剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・   作:rikka

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15.ぐーたら弓使いと美食剣士

 ストリクス。

 北部荒野の中域に生息する、野生動物や魔物の血を啜る小さい鳥獣型の魔物である。

 獲物を捕らえ、息の根を止めると直接肉を食いちぎり、血を啜るとそれを捨てる。当然、その肉には、また違う魔物が飛びつき――それをまた狩り取るという知恵の回る魔物である。

 

 この生き物は基本的に荒野奥の洞窟や丘の影と言った隠れやすい所に群れで隠れている。

 常に小さな魔物を狙い、中型以上の魔物が来れば身を隠す、そういう存在。

 武装していれば、よほどの群れで襲われない限り人でも追い払うのは難しくない――はずだった。

 

「エマ様、来ます!」

 

 大きな――恐らくは風系統の魔法を使ったのだろう一際巨大な個体が、『餌』を吊るした木を片翼で弾き飛ばすのと同時に、やはりそれなりに成長した群れが森の中から飛び出して来た。

 

「放てっ!!!!!」

 

 エマの号令と同時に、投石機が、バリスタが、弓使いが魔法使いが、一斉にそれぞれの攻撃を叩き込む。

 特に拡散した投石が有効だった。次々へと群れを構成する小型――いや、中型クラスのストリクスが叩き落とされていく。

 群れの何割かを叩き落とした兵器部隊は、改良型も含めて群れのボス――大型の個体を次の狙いに定めていた。

 しかし、大量の石を積む投石機やバリスタは次弾の装填にどうしても時間がかかる。

 その隙にボス個体は翼を振り、上空へ逃げようとする。

 

「魔術結界展開! 同時に第二射!!」

 

 エマはその瞬間、再び声を張り上げる。

 エマの更に後方、弓使い達の更に後ろで待機している魔術生徒が、同時に小さく口を動かす。

 すると、魔術師たちと弓使いの間を区切るように地面から勢いよく大量の水があふれ出す。その水は淡く輝き、そしてみるみる薄い膜となってエマ達とスクリクトの群れを完全に覆った。

 

――キィィ……イイィィィイイィィィィィ……!!

 

 ボスが鳴き声を上げると、水の膜と同じように、その翼が淡く輝き始める。魔物が魔法を使う前兆だ。

 そして、その輝く翼を振るうと同時に、凄まじい突風が発生し、水の膜へと叩き付けられた。

 

 凄まじい土埃と轟音が、膜の内側を激しく揺らす――が、水の膜はビクともしない。

 

「……ふう、どうやら、結界強度はこれで十分なようですね、エマ様」

「えぇ。これを破られていたらどうしようもなかったわ」

 

 どうやらそれが通れない物だと察しているらしい。ボス個体は忌々しそうにか細い鳴き声を上げながら、体制を取り戻した生徒達による、改良型バリスタの二射目を回避していく。

 

――キィィィィィィィッ!!!!

 

 そして、もう一度――今度は甲高い声で叫ぶ。すると、その声に呼応し、叩き落とされたり、ひたすら逃げ惑っていた他のストリクス達が、一斉に投石機やバリスタ目掛けて突撃を開始する。

 

「出番だ! 兵器や後衛組に指一本触らせるな!」

 

 完全武装した一人の学生が、得物は掲げて声を張り上げる。

 それに対し、周りの学生も呼応する。ここから先は通さない――否、ここで片を付けると!

 

「我々も出るぞ! 警備員は続け!」

 

 教師陣も負けていない。警備部隊の人間と共に武器を抜き、後衛隊を守るように立ちふさがる。

 エマは、それを見て満足気に頷く。

 

(無駄な言葉は無粋、か)

 

 中には協力に乗ってくれなかったクランもある。ギルドも、挙句には依頼主である教師の中にも。

 だが、この場で共に剣を取ってくれる人間達は、今間違いなく、エマ=ノエル=フォン=ナッキネーヴが敬意を払い、そして信頼するに足る戦友に違いなかった。

 

「総員、奮起せよ! この鳥共を蹴散らし、結界を補修! 学園都市を守り抜く!」

 

『うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「……エマ、か?」

 

 突如、森に広がった濃厚な血の臭い。すぐさま収まったが、それがゲイリーに、これは人の手による物だと伝えていた。

 

「……多分、罠」

 

 ラヴィも察したのか、既に剣を引き抜いている。

 

「だろうな。相手は吸血性の魔物か? 森の中にそんな魔物いたっけか……」

 

 ゲイリーはエリア15の図書館でいつも本を読んでいる。その内容の大体は、この街の学生が書いた論文や、研究熱心な教師が作り込んだ研究資料など。

 その中にある、近辺に生息する魔物に関しての資料文献はそれなりに読みこんでいる。

 

「……狙いが被ったか? パルフェ、エリーは俺の傍に――いたな、うん」

 

 血の臭いに当てられた暴れる魔物が出るかもしれない。

 そう思い、二人を確保しようとしたゲイリーだが、そもそも二人ともゲイリーのマントを掴んでいた。

 

「ご、ごめん先輩。ここ、こういうすっごく怖い血の臭いって初めてでさ」

 

 ビビっているのか、微妙によく分からない言葉になっているエリー。

 

「だ、大丈夫ですか先輩? 私、動きの邪魔になっていないですピギャーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

 

 突然音を立てる近くの草むら。突然手の中のマントを強く握り引っ張るパルフェ。突然首が締まり、もがき苦しむゲイリー。いいぞもっとやれ。

 

「お、おい! お前ら、あの街の学生か!? た、助けに来てくれたのか!!」

 

 草むらの中から、顔を真っ青にしながら醜態をさらすゲイリーの前に飛び出してきたのは、全身泥まみれで、所々を包帯で巻いた三人組の男達だった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、荒野超えしようとして追われていた形か」

「辞めた方が無難。今回もそうだけど、比較的強い魔物がいないだけで、安全というわけではない」

 

 商人達は、三人の内で酷い怪我をしているのは一人。どうやら森の中に逃げ込んだ際に枝が足に突き刺さっていたと言う事だ。残る二人が引き抜き、止血をしたらしい。その二人も、一名が腕を痛め、残る一人は身体を強く打ちつけたらしい。

 

「で、何に襲われたんだ?」

「わ、わからねぇ……とにかくでかくて、緑に光ったと思ったら飛んでもねぇ風で吹っ飛ばされて……乗ってた馬は喰われちまった!」

「……端的に」

 

 ゲイリーが問いかけるも困惑したままの商人達に、ラヴィは表情を変えずに問い詰める。

 

「だから……分からねぇんだよ! 鳥か何かの魔物っぽかったが……」

「……時間の無駄。荒野で鳥の魔物は数が多すぎて絞れない」

 

 必死に伝えられるだけの情報を伝えるが、ラヴィはこれをバッサリ斬る。

 そもそも、ある程度話すゲイリーや仲良くしようとしているクランメンバー以外の人間と話す時は数人の例外を除いて大体こんな感じである。

 

「と、とにかくアンタラの街まで連れて行ってくれ! ほとんど寝てないし、何も口にしてないんだ!」

 

 商人は必至に懇願する。

 こんな暗い森の中で、魔物の気配に怯えながら痛む身体を引きずっていたのだから当然と言えば当然だ。

 

「……とりあえず声を押さえろ。敵が寄ってくるぞ」

 

 実際には、周辺から気配は感じないので大丈夫だろうとゲイリーは判断したのだが、やかましいのでそう脅しつけた。誰かコイツ殴ってやれ。

 

「一つ聞く。その馬、どうなったか分かるか?」

 

 ゲイリーの脅しが効いたのか、青い顔を更に青くした商人の一人が震えながら答える。

 

「それもわからねぇ……ただ、あの後襲われたのは間違いねぇよ」

「なぜ襲われたと分かる? 逃げ切ったのかもしれないじゃねぇか」

「声がしたんだ……馬が苦しんでもがく声と、嘶きと……あぁ、そうだ」

 

 商人はバッと顔を上げ、

 

「そうだ! 魔物はたくさんいたはずだ! 翼の音がたくさん、こう、バサバサーって」

「……なるほど」

 

 情報を聞き出したゲイリーは、満足そうに頷く。未だにマントにしがみついているエリーの握力と手汗によってもはや皺だらけになったマントの下から、弓を取りだす。

 今まで使っていた貸出の安いショートボウではない。一回り大きい、魔物の骨と木材を組みあわせた合成弓(コンポジットボウ)だ。

 

「OK。わかった。ま、これも一応依頼だ」

 

 

 

「――人がいる所(・・・・・)に連れていってやる。付いてきな」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「くそ! まだ倒れないのか!!」

「もう石がねぇ! 直接戦闘に入るぞ!」

 

 群れは粗方片付け終わった。もう中型ストリクスでまともに動ける個体はほとんどいない。

 だが――ボス個体の耐久力はエマの想定をはるかに超えていた。

 

「はああああああああっ!!!!」

 

 エマは、己の身体能力を上げる魔法を使ったうえでバルディッシュを最後の一体――その巨体の胸に突き立て、引き裂く!

 通常の魔物ならば間違いなく致命傷となる一撃だが――

 

 ――キィィィィィィッ!!!

 

 ストリクスが甲高く鳴くのと同時に、その胴体が淡い緑の光に包まれると、グロテスクな音と共に傷が塞がっていく。

 

「獣の風情で回復魔法なんて高度な真似ができるなんて生意気ね! フォイア!!」

 

 バルディッシュの石突で地面を思いっきり突き、反動で距離を取りながら魔法で火球を生み出し、ストリクスの顔面目掛けて放った。

 

「――ちっ」

 

 だが、すぐにエマ目掛けて飛びかかる。魔法に関しての耐性が尋常ではない。

 

「放てぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 執事の男の号令で、まだ立てる弓使い達が一斉射を放つ。

 感も鋭いストリクスは、突如上空に舞い上がる。その翼は、再び魔力の光に包まれている。

 

(ドラゴンでも相手にできる装備を整えたつもりだったけど、純粋な硬さだけならドラゴン以上とは……っ)

 

 幸いなのは、突風の魔法程度しか相手に決定打がないということだった。

 

「撃てっ!!」

 

 改良型バリスタの内二機は、突風の魔法をもろに食らいダメージを受けたが、最後の一機だけは死守している。

 その一機が放つ、ドラゴンの皮膚でも貫くという一撃が光る翼に命中する。

 魔力の輝きが霧散し、ボルトが翼と肉体を縫いつける。

 

――ギ……イィィィィィィッ!!!!

 

 バランスを崩し、地面に叩き付けられるストリクス。だが、本能と、この短時間の経験で理解しているのだろう。一斉に斬りかかろうとする学生や教師達を、残る片翼で跳ね飛ばす。その間に嘴でボルトの端を咥え、返し矢で自身の肉をえぐり取られるのも構わず引き抜く。

 

「くそ! まだ回復するかっ! どれだけ力を溜めこんでいるんだ!!」

 

 エマが口汚く罵る。

 

「エマ様、そろそろ結界の方も限界です!」

「奮起せよ! 無茶なのは百も承知だが、これだけの怪物を逃すわけにはいかない!!」

 

 まだ結界の修復は終わっていない。この巨大ストリクスが万が一街の方に飛んでいけば、甚大な被害が出てしまう。

 エマには、それは決して許容できるものではない。

 なぜか? それは、あの街が――

 

(……あの男は今もあの街を愛せないでしょうけど……それでも)

 

 バルディッシュを構える。大丈夫だ、戦えない人間は逃がしている。応援も呼んでいる――どこぞの派閥や教師が、邪魔さえしなければ。

 

「残る人員で可能な限り削る! 体力、魔力の残ってる魔術師は出来るだけ簡易結界の維持に!」

 

 そしてエマは、脇を固める二人と共に斬りかかろうとして――

 

 同時に、『ヒュゥゥン!』という矢羽根が空を斬る音が響く。

 駆けだそうとした一歩を、エマは咄嗟に止める。

 そして、その横を、見なれた『銀色』が駆け抜けていく。

 

 

「――ラヴィニア!?」

 

「解放」

 

 

 駆け抜けた『銀色』――ラヴィが、いつも通り感情のこもらない声で呟くと、手にした剣が蒼く光る。

 彼女に目を取られていたエマが、咄嗟にストリクスに視線を戻すのと同時に、ガラスの割れる音がする。

 あの巨体に向けて飛来した矢。それにくくりつけられた試験管が割れる音だった。

 

――ぎ…………ぃっ

 

 次の瞬間、まるで蜘蛛の糸のような物が爆発したように発生し、ストリクスの巨体に絡みつき、地面に叩き落とした。

 蒼く光る一閃が、片翼を斬り飛ばしたのとほぼ同時だった。

 

「矢羽根の音がした瞬間がお前の最後って前に言ったけど……逆に助ける事になったな」

「夜じゃないから……じゃないかしら?」

 

 自然と、エマの顔に笑みが浮かぶ。

 待ち望んでいた戦力が、まさかのタイミングで到着したから。

 決定打には決してならない。だが、こういう状況では最も頼りになる『怠け者』

 

「まさかの残業の大量追加だ。ちくしょう、これが終わったらアドミニとノアに掛け合って報酬も単位も追加でもらう! そして一足早い長期休暇だこのやろー!!」

「推理。恐らく過去の不始末とかで帳消し」

「――おのれっ!!」

 

 

 この街一番のぐーたら弓使いと、美食家剣士が、ようやくこの場に到着したのだ。

 

 

 


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