天地燃ゆ   作:越路遼介

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美童の意地

 後味の悪い富士の宴が終わったその夜、森蘭丸が隆広の陣を訪れた。

「伊丹、岩村、甲斐での本陣、そして本日の宴、どうしてお前は大殿に楯突く」

「…大殿だって、時に間違った事をする」

「変わらないな…お前は」

「お怒りになっていると知らせに来たのだろう。だが後悔はしていない」

「いや、それより少しタチが悪い。オレは大殿の命令でお前を呼びに来た」

「大殿がオレを?」

「覚えているか、安土で初めてお前が大殿とお会いした後、オレが言ったのを」

「まさか…」

「そう、今宵の伽を務めよ、との命令だ」

「……」

「竜之介、仏の顔も何とやらだ。お前はもう四度も大殿に逆らっている。悪いこと言わぬから、ここで機嫌を取っておけ。今のままではお前のみならず、主君の修理亮様(勝家)も疎まれるぞ」

 

 だが、その場の隆広と蘭丸との会談に立ち会っていた前田慶次と奥村助右衛門がガマンできない。

「バカな! 隆広様は色小姓ではない! 柴田家の部将で織田の一翼の大将でござる! それを伽に用いるなど我らが許さん!」

 いつも冷静な助右衛門も激怒する。

「何を考えているのだ大殿は!」

 吐き捨てるように慶次も言った。

「よせ二人とも、森殿は大殿の言葉を伝えに来ただけだ」

「しかし…!」

「分かった乱法師(蘭丸)、大殿の陣屋に行こう。富士川で身を清めるから、しばらく待て」

 隆広は悔しそうに陣羽織と甲冑を脱ぎ、富士川に向かった。

「隆広様!」

 助右衛門が追いかけた。慶次は不愉快そうに腕を組み、荒々しい鼻息を出す。

「森殿」

「何でござろう」

「主人の心を傷つけた者を許すほど前田慶次は人が出来ており申さん。ご貴殿は元々そういう務めで大殿に仕えたのであろうが、我が主は違う。主人の心を傷つけた者はたとえ何様でもオレが斬る」

 織田信長に忠節一途の蘭丸は慶次を睨んだ。

「それは謀反を示唆した言い草に聞こえますが?」

「たとえそれがしや奥村が我慢しても、主人の兵たちが我慢いたしますまい。主人の兵の中には北ノ庄で札付きだった連中がおりますし、伊丹城で主人に命を助けられた連中や、隆家殿旧家臣の子弟たちもおりもうす。全員が主君隆広のためなら命もいらぬと云う猛者ばかり。我らの大将が大殿に傷つけられたと知れば、それがしと奥村でも止められるかどうか保証できかねますな」

「…聞かなかった事にしておきましょう」

 

 隆広は川に入り体を清める。そして忌々しそうに水面を叩いた。

「くそ…!」

「隆広様、かようにおイヤならば何故受け入れました…」

「童の頃から女子と間違えられる容貌だ。父の正徳寺で修行をしていたころから先輩坊主に組み敷かれる事が多々あった。時に父に助けられ、時に激しく抵抗し、幸いに今まで恥辱は受ける事は無かった。だが今回はそうもいかない! オレが陪臣で拒否できない事を知ったうえで伽を強要するなんて卑怯な!」

「隆広様…」

「だがオレにだって意地がある。大殿は数度逆らったオレを組み敷き優越感を味わいたいのだろう。だが断じて受け入れない。二人きりになれるのならむしろ幸い。思う事すべて言ってやる!」

 

 隆広は蘭丸に連れられ、信長の陣屋に向かった。

「大殿、蘭にございます。水沢隆広殿をお連れしました」

「通せ」

「はっ」

 陣屋の戸が開けられ、蒲団の上に座る信長がいた。

「水沢隆広にございます」

「よう来たネコ、近う」

「はっ」

「お蘭、そなたは外せ」

「承知しました」

 

 パタン

 

 陣屋の戸口が閉められた。

「裸になり、ここに横になれ、可愛がってやろう」

「…イヤにございます」

「なら何でここに来た」

「大殿と二人きりになれる機会にございますれば」

「ほう、何か言いたいのかワシに?」

「はい、手篭めの恥辱を受けるより大殿に言いたい事を言って斬られた方がマシにござれば」

「なら、さっさと言え。そのあとに可愛がってやるわ」

「ならば…」

 隆広は真一文字に信長を見て言った。

「大殿は天下統一が近づくにつれ、常人から見て『狂気』としか映らない異常な人間になられています」

「ほう」

「浅井長政殿、浅井久政殿、朝倉義景殿の頭蓋骨を金箔に塗り固め、正月の宴の杯にし、あまつさえ長政殿のドクロの杯をかつて長政殿の妻であった妹御(お市)にすすめる。まともな人間に出来る事ではございません」

「それで?」

「尼崎城にて捕らえた荒木一族の女子供を全員虐殺し、盟友の徳川様を支える伊賀の忍びたちの里にも攻め入り、そこでも女子供に至るまで虐殺。岩村城では部下の助命を条件に降伏してきた秋山信友殿、その妻(信長の叔母)を逆さ磔にして惨殺したうえ城兵とその家族たちを皆殺し。今回の戦いでも武田勝頼殿、武田信勝殿の首を足蹴にし、恵林寺の僧侶虐殺を信忠様に下命なされました。大殿は武人の心を知らず、かつ血に飢えた魔王にございます」

「ふふふ…」

 信長は扇子を頭にトントンと叩き苦笑した。

「何より衆目の前で、家臣を足蹴にする。そして家臣たちに自分を神として崇めよと強制する。これを狂気と言わず何と言います」

「ふっはははは」

「大殿の戦いぶりは唐土の項羽のごときの冷酷さでございますが、天下をお取りになりつつ今、その項羽の敵手だった漢の高祖の劉邦とも同じ事をしておいでです。彼は天下を取った途端に人が変わり、天下を取るために尽くしてくれた忠臣の韓信、鯨布、彭越を殺し、その家臣と家族も虐殺。旗揚げからの仲間たちさえ信じようとせず讒言に踊らされ殺す有様。疑心暗鬼の虜となり、かつ己の権力を自分のチカラのみで得たと勘違いして人を大切にしない魔王と化す。まさにそれこそ、今の織田信長の姿です」

「そうか」

「真の君主ならば下々の者に至るまで大切にし、その声に耳を傾けるもの。それをしない者はただの暴君にございます。大殿は度重なる虐殺と返り血で心を蝕まれてしまいました。そんな狂気の魔王の支配など誰が望みます」

「あっはははは!」

「それがしの言いたい事は以上です。さあお斬り下さい」

「ふん」

 信長は隆広に詰め寄り、胸倉を掴み立たせた。

「バカが、ガキの青臭い空論にイチイチ腹を立てるか。お前はここにワシの欲望を満たすだけにやってきた色小姓よ」

 隆広を蒲団に投げ飛ばす信長。

「くっ!」

 そしてすぐに隆広に組み敷き着物を剥ぎ取った。

「くっくくくく、やはりいい体をしておる。げにも美しく男に抱かれるために生まれてきたような美童よな。ワシは美しいものが大好きだ。安土で初めて会うた時からいつかこうしてやろうと思っていた。キサマの養父の水沢隆家にはさんざん痛い目に遭わされたが、こうしてワシの前に良い玩具をもたらしてもくれた。感謝せねばならぬな」

「父を侮辱なさるのですか!」

「悔しいか? ならばワシをぶん殴ってでも今この虎口を逃れてみよ」

「大殿はウソつきです!」

「なにい?」

「主君勝家に、大殿は『ワシが望む天下は、ああして年寄りがのんびりと木陰で昼寝できる世なのだ』と申したはず! それは権力と暴力に誰も虐げられない世と云う事! それなのに大殿は陪臣として逆らう事が許されないそれがしを権力で組み敷かれている! 大殿は大嘘つきにございます!」

「こしゃくな事を…」

「この後におよび、もはや悪あがきはいたしません。万一も考え富士川で身も清めてございますれば、お好きなようになされませ! だがそれがし一生大殿を軽蔑いたします!」

 隆広は信長の下で抵抗をやめた。

「軽蔑か、いかようにもするが良い。ワシには痛くも痒くもないわ」

 信長が隆広の越中を剥ぎ取ろうとした時だった。

 

「大殿―ッ!」

 陣屋の外で蘭丸が叫んだ。

「…チッ いいところを。なんじゃ!」

「武田の残党の夜襲です! 軍勢後尾の水沢隊と、その手前の滝川隊が現在応戦中にございます!」

「なにぃ?」

「オレの陣に敵襲!?」

「分かった。ネコ、水沢陣に急ぎ戻るがいい」

「は、はい!」

 隆広は急いで着物を着て、陣地に駆けた。慌てていたので蘭丸を一瞥するゆとりもない。信長は走り去る隆広の背を見てフッと笑った。

「…ワシに虚偽の報告をしたらどうなるか知らぬそなたでもあるまい」

「申し訳ございません、蘭め嫉妬に狂いました」

「嫉妬じゃと?」

「惚れた男が、蘭以外にと」

 かしずく蘭丸の前に腰を下ろし、信長は蘭丸をギロリと睨んだ。蘭丸は眼を逸らさない。

 

「ハァハァ…」

 走りながら器用に着物を着て行く隆広。急いで自分の陣に走る隆広だが、他の陣地に何の騒ぎも起こっていない事に気付く。

「あれ?」

「隆広様―ッ!」

 自分の陣に近づくと奥村助右衛門が駆け寄ってきた。

「よかった、どうやら大殿に手篭めにされずに済んだようでございますな」

「それどころじゃない! 夜襲を受けていると聞いて飛んで帰ってきたんだ!」

「や、夜襲? いえ、そんな事実はございませんぞ」

「え? しかし確かに乱法師が…」

 ハッと隆広は気付いた。蘭丸が虚偽の報告をして、自分を虎口から脱出させてくれたのだと。

「乱法師…」

 

 信長は蘭丸のアゴ先をつまみ、さらに自分に向かせた。

「惚れた男…? どっちだ?」

「無論、大殿にございます」

 アゴ先を離す信長。

「フッ…ハッハハハハ! 蘭! 伽をいたせ」

「承知しました」

(借しておくぞ、竜之介)

 フッと蘭丸は笑った。

 

「間一髪だった…。乱法師がああしてくれなかったらオレは今ごろ大殿に…」

 ペロと舌を出して苦笑する隆広。

「しかし! 一度は組み敷き、大殿は隆広様を手篭めにしようと…!」

 前田慶次は怒りが収まらない。

「もういい、大殿に言うだけは言ってきたのだから。オレも今日の事は忘れる。そなたらも忘れてくれ」

「それで宜しいので?」

 鼻息の荒い慶次。

「ああ、いいさ」

「大殿を軽蔑いたしますか?」

「助右衛門…。オレは絶対…家臣の弱みに付け込み、何事を強要するような大将にはならない。その悔しさを今日身をもって知った。それだけさ」

「隆広様…」

「ああ、でもすごく疲れた。オレもう寝るよ」

 隆広は自分の陣屋へ歩いた。眠そうにあくびもしていた。

 

「何とか助かったが後味の悪い結果だ…」

 腕を組む助右衛門。

「この事を勝家様に報告すべきか…」

「ふうむ、それが思案のしどころだ」

 慶次も腕を組んで考える。

「ふああ、慶次様、助右衛門様、見張りの交代でございます」

 陣中深夜の見張りのため、蘭丸が来た時には仮眠を取っていた三成が来た。

「何も知らんでまあ…」

「は? 何がです慶次様」

「何でもない! オレたちも眠らせてもらうぞ!」

 

 翌朝、織田軍は浜松の地で徳川軍と別れ、帰途に向かった。そして信長は安土に、信忠は岐阜、隆広の軍は信忠の寄騎なので岐阜へと向かった。岐阜城に到着すると、松姫から信忠と隆広宛に手紙が届いていた。

『竜之介殿、お見込みの通り最初は私の命を助けた貴方をお怨みしました。しかし生きると云う事が兄の意志ならば、妹としてそれを受け入れようと思います。そして信忠様、あの方は武田の姫としてでなく、松を一人の女として側室に迎えたいと申して下さいました。私は喜んで信忠様の側室になろうと思います。一度死を選んだ私、望外にも女として、妻としての喜びが得られると歓喜に身を震わせております。これも竜之介殿のおかげにございます。後に信忠様の内儀として竜之介殿と再会できる事を楽しみにしております。それではくれぐれもお体には気をつけて下さいませ。松』

「良かった…」

 ここは岐阜城城主の間。隆広と信忠が揃って松の書を読んでいた。

「嬉しい内容のようだな隆広」

 ニコニコして松の書を読む隆広を見て苦笑する信忠。

「は、はい! …信忠様のご内儀になられる方の書、一応ご覧になられます?」

「あははは、そなた宛の書であろうが。オレもつまらん邪推するほどに了見は狭くない」

 信忠は嬉しそうに松姫の書を箱にしまった。

「お松殿はそなたが庇護を要請した三宅某に護衛され、もうしばらくしたら岐阜に向かうとの事だった。側室とはいえ祝言は行う。そなたもその席には出席して欲しい」

「喜んで!」

「うん、招待状はおって北ノ庄に届ける。隆広、こたびの武田攻め大儀であった!」

「はっ!」

 翌日、水沢隆広は岐阜城をあとにした。これが織田信忠と水沢隆広、今生の別れと知らずに。

 

 岐阜城をあとにして北ノ庄城に向かう水沢勢は近江に入り、佐和山城付近で野営の陣を張った。すでに柴田勝家率いる織田軍は加賀を殲滅したと云う事は隆広の耳に入っていた。

 門徒の犠牲者総数七万強、日本史における最大の虐殺である。近年、門徒たちの織田将兵を呪詛する言葉を記した瓦が大量に見つかり、柴田勢の徹底した門徒掃討が推察できる。

 隆広は武田に攻めるのもつらい事ではあったのだろうが、この虐殺に立ち会っていなかった事は幸いだったのではないだろうか。性格が荒んでしまう事もあり得ただろう。

 勝家の軍はすでに越前北ノ庄に帰還していた。領民はやっと一向宗門徒の脅威から救われ、領主勝家の勇猛を称えた。一向宗には残酷な結末となったが、殺さなければ殺されるのが戦国時代である。隆広もそれはもう理解していた。

 

 そして一つ、悲しい知らせが入っていた。それは義兄の竹中半兵衛が陣没したと云う事だった。余命いくばくもないと悟った竹中半兵衛は、畳の上では死ねないと、秀吉の播磨の陣に赴いて、そこで陣没した。享年三十七歳だった。

 武田攻めの陣中にも持っていき、時間が空いた時は読みふけていた半兵衛から託された書。その内の一つの書に書かれていた半兵衛の言葉。

『チカラで得た物はチカラで取られる。だが智で手に入れたものは智でさらに発展する。それを忘れるな竜之介』

 論語の巻末の余白に書かれてあった言葉だった。隆広は義兄半兵衛の死を知った日は誰も陣に近づけさせず、一人泣いていた。

 

 秀吉は病身を押して陣中に来た半兵衛を労った。最初は城内の方が体に良いと思い姫路に帰そうとしたが、半兵衛は陣中にいさせてほしいと秀吉に懇願し、秀吉は許した。

 妻の千歳は姫路城の竹中屋敷に残して、半兵衛はわずかな供だけを連れて秀吉の本陣にやってきた。秀吉はこの時、別所長治の三木城を攻めていた。兵糧攻めである。

 半兵衛は最後に秀吉にこう進言した。『兵糧を届けなされ』と。これで別所勢は降伏するはずであると。秀吉はその進言を入れた。

 さすがは今孔明と名高い竹中半兵衛、その進言どおりに別所勢は降伏したのである。隆広も岩村城の兵糧攻めにおいて最後に進言した敵方への兵糧送り。これは半兵衛が清洲城下で幼き日の隆広に兵糧攻めの方法を教えている時、

『相手は意地になって餓死者が出ても降伏しない。敵が全員餓死するのを待っているのでは勝利しても、それは武人の勝ち方ではない。そなたならどうするか』

 竜之介、後の水沢隆広はこう答えた。

『敵に兵糧を送ります』

 半兵衛はニコリと笑ったと云う。そしてかつて弟子に伝えた方法を秀吉に進言したのである。

 

 長い包囲戦も終わった秀吉の陣。そこへ一人の男がフラリとやってきた。傘をかぶる旅装姿の男で、背には大きい箱を背負っていた。

「薬師?」

 応対に出た兵に身分を明かす木簡を見せた。

「へえ、唐土の薬や越中の万金丹などを購っております」

 背負っている箱の中にある薬も見せ、丸腰である事も示す薬売り。長い陣に病人もいたため、陣地の警護責任者である羽柴秀長は陣中で商売をする事を許し墨付きを発行して渡させた。

 そして薬師は数人に薬を売ると、一つ隔てた陣屋の中から痛々しい咳をする病人の元へ歩いていった。その場を守る者が

「誰か!」

 と凄むが

「へえ、陣中で薬を売る事を許されております者です」

 秀長より発行された墨付きを見せる薬師。

「ふむ、しかし竹中様の病は労咳、今さらどんな妙薬も」

「へえ、せめて苦痛を和らげる物をお持ちいたしました」

「そうか、ならば入れ。竹中様、薬師にございます」

「ゴホッ 今さらそんな者に用はない。帰って…ゴホッ!」

 薬師は構わず半兵衛の横になる蒲団へと詰め寄った。

「さすがに治す事は無理にございますが、この唐土より手に入れし漢方の妙薬は気道と鼻腔を開いて咳を止めて呼吸を楽にさせるものにございます。さ、どうぞ」

「今のワシにそんな高そうな薬を購う金はない、ゴホッッゴホゴホッッ!」

「…相変わらず強情よな、半兵衛」

「……ッッ!?」

 薬師は傘を取った。

「な…!」

 薬師はすぐに人差し指を口に立てた。大声を出すなと云う事だ。

「久しぶりだな、半兵衛」

「た、龍興様…!」

「ずいぶん痩せたな」

 半兵衛は龍興に平伏しようと不自由な体を起き上がらせようとするが無理だった。

「無理をするな、別に今さらオレを見捨てた事に対して怨み言を言いに来たわけじゃない」

「た、龍興様…生きておいでだったのですね」

「ああ、何とかな。今は水軍のお頭をやっている。若狭水軍、柴田家の一翼だ」

「し、柴田家の水軍!」

「ああ、だから唐土の薬などが手に入る。こら無理をせず寝ておれと言うに」

 また起き上がろうとした半兵衛を横にさせる龍興。

「いい弟子を育てたな半兵衛。隆家もあの世でお前に感謝していよう」

「では竜之介にお会いなされたのですか…!」

「うむ…。ま、オレが斉藤龍興とは知らないだろうがな」

「そうですか…」

 再び薬を差し出す龍興。

「さきほどの効用は本当の事だ、さあ飲め半兵衛、オレと縁は無かったがお前は我が斉藤家家臣、斉藤家最後の君主としてこれぐらいさせてくれ」

「も、もったいのうございます」

 半兵衛は両手で薬を受け取り、大事に飲んだ。

「ありがとうございまする。最期に龍興様とお会いできた事、あの世の隆家様にいい土産話が出来ました」

 本当に咳がピタと止まった半兵衛。

「のお半兵衛」

「はい」

「お前は間違ってはいない」

「え…」

 龍興はそれ以上言わずにニコと笑い、半兵衛を横にさせて、さっき半兵衛に飲ませた薬を入れた袋を枕元に置いた。

「では帰る。もはや会う事はあるまいが…体を厭え」

「はっ…!」

 龍興は再び傘をかぶり、半兵衛と両の手で握手し、そして一礼して半兵衛の陣屋を去った。竹中半兵衛が亡くなったのは、この日より五日後である。微笑を浮かべた安らかな死に顔であったと云う。




ちなみに言いますと、隆広が美男子と云うのは一応公式設定でもあります。原作ゲームの隆広はかなりイケメンで、体躯も華奢です。男色が当時あたりまえだった世では、今回のような展開もあり得たのではないかと思います。
蘭丸が機転を利かさなかったら隆広の貞操は奪われていたのでしょうが…もし、そうなった場合はどういう展開が待ち受けていたのやら。

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