闇鍋 in 幻想郷   作:触手の朔良

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C【命蓮寺に興味を抱いた】ルート
11C話 妖怪寺へ行こう!


 聞いた所によれば、命蓮寺とは元は空飛ぶ艘だったそうな。

 何を言っているんだと思われるかもしれないが、安心して欲しい。正直アナタも、まるで意味が解らなかった。

 だからこそ、アナタの好奇心は余計に駆られた。

 己の知的欲求を満たすべく、アナタは命蓮寺へと向かう。

 命蓮寺までの道中は何事も無く、拍子抜けする程であった。

 これが普通なのだ。幾ら常識の通じぬ異世界に来たからといって、今の今までが色々とあり過ぎたのだ。

 願わくば寺で過ごす時間も穏やかなものであって欲しいものだ。

 そんな淡い期待を抱きつつ、煩悩の数を悠に越えた石段を登り、アナタは山門を潜る。

 

 

a――【マミゾウと知り合っている】

b――【知り合っていない】

 

 

 

a――【マミゾウと知り合っている】

「おや、(ぼん)じゃないかい。どうかしたかね?」

 山門を潜って間を置かず、声を掛けられた。

 どこか聞いたことのある声に、アナタは声の主を探し求め首を動かす。

 境内にいる人の姿はまばらで、片手で数えられるほどだ。近くの人物から順繰り顔を確認してみるも、知り合いの姿はない。

「どこを見ておる。こっちじゃ、こっち」

 再度の呼び掛けにアナタは振り向く。そうして視界の正面には眼鏡を掛けた、見知らぬ女性が立っていた。

 ……いや、本当にそうであろうか?

 レンズの奥の目鼻立ちは、どこかで見た覚えがあるような――。

「くくっ……! なんじゃ、まだ分からんのかいっ」

 ――まぁ、簡単にバレちゃぁ商売上がったりじゃからの。

 そう、女は独り呟くと、身軽な体捌きで宙返りをする。

 ぼうん、と間の抜けた音と共に、何処からか現れた煙が女をすっぽりと覆い隠し、アナタは思わずあっと声をあげた。

「ほれ。これなら分かるじゃろ?」

 煙が晴れ中から現れたのは、鈴奈庵で出会った顔だった。

 ――二ツ岩さん、でしたか?

 呆けた顔でアナタが尋ねると、女は嬉しそうに顔を歪めた。

「うん? 名乗っておらんかったかの? 佐渡に団三郎狸とは二ッ岩マミゾウこと儂のことよ」

 口上をあげると、またしてもマミゾウはくるりと宙を返り、先の姿に変化する。

 何とも見事な術であろうか。

 その術の華麗さに舌を巻く一方で、アナタは或る懸念が芽生え周囲を見やった。

「ははっ! (ぼん)の云わんとしてる事はわかるぞ? 安心せい。ここにいるのは儂の正体を知っとる妖怪ばかりじゃしの」

 ――お主以外はな。

 ニヤリと。マミゾウは意地の悪い笑みを浮かべ、そう付け足した。

 アナタは驚きを隠せなかった。妖怪寺と聞いてはいたものの、これ程までとは思ってもみなかったからだ。

 参拝している客は一見して人間と変わった部分は見当たらない。しかしマミゾウが云うからには、おそらく妖怪なのだろう。

「して、(ぼん)は何ぞここへ? はぁ、まさかまさか。観光しに来た訳じゃぁあるまいて」

 マミゾウに覗き込むように問われ、アナタは返答に窮した。

 そうして恥ずかしさから目を逸らし、誤魔化す様に頬を掻く。そんなアナタを見てマミゾウは察し、火が点いたように笑いだした。

「く――はははははっ! まさかのまさかよの! 何とまぁ、呑気をするヤツじゃ! まっこと幻想郷には可笑しな人間が揃っておる。あいや、お主は外の人間じゃったの。くくっ、尚更可笑しいわっ」

 静謐を裂く高らかな笑い声に、何事かと周囲の視線が一様に注がれる。

 アナタは気まずく思う一方で、マミゾウはさして気にした風もなく馴れ馴れしくも肩を組んできた。

 気風の良い姉御肌然としたマミゾウの性格は、アナタが考える女らしさからは程遠い。

 しかし、組まれた肩の、直ぐ側から発せられるマミゾウの香りは微かに甘く、何とも言えず彼女のオンナを強く意識させた。

「何じゃい、赤くなりよって。くくっ! ()い奴じゃのう、主ゃは!」

 マミゾウは肩に回した腕に一層の力を込め、自らの身体を押し付けてきた。ゆったりとした服装からは想像の付かぬ、彼女の肉感的な身体が隙間なく密着させられてゆく。

 アナタは、当然の如く顔を赤くし、更に気を良くしたマミゾウはかんらかんらと笑うのだった。

 ――からかわれている。

 そんなことはアナタとて百も承知である。しかし引き剥がそうにも彼女の力は妖怪らしく強く、何よりも女の魔力の前では、男という生物は斯くも残酷なまでに無力なものか。

 アナタとて例外ではない。鼻の下はだらしなく伸び、形ばかりの抵抗はしつつも、しっかりとマミゾウの感触を芯に刻み込むのだった。

 マミゾウは十二分に己の武器を理解している。それ故のからかいである。

 しかしこうも良い反応を返してくれると、彼女とて気分は良いものだ。笑みの彫りを深め、彼女は更に大胆にも身体を密着させてゆく。

 全く似つかわしくない、ピンク色した煩悩まみれの空気が寺の一角に形成されてゆく――。

「なーに遊んでるのよマミゾウ」

「おぉ? ぬえか」

 突如として彼女は呼ばれた。

 その呼び掛けに呼応し、マミゾウは自然に身体を離す。

 薄れゆく体温にほっとするやら、名残惜しいやら。

 そんな浅ましさが面に現れてしまったのだろう。ぬえ、と呼ばれた――直ぐ側にまで接近しており、それすら気付かない程夢中になっていたらしい――少女はアナタに冷たい視線を投げている。

 そうして一瞥し、興味を失った様だ。

「いや何。此奴があんまりにもイイ反応をするでの。つい興が乗ってしまったんじゃよ」

「ふぅん……?」

 話を交わらせる二人を――主にぬえを――、観察する。

 手入れを放棄しているかの様な非常に癖の強い黒髪。大きな瞳からいかにもといった生意気さが見て取れる。

 アナタが興味深げにぬえを眺めていると、同様に彼女もこちらに視線を這わせてきていた。値踏みするかの様に無遠慮な瞳は深い翠を湛え、感情を読み取る事は出来そうになかった。

「マミゾウも趣味が悪いわね」

「これはこれで味わい深いんじゃよ。まぁスルメの様なものじゃて」

 スルメ――と、褒められているのか貶されているのか解らず、アナタは曖昧な表情を浮かべるに留めた。

 マミゾウの如何なる言動もぬえの興味を惹くことは無かったらしい。彼女は「あっそ」と素っ気なく答えただけだった。

「して、ぬえよ。何ぞ用かえ?」

「あぁ……。何か聖が呼んでたよ」

 知らぬ名が挙がり、アナタの好奇心は鎌首を(もた)げる。しかし聞ける雰囲気でもなく、アナタはただ推移を見守る置物と化した。

「ふむ? 彼奴はなんと?」

「さぁ? 行けば分かるんじゃない」

「当たり前じゃっ。やれ、仕方ないのう……」

 ガシガシと頭を掻き、マミゾウは本堂へと消えた。

 残されたアナタは、自然とその視線をぬえに向ける。

「……何よ」

 すると視線が交わった。そこにあるのは、ひたすらに深い警戒の色である。

「……ふんっ」

 しばし見詰め合っていると――そんなロマンチックさは欠片も無いが――、ぬえは顔を背け、その姿を煙と化して消えてしまった。

 今更ながら、アナタは鵺という妖怪の逸話を思い出す。

 確か――平安時代に誰某の屋敷の上で、夜な夜な鳴いていたキメラの如き妖怪だったと思うのだが。

 黒煙と共に掻き消えてしまったぬえは、どこから見ても――背に奇妙な羽根はあれども――少女にしか見えなかった。

 或いはそれすらも化かされていたのかもしれない。既にマミゾウという前例があったアナタはそんな考えに至った。

 散々悩んでみたものの、アナタ一人で結論を出せる類では無いことに気付き、アナタは思考を打ち切る事にした。

 

 

 

 

b――【知り合っていない】

 期待と共に門を潜る。妖怪寺とは、一体どの様な光景が広がっているのか。

 右に左に視線を巡らせる。(まば)らな人影のある境内。大きな本殿。隅には立派な鐘もある。裏へと伸びる道の先は、おそらく墓地であろう。

 命蓮寺はアナタの記憶にある寺と、さして代わり映えしない姿で鎮座していた。

 その事実に、アナタが少々肩透かしを食らっていると――。

「おはよーございますっ!!」

 突如鼓膜が破れんばかりに大声の挨拶を向けられた。

 キーンと耳鳴りの収まらぬ頭を抑えつつ、首だけを動かせばそこには、満面の笑みを浮かべた少女がいた。

 その手に握られている竹箒から推測するに、寺の関係者であろうか。

 にこにこと、とても愛想の良い笑顔を向けてくる少女。よく見れば深緑色した髪からは、なんだろう? 獣の耳らしきものが生えており、臀部からもまた、尾っぽが生えているではないか。

 ――妖怪寺というのは本当なんだなぁ。

 期待したものが目の前に現れた。その事に妙ちきりんな感心をしていると、少女はすぅっと目に見えて分かる程に息を吸った。

 アナタが身構える間もなく、第二の衝撃が繰り出される。

「おはよーございますっ!!」

 先程よりも一回り大きな声で。

 耳ばかりか全身の肌がビリリと震える。

 三半規管が受けたダメージは重大で、アナタは立ち眩みを覚え身体が流れてしまう。

 危うく崩れ落ちそうになる膝を叱咤し少女に目を向けるも、彼女は相も変わらず眩いばかりの笑顔をしていた。

 ――お、おはよう。

 遠慮気味なのは気後れした証拠である。

 それでも彼女には十分だったようで、少女は全身で喜びを表した。

「はい! おはようございますっ! 挨拶は心の清涼剤です! 朝の挨拶ともなれば一日の出来を左右すると言っても過言じゃありませんよね!」

 言葉の一つとっても元気の良い少女だ。

 そして全く以て悪気は無いのだろうが、その透き通る声で大声を出されると、頭が微かに痛みを訴えるのだ。

「命蓮寺には何のご用です? 今日は説法の日ではありませんが――」

「どうかしたのですか、響子?」

 響子、と呼ばれた少女は言葉を中断させられる事となった。

 彼女が声の方角へと振り向くのとほとんど同時、釣られる様にアナタも目を向ける。

 視線の先には、ゆったりとした法衣を纏った年若い女がいた。

 グラデーションの掛かった不思議な髪。ちょっとタレ気味の目は愛嬌を醸し、口元には緩やかな微笑みを湛えている。

 優しさが全身から滲み出している様な人物であった。

 彼女が歩く度、何とも心地よい香りが風に乗ってアナタの鼻腔を(くすぐ)る。

 なんだろうか? 郷愁の念を抱かせる様な、どこかで嗅いだ事のある香り。

 鼻を動かして、アナタは記憶を手繰り思い出そうとする。

 そうか、これは――。

「白蓮さまっ!」

 ――白檀の香りだ。

 嬉しそうな響子の声。アナタの身体は思わず跳ねてしまう。

 彼女の声の大きさに? いいや、自分が脳裏に描いた正体と、発せられた音の韻の近さにである。

 そんなアナタを、白蓮は不思議そうに見詰めていた。

「響子。こちらの方は?」

「ん~、お客さんです……?」

「まぁ、これはこれは。大したおもてなしも出来ませんが、ゆるりとして下さいね」

 白蓮は申し訳無さげに頭を下げるも、アナタはいたたまれなくなった。

 何せ客は客でも観光客なのだから。

 適当にぶらりと見て回った後は、これまた適当に去るつもりだったのだから。

 そう説明すると、白蓮は大層お届き、次いで嬉しそうに笑った。

「まぁ――! 人間の方が観光だなんて! 私達の主張も、ようやく認められてきたのですねっ!」

 白蓮は年甲斐もなく喜んだ。

 見た目だけならば見目麗しくとも、実年齢はゴニョゴニョである。老成した彼女にしては、本当に珍しい事だろう。

 しかし白蓮は、アナタの見慣れぬ出で立ちを見て、ほんの少しばかし興奮を抑えて尋ねる。

「あの、もしかして、外界の方でしょうか?」

 アナタの返答を聞くのが怖い。

 そんな様子で、おそるおそると白蓮は伺う。

 だからアナタも答えるのに、なんだか罪悪感を覚えつつ、小さく頷いた。

 白蓮はがっくしと肩を落とした。

 幻想郷の住人が、何の変哲もない人間が。恐れも偏見も持たず、ちょっとした好奇心で命蓮寺を訪れてくれたのだと思ったのに。

 妖怪寺たる命蓮寺は、全く人間との交流が無いのだろうか? 答えはノーである。

 しかしそれは力を持った、謂わば妖怪と対等のに付き合える者だったり、態々説法を聞きに来る信徒だったりする訳で、本当の意味での一般人とは言い難い。

 彼が訪れたのは、――白蓮の求めるような、好奇心もあるのだろうが――無知故の部分が大きいのだろう。

 いいえ白蓮――何を落ち込む必要があるの!

 外界の方であろうと、人間は人間。私が求めている様な、普通の人間でしょうとも!

 それに何より、本人を前にして気落ちするなど失礼にも程がありましょう!

 白蓮は男の表情を盗み見る。怒ってはいないものの、困ったように眉を逆八にしていた。

「あの……、失礼致しました……」

 誠心誠意を篭めて深々と、頭を下げる白蓮。

 その頭上で慌てふためく気配を感じ、知らず白蓮の口元は笑みを浮かべていた。

 あぁ――この人は本当に善人なのだなぁ。

 男の純朴的な反応は、白蓮にとって好ましかった。

「申し遅れました。聖白蓮と申します。未熟な身ではありますが、命蓮寺では住職をさせて頂いております」

 再度白蓮は頭を下げる。

 彼女の口から出てきた言葉に、アナタは驚き礼をするのが遅れてしまう。

 そんな様子がまた好ましくて、白蓮はクスと笑った。

「あの、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 微笑む白蓮に対し、調子が狂いっぱなしのアナタはおずおずと名乗りを上げる。

「○○さん、ですね。えぇ、良い名前ですね。とても」

 白蓮は何度か、アナタの名前を口の中で反芻して笑顔を作った。

 この短い遣り取りで――白蓮がアナタの人柄を解ったように――、アナタもまた、白蓮なる人物を多少なりとも理解し始めていた。

 断じて悪人ではない。どころか底抜けの善人であろう。

 だのに何故――何故アナタはまず、「悪人ではない」などと思ったのだろう。

 それはアナタ自身気付いていない無意識に、彼女に対しての苦手意識が芽生えていたせいであった。

 善人と解っているのに、何故?

 おそらくだが、彼女の慈愛に満ちた瞳が原因究明の一旦となろう。

 何を思ったか、白蓮は自分を評価してくれている。それも、過分にである。

 そればかりか好意を含んだ瞳――悪し様に云うなら生暖かい視線――が、アナタの感情にブレーキを掛けていた。

 得てして第一印象とは拭い難いものだ。

 アナタはやんわりと話を切り上げて、自然とその場を離れようと試みる。

 その姿が白蓮の目には謙虚さと映り、皮肉にも彼女の中での心象を益々良いものにさせていた。

 嗚呼、人生とはままならぬもの也。

「――お待ち下さい」

 先程潜ったばかりの山門を、再度潜ろうとした瞬間、背に声を掛けられる。

 勿論、白蓮だ。

 アナタは思わず短い呻き声を上げてしまう。幸いにも、或いは不幸にも、彼女の耳には届かなかったようだ。

 おそるおそると云った風に振り返るのは(やま)しさ故か。

 そして次なる白蓮の言葉は、アナタにとっては求めかねるものだった。

「少し、お話していかれませんか?」

 言って白蓮は邪気の無い笑顔を差し向けてきた。

 その時になってようやくアナタは自覚する。彼女への苦手意識、その正体を。

 白蓮はどうしてか、自分に全幅の信頼を寄せてくれている。

 一つ、信頼を置いてくれている理由の不透明さが、アナタが白蓮から距離を取りたがる理由だ。

 そしてもう一つ、自分はそこまで信頼に足る人物ではないという己への評価との齟齬。

 最後にもう一つ、こんな無邪気な善意を向けられて断れる人間が、どれほどいよう。つまりは白蓮の無垢なる善意は、押し売りに近い形となってしまっているのだ。

 それらが()い交ぜになって、白蓮への苦手意識というものが形成されているらしい。

 ……詰まるところ、原因の全ては自身の身勝手な感情であり、アナタは酷く自己嫌悪に陥った。

「あの、もし――?」

 黙りこくってしまったアナタを前に、白蓮の表情が曇る。

 その事実を前に、更に自己嫌悪する。

 結局、アナタは白蓮の見立ての正しさを証明する羽目になる。

 彼女の誘いを躊躇しながらも、最後は頷いて了承するのだった。




a【マミゾウと知り合っている】ルート
\テレレッテッテッテー/
マミゾウの好感度が上がった!
ぬえの好感度は下がりようが無かった!

b【知り合っていない】
\テレレッテッテッテー/
白蓮の好感度がとても上がった!

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