剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・   作:rikka

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12.前夜

「今思うと、アタシら初っ端から授業サボってるんだよねー」

 

 街道沿いの宿に部屋を取り、宿泊客に開放されている共同調理場で、それぞれ食事の用意を始めているゲイリー一向。

 もっとも、実質働いているのはラヴィ一人。残りは解放されている飲食場の簡単な掃除や、野菜を洗ったり皿を用意したりと、簡単な補助をしている。

 唯一ゲイリーだけは、食事場のベンチに座ったまま、地図とにらめっこしている。

 

「問題ない。クエストの受注報告はアドミニから行ってるだろうし、そもそもお前ら二人の報告が通ってるかどうかは、ラヴィが直々に確認してくれてた」

 

 そのラヴィは、日が暮れる前に、ゲイリーと共に狩ってきた羊に似た魔物の血抜きが終わった様で、今裏手で捌いている所だ。

 

「むしろ、かなり評価されているはずだ。クエストを受注するって事は、あの街に貢献しているって事だからな」

「……じゃあほとんどクエスト受けない先輩は?」

 

 静かに目をそらすゲイリーに、生温かい視線を浴びせるエリー。

 なお、パルフェは何も言わずに冷たい目で見ている。

 残念な事に、ゲイリーはそういう視線に慣れているので無意味だ。

 むしろエリーの方がつらい。

 

「まぁ、そもそも授業に関しては基本問題はない。この街は基本的に常に人を受け入れているからな。授業も上手く調整されて、いつでも補修を受ける事は出来る」

 

 中には、クエストに全振りして、追試や重点補修でどうにかクリアする人間もいる。

 

「んじゃ、こうして皆で外にでる機会って多いんだ」

「今はな。……ちくしょう、絶対に働かなくていい環境を作ってやる」

「先輩は力の使いどころ間違えてるよ。絶対」

 

 今更のツッコミである。

 

「それで、明日はどうするの?」

 

 ゲイリーが広げている地図を覗きこみながら、エリーが近づく。

 

「この次の宿が、大体外とグレイマターを繋ぐ道の真ん中くらいだ。そこから結界の外に出て、痕跡を探す」

「痕跡って、どんな物を探せばいいんですか?」

 

 机を拭き終って、ラヴィが作ったサラダとドリンクを並べていたパルフェが尋ねる。

 

「色々だな。まずは蹄の跡――もし、何かに追われていたのなら深くなってるし、追っている奴の足跡もある。盗賊となると話は別だが……。まぁ、荒野でそれないだろ」

「後は……血の跡とか?」

 

 エリーの言葉にパルフェがギョッとするが、間違っていない。

 消息不明というのはそう言う事だ。

 ゲイリーはエリーに頷く事で肯定し、

 

「それと……商隊は逃げる時は大抵余計な物は捨てるからな。荷台や連れてる家畜は、相手への撒き餌になるし、最悪、馬以外の全てを捨てる事もある」

「身一つで逃げるってそうとうヤバそうな気がするけど……」

「あぁ、実際ヤバい。そういう時はとんでもなく早い奴か、群れで襲われたってパターンがほとんどだ」

 

 運がいい事に、この二人の新入生はこれまで魔物に遭遇した事がほとんどなかった。

 だからこそか、魔物への恐怖は大きかった。

 

「まぁ、安心しろ。実際、今回じゃなくてもいつか体験すると思うが……戦闘や逃亡、潜伏とかとかとか。まぁ、そういう事になったらラヴィの指示に従え」

 

 ちょうど足音がしてくる。常に一定のリズムで、そして一定の幅だけ近づいてくる、訓練された歩き方独特の音。

 肉を捌き終ったのだろう。

 

「荒事に関して、アイツは間違いなく、あのおかしい街の中でもトップクラスだ」

 

 エリーとパルフェが、その言葉に驚きを露わにする。

 ゲイリーは、彼女達を安心させるように――

 

「……その、基本的に……食べる方向に頭がいかなければ」

「「…………」」

 

 

 ――安心させるように言葉をチョイス出来るようになるのが、今後の課題である。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「ちょっとアナタ、お客さんからの心付けよ! ちょっと運ぶの手伝ってよ!!」

 

 宿場の女将が、大きな声で主人を呼びだす。

 

「どうした、お前」

 

 痛む腰を軽く叩きながら、主人はゆっくりとそちらに向かう。

 わざわざ心付けを渡してくれる客など、ここ最近では珍しい。

 だが、大声でわざわざ呼び寄せる程だろうか。

 

「ほら、これ!」

 

 女将がいるのは、宿の中の調理場だ。泊る際に言ってくれれば、代金と引き換えに客に最大で一日三食作る。

 もっとも、ケチな商人や金のない学生相手のこの宿では、ほとんど女将の台所になっている。

 

「これって、おま……え……」

 

 扉を開けて、調理場に入った主人を出迎えたのは、場合によっては何十人もの食事を作るために広く作っておいた調理台の上にドンッ! と乗せられている、大きな肉の塊だった。

 

「これ……狩ってきたから、余った部分でよかったらもらってくれって……」

 

 よくよく見ると、ただの肉塊ではなく丁寧に捌かれ、小分けにされたモノが、やはり丁寧に積まれていた。

 いや、それよりもこの綺麗な赤身肉は――

 

「ウェイスト=シープ……そこらの学生や冒険者じゃ嬲り殺されるぞ……」

 

 ウェイスト=シープ。珍しいというわけではないが、少しここらの奥地に行かないと見られない魔物だ。

 なによりも、危険な魔物の生息地に住むだけあって、草食の魔物とは思えないほど高い戦闘力を持っている。一月ほど前に、クエストで挑戦すると言っていた学生4人組が来ていたが、うち二人は重傷、残る二人は無残な姿になってあの街へと戻っていった。

 

「抜いてから使わなかった血や骨も取ってあるから、使うなり売るなり好きにしてほしいって。毛皮だけは持っていくって言ってたけど……」

 

 この魔物。肉はもちろん、血、骨、皮と余すところなく高級品として有効活用できるのだ。血と骨はスープやダシに使えるし、毛皮はそのまま高級品として扱われる。肉に至っては、最高の食肉の一つに数えられる。

 もし、この魔物に戦闘力がなければ、今頃乱獲されていただろう。

 

「ど、どうするアンタ?」

 

 どうすると言ったって……。

 

 主人は完全に混乱していた。なんせ、売るところを選べば、この宿の三か月分の稼ぎに届きかねない――おや、超えかねない程の金に変わる代物なのだ。

 

「す、すす、少し食べる分だけ残して、後は売るしかないだろう。ほぼ丸々一頭だ。食いきれるもんじゃねぇ……」

 

 唾を飲み込み、主人はどうにか答えられた。ちょっとどもった? 気にしてはいけない。

 

「あぁ、それと……おい、おまえ!」

「なんだい!?」

 

 

 

 

「その客に、とびきり上等な酒を持っていけ。部屋も上部屋に! 愛想良くな!」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「先輩達って、よくわっかんない人達だよね」

「う、うん……」

 

 なぜか急に機嫌が良くなった宿屋の女将さんのご厚意で、とびっきりの上部屋に泊めさせてもらう事になった。こういう宿では相部屋などもあり得ると聞いていたため、パルフェとエリーには嬉しい誤算であった。

 

「先輩達――特にゲイリー先輩には聞いておきたい事色々あるんだけど、戻る気配ないしなぁ……」

 

 ゲイリーは、馬の様子を見に、ラヴィは残った食材を利用して、明日の朝食と弁当を作るとのことだ。

 当然パルフェ達も手伝いを申し出たが、先に今日の疲れを癒すのを優先してくれと言われていた。

 そもそも、ゲイリーもラヴィも、二人に戦闘は期待していない――というか、させるつもりはなかった。

 彼女達に頼みたいのは、アドミニとの連絡や手続きなどの補助業務兼数合わせであるからだ。

 もっとも、パルフェに限ってはそうも言ってられない状況なのだが……。

 

「でも、ゲイリーさん達のクランに入って正解だったね。私、湯浴みでお風呂に入ったの初めてです」

 

 パルフェもエリーも、濡れた髪に乾布を当てて湿り気を取っている。

 

「アタシもだねー。いつかクランが大きくなってベースが大きい所に移動出来たら、お風呂を設置する事も出来るのかな?」

「……でも、ゲイリー団長は、クランを大きくする事には良い顔をしないかと……」

 

 内心でパルフェも賛同していた。目立ちたくないパルフェと、働きたくないゲイリーではその言葉の意味合いが色々と変わってくるが。

 

「いやー、そうはいっても無理なんじゃない?」

「無理?」

「だって、ゲイリー先輩どう見てもワケありっぽいし」

 

 エリーは非常に好奇心の強い少女だ。当然、ゲイリーやラヴィについてもさりげなく様々な所に探りを入れていた。

 

「ラヴィ先輩は、料理好きの強い剣士って事で色々話は聞けたんだけど、ゲイリー先輩だけはよくわかんなかったんだよねー」

「……ちなみに、どんな話があったの?」

「ゲイリー先輩?」

「……その……うん」

 

 気になっているのは、パルフェも同じだった。ラヴィの人柄はなんとなく分かる。

 だが、ゲイリーだけは良く分からない。怠けもので、いつもぐーたらしてるかと思えば、たまに妙な知性を感じさせる時がある。それに、人付き合いの少ない人だが、妙に力のある人物と繋がりがある。

 

「前に、貴族みたいな人と歩いている所みたから……」

「あぁ、それナッキネーヴ家のご令嬢だね。うん、そこらへんも噂になってたよ。良く分からない繋がりだって」

 

 エリーとしては、別にゲイリーに不信感があるという訳ではない。ただ、関わる人間としてすっきりさせておきたい事があるだけだ。――訂正、出来る事ならば、そこらへんから行動に消極的なゲイリーをコントロールできないかという下心もある。

 

「ゲイリー先輩とラヴィ先輩なら、色々デカいこと出来ると思うんだけどなぁ……」

「……エリーちゃん、団長さんに懐いてるよね」

 

 パルフェからすれば、ゲイリーと同じくらいこの友人も謎だった。

 

「んー、そうかな?」

「そうだよ」

「そうかなぁ……」

「そうだよ」

 

 十分に水気を吸い取った布を取り、エリーはベッドに仰向けに倒れ込む。

 

「なんかこう……なんとなく。うん、なんとなく……」

「???」

 

 

 

「いい人だって思っちゃうから……かなぁ……」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「甘やかしすぎたかなぁ……」

「宿の人への差し入れ?」

 

 街に来たばかりの二人に、しかも初クエストでそこそこ危険な目に合わせる事になった。

 それは、色んな意味でゲイリーの計算外だった。

 当初の予定では、クエストに参加することがあっても安全なエリアでの採取や、狩猟などの際の納品手伝いなどしかさせないつもりだったのだ。

 

「ん、少しでも負担軽減させたほうがいいかなと思ったけど……よく考えたら、他にもこういう機会はあるかもしれないし、慣れさせた方が良かったかな、と」

 

 ウェイスト・シープを見つけたのは完全に想定外だったが、喜ばれそうな送り物を用意して宿での待遇改善を図ったのはゲイリーの計算通りだったのだ。

 

「……不明。どちらの選択肢にも一理ある」

 

 今、二人はグレイマターの学生専用の馬小屋――ここですら頑丈な鍵付きの個室を用意してもらった――で、装備の最終調整を行っていた。

 

 ラヴィは、剣や投げナイフといった武器に、本来ならば狩った獲物の解体などの補助に使うワイヤーソーを、戦闘などでも使えるように改造した特殊装備。

 ゲイリーは、知り合い(エマ)に紹介してもらった武器職人に特注してもらった弓と矢。それに逃走用のスモーク・ボムや緊急時にそれを伝えるためのシグナル・スモーク。そして普段から使っている各種薬品を再確認している。

 

「ただ、二人に宿屋にいてもらっている間に軽く下調べが出来たのは大きい」

「と言っても、分かった事は一切ないけどな」

 

 それらしく見えなくもない馬の蹄跡は発見する事が出来たのだ。ただ――

 

(追っていたと思われる『何か』の痕跡が一切ないんだよな……)

 

 見つけたのはそれだけだった、あるいは蹄跡を辿っていけば、放棄された荷馬車の残骸くらいは見つけられたかもしれないが、ラヴィの判断で深追いするのは止めておいた。

 

「……ラヴィ」

「何?」

「すまん。完全に予定が全部狂ってる」

 

 働きたくない男が、わざわざ働かざるを得ないような計画を立てるはずがない。

 パルフェの魔法の才能の発覚。そこから全てが狂いだしていた。

 

「拒否。謝罪を受けるいわれはない。……正直、珍しくゲー君頑張ってる」

 

 もっとも、別にゲイリーがうかつだったという訳でもない。魔法の才能というのは、非常に希少な物なのだ。パルフェの才が発覚したのがこの街でなかったら、今頃貴族に献上されていたかもしれないレベルで。

 

「……ラヴィ。一応言っておくが、俺はいつも頑張っている」

「? 詳細」

「いつも頑張らない事を頑張っている」

 

 返事は大きいため息だけだった。まったく残念でもなく当然だ。

 

「くそっ。適度に仕事をお前とパルフェ達に押し付けて、こっちは悠々自適の生活を送る計画だったのがどうしてこうなった」

 

 自業自得だカス。

 

「命を危険にさらす目には合わせないって約束もパァだ、くそったれ」

「……それに関しては肯定。残念」

 

 ゲイリー達にとって、パルフェの存在は正直少し持て余していた。

 とはいえ、このままではパルフェはどこかの派閥――最悪教師や街の上層に使い潰されるのは目に見えている。それを見捨てる事が出来る程、ゲイリーは墜ちていない。

 

「ゲー君」

「ん?」

「クラン、敢えて潰してもいいよ?」

 

 それなりの付き合いだからこそ、ラヴィには、今ゲイリーが本気で苦悩していることが分かった。

 パルフェと、その友人のエリーをどう守るか、真剣に悩んでいる、と。

 

「大丈夫。ゲー君もパフェちゃん達も私が養う」

「止めてくんない!? そういう妙に生々しい誘惑止めてくんない!!?」

 

 ただし、その言葉の前に『これでも』という一言が付いてしまう。

 

「もう、こうなったからには癪だが流れに乗るしかない」

「……驚愕。ゲー君、ついに働くの?」

「働かないために働くんだ!」

「矛盾。もう意味が分からない」

 

 ゲイリーは、試験管の中に注射器で薬品を正確な文量注ぐという仕事の手を止め、

 

「例えここでパルフェを手放そうとしても、それはそれで派閥間の取り合いに巻き込まれるのは避けられん。最悪、お前にもそういう話が行くかもな」

「……想定。十分にあり得る」

「だったら、もう仕方ねぇ」

 

 

 

 

「俺たちが、それを撥ね退けられる程度の力を得る! その上で出来るだけなにもせずに過ごせるような環境を作る! これだぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……茫然。何一つ変わってない」

 

 

 

 


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