど……」
遠慮を見せるエリー。
「チーズの話聞いたから、久々にガレット食べたい。具もチーズもたっぷりの奴。スープもあれば最高」
一切遠慮を見せず、具体的にリクエストを出すゲイリー。しかも準備に時間がかかる一品を。
急募、誰かこいつにドロップキックをかましてくれる人。横っ面におもいっきり。
最も、ラヴィはそのリクエストを聞いて心なしか少し満足げに頷き、
「昨日、試作で作った生地を寝かせてある。パフェちゃんにも声をかけて上げて」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
クラン・ベースの対面はともかく、周りは街灯以外にほとんど灯りがない。
今、灯りが付いているのは、ゲイリー達のベースくらいだ。
「今度の連休ですか?」
ゲイリーのリクエストどおり、具だくさんのガレットをナイフとフォークで切り分けながら、パルフェがきょとんと首をかしげる。
「あぁ、この間話した通り、お前ら二人はともかく俺とラヴィはまだクエストが必要だからな。別に個人でやってもいいんだが……クランを建てると余り良い顔がされないんだ」
「肯定。だから、近くの街や村から依頼されているクエストを見繕って、旅行も兼ねて行く」
どう? と問い返すラヴィに、エリーは「いいじゃん!」と返した。
「でも、どういう依頼なの? その、村や街なら、やっぱり防衛とか賊討伐とか?」
「いんや。確かにそういう依頼もあるけど、そんな依頼が来るとしたらちょうど今頃かな。誰だって祝日は静かに過ごしたいだろ?」
ゲイリーは、魔術制御の補習が終わる頃のパルフェを呼びに、エリーがパナーシアまで足を運んだ際についでに買ってきてもらった雑誌を広げる。
「俺たちが行く連休あたりで一番多いクエストは、狩猟や採取だな。春の感謝祭に合わせて、料理に使う食材がどこも欲しいから、こういう依頼が大量に出る」
「村がそんなに多くダリーを出せるんですか?」
パルフェがそう聞くと、ゲイリーは苦笑して、
「パルフェの言うとおりダリーの報酬は少ない事が多いけど、食材なんかの現物報酬がたんまりもらえるのはほぼ間違いない」
食材という言葉に、ラヴィの耳がピクリと動くのを、ゲイリーとエリーは見逃さなかった。
「パルフェの補習しだいだけど、出来れば連休前日の放課後にはここを出発したいな」
ゲイリーは胸ポケットから手帳を取り出し、カレンダーが書かれているページを引っ張りだす。
「春の感謝祭は連休の中日にある。それが終わって、この街に帰れば最終日に学生たちの簡単な後日祭があるから、そっちも楽しめる」
「ってことは、初日で終わらせられるクエストを受ける必要があるの?」
エリーが、「大丈夫なの?」という顔をする。
「あぁ、大丈夫大丈夫。ランク2になったから他のギルドやクランと一緒に受けられるし」
それにゲイリーは軽く手を振って答える。
そう、問題は一切ない。ゲイリーは目線でそっちを指す。
「ウチのエースがやる気満々だから」
いつの間にか食べ終わっていたラヴィは、周辺の村や街に関して書いてある雑誌をどこからか取りだし、真剣に読みこんでいる。
「……先輩、そのやる気って、殺すと書いて『ヤルキ』って読まない?」
「? 狩猟なんだから当たり前じゃないか?」
「……うん、いや、そうなんだけどさ……」
なんとなく不安になったのか、エリーはそっとラヴィを見つめる。
「大丈夫、エーちゃん」
「はい」
「何が出てきても狩ってみせる」
「……あの、ラヴィ先輩。狩り尽くさないよう、程々にお願いしますね?」