天地燃ゆ   作:越路遼介

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本編完結編では明家の側室となった虎姫ですが、こちらでは、そうは問屋が卸しませんでした。


異伝-虎姫-

 姫路城は落城し、羽柴秀吉は自害して果てた。姫路城を包む紅蓮の炎を見て柴田勝家は自分の時代も終えたと悟り、息子明家に家督を譲ることを決めたのだった。

 

 安土に凱旋した柴田勢だが、明家は休む間もなく謀反を起こした佐久間家の説得にかかった。佐久間は柴田家でも勇猛果敢な軍勢。世代交代したばかりの柴田家で混乱は避けたい。普通の君主ならば粛清するであろうが明家は何とかして助けたかったのだ。

 上杉謙信も徳川家康も、時にこうして反乱を起こした家臣を許し、より軍団を強化したものだ。明家は少年期に甲斐恵林寺の名僧快川に信玄の教えを学んだ。信玄の遺訓に『離反した場合でも覚悟を直す者については過去を咎めず再び召し抱えること』とある。佐久間盛政の家を潰してしまうことは柴田の力を削ぐ結果に。

 しかし謀反は謀反。何らかの罰は必要であった。懲罰は連座制であった当時、盛政の妻子も通常は斬首であるが、それは家臣たちも反対をした。姫路の陣での盛政の堂々とした態度に感じ入った者たちが多かったのである。親の罪は子に関係なし。明家は金沢城を明け渡せば良しとしたのである。

 

 それを条件に奥村助右衛門と佐久間一族の佐久間甚九郎が使者に立ち、主君の無念を晴らしたいと燃える佐久間家の説得に赴いた。しかし佐久間家は使者の奥村助右衛門と佐久間甚九郎を門前払いにする有様である。佐久間盛政の一人娘の虎姫。彼女は柴田明家の恭順を薦める書にこう送り返してきた。

『もし逆の立場ならば、美濃守様は恭順なさいますか?』

 

 佐久間盛政の娘の虎姫は『加賀の巴御前』と呼ばれるほどの女傑に成長していた。当年十六歳。美しく、そして鬼玄蕃と呼ばれた父盛政の勇猛を継ぐ姫だった。気も強いと知られている。何度も恭順するように使者を出したが虎姫は黙殺。明家は

『金沢城はお渡ししていただかなくてはならないが、佐久間家は虎殿に継がせ、しかるべき領地をお任せいたす』

 と譲歩し、

『まこと家臣を思うなら、この一時の恥を受け入れ恭順いたすのが姫の務めである』

 と説得。しかし虎姫はこれも聞かなかった。盛政の娘を殺したくない明家。だがこのまま放置していることは君主として示しがつかない。やむなく金沢攻めに及ぶこととなった。

 

 

 金沢城に柴田明家率いる二万の軍勢が押し寄せ包囲して数日。夫盛政の死で失意により病に伏せていた妻の秋鶴が世を去ろうとしていた。秋鶴は看取る娘に語る。

「父上を怨んではいけませんよ、あの人は叛旗をひるがえす前、虎に詫びていました。『虎が隆広を好いているのは知っている。儂のせいで虎は好いた男と敵味方になってしまう。さぞや怨まれるだろう。だが仕方がないのだ。もはや立たざるを得ないのだ。虎にはすまなく思う』と…」

「母上…」

「『もし儂が武運つたなく敗れたら、すみやかに金沢城を明け渡し、虎を隆広の側室として娶わせよ。虎は美しい、彼奴も気に入るだろうし、虎も想いを遂げられる。その上でそなたは城に残る佐久間家中の兵と女子供の助命を願い出よ』と申しました」

「そんなことを…」

「あなたに無断で申し訳なかったけれども…すでに当家の女子供の助命を美濃守様は了承しています。美濃守様が申し出て下されたので、私がそれを受け入れました」

「え…!」

「ですが…」

「……」

「その条件に虎を側室として娶わせるとは記していません。側室になる、ならないは虎が決めなさい」

「母上…」

「美濃守様は大器な将です。そして何より慈悲深い方。殿(盛政)の最期に涙されたとか。美濃守様にもはやあの人との確執はない。美濃守様の側室になり子を生めば佐久間家は次代の柴田家にも重用されるでしょう。でもだからと言って、虎がこの家の犠牲になることはないのです。思うままに生きなさい」

「母上…!」

 

 秋鶴は娘に言葉を残し

「殿、秋鶴ただいま参ります…」

 と、静かに息を引き取った。佐久間盛政は戦場の猛将であるが、こういう豪傑の将の中で珍しく側室を持たなかった人物である。また秋鶴と云う名は盛政がつけた名前で、彼女がそれ以前に名乗っていた名前は『小少将』と言う。越前の大名だった朝倉義景が耽溺したと云う愛妾である。美姫として有名で愛妾になった当時は十三歳だったと云う。

 

 佐久間盛政は初陣から武功を立て、柴田勝家軍の先鋒として越前朝倉家を攻めていた。そして一乗谷城落城の時、死の恐怖に狂った味方の朝倉の雑兵に小少将は集団で陵辱されていた。一乗谷城に乗り込んだ盛政がそれを救った。小少将は返り血を浴びて吐息の荒い敵将の盛政を見て『ああ、この人にまた犯され殺される』と怯えた。

 

 だが盛政は着物を着せて『もう大丈夫じゃ、助けるのが遅れてすまんのう』と優しく微笑んだ。彼女は盛政に泣きすがった。盛政は傷心の小少将を連れ帰った。陵辱の心の傷を癒す言葉と優しさに触れ、小少将は徐々に盛政に心を開き、やがて妻になった。主君勝家、大殿信長にも露見しないよう、盛政は小少将と云う名を封印し、秋鶴と名づけたのである。朝倉義景の愛妾と云う過去、雑兵たちに輪姦されたと云う過去そのすべてを盛政は受け入れ妻とした。虎を生んだのは、その二年後である。

 

 自分の過去を受け入れて、かつ側室も持たなかった夫盛政を秋鶴は心から愛した。武骨で要領の悪い夫が大好きだった。だがもうその夫はいない。毎日泣いて暮らす生活。彼女は失意のうちに病にかかり、回復することなく息を引き取ったのだった。

 母の夫を愛する気持ちをそのまま受け継ぐ虎姫。母の秋鶴が心の中に押しやった言葉は分かっている。

『あの人を死に追いやった柴田家が憎い』

 娘の虎姫には、母の心の叫びが聞こえるようだった。

「お任せ下さい、母上」

 

 

 虎姫は評定の間に向かった。

「おお姫、奥方様は?」

 家老が訊ねた。

「たった今、亡くなりました」

 評定の間にいる家臣たちは涙にくれた。主君盛政に謀反を留まるよう頑強に申し出て、ついには幽閉された彼らは一時こそ盛政を怨んだが、出陣数日後に解放するよう秋鶴が命じられていた。そしてこの幽閉は謀反が頓挫した場合に自分たちが罪に問われないように盛政が行った配慮であると知り、怨みは消えた。そしてしばらくして盛政が斬刑に処されたと聞き、彼らは号泣し、そして決意した。『玄蕃様の無念を晴らそう』と。

 それは虎姫も同じ。父の無念を晴らすのだと決意していた。盛政の家臣たちはこの姫と共に散ろうと死を覚悟していた。彼らはもっとも恐ろしい『死兵』と化した。

 

「壱岐」

「はっ」

 佐久間家に仕える老将新藤壱岐に虎は伝える。

「その方、着陣した柴田勢に使者に向かいなさい。当家の女子供の助命がすでに母と美濃守様の間に成立しているそうです。その者たちはこの城と共に死ぬことはありません。一度使者に赴き、美濃守様に確認を得て、改めて女子供を城外に出します」

「承知しました」

「本陣の場所、そして美濃守様の床几の場所にいたるまで把握し戻ってきなさい」

「はっ」

 新藤壱岐は正装に着替えて柴田陣に向かった。

 

 柴田家の中でも屈強の軍団である佐久間軍が五百と云う少数とはいえ『死兵』と化した。

 すでに佐久間盛政との間に確執もない明家は何とか佐久間家を残したく、城を包囲してからも再三に降伏を勧告したが虎姫は『柴田と交戦』の姿勢を変えなかった。

『父上の残された家名を守られよ。一時の恥など何事である』

 そう書を送ったが、

『明家様と戦う事が父の名を不朽のものとすると考えております』

 との返書。もはや虎姫の決心は動かないと悟った明家は金沢城攻めを決意。せめて盛政正室の秋鶴に佐久間家の女子供は柴田家で保護すると書いた書状を届けることが、かつての主家としてできる精一杯の事だった。

 

 

「姫、あなたは…」

 壱岐と同じく佐久間家の家老である笹久保兵衛は虎姫が明家に恋心を抱いているのを知っている。

「兵衛…。鬼玄蕃と呼ばれた父の盛政は部下に裏切られ、首を主君に斬られました。母は夫を亡くしたことの悲しさに耐え切れずに体を壊して息を引き取りました。この上、私が敵将美濃の情けにすがりこの身を慰みものにされたなら佐久間家は未来永劫笑いものにございます。この上は残る手勢で突撃をかけて智慧美濃に一泡ふかせてやりましょう!」

 家臣たちは立ち上がった。

「やりましょう姫!鬼玄蕃の軍勢ここにありと!」

「その言やよし!みなの者、私と共に死になさい!」

「「おおおおおおっっ!!」」

 

 金沢城を包囲している柴田明家軍本陣、ここに佐久間家家老の新藤壱岐が使者として訪れた。

「久しぶりにござる壱岐殿」

「はっ」

 家老の笹久保兵衛と新藤壱岐は小松城の戦いのおり、水沢軍に命を助けられたことがある。また加賀に入国した盛政に代わり、内政と人心掌握の任務を遂行した隆広に秋鶴が盛政の名代として労いの使者に訪れた時に両名は供をしていた。その時に鳥越城で隆広と会い、秋鶴と共に丁重にもてなされている。水沢隆広大嫌いの主君盛政なるも、彼ら二人は隆広、つまり柴田明家に好意的であったのだ。

 だが運命はそれを敵味方にした。

 

「秋鶴殿が体調を崩したと聞き及びますが…」

「亡くなりました」

「…そうですか」

「なお、美濃守様と奥方様の盟約で、当家の女子供を柴田家が保護すると云う話が済んでおられるよし。我ら佐久間遺臣奥方様の御意志を尊重し当家の非戦闘員である女子供を差し出したく思い、まずはそれがし使者に立ちました」

「いつ来られる」

「もはや準備は終えております。それがし一度戻り、改めてこの陣に連れて来る所存」

「承知しました。虎姫に伝えられよ」

「はっ」

「我が軍敗退ならば再びお返しする。勝利ならば佐久間家の男子を明日の柴田家を担う武士に養育し、女子ならば良い婿を探し、夫人たちには再婚を望むなら支援し、亡夫を弔うなら庵も与える、けして粗略に扱わぬ、と」

「はっ、確かに承りました。壱岐、しかと姫に伝えます」

「…壱岐殿、最後にもう一度だけお訊ねいたすが…」

「はい」

「降伏を勧めても無駄でござるか」

 壱岐は老将と思えぬほど凛とたたずみ、堂々と言った。

「無駄にござります」

「承知いたした。もはや『降伏』の二字は口にすまい。この上は戦場で堂々と合間見えようと虎姫にお伝え下さい。ご武運を祈ると」

「承知しました。美濃守様もご武運を」

 

 

 新藤壱岐が明家の陣を去った。

「死ぬ気ですな」

 と、奥村助右衛門。

「ああ、死を覚悟した者に対してどんな説得も無駄だ。さすがは鬼玄蕃の家臣たちだ。死に場所を得たと腹を括っている」

「布陣はいかがなさいます。相手は死兵にございますぞ」

「ならばこちらも最強の布陣で迎え撃つ」

 しばらくして金沢城から佐久間家の女子供が新藤壱岐の引率で連れてこられた。総六百名ほどである。だがこの六百名は虎姫から言われていたことがあった。庇護を受けて柴田家の負担になるな、田畑だけお借りして帰農し、柴田家の財源となれと。美濃守様におんぶにだっこの存在にだけはなるなと。

 この六百名はそれを遵守して帰農する。農学者として歴史に名を残す佐久間源水はこの時九歳で佐久間盛政には甥にあたる。佐久間盛政の血は世代を越えて明家に尽くすことになるのであった。

 

 そして金沢城、もはやここには戻らないと云う意思か、火が着けられた。虎姫はこの時、かつて少女期に敵将である柴田明家、当時水沢隆広に贈られた金平糖の入ったギヤマン(ガラス)の瓶を持っていた。大事に持っており、中に入っている色とりどりの金平糖、ただの一度も食べなかった。初恋の、憧れの人からの贈り物。虎はもったいなくて食べられなかった。虎は一粒だけ取り出し口に含んだ。あの日、一粒の金平糖を優しい笑顔で食べさせてくれた隆広の顔を浮かべ、一粒だけ食べた。

「甘い…」

 そして残りの金平糖すべて井戸に捨て、空となったギヤマンの瓶を井戸の縁に叩きつけて割った。もうこの城には戻らない。男子がいなかった盛政は虎姫を男のように育て、周囲に『加賀の巴御前』と呼ばれる女傑となった。

 

 今日の彼女の肖像画でも見られるとおり、兜は名のとおり虎の前立て。陣羽織も名のとおり虎の縞。鎧は女用に作られた銀色の南蛮胴。そして槍は佐久間盛政が使っていた剛槍である。そして旗差しは佐久間の家紋『三つ引両』、今年の誕生日に父から贈られた駿馬に乗る虎姫。

「行くわよ、スイ」

 駿馬は主人の言葉に答えるよういななきをあげた。彼女は父のくれた駿馬に『スイ』と名づけた。唐土の漢楚の戦いにおける闘将項羽の愛馬の名前である。

 

「門を開けい!」

 城門が開いた。篭城することなどこれっぽっちも考えていなかった佐久間勢。後ろに炎上する金沢城、虎姫率いる兵は五百足らず、全員が死兵だった。生還することなど誰も考えていない。佐久間の名を華々しく散らせるため全員討ち死にの覚悟であった。

「よそに目をくれるな!目指すは柴田美濃守明家が首ひとぉつ!」

「「オオオオッッ!」」

 すでに明家本陣の場所は分かっている。虎姫の槍は明家本陣を指した。

「かかれ――ッッ!」

 

 後の世に『金沢城の戦い』と呼ばれる合戦。だが姫の名が『虎』明家の幼名が『竜之介』であることから、この金沢城の戦いは別名『竜虎合戦』とも呼ばれている。その竜虎合戦が今幕を開けた!

 柴田明家は得意の偃月の陣で迎撃を開始した。一つ一つの部隊が、まるで生き物のように明家の采配で動く。死兵相手に正面からは当たらず側面から包囲するように突撃し分断するべく動く。完全に陣形が決まれば数が少ない佐久間勢はひとたまりもない。まさに容赦なく明家は殲滅作戦を取った。

 

 しかしさすがは鬼玄蕃の軍勢、ただ一つ、突破口を見出した。毛受勝照の弟である家照の部隊である。まだ合戦経験が少ない家照の部隊の緩慢な動きを佐久間の家老たちが見逃さなかった。

「姫!あの部隊より本陣へ!」

「承知!」

 佐久間勢が毛受家照に矛先を向けて突撃した。

「よし迎え撃つぞ!」

 佐久間勢に毛受家照の隊千五百が向かった。だが結果は散々なものだった。死を覚悟した佐久間勢になす術がなく軍勢は崩壊した。

「退けー、退けーッ!」

 家照はすぐに退却を命じた。三分の一の兵力に毛受家照は撃破されてしまった。この時の虎姫の突撃はすさまじく、毛受家照の将兵たちはそのあまりの恐ろしさのあまり、この先何年経っても、押し寄せる虎姫の軍勢の姿を夢に見て飛び起きたと云う。

 

 両脇にいた松山矩久隊、高橋紀茂隊も挟撃が間に合わず、通過を許す羽目となった。死兵集団であった虎姫の軍勢はすさまじかった。明家軍総勢二万強を分断していく。

「敵に後ろを見せるなああッッ!!」

「おおおおおおっっっ」」

 名の通り、虎のごとき咆哮が戦場に響く。

 

「勝ち戦にあるものは命を惜しむ。止められるはずがござらんな」

「確かにな慶次」

「しかし、それがしとて戦場にある時は死人。佐久間隊をこの本陣に寄せませぬ」

 前田慶次は松風に乗り、虎姫の軍勢に向かった。

「参る!」

 

 前田慶次の軍勢が佐久間軍に突撃した。だが虎姫の目に慶次は入っていない。ただ柴田明家のみであった。慶次の朱槍がうなりをあげる。だが虎姫を庇うべく兵たちが次々と慶次の前に立つ。

 さすがは剛勇の前田慶次の率いる部隊、佐久間隊の進撃はここで食い止められた。次々に囲まれ出し、次々と佐久間隊は死んでいった。だが全員が祈っていた。姫を本陣に到着させると。やがて慶次の横を虎姫が通り過ぎた。一瞬の好機を見逃さず、虎姫は一騎で駆け抜けた。その虎姫を討ち取ろうと兵が動いた時、慶次が吼えた。

 

「無粋な真似をするな!お通しせよ!」

 

 もはや虎姫はただ一騎。慶次はあえて本陣に虎姫だけを通したのだろう。そして討ち取ろうとする者に獣のような一喝をあげたのだった。

「礼を言う慶次…」

 たった一騎で柴田本陣に駆けてくる虎姫。明家はふと思い出した。初めて虎姫と出会った時のことを。金平糖を喜色満面で口にふくむ美少女の顔を。

 

「うおおおおッ!」

 そして美しく、強く成長した虎姫は今、自分を倒そうと挑んできた。

「手加減はしない…」

 そしていよいよ明家の前に駆け込んできた虎姫。

 

「殿!」

 兵三人が明家の前に立ちふさがった。だが

「「ぐわあ!」」

 虎姫の乗る駿馬スイは主人の気迫が宿ったごとく三人の兵を吹っ飛ばした。

 それはさながら川中島合戦で武田信玄の本陣に突入した上杉謙信のごとく!手取川の撤退戦で上杉謙信の本陣に突入した水沢隆広のごとく!

「明家様!お覚悟!」

 虎姫は父盛政の槍を床几に座る柴田明家に振り下ろした!

 

 ギィィィンッッ!

 

 槍の一閃を鉄の軍配で防いだ明家。そして立ち上がり愛馬ト金に乗り槍を構えた。

「手を出すでないぞ!たとえ俺が討ち取られても断じて報復はならぬ!丁重にお返しせよ!」

 虎姫は馬を返し、猛然と明家に向かった。後の戦国時代を扱った小説、映画、ドラマでも屈指の名場面となっている柴田明家対虎姫の一騎打ちである。

 

「せやあああッッ!!」

「来い!」

 馬上で互いの槍が激突しあい電光の火花が散る。戦国時代、女武者が戦いを挑んでも武将は受けて立たず逃げた。それは討ち取っても手柄にならず、もし後れをとって討たれたら大恥になり腰を引かせているからである。(史実では真田信繁でさえ忍城攻めの時、甲斐姫に一騎打ちを挑まれた時は逃げている)

 

 だが柴田明家は受けてたった。もはや城も兵もない一人の姫の意地に全力で応えたのである。だからこそ明家は手加減をしない。いかに腕が立とうと虎姫はこれが初陣である。実戦における経験の差は補いようがない。虎姫は押されだした。

(…くそ!やはり強い!)

 渾身の力を込めて虎姫は槍の一撃を出したが、それは止められ、明家はその一撃の力をそのまま利用するかのように槍の柄を返し、石突(槍の基底部)を虎姫の顎めがけて振り上げた。辛うじて虎姫は顎への一撃はかわしたが、兜が吹っ飛ばされた。美しい長い髪がバッと舞う。そして馬上での体勢を崩した。

「しまっ…!」

 

 あやうく落馬する寸前、奇跡が起きた。

「な…!」

 柴田明家は我が目を疑った。娘を思う佐久間盛政の魂が虎姫の愛馬に乗り移ったか、なんと馬自身が乗り手を落とさないために体勢を整えたのである。

(スイ…!ありがとう!)

 その一瞬、明家が驚いた瞬間を虎姫は見逃さなかった。明家の兜が吹っ飛んだ。石突ではなく穂先での一閃であるが、辛うじて明家もこれをかわした。

(馬鹿な、信じられない。馬が主人を落とさないために自ら体勢を整えるなんて…!)

 遠目でこの一騎打ちを見守っていた奥村助右衛門は

「お父上の合力か…!」

 と感嘆し、前田慶次は

「敵ながら見事、何という人馬一体よ、この一騎討ちを挑まれた殿は果報者よ!」

 と唸った。

 

 お互い兜が叩き落とされた。二人は眼光鋭く見つめ合う。運命が違っていたのなら男女の仲になっていたかもしれない二人。しかし運命は二人を戦わせた。

「そりゃあああッッ!」

「参られよ!」

 二人の一騎打ちは続く。虎姫の気迫はすさまじかった。まさに死を覚悟した者の気迫か、膂力も馬術も槍術も上のはずの明家が圧倒される。だが悲しいかな女の体力と膂力、やがて差は歴然としだした。死を賭して挑んできた者、手加減などして恥をかかせるわけにはいかない。

「おりゃあ!」

 

「あうッ!」

 明家の槍の柄が弧を描いて虎姫の横腹に直撃した。

「姫!覚悟!」

 とうとう虎姫に槍が貫かれた。

「あぐッ!」

 虎姫は落馬し倒れた。スイは虎姫の側から離れようとしない。虎姫の涙か、雨が降り出した。明家はト金から降り、虎姫に歩み寄った。

「う、うう…」

 うつ伏せで倒れる虎姫を抱き起こし、泥のついた顔を明家は拭った。だが虎姫はまだあきらめていなかった。カッと眼を開き、短刀を抜いて明家を刺そうとするが無念にもそれは明家に掴まれた。

 

「お見事、明家様…」

「姫こそ見事な武者振りでございました。さすがは鬼玄蕃の娘御にございます」

「明家様…」

「何か、言い残すことは…」

 虎姫はニコリと笑った。

「もったいなき仰せなれど、もはや言い残すことは何もございませぬ」

「…違う形でお会いしたかった…」

「いいえ…。命のやり取りほどの深き縁がござりましょうか。明家様と戦っている時、虎はまるで明家様に抱かれているような歓喜に包まれておりました」

「虎姫…」

「うれしゅうございます…私の最期が…明家様に討たれ…良かった…」

 虎姫は息を引き取った。享年十六歳の若さだった。明家は虎姫を抱き上げ

「全軍、引き上げだ」

 と、静かにつぶやいた。

 

 その後に明家は金沢城の跡地に佐久間神社を建立して佐久間盛政、妻の秋鶴、娘の虎姫、虎姫の愛馬スイを丁重に弔った。スイはこの戦のあと安土城に連れて行かれたものの馬草を一切受け付けずに餓死して果てたのである。前田慶次は『敵の施しは受けぬか、見事な生き様よ』と讃えたと云う。

 

 琵琶湖から朝日を見るのが大好きだったと云う虎姫。明家は朝日の見える場所に虎姫の廟を作った。虎姫の最期に涙する者は民にも多く、現在に至るまでその廟は虎姫神社として民の信仰を集め、地名もまた虎姫町と云う。

 

 そして柴田明家と虎姫一騎打ちの地には、二人の一騎打ち像があり、十六歳の乙女が果敢に敵将に挑んだ姿は現在も語り継がれ、今日も数多くの小説に主人公として書かれ、柴田明家との悲恋が後世の人々の涙を誘う。佐久間盛政は謀反人であるが、後世の評価が明智光秀と同じく非常に高い人物である。まさに娘の虎姫が父の名を謀反人としてではなく、猛将としての佐久間盛政の名前を不朽のものとしたのだろう。




 史実の虎姫は賤ヶ岳の戦い以後に中川秀成に秀吉の命令で嫁いだそうです。中川秀成とは、あの中川清秀の息子です。賤ヶ岳の合戦で中川清秀は佐久間盛政に討たれましたから、何と虎姫は父を仇とする家に嫁いだのですね。

 虎姫は父盛政の菩提寺を建立する事と佐久間家の再興を悲願としていましたが、存命中はかないませんでした。しかしご亭主の秀成殿は七男に佐久間家を継がせ、再興してあげたそうです。粋ですね秀成殿。仇の家を再興してあげるなんて、そう出来ることではありません。

 虎姫の息子久盛によって建立されたのが大分県竹田市にある英雄寺、久盛という名前、そして寺の名前に虎姫に寄せる秀成殿の愛情が伺えます。ちなみに筆者の私も一度訪れて虎姫の墓前に手を合わせました。自作小説に登場させることを報告した覚えがあります。

 本編完結編では明家の側室となり、無事に佐久間家を再興しています。菩提寺も優しい明家なら建ててあげたことでしょう。そしてこの外伝では死に花を咲かせて父の名前を不朽のものとしました。史実の虎姫殿も喜んでくれているかな?それとも勝手に殺すなと怒っているかしら。

 ニコニコ動画に投稿のim@s天地燃ゆでは水瀬伊織が虎姫として在ります。新藤壱岐という架空武将もまた虎姫に仕えています。そちらの虎姫は岩村城の戦いや武田攻めにも参戦している勇猛な姫大将です。

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