剣と魔法のゆるーい学園生活・・・に、なるといいなぁ・・・ 作:rikka
「校長! 校長はいますか!!」
その学園で、まぁそれなりに生徒から慕われているとある男性教師が、校長室のドアをぶち破る勢いで開けた。
「あら。どうしたんですかノア先生。騒々しいですよ?」
そこそこ高齢のハズなのに、妙に若々しく見える女性――この学園の校長は、部屋の中央の質素な執務椅子に腰をかけたまま、生アクビをかみ殺している。
「どうしたもこうしたも――どうしてこの状況を、ただ黙認してしまっているんですか!」
教師が、机の上にバンッと書類を叩きつける。
「これは――誰のクエストですか?」
その書類は、とある生徒が受注をし、そしてクリアした
・幼等部、魔力制御クラスの講師補佐 ――報酬5000ダリー
・西部農園の収穫手伝い ――報酬3000ダリー及び作物
・南部エリアの外壁修理 ――報酬2000ダリー
支給:計10000ダリー及び現物支給 ○完了
と3件のクエストをこなしている事が分かる。
左上に張りつけられている、黒髪の男子生徒の顔写真を見て校長は首をかしげ、
「ふむふむ、キチンと支払われていますね。これは先週の?」
「先月分です!!」
ちなみに10000ダリーとは、普通の生徒ならば一週間で大体消えてしまう金額である。
「こんの馬鹿は! ゲイリーという生徒はそういう奴なんです! 働く位ならば1,2週間くらい水と調味料だけで生きようとする大馬鹿!!」
教師は、もはや親の仇を見るような目で、生徒――ゲイリーの写真を睨みつけている。
「でもですね、ノア先生。一応彼は、最低限とはいえ単位をこなしていますし、必須クエスト受注数である3件をきちんとクリアしています。別に放っておいてもいいのでは?」
「しかし……気が付いたら餓死してそうな奴を放置するわけには――」
「それは選択の自由。クエストを受けて死ぬのも、受けずに飢え死にするのも同じような物です」
校長はそっと立ち上がり、様々な数字が書きこまれている黒板の前に立つ。
その黒板の右上のマスには、『18』という数字が大きく赤字で書きこまれている。
その隣、数字の意味を指し示すマスには、校長の手書きなのか妙に丸っこい字で『死亡者数』と書かれている。
「……やればできる奴なんです。根も決して悪い奴じゃあ――」
なんだか、ダメ男を必死に庇うダメ女みたいな事を言いだす教師ノア。
「つまり、ノア先生はどうしたいんですか?」
うんざりした目で『じとーっ』とノアを見る校長はそう問いかけると、
「アイツに、特別課題を一つやらせようかと他の教師陣とも話してまして……許可をもらいに来たんです」
ノアはどこからか取り出した一枚の書類を机の上にそっと置く。
校長をそれを手に取り、目を通すと、納得したように頷く。
「なるほど……なるほど、なるほど。ノア先生、貴方――けっこう悪党ですよね?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「金がねぇ……いや、分かってたけど」
学園都市、グレイマター。
様々な理由で行き場を失った若い人間が集まり、技能を磨きながら仕事を与えられる街。
そう、仕事はあるはずの街に住む彼――ゲイリーが朝から口にしたのはパン一切れと塩、砂糖一つまみずつ。それに最後に受けたクエストでもらって保存していたトマト一つ。これだけだった。
「……明日はマヨネーズと水でやり過ごすか。食糧を温存せねば……」
「悲憤。それは食事と言わない」
ゲイリーの隣を歩いている、綺麗な銀の髪を持つ少女は、普段よりも感情を込めた顔でそう告げる。
「疑問。最後のクエスト報酬でもらった食糧は?」
「まだある。とはいえ空腹に負けて食べすぎたら、また働かなきゃいけねぇ……っ」
「解答。働け」
少女――ラヴィの真っ当な言葉にゲイリーは『ハイハイ』と言いたげに手を振って答える。
「今月に入ってからもう一回働いたんだ。しばらくはぐーたらしてたい」
「疑問。……そのクエストっていつだっけ?」
「2週間前だ」
その答えは、つまりこの2週間、ゲイリーという男は最低限の授業に出る以外は図書館に籠り、本を友人としてぐーたらしていた事を示していた。
「認識。やっぱりゲイ君はダメ人間」
「そんなの俺が一番知っとるわ。あと、その略し方はやめろと言ったはずだ、ラヴィ」
「考察。……じゃあゲー君」
「あぁ、うん……もうそれでいいや」
この少女は、どうやら人の名前を省略しないと死んでしまう病気にかかっているらしい。ゲイリーはそう思う事で、名前に関する全てを諦めた。
「でも、ゲー君どうするの? どっちにせよクエスト受けないと……最低でもあと2つ」
ゲイリーとラヴィが通っている学校では、最低でも月に3つはクエストを受ける事が義務付けられている。
ラヴィはとっくにそれ以上のクエストをこなしているが。ゲイリー? もう全然である。ダメダメである。
「今朝、
事務員の面々も、ようやく来たかと思った事だろう。相変わらず表情は変わらないが、ラヴィはそう思った。
「いい仕事はあった?」
「いんや、どれも危険度が高かったり面倒だったり、時間がかかるものばかりだった」
「……まさか、保留した?」
「あぁ、適度にやる事少なくて、かつ儲けのデカいクエストが来るまで待つことにした。あ、食糧支給の報酬の奴でもいいな」
「解答。働け」
何度繰り返したか分からない言葉を吐いて、ラヴィはまたも嘆息する。
「あぁ……まぁ、そうなるんだろうなぁ」
「……??」
てっきりまたいつものように流されると思っていたラヴィは、少しだけ眉をピクリと動かせ、
「何かあった?」
と尋ねる。それにゲイリーは軽く肩をすくめ、
「内容次第……かな」
「内容? なんの?」
「その――親愛なる教師のありがたいお呼び出し、かな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――と、言う訳で……まるで計算したように出席日数もクエストの受注数もギリギリのゲイリー君」
「……ノア教師、一つ訂正を」
「なんだ」
「まるで、じゃなくてキチンと計算しているんです。まったく、俺を舐めないでいただきたい」
「お前こそ教師舐めてんじゃねぇぞバカタレ!!?」
学校の応接室で、ゲイリーとノアはそれぞれ机を挟んで向かい合い、椅子に腰をかけている。
「授業に関しては何もいわねぇよ。態度は不真面目だしギリギリとはいえボーダーラインは超えている」
生徒の前では決して吸わない煙草を、ノアは堂々と吸い出す。ゲイリーも平然とそれを見送っている。
ある意味で互いに遠慮がないのだ。
「ふぅ……。だがな、クエスト受注数が、平均の三分の一ってのはいくらなんでも低すぎだろうが! 幼等部のガキ達でももうちょい働くわ! どうやって食ってるんだてめぇっ!」
「ふん、そんな簡単な事も分からないのか。一日の食事の量を平時の三分の一にすれば三倍生活できる。活動量も減らす必要があるが……。つまり一週間分の食料で一月近くは――」
「やっぱりお前馬鹿だろう!?」
命というか、人生を削る行為をさも自慢するように語る問題児その1。ノアは丸めた紙ですぱこーん! とその頭をひっぱたいた。
「いいか。授業ごとの試験や実技の結果はもちろん、生徒のクエスト受注数や達成率って言うのは俺たち教師の評価につながるんだ」
「要するに、自分の名声と給料のために一生徒に労働を強制すると?」
「そうだよ!!」
まさか堂々と肯定されるとは思わず、ゲイリーは口をポカンと開けてノアを見ている。
「俺の生徒の大半は確かに、クエスト受注は少ねーよ! でもそれはいい! 出来る限り働いてるんだからな!」
ここだけ聞けばいい教師だ。生徒の限界をある程度理解している。
「だからデキる奴はキチンと働け! お前弓使えんじゃん!
「ははーん。なるほどわかった。さてはアンタ俺以上の馬鹿だな?」
だがここらへんでもう色々と台無しだ。ダメダメだ。私欲色欲丸出しである。
「誰が馬鹿だ、このぐーたら生徒」
「アンタだアンタ。……欲に限りなんてない。無駄な欲は削ぎ落としていかないと金も時間も無駄なんだよ。精神にも悪い」
「見解の相違って奴だな。人としてのデカさと欲のデカさは比例するんだよ」
「おい。今お前が言った欲が本当にデカイと思うのか、おい」
この二人、顔を合わせるたびに喧嘩をする仲だと両者共に思っているが、他者から見たらある意味相性抜群である。
「――まぁいい。で、なんの呼び出しだ。 説教だけの呼び出しだったらもう帰るぞ」
「んなわけあるかタコ。お察しの通り特別課題だコラァ」
そして、ケンカの度に高い確率でなんらかの課題やペナルティが与えられるのもいつもの事だ。
「要するにお前さんはもうちょい活躍すべきだって話だ。っつっても、常にお前さんを監視して管理するなんざナンセンスだ」
仮にクエストの受注義務数をゲイリーだけ増やした所で、簡単な依頼しか絶対に受けないし、そういった物が出るまで粘る事をノアは理解していた。
「で、その対策としてだな。お目付役というか……まぁ、誰かと一緒で、かつ今よりも『働きやすい』状況を作ってやればいいんじゃないかとな」
「……ん?」
「ちなみに、職員会議では全員一致で賛成だった」
そんなことが出来るのだろうかと首をかしげるゲイリーをよそに、ノアは先ほどゲイリーをひっぱたくのに使った紙を机の上に広げる。
その紙の一番上には、『クラン登録申請書』と書かれていた。
「ゲイリー。お前への特別課題だ。仲間揃えて