闇鍋 in 幻想郷   作:触手の朔良

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2話 巫女追加

「おぉ~い、霊夢~!」

 今日という日も代わり映えなく、博麗霊夢が境内を箒で清めていた、そんな時分である。

 遠くから魔理沙の、己を呼ぶ声が聞こえた。

 上空に目をやると案の定、箒に跨った魔理沙の姿があった。

 目の前にふわりと降り立った魔理沙は、何が嬉しいのか「へへっ」と笑っている。

「あらいらっしゃい魔理沙。素敵な賽銭箱はあっちよ」

 お馴染みの遣り取りに魔理沙は肩を竦める。

「悪いな霊夢。賽銭はやれないが、代わりに渡したいものがあるんだぜ」

「何かしら? 山吹色のお菓子だと嬉しいんだけど」

 別に生きるには困らないぐらいの収入がある癖に、相も変わらずがめつい巫女だった。

「まぁそう慌てなさんな。もうすぐ到着すると思うから、それまでちょっと台所借りるぜー?」

「えっ、魔理沙っ!? まったく、貸すなんて一言も言って無いのに」

 言うや否や、魔理沙は神社の奥へ消えてしまった。

 一体何に使うのだろうか? まぁ、自分の分のお茶でも淹れるのだろう。毎度のことだ。

 そう考えた霊夢は次に、魔理沙の云う到着するものに興味が向く。

 何かしら? 結構大きなものなのかしらね?

 ちょっとばかしワクワクと、胸を弾ませながら待っていると、魔理沙がやってきた同じ方角に人影が見えた。

 まだ大分遠くにあるソレは正体が分からず、人間にしては輪郭が歪に見える。

 逸る気持ちを抑えながら少し待っていると、その正体が判明して霊夢はがっくし肩を落とした。

 だって影の正体はアリスと、人間の男を吊り下げた人形たちだったのだから。

 ――って待ちなさい。男の人って、どういう状況なのかしら……?

 まさかアリスが人攫いをする筈もあるまい。彼女は徹底した合理主義者だ。わざわざ好んで無駄な事をする筈もあるまい。

 では何だろうか? そこで人助け、という選択肢が思い浮かばないのが、霊夢のアリスに対する評価だった。

 そうしてアリスの表情までハッキリと見分けられる距離になって、霊夢は声を掛けるのを戸惑った。

 どさり。男を境内の中心に下ろすとアリスは霊夢に詰め寄ってきた。

「霊夢っ! あの魔理沙(バカ)はっ!?」

「魔理沙なら、ウチの台所に行ったわよ」

「魔理沙ぁ~~!!」

 修羅の形相で神社の奥へと消えるアリス。数秒後、ドッタンバッタンと喧しい音が響いた。

 人の家で暴れないで欲しいわね……。霊夢は嘆息しながら、簀巻の男へと近寄る。

 箒の柄でツンツンと小突いてみるも、目覚ましい反応は無い。ただ、呻き声を漏らし身動ぎする程度だった。

 その、苦しそうな青い顔を見て、霊夢は電流に打ち抜かれた感覚に襲われた。

「ひぃっ! やめろよアリス!」

「うっさいうっさい! 散々人をこき使って! 挙句さっさと行っちゃうなんて、信じられないわ!」

「ちょっと急ぐ用があったんだよ~」

 その手に湯呑みと急須を持った魔理沙が、剣やら槍やらを持つ人形たちに追い掛け回されていた。

 急須の中には既にお湯が満たされているのだろう、注ぎ口からは湯気が立ち昇っていた。魔理沙は人形たちの攻撃を、お湯を溢さずに躱しつつこちらへ近付いてくる、という器用な真似をやってのけた。

 その魔理沙の背後からぜぃぜぃと息を荒げているアリスの姿が見えた。

「はぁ~、アリスは短気が過ぎるぜ。さてさて――」

「ちょっとちょっと……! 何を飲ませる気よ!?」

 魔理沙は霊夢と男の元まで辿り着くと、急須の中身を湯呑みに注ぎ始めた。その液体は緑ではなく、くすんだ黄色をしていた。鼻が曲がる様な異臭が立ち込めた。

 そうして魔理沙は当然のように、意識の戻らぬ男の口元へ運び、謎の液体を飲ませようとした。慌てた様子の霊夢が止めに入る。

 友人の様子が珍しくて、魔理沙は驚きに目を丸くした。

 そんなこんなの騒動をしていると、ようやっとアリスも追いつく。

 膝に手をつき、ひぃひぃと息を整えようと必死な様子。幾ら何でも体力が無さ過ぎやしないか都会派魔法使い。普段から何でもかんでも人形に任せているツケが回っているようだった。

「止めてくれるなよ霊夢。ただのキノコ茶なんだぜ」

「やっぱり変なものじゃない……!」

 霊夢がこうまで感情を露わにするのは本当に珍しい。魔理沙の胸中にちょっとした悪戯心が湧き上がった。

「何だ霊夢? 惚れたのか」

 霊夢が何と答えるのか、二人は注目した。

 魔理沙は興味津々に。一方のアリスは、……おや? 何とも無しに、重い雰囲気を放っている。

「……違うわよ。外の人間の保護は博麗の巫女としての責務なの。私の目が黒い内に、私の目の前で、おかしな真似は許さないわ」

 そんな中、口を開いた霊夢の姿は矢張り興味なさげで、いつもと変わらない様に見えた。

 ……考え過ぎか。魔理沙は己の邪推が外れた事に肩を落とした。そうして改めて、湯呑みを傾ける。

 霊夢とアリスの厳しい視線が飛んできた。

「ただの解毒薬だぜ。顔が黄土色だろ? こいつは多分、魔法の森で瘴気をたっぷり吸ったんだろうな。そんでコイツは、体内の瘴気を中和する為のものなんだぜ」

「大丈夫なんでしょうね?」

 尚も疑わしい眼差しを向ける霊夢。

「……何かあったら承知しないわよ」

 アリスに至っては人形を構えている始末。魔理沙は苦笑した。

 傾けた湯呑みから男の口元へと流れ込む黄土色の液体。ちびりちびり。少量ずつ流し込んでゆくと、男の喉がコクリと鳴った。

 するとみるみる内に男の顔に血の気が戻ってゆく。

 魔理沙は自慢げな顔を向けてきた。ドヤ顔である。ムカつく。

 見守り、強張っていた二人の身体から力が抜けた。

「ほらほら、ほらなっ? この魔理沙さんをちっとは信用して欲しいんだぜ」

「あんたは普段の行いを鑑みる必要があるみたいね」

 霊夢が呆れながら云うと、魔理沙は照れた様に頬を掻いた。全く、いい性格をしている。

 瘴気が中和されたお陰で、彼は穏やかな顔して寝息を立てている。そんな男の顔を、アリスはじぃっと見詰めていた。

「ね、ねぇ? それで、彼どうするの? 良ければ私が――」

「そんなの、ウチで引き取るに決まってるじゃない。……何よその顔は」

 あんまり意外な答えだったので、魔理沙は驚愕した。

 アリスが、目一杯顔を赤くしながらも勇気を以て口にした宣言は、途中から霊夢の言葉に遮られてしまった。

 まるでソレが既定路線であるかの様に言う。まるでアリスの言葉の、その先からは言わせないという意思があったように感じるのは、少し考え過ぎだろうか。

「ねぇ、霊夢? どうして、そうなるの……?」

「お、おい、アリスっ?」

 人形遣いの背後から、ズモモと擬音が聞こえてきそうな、暗いオーラが見える。

 知人の変質っぷりに、魔理沙はたじろいだ。しかし霊夢は平然と、「あのねぇ……」と一言断ってから続けざまに言い放つ。

「外来人の保護は、博麗の巫女の仕事なの。別に、それだけよ」

「い、嫌々ながらするするものじゃないと思うわっ」

「仕事なんて、それこそ好きか嫌いかでするものじゃないでしょ」

「そ、そうだわ! 彼っ! 彼の意思も確認しないとっ!」

「やけに突っかかってくるわねあんた」

 アリスは必死に――何故そんなに必死になる必要があるのだろう?

 どうにかして巫女が心変わりしないかと説得を試みるも、巫女の決心は固い。いや、固くはない。この場合は暖簾に腕押し糠に釘、豆腐に(かすがい)と云った風であった。

「ま、そうね。とりあえずは彼の話も聞きましょうかね。……どうせ選ばれるのは私だし」

「ん、霊夢? 何か言ったか?」

「いいえ。彼を中に運ばないとって言ったのよ」

「わ、私が運ぶわ! 上海――!」

 シャンハーイ!

 己に付けられた名前を叫びながら、一体の人形が男へと取り付く。発声器官の持たぬ人形がどの様に声を出しているか非常に興味があるものの、閑話。

 上海人形に追従する形で、ワラワラと複数の人形たちも男へ取り付く。そうしてアリスは人形たちを先導し、えっちらおっちら、男を神社へと運んでいった。

「なぁ霊夢。さっき最後に何て言って――」

「さ。私たちも行きましょうか。彼が目を覚ますまで、お茶にでもしましょう」

「お、おいってば!」

 そう言って霊夢も、ささっと神社へ戻ってしまう。魔理沙からの追求を、逃れるように。

 そんな友人らの姿を見て、魔理沙は胸に一抹の不安を覚えた。

 もしかしたら自分は、人を助けたのではなくて爆弾を拾ったのではないかと。

 この場にアリスが居たら、即座にこう、主張したろう。

「助けたのは私でしょ!」と――。

 




好感度状況

霊夢:?
魔理沙:☆
アリス:★★★

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