天地燃ゆ   作:越路遼介

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隆広と三百騎との出会いです。


初陣と隆広三百騎

 北ノ庄城、評定の間。隆広が二日で城普請を成し遂げた日の正午に評定が行われた。隆広はここで勝家から職人たちを労うための二百貫を勝家から受け取り、かつ隆広個人にも褒美が与えられた。

「隆広、ようやった。あれほどに破壊しつくされた城壁をわずか二日で修復し終えるなど前例もなく、また出来栄えにおいては見事の一言。勝家嬉しく思うぞ。褒美を取らす」

「ハハッ!」

「『石見銀』である。受け取れい」

「ハッ! ありがたく頂戴いたします」

「しかし、ちゃんとその褒美もさえに渡すのだぞ。分かったな」

「はい!」

 隆広は改めて労いのためと渡された二百貫をすべて職人たちと、手伝いをしてくれた商人たちに報酬として渡した。二日間の賃金は割普請の決まりに沿って成果別であるが、この二百貫はほぼ平等に渡したのである。

 貧しい暮らしをしていた職人と商人たちは感涙し、隆広の家に家族で礼に来るものが絶えなかった。年頃の娘を持つ親などは、『娘を嫁に』とまで言うほどであった。そしてその娘たちも美男の隆広を見てポッと頬を染めた。さえの機嫌が悪い日が数日続いた。

 

 そしてこの時に一つの奇縁があった。同じく隆広の家に訪れ賃金の礼に来た親子。

 男は初日にもっとも成績が悪かった班にいて、仲間たちからケツになったのはお前のせいだと責められた。辰五郎の職人衆の中でも特に不器用な男であったのだった。面白くなく、勝家が来た後にみな自発的に工事をし始めたのに、彼だけ怠け出した。仲間たちに『お前がいるとまたケツになるから帰れ!』と怒鳴られた。売り言葉に買い言葉で現場から立ち去った。

 しかし自分の仕事はこれしかない。すぐに戻ったが中々作業に戻るキッカケがない。現場の外で立っているだけであったが、よく見れば欠員の出た自分の班に隆広が入って作業をしていた。男の仲間が

「どうもすいません。水沢様に手伝ってもらって」

「いえいえ」

「しかし、水沢様は武士にしとくにゃもったいないくらい器用ですな」

 お世辞ではない。元々養父隆家から石積みを含めた築城術は仕込まれていた。そしてこの時、隆広はある職人の見よう見まねで技術を盗んで、職人が惚れ惚れするほどの石積みや石工をしていた。

「いや、さっきまでここにいた人の技術を盗んだだけですよ」

「は?」

「ほら、鳶吉殿の」

 隆広は末端の職人の名前までちゃんと覚えていたのだった。現場の外で立っていた男、鳶吉の耳にそれは届いた。

「鳶吉の? いやあアイツのマネはやめたほうがいいですよ。どんくさいから」

「いや、あの人は的確に必要な石の形を作り、それを積んでいた。だからどうしても遅くなってしまうのです。それがしは一度自分の手先の器用に驕り父に叱られました。『器用な者はすぐに会得するから技術を甘く見る。しかし不器用な者はとことん努力してそれを会得する。世の一流の武芸者、芸術者、技術者はたいてい元不器用者。器用な者は必ず抜かれ、結局二流になる。それを忘れてはならぬ』と。不器用な方は一流になる原石にございます」

 鳶吉は工事の外で隆広の言葉を聞いて涙をポロポロと落とした。ちゃんと分かっていて、しかもそれを認めて、かつ褒めたのである。恥も外聞も捨てて、鳶吉は現場に戻った。

「さ、水沢様、あとはオレがやりますので」

「ありがたい、頼みますよ!」

 立ち去る隆広の後ろ姿を見て鳶吉は思った。

(さすが、あの方の子だ…)

 その鳶吉の妻と子、それは隆広も知っていた。

「あの時の…!」

「はい、お久しぶりにございます水沢様」

「おにいちゃん、傷治ったよ!」

 そう、隆広が初めて北ノ庄に来た日、養父隆家が助けた女童とその母親だったのだ。

「なんとまあ奇縁な…」

「はは、娘をお父上に助けていただいたのに、父親のあっしのお礼が遅れて申し訳ございません」

 妻のみよは、あの工事から夫が見違えるように生き返ったのが手に取るように分かった。職人なのに不器用でバカにされていた鳶吉は時に酒に逃げる事が多かったが、あの日以来は自分の技術向上に余念がない。理由を聞けば、隆広のたった一つの褒め言葉であったのである。

 みよは夫を生き返らせた隆広に心より感謝し、そして女童しづは美男で強くて優しい隆広にいちゃんが心から好きになり、後に…。

 

 隆広は戦国武将の中で屈指の人使いの名人と後世に言われているが、彼は部下を褒める事がとても上手かった。たとえ他の者が無能と言っても、養父隆家から人を大切にすることを叩き込まれた彼は、その者の良いところを見つけて褒めた。しかも絶妙な事に影で褒めた。それはやがて当人の耳に入り生き返ったのである。

 歳若いうちから人を使う立場になった隆広にとり、部下はほとんどが彼より年長者。だがその年長者たちは、若き主人の徳に触れて粉骨砕身仕える事になるのである。

 無能と呼ばれた者を有能に生き返らせた点においては、どの武将も隆広に及ばないかもしれない。この工事は隆広の人使いの妙味も垣間見せた話でもあるだろう。隆広が鳶吉を評した話はその日のうちに工事現場を駆け、職人たちはいっそう感奮して、素晴しい成果を示し、城壁の修復は成ったのである。

 城普請をけしかけた柴田勝豊、佐久間盛政などは面白くない。佐々成政も不快だった。だが現実に驚異的な成果でやり遂げたのだから、何も言うことはできなかった。

 

 この後、城普請の手腕を評価され、隆広と辰五郎の一党は城壁や城郭の拡大や改修に借り出された。そしてこの日、隆広が示す図面に見入る辰五郎と職人たち。

「なるほど、これが有名な出丸、丸馬出(まるうまだし)ですか」

「そうです。武田信玄公特有の築城法です。半月型や三日月型の曲輪を城郭に数箇所備えるという攻防一体の難攻不落の出丸です」

「それをあっしらが?」

「はい、殿に許しも得てあります。城壁のように二日で成す事はございませんが、門徒の攻撃はいつあるか分かりませんから、早いうちに…」

 

 ドン、ドン、ドン

 

 城から陣太鼓が鳴った。

「…ん?」

「水沢様、あれは確か…」

「うん、臨時召集だ」

「あっしが指揮して工事は始めますので、急ぎ登城を」

「お願いします、辰五郎殿!」

 隆広が立ち去った後、改めて図面を見る辰五郎や鳶吉たち。

「まいったねえ…。お侍にこんな図面描かれちゃ本職のオレたちゃ立場ないよ…」

 ドッと職人たちは笑った。

「しかし武田家の築城法なんて水沢様はどこで…」

 と、鳶吉。

「わからねえ、謎の多い若いのだ。何にせよ武田家の築城法を会得できるまたとない機会だ。気合入れていけよ!」

「「オウ!」」

 

「よう集まった。話と云うのは他でもない。門徒連中が加賀の大聖寺城に迫っておる」

 勝家から召集の意図が説明された。

「その数二万、大軍だ。支城の大聖寺城を取られてさすがに頭に来たようだな。大聖寺城は城代に勝照(毛受勝照)を置いているが、兵数はわずか三千、青くなっていよう」

 大聖寺城は加賀領内の西域にあり、もっとも勝家の領土である越前に近い。隆広が勝家に仕官する数ヶ月前に勝家はその大聖寺城を攻め落とし、城代に腹心の毛受勝照を置いて防備に当たらせていた。城下町のようなものはなく、一つの砦のような城である。

 しかし兵力の差がありすぎる。前線の砦とも云うべき大聖寺城を渡すわけにはいかない。勝家はスクッと立ち上がった。

「門徒の加賀拠点、加賀御殿の七里頼周自ら出陣してきよった!」

「「ハッ!」」

「すぐに大聖寺城の救援に赴く! 出陣じゃあ――ッッ!」

「「ハハ――ッッ!!」」

 

 兵のいない自分は、殿の兵として戦おう。隆広がそう勝家に願おうとしたときだった。

「隆広!」

「は!」

「三百の兵を与える。ワシ本隊の寄騎として参陣せよ!」

「は、はい!」

(さ、三百も!?)

 そう言うと勝家は評定の間から出て行った。

「隆広」

「佐久間様」

「城普請の手腕は認めてやる。おそらく内政をやらせれば、お前は柴田家一であろう。だが戦場ではどうか今回でしかと見届けてやる。腰引けて逃げたりしてみろ。伯父上がどうかばおうと即刻叩っ斬る!」

「……」

「伯父上がお前を戦場に連れて行かず、もっぱら内政担当として重用するつもりならば文句は言わぬ。だが戦場の武将としても用いると分かった今、いっさい遠慮はせぬぞ! そう心得ておけ!」

「分かりました」

「ふん!」

「初陣か…。まずオレが用いる兵の士気と力量を確かめないとな」

 隆広は城下の兵士詰め所に行った。

「これは水沢様」

「それがしの用いる隊はどこですか?」

 詰め所の責任者である兵士に尋ねた。

「あ、はあ…」

「どうされました?」

「一応、述べさせていただきますが、あの隊を水沢様に当てよと申したのは勝家様でございます。それがしではありませんぞ」

「どういう意味です?」

「水沢様の兵士は、あの外れにおります連中です」

 北ノ庄城、兵士錬兵場。錬兵の場も兼ねて出陣前に兵士が集まる場でもある。万の兵が一堂に会する場所ゆえに、それは広大な敷地である。その外れにいる三百名ほどの集団。

「なるほど…」 

 それはだいたい隆広より若干に年上の少年兵たちであった。平均十七歳から十九歳の若者たちである。

 だがあまりにも素行が悪く、どの隊からも追い出された連中だった。城下の娘たちに人気が急上昇している隆広とはまったく逆にスケベで乱暴で嫌われている若者たちだった。

 出陣前だというのに酒をくらい博打をやっている。合戦そのものは好きなのだが、どの隊にいっても言う事を聞かない、軍律は守らない。勝家にとっても愉快な存在ではなく軍規によって処罰しようとしたことも数え切れない。各々が親からもサジを投げられている連中ばかりである。

 しかし勝家は寛大とも言っていい心で待ち続けた。その問題児軍団が生き返るのを。

 勝家には一つ教訓があった。若きころ柴田権六と云う名前だった彼は織田信長の弟、織田勘十郎信勝(信行)の家臣であった。素行不良であった兄の信長と比べ礼儀正しい信勝は次期頭首として家中で切望されていた。

 だが蓋を開けてみれば、信長と信勝の器量の差は金と石ほどに違いがあった。信長の素行の悪さばかり見て、その秘めた将器を見出せなかった自分を勝家は恥じていた。

 だから勝家は考えた。彼らを認めて、そして彼らから大将と認められる者がいれば良いのだと。素行不良の悪ガキどもが生まれ変わるかもしれない。そう思ったのである。

 かくして、その候補に選ばれたのは、その悪ガキたちの誰よりも年少の水沢隆広。勝家は、その問題児軍団を隆広に預けたのである。

 

「お、我らの大将のおでましだぜ!」

「おうおう、美男子だこと! オレたちみたいな不細工とは毛並みが違うね!」

 隆広は、その問題児軍団の前に歩いていった。自分たちより年下で足軽組頭の隆広を足軽の彼らが快く思うはずがない。織田か柴田の若君ならば仕方ないが、隆広はつい最近まで浪人だったのであるから。

 自分たちより年下で、かつ柴田家中では後輩。だが階級は一足飛びで組頭。受け入れられるほうがおかしい。また城普請の快挙を妬んでいる者もいる。町娘たちのあこがれの的になっているのも面白くない。

 敵意むきだしで隆広を睨む者、ヘラヘラと笑い隆広を小馬鹿にしている者。とにかくこれから合戦に行くとは思えない連中である。そんな敵意も笑いも隆広は相手にしなかった。

「時間がない。我と思う者はかかってくるがいい」

「なんだと?」

「おいおい、この大将はオレたちとケンカするつもりだとよ!」

 三百の兵士たちは笑った。

「何度も言わせるな、時間がない。もう本隊は出陣準備を終える。我らは本隊勝家様の寄騎三百。遅れたら切腹ものだ。オレだけでなくお前たちもな」

「そんな脅しにのるか!」

「勝家様はどうせオレたちハズレ者を弾除けにするつもりなんだろ!」

「そうだそうだ! 勝家様だけじゃなくお偉い大将たちはみんなそう思っているんだ! お前だってそう思っているに決まっている! お前の弾除けなんてゴメンだ!」

 隆広の目がピクリと動いた。この若者たちが欲しているものが分かったからである。

「言いたい事はそれだけか? お前たち三百人は一人でケンカを売っている年少のガキから言葉で逃げるのか? もう一度だけ言うぞ、我と思う者はかかってこい。殺すつもりでかまわんぞ」

「いいだろう、だがさすがに三百人で一人にかかったらオレたちは何言われるか分からねえ。ウデを自負する三人。三人でやってやる。殺されても文句はねえだろうな?」

「よかろう、かかってくるがいい」

 槍、刀のウデを自負する若者三人が隆広を囲んだ。

「柴田家足軽組頭、水沢隆広」

 隆広は刀を抜き、名乗りを上げた。真剣勝負と云う意味も込めて。三人も名乗りを上げた。

「柴田家足軽、松山矩三郎」

「同じく、小野田幸之助」

「同じく、高橋紀二郎」

 

「いくぞ!」

 

 ザザザザッッ!

 

「「……ッ!?」」

 三人は信じられない思いをした。数に頼り楽勝と油断していたのもあるだろう。また彼らは隆広が初陣とも知っていた。戦場の経験は自分たちの方が上のはず。

 だが、終わってみれば彼らは隆広にアッと云う間に倒されてしまった。見ていた兵たちはあっけに取られた。隆広に対した三人は彼らの中でかなりの腕前をほこり、そこらの武技を自負する将よりよほど腕が立った。だから戦でも悪事でも三百人の中で中心的な存在の三名で、班長的な役割も担っており、素行の悪さで帳消しになってしまっているが、実際に戦場で手柄も立てている。それが一人に倒されてしまった。あんな優男に。

「新陰流、月影と云う。一対多数の戦いに勝つことを極意とする」

「し、しんかげりゅう…? くっ…」

「う、うう…」

「いってぇ…」

「峰打ちだ。急所も外している」

 

 そして残る兵士を隆広はキッと見た。

「チカラは示した。今度はオレの話を聞いていただく。よいかな?」

「……」

 神妙な顔をして、兵士たちは隆広を見る。

「見ての通り、オレは刀をもって三人の武士を倒すことができた。しかし、二度目はこうはいかない。彼らはオレの小柄で華奢な体を見て油断していた。オレはそこに付け入り、始めから全力で行き戦端を制した。だが次は彼らも油断はないゆえ、オレは勝てない。だがオレの剣技や彼らの武勇も戦場では微々たるチカラでしかない。集団戦には集団戦の駆け引きがある。一人の強さなど何になろう」

 倒された三人はようやく起き上がった。その中心人物に隆広は問う。

「松山矩三郎」

「な、なんだよ」

(なんだこいつ、もうオレの名前を覚えやがったのか?)

「『鶏口となるとも、牛後となるなかれ』と云う言葉を知っているか?」

「はあ?」

「ニワトリの頭は小さくとも賢いが、牛の尻は大きくとも卑しいと云う意味だ。平たく言えば少数の精鋭になっても、大集団のどうでもいい存在にはなるなと云うことだ。今のお前たちは柴田二万と云う大集団の中で、どうでもいい存在となっている。二万分の三百ならば仕方ないとも云える。今までぐれん隊として存在していたのだからな。だが今回の戦からお前たちは『水沢隆広隊』となる。オレは初陣で、かつ新参の下っ端だ。お前たちはオレが持つ最初の兵だ。この瞬間から、お前たちは『柴田家の牛後』ではなく、水沢隆広隊の『鶏口』となった。そしてオレを生かすも殺すもお前たち次第と云うことになる。だから一度、オレに騙されたと思い賭けてくれぬか。お前たちが柴田家のどうでもいい存在のまま、本当に弾除けで終わるのか。それとも水沢隆広隊と云う少数精鋭団として馬を駆り戦場の華となり武功を立てていくか。水沢隆広と云う馬に、一度賭けてくれぬか。さきほどにお前たちの話を聞いて、お前たちに足りぬもの、いや望むものは分かっている。それは金や女でもない、『誇り』だ。武士としての『誇り』。オレには金はない。与えられるものはなにもない。だが必ずや! お前たちに『武士の誇り』を与えられる大将となる!」

 隆広の言葉に兵士は黙った。自分たちにこれほど向かい合ってきた大将はいない。しかも、その大将は自分たちより年下である。

 その年下の将は一人で三百人の自分たちに何ら気圧される事もなく、堂々と論を語る。

「オレたちが少数精鋭…?」

「大将を生かすも殺すもオレたち次第…?」

 特に後者の言葉は兵士たちの胸に刺さった。自分たちの働きが、それほどに影響を及ぼすのかと。刀と脇差を隆広は地に置いて頭を下げた。

「頭を下げよというなら下げる。オレにチカラを貸してくれ。そなたたちが必要なのだ」

「およしなされ、大将がそう簡単に兵に頭を下げるものではございませぬぞ」

 それはさきほど隆広に倒された小野田幸之助だった。そして同じく倒された高橋紀二郎は隆広の太刀を拾い、両手で差し出していた。

「幸之助殿、紀二郎殿…」

「幸之助とお呼び下さい。こいつの事も紀二郎、さっきのアイツも矩三郎と呼んでやって下さい。我ら、喜んで水沢隆広様の兵となりましょう!」

 三百人は一斉に隆広に膝を屈し、そして気合の入った眼で隆広を見つめた。

「すまぬ、嬉しく思うぞ!」

「さあ御大将、ご命令を!」

「よし、ならばこれより水沢隆広隊は本隊と合流する!」

「「ハハッ!」」

 もはや、ぐれん隊の顔ではなかった。家中はおろか領民にも蔑まされた若者たちであるが、英主を得て生き返った。戦国後期最強の軍団と呼ばれる『水沢隆広軍』誕生の瞬間であった。

 後に隆広に仕える武将がどれだけ増えても、この三百名だけは他の将の兵になることを拒み、常に隆広本隊の将兵として付き従った。後の世に『隆広三百騎』と云われる由縁である。

 隆広も、そしてこの三百騎もこの時は想像もしていなかっただろう。後に自分たちがあの軍神と呼ばれる上杉謙信の本陣に真っ向から突入する事など。

 

 柴田勝家本隊はすでに北ノ庄城を出発している。そろそろ城下町を出るときであった。この時、勝家の寄騎を担当していたのは隆広と共に可児才蔵である。その才蔵に勝家は尋ねた。

「才蔵、隆広の合流はまだか。もう先陣の盛政、二陣の利家は城を出たというのに」

 勝家は一番後ろの第五陣である。いわば最後尾であるが、隆広はまだ来ていない。

「はあ、さすがに隆広でもあのガキどもを手なずけるのは容易でないかと。しかしなぜ隆広にあの連中を? ご寵愛の様子でしたから御しやすい隊を与えるとばかり思っておりましたが」

「はっははは、ワシはそんなに優しい主君ではないぞ。それにあやつだから、あれを統率しえると思った。あの連中は若いし、そのカシラとなる隆広もまだ十五ゆえな、これから軍団を構築していくのであれば若者同士のほうがよかろう」

「殿―ッ!」

「お、殿! 隆広です」

「うむ」

「水沢隆広隊、合流を完了しました。遅れて申し訳ございません!」

「ん、ご苦労」

 勝家は隆広が連れてきた軍勢を見た。いつもふて腐れていた連中が、それは惚れ惚れするほどの凛々しい顔つきになっていた。

(やりおったわ、こやつ)

「隆広」

「はい、可児様!」

「オレは殿の右翼に入る。お前は左翼に回れ」

「分かりました!」

 行軍中の部隊移動も、見事までに円滑に進める隆広を勝家は満足そうに見つめていた。その勝家を見て才蔵は思った。

(ゆくゆくは養子にと言っていたが…なるほど本気らしいな勝家様は。しかしいかに養子候補とはいえ、あの寵愛は異状だ。まるで頼もしい我が子を見つめる慈父のようにさえ感じる…)


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