闇鍋 in 幻想郷   作:触手の朔良

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8A話 さらば紅魔館また来る日まで

「ようこそ客人。吸血鬼の統べる館、紅魔館へ」

 咲夜に通されたのは王の間と、そう称するのが相応しい広間だった。

 一段高い壇上へ真っ直ぐに伸びるレッドカーペット。その中央に据えられた、装飾がふんだんに誂えられた椅子の上でふんぞり返っているお子ちゃまこそ、紅魔館の当主レミリア=スカーレット嬢であった。

 ふふんと自信満々な表情でこちらを見下している姿は、精一杯のカリスマをアピールしているようだが、彼女の体型にはどう考えても不釣り合いな大きさの椅子。座るというよりも包まれている、そんな風にしか見えず、微笑ましさのあまりつい要らぬ口が滑ってしまう。

 ――可愛いですね、と。

 如何に見た目は子供なれど、相手は館を治める当主だ。大分礼に逸した行為である。

 アナタの無礼を諌めるべきか否か、従者は恋心と忠誠の狭間に揺れ結局はオロオロとするしかなかった。霊夢はと言えば、アナタのレミリアに対する評価に不満を抱いているようだ。

 そして可愛いと言われた当の本人は、一瞬唖然とした顔を浮かべ、みるみるその顔を赤く染め上げていった。怒りと羞恥と、ほんの少しの喜びで。

「咲夜! なんだ、このぉ……! この、失礼なヤツは!」

「も、申し訳ありませんお嬢様! その――」

 咲夜は言葉に詰まる。何と説明すれば良いものか。

 真正直に云うなら自分の運命の相手だ、となるのだが、いやそもどうして自分は主人と彼を出会わせようと考えたのだろうか。探して来い、と言った主人に対しての報告? はたまた、自分とアナタの仲を認めて欲しいとの懇願?

 そのどれもが正解のようで、はたまた違うようで。咲夜はここまでの己の行動が、何ともふわふわとした意思の元に行われていた事にようやく気付いた。

 アナタに出会えた喜びのあまり、特に考えもなしに自分の領域(テリトリー)へと招き入れるなんて。全く本来の自分らしくもない。

 いや、そのように気を逸らせた心当たりはあった。

 咲夜は霊夢に鋭い視線を送る。巫女は興味無さげに事の成り行きを見守り、呑気にも欠伸を噛み殺しているではないか。

 この女の存在が、まるで○○の隣は私のものだと主張するこの女の存在が! どうしようもなく咲夜に対抗心を燃え上がらせたのだ。

 それが咲夜を、こうまでもらしくない行動に移させたのだ。

「――咲夜!」

 己の心情を冷静に自己分析して、咲夜はようやく今迄の一連の行動に意義を見出した。されども現状への役にはちぃっとも立ってはくれない。

 主人の厳しい叱責に現実へと引き戻されて、メイドは肩を震わせた。

 そうしてやっぱり「何と答えよう?」と。回答が得られずに完璧で瀟洒なメイドは珍しく、慌ただしさを表面に見せた。

 見兼ねた――という性格でも無いだろう。霊夢が凪いだ海を往くが如く、怒気を受け流しながら平然とレミリアに近づいて、一閃。

「ていっ」

「いっ! だあぁぁぁぁ――っ!!」

 御幣を振るった。

 攻撃、と呼ぶのも烏滸がましい。緩やかな動作であった。

 しかし妖怪特攻の性質を持つソレは、レミリアにとっては灼熱の鉄棒と同じ。ただ触れるだけでも、肌が焼けるような激痛を覚えさせた。

「な、何するのよ霊夢っ!」

「てい、ていっ」

「あ、痛っ! 痛いってば!」

 御幣の紙垂部分で、レミリアの頬を右に左に撫でる。それから逃れようとレミリアはイヤイヤと顔を振るうも、霊夢は執拗に追いかけては少女の頬を撫でた。

 一見、猫じゃらしと遊ぶ猫のような構図にも見えるが、その実態は陰湿極まりない。

「う、うぅーっ! 咲夜ぁー!」

「っ! 何をしてるのよ貴女はッ!」

 レミリアのぷにぷにほっぺが、みるみる真っ赤に腫れ上がる。

 瞳に涙を溜め震える声で従者に助けを求める姿に最早カリスマは微塵も感じられない。

 主人の泣き声に咲夜は正気を取り戻し、能力を発現させる。一瞬にして霊夢の腕を取り、再び御幣が振るわれるのを防いだ。

 そんな従者に向ける霊夢の視線に反省の色は見られない。どころか「何で止めるのよ」と言わんばかりであった。

 咲夜は、カッとなって叫ぶ。

「当たり前でしょう!?」

 怯える主人。それを守る為、霊夢を責める咲夜。

「ふぅん。要するにあんたは、○○よりレミリアの方が大事って訳でしょ」

「何言って――!」

 咲夜は尚も霊夢を責めようと声を荒げるも、興味を失ったと言わんばかりに霊夢はさっさと身を翻してしまった。

 そうして何事も無かった様にアナタの横へ並び立つ。まるでそこが定位置だと言わんばかりの態度が、一々咲夜の癪に触った。直ぐにでも退かしてやりたい衝動に駆られるも、されど主人を放っておく訳にもいかず咲夜は焦れる心を感じながら、己の役割を全うする。

 震える主人に

「大丈夫ですかお嬢様」

「霊夢コワイ霊夢コワイ霊夢コワイ……!」

 自分の応答にも答えず、壊れたテープのように同じ文言を繰り返すレミリア。

 ついと、八つ当たり気味に苛立ちが滲み出してしまった。

「――大丈夫ですね?」

「ひぃ! 咲夜コワイ!」

 どこに怖がる要素があるのだ。

 何せの言葉は咲夜は底抜けに優しく、一つ一つが丁寧で、にこりと、底冷えがするほどに綺麗な笑顔だったのだから。……うん、これは怖い。

 そんな主従漫才に霊夢は呆れた視線を向ける。

「それで、どうやってもてなしてくれるわけ?」

 一体この女はどんな神経をしているのだ。咲夜は激情に駆られそうになる自分を、強靭な精神力で抑える事に成功した。主人の、アナタの前でこれ以上の失態を演じる訳にはいかないと。

 何より――。咲夜は横目で主人の様子を伺う。

 暴力巫女の魔の手から、主人を遠ざける事が出来よう。

 その様な打算を考えつつ、咲夜は再び能力を発動した。瞬間、レミリアの傍らにあった彼女の姿は消え、背後からギィと扉の開閉音が響く。

「――こちらへ」

 その先へ誘うが如く、頭を下げたメイドが扉を開けていた。

 

 

 もてなしなんて、何をすればいいのだろう?

 アナタに対する詫び、という建前で紅魔館へ招待したまでは良かったものの、深い考えも準備も無かったので、とりあえず咲夜は手ずからに料理を奮った。

 アナタの口に入るものだと思えばやる気も普段の増し増しである。

 料理の腕には自信がある。咲夜はアナタが美味い美味いと舌鼓を打つ姿を妄想しては、だらしない口元を晒した。いやしかし、万一にも口に合わなかったらどうしようと、次に顔を青くした。

 そうした複雑な感情を抱えながら出した一品を、アナタは一口食べて感想を口にする。

 ――美味しい、と

 咲夜は心の中でガッツポーズする。隣でテーブルマナーという言葉すら知らなそうな巫女なんて、見えない聞こえない、そもそも存在しないのだ。

 好いた男が自分の手料理を褒めてくれる。そんな夢の様な時間も、長くは続かない。

 少し早めの夕食を取った二人は、日が落ちる前に紅魔館を後にした。

 霊夢は「一食浮いたわ」とご機嫌だった為、目立った真似もしなかった。

 そうして普段の静けさを取り戻した紅魔館。

 レミリアは咲夜を呼び付けた。

 呼び出された先は、先程の広間。カリスマを取り戻したレミリアは椅子にふんぞり返っている。

 呼び付けた割に主人は一向に口を開く気配が見えない。しかし咲夜は急かす真似はせず、ひたすら主人が口を開くのを待っていた。

「咲夜」

 ようやくしてレミリアが、重々しく、真剣な口調で音を紡いだ。

 つい先刻、情けない姿を晒していた少女と同一人物とは、とても思えない。

「はい」

 故に咲夜も、相応の態度で臨む。

「あの男は止めておきなさい」

「は――?」

 言葉の意味が解らず咲夜は呆けてしまう。

「けしかけた私も悪かったね。だけどあの男だけは――」

「お、お待ち下さいお嬢様!」

 一瞬遅れて咲夜の理解が追いつく。

 その意味を理解し、彼女の脳はソレを拒絶した。

 震える声で、理由を問う。

「……何故です? 何故〇〇様ではいけないのでしょうか?」

 レミリアとて自分が何を口走っているのか、重々承知なのだろう。苦虫を噛み潰したような表情をしているのが証拠であろう。

「咲夜。傾国という言葉は知っているわね?」

 レミリアは言葉を区切り咲夜の反応を伺う。

 その意図を咲夜が理解していないようで、レミリアは溜め息混じりに言葉を続けた。

「アレはまさしくソレだ。無自覚でありながら周囲を掻き乱す。良きにしろ悪しきにしろ、な」

 そういう気質の持ち主だ――と。主人の指す言葉が、あまりにも現実の彼から乖離し過ぎて、矢張り直ぐには理解が追いつかなかった。

 だって〇〇(アナタ)なのだ。特別に優れた容姿を持っている訳でもなく、これといって突出した才能もない〇〇(アナタ)なのだ。咲夜は俄には、主人の言葉を飲み込むことが出来なかった。

 しかしレミリアの表情はどこまでも真剣で、更には誇り高い吸血鬼の瞳の奥に、確かな自分の身を案じる心配があるのだから、決して冗談なんかでは、無いのだろう。

「しかし私は――っ!」

 震える喉がそこまで紡いで、咲夜は口を噤んだ。それが主人の思いやりを無碍にする行為であるからだ。

 忠誠と恋慕の板挟みになって、咲夜は下唇を噛み締めた。口惜しそうな表情。強く握り締めるあまり、しわくちゃになったエプロンドレス。それだけで彼女がどれだけの激情を秘しているのか、解らないレミリアでは無かった。

「はぁ……。分かった、分かったよ」

 こんな従者の姿を見るのは初めてで、レミリアは折れた。

「焚き付けたのも私だしな。オマエの気が済むまでやるといいよ」

「あ……。ありがとうございます!」

 その言葉で、咲夜の表情は一気に花綻ぶ。

 あのお人形さんみたいに、命令に忠実だった咲夜がねぇ……。

 喜びの気持ちを露わにする従者を見詰めるレミリアの感情は、親心と、そう称するのが一番近いのだろう。

 その成長を喜ぶ一方で、矢張り不安は拭えない。

(まぁいい。無事に二人がくっつけば良し。咲夜が諦めるのなら、それもまた良しだ)

 しかし万一でも、自分の家族を傷つけるような事があれば――。

(ま、その時は血を見るだけか)

 咲夜の喜びに水を差さぬようひっそりと、レミリアは凄烈な笑みを浮かべた。




好感度状況

霊夢:?
紫:★
魔理沙:☆(★)
アリス:★★★
文:☆
咲夜:★★★
美鈴:★
パチュリー:★(★)

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