剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・   作:rikka

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10.『ようこそ、グレイ・マターへ』

「――えー、はい。このように、基本的に薬草、毒草というのは、一つの植物全てに効果があるわけではありません。例えば、根には薬効が、しかし葉が毒になっているという植物は珍しくないんですよね」

 

 ストリリューツ総合技術高等学校。

 武器の扱いという、この街ではもっとも基本と言っていいそれを中心に、生産や加工と言った物を中心に学べる学校だ。――特色がない学校とも言う。

 

「ちなみにゲイリー君、薬草に関して重要な事は何かね?」

 

 この学校の中で、ノアとは違う方向でゲイリーに関わる、もはや老人と言っていい教師。

 彼は教壇に立ったまま、優しい顔でゲイリーに尋ねる。

 

「基本的に、薬草そのものは役に立ちません。覚えておいて損がないレベルのは、食当たりに効く薬草くらいです。残りは効果と、その使い方をそれぞれ正確に覚えなければならないので、うろ覚えの知識では却って役に立ちません」

 

 ゲイリーの解答に老教師は満足げに頷き、

 

「その通り。ミスタ・ゲイリーにはポイントを加算しておこう。さて、彼が言うように、薬効成分のある植物というものは人体に様々な影響を与える。良くも悪くも。そのため、君たちがクエスト等で薬草に頼ろうとする時は。把握しているモノだけを使いなさい。うろ覚えの知識や、少しあやふやな所があるのならば使わない事」

 

 老教師がそういうと、今度は違う生徒が挙手し、発言の許可をもらう。

 

「なら、基本的に薬の現地調達には期待するなという事ですか?」

「その通り。薬草は使う物ではなく、持って帰って、薬師に売りつけるか、調合させる物ととらえておいた方がいい」

 

 教師は、試験管をいくつか取り出し、教卓の上に並べていく。

 どれも非常に色の濃い、なんというかパッと見て身体に悪そうな印象を受ける物ばかりだ。

 

「これらは全て、私が調合した物だ。試験管の前に、それぞれの材料になったものを並べるから寄ってみてごらん」

 

 生徒達は、皆興味津々と言った様子で教卓に近寄り、それらを観察する。

 この授業――薬草学を取っている学生達だ。当然、薬草がどのように調合されたか興味がある――訳ではなく。

 

「ちなみに、調合した前と後だとどれほど価値に差が?」

 

 要するに――こういうことである。

 

「そうだね、調合前の薬草でもそこそこ良い値段になる。マーケット売りだと100ミール(小袋一つ)に付き30ダリー程ですが、門外広場の買い取り露店を探せば、……そうだね、大体50ダリーで売れるだろう」

「ほとんどの薬草はそうなんですか?」

「先生! ちなみに薬草のいい群生地は――」

「特に需要の高い薬の材料って――」

 

 物の見事に、全員欲馬鹿。だが、この街の住人の姿勢としては正しい。

 群がる生徒の輪の一番外側に立っているゲイリーは、その光景に頭を抱える。

 

「ゲー君、どしたの?」

 

 この『中級薬草学』の授業では一番前の中央席――つまり、教卓に近い席を定位置としているラヴィが、座ったままゲイリーに声をかける。

 

「いや、エリーあたりが食いつきそうな話だなぁ、と」

「……肯定。多分、大好き」

 

 ゲイリーは、頭を軽く掻いて、再びため息を吐く。

 

「……ゲー君、本当にエーちゃん、商人が嫌い?」

「なんとも言えねぇけど……。アイツが商学を目指す理由、聞いたか?」

「行商人の話なら」

 

 大抵、この街に来た新入生で話題になるのはこの街に来た理由だ。もっとも、この街に半年も住めば、徐々に皆その話をしなくなるのだが――

 

「その時の笑顔だけは、どうにも作り笑顔っぽくてな……そこが引っかかっている」

「…………ゲー君」

「なんだ?」

 

 心なしか、最近ジト目が増えた気がするな、とゲイリーは思った。

 なお、心なしではなく実際にジト目でにらむ事が増えている。

 

「推測。実はエーちゃんの事、すごく気に入ってる?」

「……どうだろうな」

 

 ゲイリーは、本当にわからないんだと言いたげに肩をすくめる。

 

「まぁ、目が離せないのは事実だよ。エリーも、パルフェも」

「……二人とも今日」

「ん?」

「学校、決まるの」

 

 ラヴィの言葉に、ゲイリーは『そういやそうだったな』と呟く。

 

「……ちょっと、様子見に行くか」

「ん。賛成」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「というわけでですね、我々教師陣としても貴女の才能を埋もれさせるわけにはいかないんです」

「え、えぇ、それは分かっています。ですけど魔法一辺倒の学校に入るのはちょっと……」

 

 やっぱりこうなった、とパルフェは内心頭を抱えながら、頼れる相手がいない現状に泣きそうになっていた。

 ラヴィから聞いていた話だと、大体はどこかの教室に3つずつくらい、簡単な仕切りで隔てられた席が用意されていて、そこで教師と一対一で相談する。そうパルフェは聞かされていた。

 だが、今は一対一どころではない。五対一だ。

 簡単な仕切りなどない、立派な応接間に通され、文字通り老若男女五人が目の前にいる。

 体面には三人の、年老いた男と女。その左右に立って待機しているのは若い男女だ。

 

「そうですね。この街も基本的に学生の自由意思を尊重しています。それがこの街の存在意義ですから」

 

 ソファの中央に座る老婆が、笑顔のまま口を開く。

 

「ですが……貴女の才能は余りに惜しすぎる。将来、貴女一人で何千、いえ何万という人を助けられる可能性を秘めている」

「…………」

 

 パルフェも分かっている。目の前の老女は、自分がこう言われれば断りづらいと理解して言葉を選んでいる事を。

 

(…………どうしよう)

 

 流されればいい。数日前まで、パルフェはそう思っていた。

 

「貴女が壊した結界。あぁ、責めているわけじゃないの。むしろ、あれすら偉業といえる物なの。宮廷術士のメーザス卿の渾身の結界を破るなんて、これが戦争の話だったら、もう貴女は英雄として扱われる様な出来事なのよ?」

 

 実際、今にも心が抵抗を諦め、流されそうではある。

 

(でも、このままじゃあ……)

 

 いけない……気がした。

 正直な話、エリーと共にゲイリーのクランに参加することになったのも流された結果だった。

 それでも良かった。エリーという居心地の良い友人と共に、怖かったが話の分かる先輩とやっていけそうな所だった。

 そこに、水を差される。

 

(……流されてても、やっぱりこうなるんだよね)

 

「す、すみませんが、もう行くところは決めています。真面目にやるつもりですし、この街に損をさせるつもりもありません。結界をこ、壊した分もしっかり働きます」

「でもねぇ――」

「そ、それに!」

 

 上擦りながらも、パルフェは向こう側の声にかぶせるように大声を出す。

 

「く、クランに既に誘われていまして……そちらでの活動のためにも、そのエリアの近辺には居たいんです」

「…………クラン? いったい、誰の?」

 

 初めて、老婆の目が少し鋭くなった。

 

「げ、ゲイリーさんです。15エリアの――」

 

 老婆が、目を見開いた。

 驚きと――僅かな恐怖を瞳に浮かべ

 

「? あ、あの――」

 

 疑問に思ったパルフェは、思わず他の面子を見回す。

 立っている二人の若い教師は、どうやら状況が分からず、首をひねっている。

 だが、椅子に座っている年老いた面々は、老婆と同じように、その表情から驚愕を隠せていない。

 

「そ、そうですか、あの男が……あの子がクランを……」

 

 本人は嫌々そうでしたけど。そう言おうと思ったが、直感がパルフェの口を閉じさせた。

 

「はい。ただ、魔法に関しては学びたいという気持ちもあるので、15エリアのパナーシア女学院の中等部を希望したいと……」

 

 この学校は、エリーと共に決めた学校だった。エリーが見つけ出し、中で取れる授業もパルフェにとって興味深い物がいくつかあったため、二人でここに通おうとなったのだ。

 念のため、ゲイリーやラヴィに相談した所、『珍しく真っ当』と太鼓判を押されたのも強い。

 

「……パナーシア。アレクシアの……」

 

 老婆は、再び笑顔に戻ったが、もうパルフェにはそれが仮面である事に気が付いていた。

 僅かに、歯を強く噛み締める音が聞こえる。

 

(パナーシアって学校に行く事は、この人達にとって都合が悪いんだ)

 

 あの日、初めてゲイリーやラヴィと会った日よりも強い恐怖を感じていた。

 同時に、何がなんでもパナーシアに行こうという強い意志も沸いてくる。

 

「なるほど、そうでしたか。分かりました。パナーシアでしたら、確かに優秀な魔法教師も大勢いますし、私共も安心出来ますわ」

 

 教師の前にわざわざ『魔法』を付ける辺り、それ以外の事に一切期待をしていないのは明らかである。

 

「では、パルフェさん。パナーシアへの手続き書類を後ほどお渡ししますので、それを持って15エリアの役場(アドミニ)に持っていってください。場所は分かりますか?」

「はい、あちらには一応知り合いもいますので」

「……そう、ですか」

 

 ひょっとしたら、何か手を打とうとしていたのかもしれない。

 パルフェは、先に書類をゲイリー達、そしてレティにチェックしてもらおうと固く決心する。

 

「えっと、これで全部、ですよね?」

「え、えぇ。ごめんなさいね。もう行っていいわ」

 

 その言葉を、パルフェはずっと待っていた。この場所を一刻も早く離れたい。

 そんな気持ちがあったからか、少々力みすぎて勢いよく立ちあがり、そして一礼した。

 

「それでは、これで失礼します」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 これまで世話になった学校の校門をくぐり抜ける。今日からパルフェは、エリア15の住人になる。

 つまり、正式にこの街の住人になる。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」

 

 よく分からない力場から解放され、完全に力が抜けたパルフェは、思わずその場にへたり込んでしまう。

 周りの生徒が変な目で見ているが、当の彼女にそんな余裕はなかった。

 

「あ、パルフェ、お疲れさまー!」

 

 先に終わっていたエリーが、ひらひらっと手を振って待っていた。

 エリーはたたっと近寄り、パルフェを引っ張り上げる。

 

「エリーちゃん。う、うぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「……やっぱり、変な感じだった?」

 

 エリーは、事前にパルフェに気を付けるように警告していた。

 

「うん。ただ、ゲイリーさんの名前を出したらどうにかなったみたいで……」

「……先輩の?」

 

 エリーは、『へぇ……』と興味深そうに小さく息を漏らす。

 

 

 

「ん、その様子だとやっぱり一悶着あったか」

「想定内。二人とも、お疲れ様」

 

 その時、ちょうど二人の横から声をかけられる。言うまでもなく、ゲイリーとラヴィだ。

 ゲイリーは大きな紙袋を両手で抱え、ラヴィは大きなバスケットを二つ、両手で持っている。

 

「先輩達!」

「ゲイリーさん、ラヴィさん!」

 

 二人を呼ぶ声に、ゲイリーは軽く紙袋を揺らして答える

 

「無事に学校は決められたか? パナーシアって聞いてたが――」

「あ、はい。そっちはどうにか……」

 

 パルフェは中で合った事を詳しく話したかったが、なんだか二人の顔を見て安心してしまった。

 

「それより……その荷物、どうしたんですか?」

 

 だから、中での楽しくない話題よりも、普通の会話をパルフェに選択させた。

 パルフェの質問に、ゲイリーは苦笑して紙袋を少し傾けて中身を見せる。

 中には様々な調味料――どれもこれも凄く高そうだ――が所狭しと入っていて、他にも果物や包まれた燻製肉が入っている。ラヴィのバスケットも同じような物だ。調味料がない分、食材がぎっしり積まれている。

 

「様子を見に来たついでにな」

「?」

 

 どういう意味か飲み込めないパルフェに、ラヴィが答えを口にする。

 

「二人のお祝い」

「お祝い?」

「肯定。キチンと、この街の住人になったから」

「あ……」

 

 そうだったと、パルフェはようやく思い出した。

 自分は今日から確実に、この街の住人に――『学生』になるという事を。

 

「パルフェ、エリー」

 

 ゲイリーが、いつものぶっきらぼうな感じではなく、少し優しい声をだす。

 

「ようこそ、『グレイ・マター』に。歓迎する」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「まさか、あの男が動くなんて……っ」

 

 パルフェという金の成る木を逃した老婆は、苛立たしい気持ちを必死に押さえようと水を飲む。

 

「あ、あの、15エリアのゲイリーって……あの、図書館にいつもいるゲイリーですよね?」

 

 若い教師は、なぜこの街でもそれなりに権力のある老人達があんなぐーたらに驚いているのか理解できないと、少し不満気な口調でそう言う。

 もっとも、老人達の一睨みですぐに余計な口を閉じてしまうが。

 

「……ただでさえ、ナッキネーヴの小娘が煩わしいというのに」

 

 水を飲み干した老婆のボヤきに、老人達はソファに腰をかけたまま、

 

「まさか、あの二人が手を組んだか? 確か二人は昔婚約していたハズ」

「それなら、今頃二人揃ってあの小娘のクランに入っとるわ」

「……そもそも、あの小僧がなぜ。てっきり奴の目的は見届けることだとばかり――」

 

「ともかく、だ」

 

 空になったグラスを机の上に置いて、老婆は再び口を開く。

 

「さすがに偶然だとは思うが、それでもあの坊やは大きな力を手に入れた。あの性格だ。私らにとって不利になるような事はそうそうすまい」

 

 

 

 

 

 

「――だからこそ、目を離すな。眠りこけていた獅子。それがいつ、何の切っ掛けで起きるか……もはや誰にも分からんぞ」

 

 老婆の言葉に、老人達は同時に頷く。中には顔色の悪い者さえいた。

 そんな老人たちを、怪訝な目で見ていた二人の若人は、ようやく悟った。

 

 

――いつもぐーたらだと思っていた、毒にも薬にもならない生徒は……実はとんでもない奴だったのでは、と。

 

 


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