天地燃ゆ   作:越路遼介

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小山田投石部隊

 清洲会議から数日経った。隆広は自分が柴田勝家とお市の息子だと妻のさえにも言わなかった。自分は柴田勝家の家臣。それ以上でもそれ以下でもないとわきまえていたのである。

 しかし、奥村助右衛門、前田慶次、石田三成はそれを伝え聞いていた。驚きのあまり声も出なかったが隆広はそれをクチにしなかったので三人も知らぬふりをしていた。

 それと隆広は家老になっているので、助右衛門ら隆広三傑が『隆広様』ではなく『殿』と隆広への呼び方を変えたように、さえやすずも『お前さま』『隆広様』から『殿』へと呼び方を変えた。最初にさえが甘く『殿』と呼ぶと隆広は身悶えして喜び『もう一度言ってくれ』と要望し、さえが十回繰り返して述べてようやく満足したと云う話が残っている。

 

 さて、水沢隆広が新しい安土城の普請を命じられた。清洲会議の後にすぐ命じられたため、隆広は北ノ庄城にほんの数日しかおられず、『柴田勝家の実子だった』と云う波紋がさほど起きなかった。隆広の妻さえとて知らなかったのだから、当時はホンの一部だけしか知らない事だったのだろう。勝家も無用の他言は禁じたかもしれない。

 ところで水沢家は主君隆広が大掛かりな内政主命を受けると直属の将兵とその家族が全員現地に移動すると云う当時としては珍しい事をしていたが、この時は妻子を当初残して安土へと行った。安土は焼け野原。兵は野営で良いが妻子はそうもいかない。ある程度の建物は作らないと呼べない。

 

 明智討伐の勲功で大幅に禄が加増された隆広。隆広の今までの勲功を考えると普通なら城を与えられていて、大名になっていても不思議ではない。

 しかし隆広は他の武将と異なる仕組みで召抱えられている。軍団長の補佐と云う事で国主の側にいなければならない。城も領地もないかわりに高額な金銭で遇すると云うものだ。隆広はこの時点で現在額にすれば億以上の年俸があったと云われている。だが城や領地と云うのが武士にとって誇りであり、自己の象徴である。たとえ高額の年俸があっても隆広の遇され方をうらやましいと思う者はいなかった。むしろ気の毒にさえ感じていたらしい。どんなに働いても城も領地ももらえないのであるから。

 それゆえ隆広は佐久間盛政、佐々成政、柴田勝豊に忌み嫌われていても他の柴田将士に過剰な妬みを買う事もなかった理由だろう。隆広はこの遇され方を好んだ。自分が城を持ち本城から離れれば柴田家の政治をそれまでのように見られなくなるからである。“権ある者は禄少なく”先輩諸将の妬みを買いかねない領地は必要のないもの。彼はそう思っていた。

 勝家は隆広家老就任と同時に給金を今までの倍にした。信長亡き今、どんな事が起こるか分からない。勝家には息子隆広の軍団にはもっと充実してもらう必要がある。

「美濃(隆広)、ワシからおまえに預けたい者がいる」

「誰にございましょう」

「うむ、貫一郎」

「はい」

 それは勝家のすぐ右後ろにいた太刀持ちの小姓だった。

「この男を仕込め」

「貫一郎を?」

「うむ、こいつの母親の小袖(浅井時代からの茶々姫の乳母。史実における後年の大蔵卿)がそなたに倅を仕込んでもらいたいと頼んできおってな。またお前なら貫一郎に中々見所があるトコも分かっていよう」

「はい、若いながら賢き者と見ておりました」

「この貫一郎くれてやる。一緒に安土へ連れて行け」

「はっ!」

 そして隆広は貫一郎を見た。

「殿の肝煎りとはいえ容赦しないぞ。懸命にオレについてこい。オレも色々と忙しい身だから手取り足取り教えられない。盗め、分かったな貫一郎!」

「ハハッ!」

 貫一郎。後の大野治長である。後年に石田三成と共に隆広の政治を支える事になる少年だった。当年十四歳。

(史実では奸臣説多々ある彼ですが、筆者はそれを否とする治長支持者のため、本作では水沢名臣と書く。また史実では幼名弥一郎)

 

 新たな安土築城の普請中に家臣を召し抱え、水沢軍をより強固にせよと厳命し息子を安土へと向かわせた。物資を山と持ち安土へと向かう水沢軍、隆広の馬のくつわは大野貫一郎が取っている。その道中で奥村助右衛門が

「殿、こたびの一連の戦で浪人した優秀な将も多いはず。それらを数名召抱えては?」

 馬上から進言した。

「うん、考えている者はいる」

「して、誰を?」

「将ではなく部隊を召抱えようと思うんだ」

「は?」

「小山田信茂殿の投石部隊を召抱えようと思うが…みなの意見を聞かせて欲しい」

 奥村助右衛門と前田慶次、石田三成は顔を見合わせた。隆広は武将を召抱えるのでなく、精鋭部隊を召抱えると云うのである。

 小山田の投石部隊は精強を誇り、小山田信茂が鍛え上げ、敵勢を震撼させた部隊である。当主の小山田信茂は織田信長に『土壇場で主君勝頼を裏切った卑怯者』として処刑されたが、家臣一党は隆広により逃がされた。その後に徳川家康が召抱えようとしても、隆広の人柄に打たれた小山田遺臣たちは“もし再び人に仕えるのなら、その方は水沢隆広殿おいてない”と家康の召し出しも断ったと云う。その話を隆広は知らない。

 ならば何故、隆広が彼らを召抱えようとしたか。それは投石部隊の凄さを知っているからである。養父の水沢隆家から“現地で調達できる武器で、しかも代価は要らない。しかしながらその破壊力は鉄砲隊をしのぐ”と教えられ、隆家が知る限りの小山田投石部隊の戦術を叩き込まれた。

 かつて少年期の水沢隆広と森蘭丸が対決した木曽川の石投げ合戦。隆広が二十六対四と云う圧倒的な不利にも関わらず乱法師(森蘭丸)率いる多勢を蹴散らせたのは、竜之介(隆広)が仲間に小山田投石部隊の作戦を指示して、道具を与えたからである。たとえ幼き日のお遊び程度の合戦でも、隆広はその投石部隊の精強さをその身で知っているのである。

「そんな遊びの戦ゴッコで何が分かると言われそうだが、戦を知らぬ非力な少年たちが多勢の武士の子弟を小山田の投石部隊の作戦と道具を用いたら倒せたのだ。今、甲斐にいる小山田遺臣たちは、その達者。その部隊を召抱えたいと思うのだ」

「そりゃあいい!」

 と、前田慶次。

「オレも実際にその石投げ合戦は見ているから分かりまする。あれは大した攻撃でございましたからな。その達者が我らの仲間になれば心強い!」

「しかし、いかに勝家様に禄を倍にしてもらったとは云え、殿の収入つまり水沢家の財源、部隊丸ごと召抱えるほどでは…」

「確かにな助右衛門。岩殿城退去時には確か四百名ほどいたが、全部は無理だ。特に実力のあるものを三十人召抱えて、当家の兵に指導してもらうしかない。そして水沢家に投石部隊を作るのだ!」

 

 すぐに藤林忍びの六郎が小山田遺臣の住む集落に訪れた。六郎は元武田勝頼の忍び。彼らとは気心も知れている。遺臣たちの長、元小山田家家老の川口主水は隆広の召し出しに涙を流して嬉しがった。小山田投石部隊は今三百名ほどだった。元々半農半士の武田家なので帰農するには抵抗ないが、やはり城とは違う貧しい暮らしで病になり、また近隣の民から『お館様(武田勝頼)を裏切った連中』と罵られ、耐えかねて村を出て行くものがいた。

 しかし残った者たちは今も投石の技の研鑽に余念がない。もう一度戦場の華となりたい。それだけが願いだった。

「ワシが行く!」

「いいやオレが行く!」

 と小山田遺臣たちは隆広の指定した三十の席を取り合う。織田家の配下大名とは云え、今や飛ぶ鳥落とす勢いの大名ともなった柴田家。その家老から、かつ自分たちの恩人である隆広からの召し出し。我も我もと言い出すのも無理はない。

 川口主水は元小山田家家老であり投石部隊の隊長でもあるので彼はすぐに決まった。残る二十九の席を取り合って一晩中主水の家で議論して結局一人も決まらなかった。

  夜が明けた。

「半刻(一時間)ほど休憩する。みな顔を洗ってまいれ」

「「ハッ…」」

 若者たちは疲れ切った様子で主水の家を出た。だが目だけは“誰にも安土行きは譲らない”と示している。正直彼らにとって給金などどうでも良いのである。再び投石部隊として戦場を駆けたい。それだけなのである。

「あの…」

「もう一晩待て六郎…」

「はあ…」

 六郎に白湯を渡す川口主水。

「いやぁ、小山田遺臣たちに殿がこれだけ慕われているとは知りませんでした。しかし、主人の給金では全員を召抱えるのが無理にござる。主水様、ふるいにかけていただきたいと」

「分かっておる。しかし給金か、ワシらにとっちゃ二の次三の次な事だが召抱える美濃殿の立場からすれば無理もないな。しかし六郎、藤林忍軍は二百と聞く。かような精鋭も召抱えておっては美濃殿のフトコロは火の車であろう」

「いえ、二百人のうち主君美濃から直接給金を得ているのは私を含めて三名だけです」

「なぬ?」

「残りし者は、里からの給金です」

「じゃあ九割以上の忍びが無償で美濃殿に仕えていると?」

「とんでもない。詳しくは申せませんが頭領の表向きの顔は商人でございます。そしてその表の顔で内政に長けた主君美濃と密接な関係がございます。里はそれで利を得て、里の運営にあて、忍びたちの給金を出しています。だから間接的に主君美濃から得ているも同じにございます」

 藤林忍軍頭領銅蔵の表向きの職は美濃国の杣工(木材を育成、伐採する木こり)の元締めであるが、隆広の計らいで柴田家商人司と繋がり交易で利を得ていたのである。まさに藤林は表と裏の顔でも隆広と深い繋がりがあった。

「なるほど…。しかし我らにそんな器用な事もできぬしなあ…」

「いえ、今の状態に至れたのもつい最近の事と聞いております。それまでは本当に無償だったらしいです」

「無償とな?」

「はい、藤林の忍びは主君の養父隆家様より仕えていた忍び。主君美濃が先代隆家にも劣らぬ大器と見た彼らは支持すると一度決めたからには『出世払いで良い』と云う事で、その配下についたと云います」

 

「それよ…!」

「姫?」

 それは小山田信茂の一人娘月姫だった。岩殿城明け渡しの時、悔し涙を浮かべて隆広を睨んだ少女である。しかし彼女はその後に水沢隆広の計らいがなければ全員が討ち死にしていたと云う事を聞かされた。単身で寸鉄も帯びずに敵の只中に使者として訪れ『逃げよ』と織田信長の命令に背いてまで小山田遺臣たちを説得した隆広の事を知り、月姫から憎悪の気持ちは失せた。それどころか泣く自分に『雪で顔が濡れている』と手拭を渡してくれた優しさが胸に去来し、憎悪から転じて思慕へと変わっていたのだった。

「主水、みんな給金の事など一切言わなかった。みんな再び投石部隊として戦場の華となりたいだけなのよ。全員召抱えていただきましょう。我らへの給金は精鋭三十名分で結構。聞けば柴田の土木担当でもある美濃殿。半農半士だった我らにはその技もある。給金以外に荒地でも譲り受け我らで開墾して自らの食い扶持くらいは自分たちで稼ぐ」

「姫様…!」

「我らは大恩あり、かつ武田の技を継承する若き名将水沢隆広に賭けましょう! 与えられるのではなく自分たちで掴み取るくらいの気概がなくて、お役に立てるはずもなし」

 若者たちは主水の屋敷に戻り、主君の姫の言葉を聞いた。

「そうだ! オレたちが美濃殿を勝たせればいいんだ。給金もらうのはそれからでも遅くはない。テメエの食い扶持くらいテメエで稼げばいいんだ!」

「「異議なし!」」

「「姫! 参りましょう!」」

 かくして小山田遺臣たちは月姫と川口主水を先頭に部隊百二十名が安土に向かった。部隊の面々はあと二百名いるが、彼らとて最近まで安土城が焼け野原だったとは知っている。安土に到着しても住む家が無ければ仕方ない。最初に総領娘の月姫と隊長の主水が百二十名と行き、改めて水沢隆広が主君として足る人物か見定めるつもりである。

 そして間違いでなければ忠誠を誓い、安土に小山田家の場所をいただき、後の者を呼ぶつもりである。後から来る二百名が先に行った者たちの家族も連れて安土へ行く事にしたのだった。

 すでに新しい安土城の縄張り作業にかかっていた水沢軍。その元に小山田の投石部隊がやってきた。驚いたのは隆広である。三十人と言っていたのに百人以上いたからである。

「どういう事だ六郎! 三十名と申し渡したではないか!」

 六郎は仔細を説明した。

「…そうか。とにかく会おう」

 川口主水と月姫が隆広と会った。

「久しぶりですな川口殿」

「はい、そしてここにおわすは…」

「小山田信茂が娘、月にございます。お久しゅうございます」

「お元気そうで」

 あの悔し涙を流して自分を睨んでいた少女。泣き顔も美しいと思ったが、温和な笑みを浮かべている今の顔も美しいものだと隆広は思った。

「小山田殿の奥方は?」

「…父の死に絶望し、あの後間もなく」

「そうですか…。すまない事をお訊ねしてしまいました」

「三十名と云う通達を守れなかったのはお詫びいたします。しかし皆、もう一度武士として働きたいのです。禄を出す立場の美濃様のお立場も分かるのですが我らにとって禄は二の次にございます。ですから先に申して下さいました精鋭三十名分の給金で一族を召抱えていただきたいのです」

「部隊は三百二十名でございましたね」

「その通りにございます」

「家族を入れれば千は越えましょう。とうてい精鋭三十名分の額では無理に…」

「まだ手付かずの荒地がございましたら、それを賜りたいと存じます。土木の技も我らございますのでそこに美田を興して食い扶持は稼ぎます。今までもそうしてきたのですから」

「そういうわけには…」

「いえ、私たちが再び人に仕えるのであれば、主君は美濃殿おいてないと決めていました。私たちは美濃殿に賭けました。座して美濃殿から与えられるのではなく、自分たちで掴み取ると」

「月姫殿…」

「ですが、一つだけ月に教えて下さい」

「何でしょう」

「父の信茂をどう思いますか」

 武田氏の領地であった甲斐(山梨)と信濃(長野)の人々に、“信玄公と勝頼公を裏切った”と穴山信君と共に軽蔑されている小山田信茂。彼らが落ちた集落にも風当たりは厳しかった。

「裏切り者、そう歴史に汚名が残りましょう」

「世間の評判ではなく、美濃様個人のお考えです」

「ご存知と思いますが、それがしは木曽義昌殿を“裏切り者”と罵り、穴山信君殿は今でも軽蔑しております。それがし個人が勝頼様に恩義があるからにございます。そんなそれがしが小山田殿に対して思った事はやはり“裏切り者”にございました」

「……」

「…しかし頭を冷やし考えてみれば小山田殿にも言い分はございます。一度は勝頼様に自分の城に入る事を薦めたものの…家族と家臣、領民の事を考えると新府からの道中で苦悩したと思います。岩殿の領主としてはやむをえなかったとも受け取れます。あのまま勝頼様が岩殿城に入っていれば、織田五万の軍勢に攻め込まれていたのですから。それがしとて攻めるしかなかったでしょう。ゆえに裏切り者の汚名を残す覚悟で寸前に勝頼様の入城を拒み追い返した。

 むしろ小山田殿は滅び行く武田に真田と共に最後までつき従った人物と云えるのかもしれない。だが悲しいかな、勝頼様の入城寸前で主君への義ではなく家族と家臣を取った。その行いが甲斐と信濃の人々に『悪辣な罠で、大変な裏切り』と見られたのでしょう。それ以前に武田家を裏切った武将はたくさんいるのに、袂を分けし時期が悪すぎた。ゆえに大殿は小山田殿を裏切り者として処刑してしまいました」

「では…美濃様は父を裏切り者と見てはいないと?」

「正直、その事実を知った時は裏切り者と思いました。しかし、事情は当人でしか分からないもの。小山田殿のやむにやまれぬ、家族、家臣、領民を守るための行為。それがしはそう思います。結果、小山田殿は領地の郡内を守っているのでございますから。この乱世、『義』は無論のこと大事にございますが、それ以上に『家』は大事にございます。裏切りではなく“選択”であったと。その選択が正しかったのか誤っていたのかは、おそらく小山田殿当人にも分からない事。しかしながら家族と家臣は生き残っております。小山田殿の選択を正しきものにするか誤っていたものにするのか、それはこれからの貴殿たちにかかっております」

「美濃様…!」

「よう参られた小山田遺臣たちよ。水沢家胸襟を開いて迎えましょう。それがしを主君に選んでくれた事に応えるために『正しかった』への助力、美濃惜しみませぬ」

「はい! 小山田遺臣。粉骨砕身に美濃様、いえ殿へ忠義を誓いまする」

 月姫と川口主水は隆広に平伏し忠義を誓った。『百発百中』『稲光のごとき石飛礫』『一石剛槍』と甲信近隣の武将たちを震え上がらせた小山田投石部隊はこうして水沢隆広に仕える事となった。

 

 晴れて召抱えられた小山田遺臣、集落から持ってきた父の位牌を与えられた陣屋の神棚に置く月姫。

「父上、家康の召し出しに応じなくて本当に良かった。殿様は父上の心中、理解して下されていました。いかに優れた方としても父上を悪く思う人に仕えられません。やはり我らが賭けた御方です。我らは良き英主に巡り合えました。このうえは懸命に働く所存、冥府より見守っていて下さい」

 小山田遺臣たちもさっそくその日から城普請と開墾作業に入った。隆広は小山田遺臣たちに安土山の琵琶湖側にある雑草だらけの湖畔を委ねた。

 主君を得た彼らは嬉々として働き、後の話となるが、見事美田に作り変えている。勝家も大変喜び、その美田をそのまま小山田遺臣たちに与えた。今も稲穂を実らせる美田は月姫たんぼと呼ばれ、彼らが投石と云う戦場の技だけではなく、高い新田開発能力も持っていたと云う証しでもある。

 

 城より先に各々の住居を建築し、ようやく越前から妻子を呼び寄せる運びとなった水沢軍。護衛に前田慶次率いる五百が北ノ庄に水沢軍の妻子を迎えに行き、琵琶湖から吉村直賢の用意した大型船で移動した。さえとすずとの再会に喜ぶ隆広。そして水沢軍妻子が来てほどなく

「オギャア、オギャア」

 側室すずが隆広の第二子を生んだのだ。男の子だった。安土に居を移して二週間後にすずは産気づき、見事いくさをやり遂げた。

 知らせを聞いた隆広は普請現場から大急ぎですずのいる家へと走り、そして待望の次男を見た。

「よくやったぞすず!」

「はい…」

 横たわり、疲れきってはいたが顔は満足感に満ちていたすず。安土へは藤林山からすずの父母も駆けつけており、待望の孫の誕生に飛び上がって喜んだ。

「ホントに大手柄じゃ! ようやったすず!」

「父上…」

「立派な藤林当主としなければなりませんなあ義父殿」

「ホンにホンに! ホンに女房と娘そろって殿に乳を吸わせたかいがありました」

「ヤですよ、お前さんそんな事を言って!」

 赤子の隆広に乳を吸わせた事のある銅蔵の妻お清が笑った。閨で隆広に乳を吸われた事もあろうすずも顔を赤くした。母娘で隆広に乳を吸われた事となるのだ。

 鉄面皮の銅蔵が孫の誕生で破顔している。柴舟でさえ見た事ない威厳の欠片もない顔だった。この赤子は鈴之介と名づけられ、後に柴舟が守役となり次代藤林家当主となり、兄である隆広嫡子竜之介を支える弟となる。

 孫の誕生に喜ぶ銅蔵とお清は孫を抱いて感涙していた。その様子を微笑み見るすずに隆広は小さく声をかけた。

「お疲れ様、大手柄だ。今はゆっくり休むがいい」

「はい…」

「はやく産後の状態から回復してくれ。早くすずを抱きたい」

「知りません、もう!」

 顔を真っ赤にして蒲団に潜り込んだすずだった。


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