剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・ 作:rikka
魔物が出ると有名なその荒野は、特別な結界のおかげで街道が通っている周辺は安全だと少女達は聞かされていた。
だが、不安というものはそう簡単に消えるものではない。
少女と共に馬車に揺られている全員が、優れない顔色のままじっと動かない。
(私……これからどうなるんだろう……)
少女の村は、先日消えてしまった。とある虫の魔物の大量発生により、農作物はもちろん家畜小屋や民家まで『食べられて」しまった。少し前まで自分達は遊んで、家畜を世話し、農作持ちを育て、そして自分達が育った場所はいまやただの更地である。
早くに親を亡くしている彼女に引き取り手も行き場もあるはずもなく、選択肢は二つしかなかった。身売りか、それとも――
「……学園都市『グレイ・マター』かぁ……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
クラン。クエストを受ける際、登録した面子で受けるためのグループ。恐らく、この街にある多種多様なグループの中で最も数が多いのがこのクランだろう。
クラン登録をしておくと、基本的にそのメンバーと一緒かソロでないとクエストを受けられないという制約こそ出来るが、利点もある。ある程度実績を積んたクランは、受注したクエストの傾向や成功率が情報誌で出回るようになり、雀の涙程とはいえ予算が出る。
規模によっては、『外』から勧誘の声も来るそうだが……
「クランのかけ持ちは不可。クエスト受注可能な生徒『3名』から登録可能。だって、ゲー君」
生徒手帳に書かれてある校則のページで問題の部分を、ラヴィが読み上げる。
「質問、誰を勧誘するの?」
それはぼっちに対して聞いて良い質問ではない。
ゲイリーは内心で憤慨した。
「……お前はクランに参加しているか?」
「否定。私はクエストを選ぶから集団行動は苦手。そもそも誘ってくれる友人がほとんどいない」
「えぇい、悲しくなる事を堂々と口にするな!!」
ゲスである事を自認していた男が言っていいセリフではない。
ノアから――恐らく本当はもっと上だろうとゲイリーは推測しているが、特別課題を出された問題児その1は、首をコキコキ軽く動かしながら、ラヴィと共にエリア内の商業区を歩いていた。
「しかし……お前ってクエストを選んでいたか?」
「……可能な限り、食材関係が手に入らないクエストは受けない。逆に、そういうクエストなら赤字ギリギリでも構わない。だからパーティー組む人は嫌な顔をする」
「……あぁ」
クランやパーティーと言った複数でクエストを受ける時は、報酬は当然分割される。人数が多くなればなるほど、儲けは減るのだ。しっかり分けられる金銭はともかく、それ以外の報酬や獲得品で揉めるのは珍しくない。
そういう中で、妙なこだわりなどで出費を考えずに行動する人間は歓迎されない。
――例えば、剣の達人であろうが希少な食材のためには赤字になろうと全力を出す少女とか。
「ふむ。正直、お前とはたまにクエストに同行しているからある程度のクセや嗜好等は知っている。仮にクランを作るのならば、お前には是非参加してほしい。どういう条件を出せば参加してくれる?」
ゲイリーという男は、極度の面倒くさがりである。今得意としている弓の腕も、これを磨いた理由はどうしようもないものだ。
危険度が非常に高い前線職はごめんだと選択せず、教師が魔法技術の習得を勧めるも『目立って注目されやすいし狙われやすいからイヤです』と最低限の物しか覚えなかった結果と言っていい。
一応他にも出来る事はあるが、どれも全て最低限だった。
「クエストは、私が選んだのを出来るだけ受けてほしい」
「即答したな貴様。やはりというかなんというか……食材関連か?」
「肯定。加えて、最初の頃は無いと思うけど、遠征の時の食事は私が作る。絶対に。私より上手い人じゃない限り交代しない」
それに対してこの少女剣士。何気に一級調理士の免許持ちであるのに加えて、薬草学トップの成績を持ち、一級劇物取扱免許、危険食材調理免許など、多種多様な
「言うと思っていた。もちろん問題ない。むしろ歓迎するよ。お前の飯はこだわるだけあって美味い。他には?」
「それと……最重要。メンバーに一人……」
「ん?」
「信頼できる運営補助を一人」
「……俺やお前じゃダメなのか?」
「駄目」
ラヴィは、言わなくても分かるな? という目でゲイリーは真っ直ぐ見る。
ラヴィはゲイリーが駄目人間である事をよく知っているし、自分自身が忍耐の足りない人間だという事も理解していた。さすがにクランの運営金や貯蓄金に手をつけないだろうとは思っているが、思うだけで追いつめられたら分からない。
「まともな人が必要」
「そうか……まとも、まともか……」
ゲイリーは、引き込めそうな学生の顔を思い浮かべる。――誰も浮かばない。
ラヴィは、引き込めそうな学生の顔を思い浮かべる。――誰も浮かばない。
「…………」
「…………」
無言のまま二人は互いの顔を見て、そして無言のまま理解する。
あぁ、誰も思い浮かばなかったんだな、このボッチめ、と。
なぜこの二人は鏡に映った自分を罵倒しているのだろうか。
「……変に慣れてる奴は危険だな。この街で過ごせば過ごす程、損得に知恵を働かせ出す」
「肯定。出来ればこの街に放り込まれたばかりの、純真そうな農民の子あたりが狙い目」
「完全な貧困層は危険だ。ハングリー精神の強い奴は、立場や噂などによってはすぐに裏切る」
「……北の第5農場エリアが、
「……
「無論。シャーロット領西部」
ラヴィは自身の嗜好もあって、食糧関連の情報は常に仕入れている。そして、偏ってはいるが街の外に対してもそれなりの情報を把握していた。。
その情報を元に、普段ぐーたらダメ生徒のゲイリーが計算を始める。
必須課題。しかも、将来楽に過ごすための一歩になり得るものである。
少ない食糧をいかに長持ちさせるか、最低限の労力で単位をクリアするにはどの授業を取るか。そればかりに使っていたぐーたら生徒の脳が、利益と保身の方程式を組み上げていく。
「シャーロット卿は可も不可もない領主だ。税率もそこまで酷いものではなかったはず」
「同意。酷い噂も良い噂も特にない」
「ともなれば、酷い飢えを経験した連中は少ないだろう。そんな連中が初めての離村と飢えを経験したわけだ。不安で仕方ないだろうな」
「……優しい声をかける役は貴方。私は苦手」
ラヴィもまた、クラン設立に乗り気だった。
クラン設立により、受けられるかもしれない特別なクエスト――その報酬で出るだろう討伐モンスターの肉や骨、血、そして未知の野草や山菜、果実。加えて、ゲイリー程ではないが金銭に困る事もある自身にとって、これはちょうどいい機会かもしれないと、そう考えていた。
「しばらくの間、『新入生』達を観察して目ぼしいのを見つけたら声をかけてみよう」
目指すはこの学園都市の中心。政庁エリア。外から来た『入学者』は必ず一度はそこに入る。二人とも経験者なのだ。かたや貴族、かたや平民の。手続きがどういう流れで行われるか、その後この街の『生徒』になった人間がどう動くかなど大体把握している。
「タイミングは、各エリアを馬車で回った後の自由時間だな。そのタイミングで見て、いいのがいれば声をかけてくる」
「提案。不安そうにキョロキョロしている、一人でいる人間を狙う事」
「ふん、分かっているさ。真面目そうで、かつチョロそうな奴を狙ってくる」
通りかかる人間からすれば、どう聞いても犯罪計画中にしか聞こえない変わり物二人の会話。
ここから、彼らの長い特別課題は始まったのだった。